第2話

 


 ――――迫るトラックを視界に入れた後、俺は目を瞑り来たる衝撃を覚悟した。そして次の瞬間……突然誰かに肩を叩かれた。


「え?」


 俺が後ろを振り返ると。


「う、うわああああっ!!」


 し、白いのが! め、目が半開きで、口の形が……三角……あれ?


「なんだなんだ。そんなに驚くことはないんじゃないか?」


 その白いのが三角の口をパクパクと動かしながら話しかけてきた。何というか平坦で無機質なわりに、なんとなく中性的な男の子っぽく感じる声だ。服も来てなく身体つきも平坦でそこから性別はわからない。まるで粘土で適当に作った人形のような見た目だ。


「え? しゃ、喋った?」


 だ、だって、見た目が明らかに……


「あ、君いま、僕のこと『ぐちっしぃ〜』みたいだと思ったでしょ?」


「え!?」


 何で俺の考えていることが!?!?


「はあ、まあこの見た目だからね、仕方がないとは思っているよ。しかし何故こうも似たキャラが作られるかねぇ、人間の想像力には驚かされるよ、本当」


 白いのはやれやれといった雰囲気でそう呟いた。




「それと、"白いの"はやめてくれ。僕は神様、地球の神様であるグチワロスだよ」




 へ? ……神様?


「今、『ナニイッテンダコイツ』って思ったでしょう? 思ったよねえ? んー?」


 白いの……"自称"神様は、その丸い顔を俺の顔を鼻が付きそうなくらい近づけ覗き込んできた。


「あっハイ、すみません」


 俺はひとまず素直に謝ることとする。変なのに絡まれたなあ……


「うんまあ、仕方ないよね。いきなり『私は神様』とか目の前の人から言われて信じる方が心配するよ。その点、君は普通の人間で良かった」


 神様は笑いながら(眉もなく頬も動かないので本当の表情はわからないが雰囲気からなんとなくだ)そんなことを呟いた。


「あのー、神様」


「"グチワロス"でいいよ。サマサマ言われたらふりかけみたいだからね」


「は、はあ、グチワロス……さんは、神様なんですよね? なぜ俺はその偉い人のいる所へ立っているんですか? そもそも、俺はトラックに轢かれたはずじゃあ…………そうだ! 凛は!? 一緒にいた幼馴染の凛のことは助けてくれたんですが!?」


 俺は思わず、グチワロスさんの撫で気味な両肩を思いきり揺さぶってしまう。


「おおおお落ち着きなよおおお……こほん、そ、そんなにいっぺんに聞かれたら、いくら神様といえども答えられないなあ」


「す、すみません、つい……まず、凛はどうなったんですか? 彼女のことが何よりも心配なんですっ」


 俺は俺の命よりも大切なこの世で一番親しい女性のことを聞いた。


「その前に、君は今、自分が生きていると思うかい?」


「はい?」


「だから、トラックに轢かれそうになって、そしたら次の瞬間には神様とやらに会わされて、まだ現世に生存した状態で居られていると思っているのかい?」


「えっと、それは、もしかして……俺、死んだんですか?」


「ざっくり言うねえ。まあ、そんなもんだね」


 グチワロスさんは軽い調子で答えた。


「そんなっっっ!」


 トラックが迫ってきている事実は認識していたが、咄嗟のことだった上、痛みも感じなかったので、自分の状況がうまく理解できていないのだ。身体もなんだかフワフワして宇宙空間に飛び込んだ感じだ。

 だというわけじゃないが、"お前はもう死んだ"なんて言われると、いまいち現実味がない。しかし、こんな処にいるのだから、もう現実逃避は止めて自らの運命を認めるしかないのだろう。

 もしかしたら、万が一億が一にも実は全てかろうじて命が助かってその後意識を失った俺の夢でした、なんて展開かもしれないが……


「うーん、その希望をいつまでも持ち続けているのも逆に酷だと思うんだよねえ。そうだ、ならばいっそ見てみるかい?」


 グチワロスさんが何やら提案をしてきた。


「見てみる? 何をですか?」


「君の死体」


「…………は?」


「だから、君の死体だよ。トラックに轢かれた君の身体、見てみる?」


「そんなもの、見られるのですか? 俺は今ここにいるんですけど……」


「見られるよ。いわば魂が分離した状態だからね。今地球にあるのは肉塊だけというわけだ。で、どうする?」


 グチワロスさんが聞いてきた。確かにここでウダウダ悩むよりも論より証拠を実践してみたほうがいいかもしれない。シュレーディンガーの猫じゃないが、生きているか死んでいるかを確定させるためにも見させてもらおうか。


