第5話

 

「よし、粗方理解できたかな?」


「はい、ありがとうございました」


 グチワロスさんは地球の神なのに、異世界ドルガのことについて結構たくさんの事柄を教えてくれた。地球の神様が親切な人で良かった。たまに少し見下されるときがあるけれど……


「よしよし。後は君が生まれ変わる環境だね。これはドルガさんがやる手筈になっているから、向こうの世界では好き勝手我が儘言ってもいいからね?」


「我が儘なんて、そんなこと言うつもりありませんよ?」


「いいや、君は今回被害者だからね。少しくらい得したいでしょ?」


「被害者、ですか?」


「こっちの話。気にしなくていいから。それじゃあ、凛君のことは僕に任せて、君は楽しんでおいでよ」


 何か含みのある言い方だが……トラックに轢かれたことを言っているのかな?


「はい。凛が少しでも幸せになれることを願っています、よろしくお願いします」


 頭を深く下げる。ぶっちゃけ俺の人生よりも凛の人生がどうなるかの方がずっと気になっているのが正直なところだ。


「その態度を生前に出せていればねえ」


「ぐっ……」


「直接言わなくてもあっちも態度に現れていたら察せられたのにねえ」


「むうっ……」


 ああそうさ、今更好きだと認めても意味が無いのはわかっている。でも、距離が近すぎると言いにくいこともあるんだよなあ。


「ほらほら、行くよ〜」


 グチワロスさんは両手を大きく動かして円を描くように俺を包み込むようなポーズをとった。そして、俺は突然、光に包まれる。



「それじゃあ、幸あらん!」



 一人の少年が、その場から消えた。












「ふう、行ったか……」


 予想外だった。まさか"カレシクン"が巻き込まれるとは……不要な殺生は神であってもいけないことなのに、『今回は見逃してもらえた』だけ有難かったということか。


「凛君だけのはずが、まさかトラックが学校に突っ込むだなんて……」


 しかも、あの娘まで……恐らく三人とも同じ世界に行くことになるだろう。そもそも凛君の行く世界がドルガだったのだから当然と言えば当然なのだが。


「ハーレム野郎にならないといいけどねえ、ハジメ君……性格は悪く無いから、食い散らかす真似はしないだろうし、それにいつか凛君とも会うかも知れないからね……その時は自分の気持ちを伝えられたらいいね」


 男の矜持というものは、何処の世界でも邪魔をするものだ。変にからかったり、少し触れただけで大袈裟な反応をしたり、人間の男というものは本当に変な生き物だ。かくいう僕も……


「ドルガさん、頼みましたよ。僕の命はあなたとともに……」


 ああ、いつか僕も自らの気持ちを認めることができる日が来るのだろうか? 神同士の恋愛がダメだなんて、誰が決めたんだ……あいつだったな。全能神だかなんだか知らないけど、ガチガチに縛ったら不満が出るのは当たり前だよねえ……それでも従うのが下っ端神の辛いところ。


「さて、監視に戻るか……トラックの痕跡消さなきゃ」


 変に痕跡が残っていると、人間は調べたがるからね。出来るだけ自然に起こったようにしないと。


「ふう、ここをああしてこうして」


 僕はハジメ君の幸せを願いながら、後片付けをするのであった。












「うっ……!」


 眩しくて目を瞑ってしまった俺は、ようやく目を開けることができた。そしてその先には。


「ようこそ、ドルガへ」


 途轍も無い美人がそこにいた。俺の語彙力ではとても言葉で表現できないほどだが、敢えて表現するとエメラルド宝石のようと言っても遜色の無い色を持つ、パッと見ただけでサラサラとしていることがわかる長髪に、これまた透き通るような濃い緑色の眼。肌は白く鼻もすっと通っており、唇はぷりっとした淡い桃色だ。


 身体つきは古い表現で言えばボンキュボンというやつで、来ている服は古代ギリシャで女性が来ていたような白い布を巻き付けたようなもの、両腕には三つずつ金色の腕輪を嵌めている。服自体が透けており、下の裸体が少し見え、露わになっている谷間が顕著な胸の先には、これまた綺麗な桃色の突起が付いているのがわかる。

 下半身は何故か黒みがかっており、認識することが出来ないが、足はスラリと伸びており見事な美脚といったところだ。


 また、肩から腕にかけては羽衣見たいな白い一本の布が巻かれていて、神聖な雰囲気を醸し出している。まさに女神様だ!


「あ、貴方様が、ドルガドルゲリアス様であらせられますかっ!」


 俺は思わず地に手をつきながら尋ねた。


「その通りです、少年よ。その前に、お立ちなさい。その様なひれ伏すような態度は、わたくしは望みません」


 女神ドルガドルゲリアスこと、ドルガ様は、とても綺麗な声だった。響き渡るようであるが、うるさいわけでは無い。静かに浸透していくような声だ。何もかも皆美しい……


「は、はいっ!」


「敬語も結構です。私もこれ以上の偉ぶった態度は望みませんで」


「で、でも」


「ハジメさん、でしたね。ハジメさんはお客様みたいなものですから、良いでしょう?」


 ドルガ様はウィンクをする。


「は、はあ、お客様、ですか?」


「そうです。グチワロスから今回の失態については既に聞いているかと思いましたが?」


「失態?」


「え?」


「え?」


 ドルガ様と俺は互いに見合う。


「し、知らないの、ですか?」


「グチワロスさんの失態、ですか? いいえ、ただ死んだから生まれ変わらせてあげるとかなんとか聞いたのですが」


「そ、そうですか……こほん、わかりました。簡潔に述べますと、貴方はグチワロスの仕事上のミスに巻き込まれました」


「ミス?」


「詳しくは言えませんが……とある人を連れてくるはずだったのに、何故かハジメさんを一緒に殺してしまったということです」


「えええっ!? それはつまり、俺は死ななくても良かったのに死んだ、という事ですか?」


「残念ながら……申し訳ありません……」


 ドルガ様が頭を下げつつしょぼくれてしまった。その姿も儚げで美しい……って待て待て。


「だからやたらと親切だったのか?」


「恐らくは。ご機嫌取りというと少し嫌な感じがするかもしれませんが」


「そうでしたか……あの野郎、気怠そうな顔だと思ったら、仕事まで適当にやっていたのか!」


「普段はもう少し真面目なのですがね……ところでハジメさん、少しこっちへ来てもらえませんか?」


「グチワロス、次会ったら唯じゃおか……へ? そっちにですか?」


「はい。さあ、どうぞ」


 ドルガ様がちょちょいと手招きをする。その仕草も優雅で素敵だ。


 因みにこの空間はまんま神殿や大きな教会の内部といった趣の内装だ。グチワロスの六畳一間とは全然違う。ドルガ様の後方にはこれまた王様が座りそうな豪勢な椅子があり、ステンドグラスやら柱やら何もかもが高そうで荘厳だ。


 俺は促されるがままに、目の前におわす女神様へ近づく。すると次の瞬間。



「んーー」

「んーー!」



 俺は唐突にディープキスをされた。

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