2.機械の見る夢1

 バベルの上野基地最深部。

 ドクロを模した旗を背景に、二人の男が向かい合っている。


「ハァ、ハァ……とうとう追い詰めたぞ、サタンクロス!」


 オメガマンの発光する剣が、サタンクロスの喉元へ突きつけられる。

 バベルの大幹部は、利き腕を失い膝を着く。

 視界にはレッドアラートが浮かび、死へのカウントダウンを始めていた。


『フ。まさか俺が敗れるとはな。褒めてやろう、オメガマン』

「黙れ……!」

『……俺は常々考えていたんだ。お前の命を俺が刈り取るその時に、あるいは今まさに俺の命がお前によって潰えようとしているこの時に、我が宿命のライバルへ、是非とも訊いておこうとな』

「うるさい! 答える気はない!」


 遮られても、気にせずに続ける。


『……なぁ。お前は俺が、いやバベルおれたちがいなくなったら何をする? お前は何のために存在しているのだ?』

「答える気はないと言った!」

『ハハハハ、違うな! 答えられないのだろう? 俺には分かるぞ。お前という存在も俺と同じ、バベルという組織てきを倒すためにあるからだ!』

「……ふざけたことを。僕が何のためにあるのかだと? そんなもの決まっている!」

『ほう?』


 サタンクロスは笑みを消し、すっと目を細める。


「貴様達のような悪党を倒し、正義をなすためだ!」


 悪党。

 オメガマンの放った言葉。

 たった二文字の言葉を、サタンクロスの頭部メインコンピューターが反芻する。


『悪党……。悪党か! フフ……ハハハハハハ!』

「……?」

『ハーハッハッハ! そうか、そういう役割か!』 

「何がおかしい!?」

『くくくっ! これが笑わずにいられるか! 俺はやっと自らの生まれてきた意味を悟ったのだ。しかも、よりによってお前から教えられるとはな!』

「? ……どういう意味だ!?」


 サタンクロスは残った左手で、喉元の刃を握りしめる。剣から伝導した熱は、機械仕掛けの掌を赤く変色させる。

 溶け落ちた金属が、地面に落ちて丸く固まる。


「なっ!? 貴様!」

『ふ、そう焦るなオメガマン。安心しろ、俺にはもう戦う力が残されていない』


 凄絶な笑みを浮かべ、ゆっくり立ち上がるサタンクロス。


『お前には感謝せねばなるまい。俺はバベルに仇なす者と戦うため、つまりはオメガマン! 貴様と戦うために作られたのだから』

「おのれ、まだ言うか!」

『……俺は何なのか。生まれてからこれまで、おまえと戦うことが存在意義であるのなら、敵を失ってしまったらどうなるのか。ずっと思考してきた。ハハハ! こんな単純な話に気づかなかったとはな!』

「サタンクロスゥゥゥゥッ!」

『俺は悪党だ! 悪をなすために生まれたのだ! ならばこそ、与えられた役割を全うするとしよう!』


 残り時間は一〇秒を切る。

 オメガマンの剣がサタンクロスの左腕を切り落とし、そのまま胸へと伸びる。


『さらばだ、オメガマン! 悪を失った貴様がどうなるのか、地獄の底で見物するとしよう!』


 剣が胸を貫いた瞬間、サタンクロスの目の前が真っ赤に染まる。

 バベルの終焉を感じながら、彼のメインコンピューターは停止する。


 人の意識とは似て非なるAIの思考の果てに、満足する回答を得て。

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