「んー、じゃあ、お願いします」


「うん。あ、一応忠告しておくけど、吐かないでね? 片付けるのめんどくさいんだからさ」


 グチワロスさんはジト目らしきものを向けながらそうのたまう。


「わかりました」


「よーし。じゃあ、いくよ」


 グチワロスさんが壁に向かって人差し指を突き出すと、大型テレビくらいの大きさの映像が現れた。

 因みにこの部屋は普通の一軒家にありそうな普通の部屋だ。ベッドやタンス、机があり、テレビも普通にある。人間が住んでますと見せてもそうでしょうねと返されること間違いなしだ。


 俺はグチワロスさんの映し始めた映像を覗く――――






「はやく! 誰か!」

「皆さん、落ち着いて下さい!」

「先生方、早く来てください! 生徒が大変ですっ」

「いやーっ! いやーっ!」

「あ、あ、血が……肉が……」





 トラックは前面がひしゃげた状態で、校門から少し離れた歩道に横転しており、ぶつかった学校の周りを囲っている外壁が崩れている。運転手は中で頭から血を流し意識を失っているようだ。生きているのかどうかわからない。


 下校時だったため沢山の生徒が外に出ていたはずであるが、あの時周りにいた通行人は奇跡的に誰も怪我をしていないようだ。

 だが皆口元を押さえたり、地面に向かって顔を下げえづいている。教師たちが周りの生徒を必死になだめ落ち着かせようとしているが、それでも生徒のほとんどが叫んだり気分が悪そうにしている。中には大人たちも同じように凄惨な光景を我慢できずに体調を崩している様子が見られた。

 それでも大多数の気を取り直した大人たちに介抱されながら校舎の中へ戻っていく生徒たちの姿が散見された。


「な、何だこれは……」


 俺は現場の騒然とした状況に驚く。俺もこの場にいたら、同じように混乱していたことだろう。


「さあ、ハジメ君、よく見るんだ。君の姿だよ」


 グチワロスさんは映像をアップしていくと、そこには赤い水溜りが…………!?




「なっ、お、俺、なのか、これ?」




 水溜りには、男物の制服が浸されており、赤黒く染まっている。さらにその周りには人形がバラバラに分解されたような様々な塊が落ちており、中には明らかに身体の一部そのままと見られるものもあった。


「ままま、まさかこれが、俺なのか……?」


「そうだよー。ハジメくんだよー」


「ううっ」


 すぐさま酸っぱいものが込み上げてくるが、他人の前でいきなり吐いてはならないと思い、かろうじて口元で我慢をする。


 だが、その横には同じく血塗れの女子生徒の制服があるのが目についた。


「う、嘘だろ? 凛……」


 トラックのそばに横たわっている制服から下は殆ど原形を保てているようであるが、凛の"首から上"が……


「う、うぉえっ!」


 俺はついに我慢ができなくなり、その場に胃の中身を吐き出してしまった。胃液の味がし、グルグルと頭の中で今の光景がフラッシュバックして余計と気持ちが悪くなる。


「あーあ、だから言ったのに……仕方ない、後で片付けておくよ。映像はまだ見るかい?」


 グチワロスさんが喋りかけてくるが、その言葉は右から左に通り抜けまともに返事をすることもできない。


「ううっ、うぉえーー……」


 俺はかろうじてそうだとわかるくらいになってしまった凛の生首がいつまでも頭から離れず、延々と吐き続けるのであった。






 ★






「落ち着いたかい?」


「す、すみませんでした……」


 俺はグチワロスさんに介抱してもらい、何とか気分を落ち着かせた。手から神々しい光が出て、俺を包んだかと思うと、急に気分が落ち着き静かな気持ちになったのだ。この時ばかりは神様というのは本当なのだろうと少し思えた。


