人生で初めてバレンタインデーにチョコもらったけど送り主が分からない。

逢内晶(あいうちあき)

第1話

2020年2月14日(金)


今日はバレンタインデーである。


それにそしてもこの日は少々特殊な記念日だろう。


例えば同じく西洋由来の記念日であるハロウィンやクリスマスは当日に多くの人々が話題にする。当日ばかりではなく何週間も前からこの日の予定はあるか、どういった仮装をするか、どんなプレゼントを贈るかなど会話が至るところで繰り広げられている。


しかしながら、バレンタインデーはそのような会話はあまり聞かれない。いや、よくよく聞けば少人数同士ではそういう会話をしている人々も多い。しかしながら、公の場、例えば教室の中でわいわいとバレンタインデーについて話している学友はあまり見かけない。おそらく、ハロウィンやクリスマスにある「友人と楽しく過ごす」という選択肢がバレンタインデーにはないからだろう。


かく言う俺も、この日は完全にポーカーフェイスを決め込む。人に聞かれても「あれ、今日ってバレンタインデーだっけ?最近月日の感覚無いわー」などとのたまい、完全に無関心な人間を装う準備は万端である。


そう、あくまで無関心を「装う」のである。



真にバレンタインデーに無関心な男子高校生などいない!



可能性は0に等しいとは分かっていながらも、いつもよりちょっぴり長く鏡の前で髪を整え、家を出てから自分の机に到着するまで徐々に心臓の音が大きくなってしまう、そんなピュアな生き物だ。


今のところ勝率は0%。


それでも今年もやはり、心の片隅にほんの少しの希望を残して、机の奥へと恐る恐る手を伸ばす。





………無





ですよねー。



まあ、全く期待していないと言ったら嘘になるけど、結果は分かっていたし。全然悔しくなんかないし。むしろ来年への期待に胸が膨らむし。


と、毎年のことながら悔しさと気恥ずかしさと、そしてある種の安堵を抱きながら机に教科書を入れ、空になった鞄を教室後ろのロッカーへとしまう。


ん?


ロッカーの奥に小包を発見した。


薄めのベージュにブラウンのリボンが十字に結ばれた、シンプルでセンスの良さを感じる包装だ。それはまさに朝から俺の心をざわつかせている代物を優しく包んでいるような風貌だ。


思わず左右を見渡し、さっと自分の鞄に入れる。そのまま鞄を持ってトイレの個室に直行した。


トイレに食品を持ち込むのは少々不衛生のような気もしたが、背に腹は代えられない。こんなものを持っているところを誰かに見られたら、何ていじられるか分かった物ではない。いや、いじられるまでは良いのである。俺は多少のいじりなら、それが笑いにつながるならわりと寛大な心で笑って流せる。しかし、よりによってこの代物はまずい。今だって心臓が飛び出しそうで手が震えて鞄からうまく取り出せないのである。この調子でいじられようものなら、何も反応できずフリーズするのがオチだろう。それはあまりにもかっこ悪すぎる。


よって、トイレに直行したのは断じてヘタレだからではない、戦略的撤退である。



恐る恐るリボンをほどき、ゆっくりと包装をはがしていく。箱の中は4区画に仕切られており、丸いチョコと四角いチョコが交互に入れられていた。お菓子作りには詳しくないが、おそらく手作りだろう。



目の前の光景が信じられない。今が人生のピークなんじゃないだろうか。明日車に轢かれるとかないよな…?



しかし、これを俺のロッカーに入れたのは誰なのだ。恋人同士で無い限り、こう言ったプレゼントには差出人の名前があってしかるべきではないだろうか?これでは誰がくれたのか分からない。



正直なところ、俺が女の子から学校でチョコレートをもらう可能性は0%である。それは俺がモテないからとか、そういう次元の理由からではない。













俺の高校は男子高なのだ。





え、それじゃあどうして朝からドキドキしてたかだって?


まずバレンタインデーという甘酸っぱいイベントの雰囲気を味わいたかったためだ。公の場で話題にはなりにくいのは事実だが、そんなこと資本主義社会には関係ない。1ヶ月ほど前からスーパーでは特設コーナーが設置され、ここ1週間ほどはテレビ番組でも有名なパティシエやお勧めデートスポットの特集が組まれている。


こんな状況で「俺には関係ないんで」なんて、すかした態度をとるのは俺的にはイケてない。俺は御札が空から降ってくると聞いたら誰よりも率先して「ええじゃないか」と踊るタイプである。マーケットとマスコミに流されるのは少し癪だが、この雰囲気を味わわないのなら人生損している。



もう1つ。俺の学校には伝説的な言い伝えがある。



教育実習に来ていた女子大生がバレンタインデーの日にチョコレートを渡し、渡された男子生徒と最終的に結婚したというのだ。


非常に嘘っぽいのだが夢のある話だ。しかも、偶然ながら俺のクラスには近くの女子大から教育実習生が来ている。担当科目は化学で、俺もその授業を受けているため面識は十分にある。こんな状況で淡い期待をしない男子高校生がいれば不健全にもほどがある。



さて、回想はこのくらいにして目の前の問題に戻ろう。バレンタインデーに手作りチョコレートを送るのはもう告白と言って差し支えないだろう。ならば、チョコレートには必ず差出人の名前、あるいは「何時に中庭で待っています」と言った手紙が入っていなければならない。


大切な人に渡そうと意識するあまり緊張しすぎて、名前や手紙を入れ忘れたのだろうか。そういうおっちょこちょいな子は嫌いではないが、今このときばかりはその天然な性格が少し恨めしい。とにかく俺はチョコレートをくれたのが誰なのかを知りたい。



何事もなかったかのように教室に戻り、隣の席にヤツにそれとなく話してみる。いつも眠そうにしているが、面白いことが好きという点は俺と同じで、くだらないことに全力を尽くすタイプだ。



「そう言えば今日ってバレンタインデーなんだな。」


「ああ、そうだね。僕たちには縁の無い話だね。」


「俺たちの学校でチョコレートもらえたやつっていると思うか?」


「そりゃ彼女いる人はもらうんじゃない?」


「いや学校で。」


「何寝ぼけたこと言ってんの、ここ男子校。あ、でも料理研のやつが去年作ってきてたな。毎年放課後に調理室で配ってるよ。チョコレートをもらえなかった哀れな男子高校生への施しだね。」


料理研究会は俺たちの学校で正式に認められた文化部だ。部員は10人くらいいたと思う。活動内容を考えると男子校にしてはまずまずの規模だろう。しかも、残念な男子高校生に手作りチョコレートを振る舞うとはなかなか粋なことをする。


もしかすると、このチョコレートは料理研のいたずらかかもしれない。とにかく放課後にそのチョコレート配布イベントとやらに行ってみるとしよう。

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