【7000PV感謝!】狂おしいほど愛してる

じゅん

出会い編

僕は屋上にいた

 風は吹きやんだ。


 僕は学校の屋上にいた。


 フェンスに背中を預けて、体育座りをしたまま弁当を食べていた。


 はるか下の方から、男子の笑い声と叫び声が聞こえる。グラウンドでサッカーでもしているのだろうか。


 屋上には、自分以外誰もいない。


 僕はひとり、弁当を食べる。


 風は再び吹きはじめた。


 ふと考えた。最近、学校で言葉を発していない気がする。ひたすら存在を消すように教室の片隅でうなだれているだけだ。


 もう五月なのに、友達の一人どころか、誰かと話したこともない。


 もう何人かの仲良しグループができて、僕が入る居場所はなくなっているのに。


 まだ、何も行動できていない。


 話さなきゃなあ。誰かと。人間は社会的な動物なんだから、孤独になりすぎると消えてしまうのだ。


 きっと、この憂鬱と絶望感はだれともつながっていないことからきているんだ。


 うん。きっと、そうだ。


 僕は立ち上がった。フェンス越しに眼下のグラウンドを眺める。小さくなったいくつもの人間が茶色がかった地面の上を駆け回っていた。


 元気だなあ。いいなあ。青春だなあ。


 僕はいつもそうだ。他人が楽しそうに笑っているのを、体育座りをして片隅で見ているだけ。本当は仲間に加わりたいのに、「あの人たちは自分とは違う世界の人たちなんだ」とあきらめて、傍観してばかり。


 勝手に理由をつけて、何もできない自分を正当化しているだけだ。


 そうしてこうやって自分を責めて、解決していない問題をうやむやにしようとしている。そんなことをしても、なんにもならないというのに。


 ため息がこぼれ落ちた。情けない。ただ時間だけが過ぎていくのか。


 言いようもない寂寥感に包まれて、しゃがみこむ。


 いつも落ち込んで、後悔を繰り返して、自分の存在を責めて、


 そうして僕はひとりでここにいた。


 ギイ。


 ふと建付けの悪いドアが開く音がした。そこから一人の女の子が出てきた。彼女はキョロキョロと辺りを見回して、誰かを探しているようだった。


 あの子は…?


 確か彼女は、芹沢茜さん。同じクラスの目立つ可愛い女の子だ。ぱっちりとした大きな瞳がすごく魅力的だ。肩に届くギリギリの長さの髪の毛が風に吹かれて揺れている。


 目にした瞬間に、どうか僕に気づかないようにと思ってしまった。とにかく芹沢さんに自分の姿を見られたくなかった。美しい人を目にすると、なぜかそんな衝動に駆られる。


 それなのに。


 目が合ってしまった。


 僕に気づいた芹沢さんが近づいてくる。


 動揺する。


 彼女は目の前まで来て、僕に微笑んだ。花が咲いたような笑顔に見とれて、思考が止まる。数秒の間見つめ合って、慌てて視線をそらす。


 きっと彼女の黒い瞳の奥には、戸惑う僕の顔が映っているんだろう。


「はい、これ。」


芹沢さんは黒い長方形型の金属を僕に渡した。


僕のスマホだ。


「えっ。」


急いでズボンのポケットに手を入れる。スマホは無かった。


 どうやら落としていたみたいだ。


「廊下に落ちてたよ。これ、松田くんのスマホだよね?」


「あ、うん…。」


「よかった。気をつけてね。」


そう言って、芹沢さんは踵を返して僕のもとから去っていった。なんだか夢の中にいるような気分で、僕は彼女の背中をぼーっと見つめていた。


 彼女がドアノブを握って屋上から出ていくのを見たとき、はっとした。


 まだ僕は彼女にお礼も言っていない。


「あの、、、ありがとう!!」


自分でもびっくりするくらい、大きな声が出た。芹沢さんはそれに応えるように手を振った。


 ドアが閉まる音がした。


 風は静かに僕の頬を撫でる。


 満ち足りた気持ちで、フェンスに背中を預けていた。今日、だれかと会話ができただけでうれしかった。

 

 芹沢さんが渡してくれたスマホが、僕の手のひらの上に乗っていた。


 


 

 

 


 


 

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