「ね、本当に死んでいたでしょ?」


「はい……そうですね……」


 それよりも、凛の、く、首が……


「ああまって、もう吐かないで! はあ、気持ちはわかるよ? 君はあの子のことが大好きだったんだからねえ」


「なっ!?」


 グチワロスさんが光を出し、再び俺の精神を治癒する。


「誤魔化さなくてもいいよ。神様とはすなわちこれ森羅万象。人間の恋愛についてもわかるんだからね」


「ええっ」


「愛する人が無残に……うんうん、普通に人を亡くすよりも余計と辛いよねえ」


「……」


 俺は俯いてしまった。さっきまで、凛にはそっけない態度を取ってしまっていたが、本当のところは俺なんかよりもいい男を見つけて欲しかったからなのだ。昔からずっと一緒だった凛は、小さい頃から何故か男には興味がなさそうな雰囲気を晒し出していた。しかしやたらと俺にはスキンシップが激しかったのだ。


 凛は見た目が可愛く、学校でもよく告白されていたのを知っている。その度に、




 ――――私にはハジメちゃんがいるから。ごめんなさい。




 などと言っていたのだ。

 俺もその件で少なく無い嫌がらせを受けたことがあるが、友達に助けられたり、俺自身が強くならなくてはと思い、ぐちゃぐちゃといってくるやつをはねのけているうちに、俺に対する逆恨みも減っていった。


 それでも小学校、中学校、高校と上がるうちに凛が告白される回数は増え、何故かそれに対して俺に対するスキンシップも激しくなっていった。そんな関係がずっと今まで続いてきたのだ。


 凛のそんな態度から、俺はいつしか彼女に惹かれて行った。小学校高学年の時には流石にもう、自らの好意を自覚していたつもりだ。

 だが、俺自身は自分で言うと悲しくはなるがそんなにかっこよくは無いし、賢くも無い。あのスペックの高い幼馴染みと釣り合うはずなんて無いと己の中で線引きをしてしまっていたのだ。


 そして高校に上がると同時に、きっぱりと距離をとり、俺よりも良い人を見つけて欲しかったのだが……その行動が正に命取りとなってしまったようだ。


 グチワロスさんに言われ、改めて思う。俺には凛しかいなかったのだと。あの綺麗な笑顔が、抱きついてくる凛をあしらうような日常がどれだけ大切なものだったのか。


「……グチワロスさん、神様なんですよね?」


「そうだよ。でも君の考えていることはできない」


「な、なんで!」


「当たり前でしょ。死んだ人間が生き返ったらよほど人気のある宗教指導者でもない限りは誰だって気持ち悪いでしょ? それに、無理な因果への介入は世界の均衡を崩す可能性があるんだ。それも文明が発展した世界ほど大きくなる。地球ほどの世界なら、瞬く間にニュースになって、普通に生きることができなくなると思うよ? 君たちの世代がよく好むアニメや漫画みたいに、生き返って良かったねー、で終わるわけが無い。政治家に医療関係や警察、親族や友人その他関係者などなど、様々な人が驚き、噂になる。その立場を利用しようとする人も出てくる。それくらいわかるよね?」


「それは……」


 グチワロスさんは俺の考えていることを聞きもせずに言い当てた。だがその妄想理想も打ち砕かれる。


「わかるよね? しかも、神様に生き返らせてもらいましたなんて言えるかい?」


「言えない……です……」


「だよね、おかしな人と思われるもんね。いや、寧ろその神様に会わせろ! なんて言い出す人もいるかも? 勿論僕は頼まれても会わないからね。そこんとこ良く考えなよ」


「……はい」


 グチワロスさんの言うことに反論することが出来ない。人が生き返るだなんて、現代では眉唾な話に過ぎないのは常識だし、トラックに潰されたはずの凛や俺が姿を見せれば、説明することが非常に難しい上に、変な噂が立つことには抗えないであろう。


「ふう、ごめんね、少し言い過ぎたかな?」


「いえ、ありがとうございます。頭が冷めました」


「そうかいそうかい、それは良かった。じゃあ、生き返らせてあげるよ」




「は?」



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