人と魔族と ~勇者と魔王の戦いが終わった後の世界で~

木山楽斗

新1話 二人の出会い

 人間と魔族は、長い歴史の間、争い続けていた。その始まりが、いつだったかはわからない。

 しかし、ある時、その戦いは終結することになった。なぜなら、人間達の代表である勇者と、魔族の王である魔王との直接対決が終わったからだ。

 その結果は和平であった。長きに渡る戦いはここに終わりを迎え、世に平穏が訪れたのだ。




◇◇◇




 勇者と魔王との和平から、数か月が経とうとしていた。そんな中、辺境の町ロッセアでは、友好の証明として、異文化交流が行われていた。


 魔族が人間の町に住むことによって、お互いの理解を深めることが目的だ。この異文化交流には、数名の魔族が参加していた。

 悪魔の少女ミシェーラも、そんな魔族の一人である。


「うーん」


 ミシェーラは比較的好奇心が強く、戦いとは離れた場所にいたため、人間への抵抗はあまりなかった。むしろ、新たな友人ができることを、楽しみにしていたくらいである。

 しかし、彼女の期待は裏切られることになった。人間側は彼女を含む魔族と、積極的に関わろうとしなかったのだ。


「はあー」


 ミシェーラは、薄い紫色の肌に、頭には角、背中には翼、細長い尻尾も生えており、人間とはまったく違う姿をしている。

 悪魔としては、一般的な姿だ。そのことが、人間達に恐怖を与えているらしい。人間達の中には、悪魔に襲われた者もいるので、それも無理はないだろう。


 現実を知ったミシェーラだが、それでも友好的に接すれば、きっと心を開いてくれるはずであると信じていた。諦めなければ報われると、彼女は信じているのだ。


「ゴゴ……?」

「ミシェーラ、大丈夫?」


 そんなことを思いながら、ミシェーラは買い出しを行っていた。隣には、同じく異文化交流に参加した、ゴーレムのゴゴ、ハーピィのピピィが並んでいる。

 ゴーレムは全身が石でできており、頑丈な体と強い力が特徴だ。ハーピィは、人の体に、腕が翼、足が鳥のようになっている生物である。


 二人とは、この支援活動で知り合った。この町の人々と仲良くなれなかったミシェーラにとって、このような存在は支えなのである。


「う、うん。大丈夫だよ、私、そんなに変だったかな?」

「うん、ため息してたし」

「ゴゴ……」

「疲れているんだよね。帰って、しっかり休まないとね」


 この町に来てから、色々と疲れているのは確かだった。上手くいかない日々が、ミシェーラを精神的に披露させているのだ。


「うん、ありがとね、ピピィ、ゴゴ」

「ゴゴー」

「ううん、大丈夫だよ」


 しかし、だからといって二人に心配をかけるのはよくない。そう思ったミシェーラは、元気を出すことにした。

 から元気でも、落ち込んでいるよりはマシなはずなのだ。


「うん?」

「どうしたの? ミシェーラ」


 そんな話をしながら歩いていると、前方から、二人の人間がこちらに向かってくるのが見えた。


 人間が自分達に近寄ってくるのは、珍しいことだ。見たところ、穏やかな雰囲気でもない。ミシェーラは、嫌な予感がしてきた。


「おい、お前ら!」


 そんなことを考えていると、男の一人が顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。足元がおぼつかないのと、酒瓶を持っていることから、酔っ払っているように思える。

 こういうのは、相手にしないのが一番だろう。


「な、何……?」


 しかし、ピピィが答えてしまったため、無視する訳にはいかなくなってしまった。

 反応があったためか、男達は調子に乗り始める。


「お前ら、魔族が、人間の領分に入ってくるんじゃねえよ!」

「そうだ、そうだ、目障りなんだよお前ら!」


 男達はピピィを睨め付け、色々と言い始めた。

 この中で一番大人しそうなのは、ピピィだ。そのため、標的にされたのだろう。


 止めなければならない。そう思ったミシェーラは、ピピィの前に出る。それに続いて、ゴゴも出てきた。


「やめて!」

「ゴゴ!」

「何だ! くそ!」

「ちっ! 化け物どもが!」


 すると、男達は少し怯んだ。顔などは、普通の人間と変わらないピピィよりも、ミシェーラやゴゴは異形らしい。男達にとっては、恐怖の対象なのだろう。

 姿形で、相手を怯ませるのは、不本意ではあったが仕方がなかった。これで引いてくれれば、面倒事に巻き込まれずに済む。

 そう思ったミシェーラだったが、男達は引かなかった。


「鬱陶しいんだよ! 化け物!」


 男の一人が、酒瓶を持った腕を振り上げてきた。標的は、ミシェーラだ。


「きゃあ!」

「ゴゴ……!」

「ミシェーラ!」


 咄嗟のことであり、ミシェーラは動けなかった。

 悪魔であるが、ミシェーラはそこまで強くない。酒瓶がぶつかれば、怪我をするのは確実だろう。


「いてえ!」


 しかし、酒瓶がミシェーラに届くことはなかった。

 ミシェーラが目を開けると、酒瓶は地面に落ちて砕けていた。その隣には果物が転がっている。


 男達が後ろを見ていたため、ミシェーラもそこに目を向ける。するとと、一人の人間が立っていた。

 幼さの残る中性的な整った顔立ちで、肩にかかるほどの金髪が伸びている。恐らくは男性だろう。見たところ、彼が果物を男の腕に投げつけたらしい。


「ルーゼ! 何しやがる」

「……何しやがるじゃないよ」


 ルーゼと呼ばれた青年は、低い声で言葉を放ち、二人を睨みつけた。

 その威圧感は、中々のものだ。


「いい大人が昼間から酔っ払って、みっともない」

「てめぇ! 町長の家の居候のくせに偉そうに!」


 果物を投げつけられた男は、怒っていた。だが、もう一人の男は違った。


「お、おい、やめとうこうぜ……」


 どうやら、ルーゼの登場で、少し冷静になったようだ。

 その様子に、ミシェーラは少しだけほっとする。これで、相手が引いてくれれば、ありがたい。


「あいつは……まずいって」

「ちっ! 仕方ねえか……」


 ミシェーラの願い通り、二人は去っていった。ミシェーラの心に、やっと本当の安堵が訪れる。他の二人も、同じだろう。


「大丈夫だったかな?」


 そんな三人の前に、ルーゼがやってきた。

 先程までとは打って変わって、優しい口調で語りかけてきた。これが、本来の彼なのだろう。


「あ、はい」

「ゴゴ」

「うん、うん」


 三人は、とりあえず頷いた。その様子を見たルーゼは笑顔になる。


「それなら、よかった。ごめんね。彼等には、よく言っておくから。それじゃあ、気を付けてね」

 

 そして、それだけ言って、三人の元を去っていった。

 しばらく沈黙した後、ピピィがゆっくりと口を開く。


「そういえば……」

「うん? どうしたの? ピピィ」

「ゴゴ?」

「お礼……言ってないよね」

「あ!」

「ゴ!」


 大事なことを言い忘れたことを、三人は後悔するのだった。

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