第4話 国鉄足尾線

 …それにしても女性が1人で入浴中と聞いた時の、あの輝く表情に弾んだ態度から、直後に「何だ、お前か…」とガックリうなだれたそのオジサンのあまりの落差に、僕とユージはププッ! と吹き出しそうになりましたが、ふと見るとオジサンは浴室に入る間際に哀しそうな恨めしそうな眼を僕たちに向けているではありませんか!

(えっ !? …そんな視線を向けられても…僕たちは何にも悪くないじゃん !! )

 と心中で叫んで僕とユージは素早く脱衣場を出て逃げるように部屋に帰ったのでした。


 …部屋ではサダジがまだ1人でテレビを見ながらビールを飲んでいました。

 僕は風呂場での出来事を話そうかと一瞬思いましたが、酔っぱらい親父に聞かせたところで意味無いな…とも思い、なおかつ薄ら眠くなって来たのでサッサと布団にもぐり、間もなくすんなり睡魔に落ちて行きました。


 …ぐっすり眠ったので翌朝は爽やかな目覚めでした。

 僕たち親子は朝風呂に行って3人とも意識をスッキリ起こした後、朝御飯を頂きました。


「さて、この後どうする?」

 朝御飯を済まして、お茶を飲んでいるとサダジが言いました。

「国鉄足尾線 (※現 わたらせ渓谷鐵道) に乗りたい!」

 …鉄道旅大好きな僕はキッパリと答えました。


 という訳で、フロントでタクシーを呼んでもらい、チェックアウトして女将さんに見送られながら僕たちは梨木館を後にしました。

「国鉄足尾線の最寄り駅まで ! …」

 タクシー運転手にそう告げると、

「えっ !? 足尾線!…」

 …群馬の山中をひっそりと走るローカル線は利用客が少ないらしく驚かれましたが、

「…う~ん、ここからだと上神梅 (かみかんばい) かなぁ…!?」

 ハンドルを握る運転手さんはそう言って、森の中の急坂をずんずん車は下って行きました。

 …今日も上空は冬晴れの良い天気、気温は低くてさすがに寒くは感じますが風は穏やかで、まずまずの旅行日和です。

 坂を下り切ると、視界が開けて眼の先には渡良瀬川の大きな渓流が横たわって見えました。

 川の手前を走る国道122号線に車は右折して、間もなく左手の川っぷちの低地に足尾線のレールと上神梅の駅舎が見えました。


 タクシーを降りて木造の駅舎に入って見ると、中は冷たい風の吹き抜ける無人駅で、僕たちの他には利用客も全く無い寂しいところでした。

 片側一面のホームに出ると、単線のレールが渡良瀬川に沿ってカーブしながら左右に延びていました。

 未電化路線のため上に架線も無く、本格的ローカル線です。

「…何だか寂れた駅だなぁ…本当に汽車が来るのかよ?」

 サダジが真面目な顔で呟きました。


 …しかししばらく待っていたら、大間々方面から汽車はちゃんと駅の時刻表のとおりに姿を見せました。

 やって来たディーゼル列車は2両編成、僕たちはベージュと赤の二色塗装、キハ58形車両のボックスシートに乗り込んで足尾に向かいます。…ちなみに車内はガラ空き状況でした。

 …国鉄足尾線は、桐生駅から足尾町の間藤 (まとう) 駅まで 44.1キロほぼ全線を渡良瀬川に沿って走るローカル線です。

 もともと足尾銅山 (※ 現在は閉山)の物資運搬のために敷設された鉄道ですが、銅山が閉められた現在はこのようなローカル路線になってしまいました。

 車窓風景を見ると、本当に山あいの渡良瀬渓谷の崖っぷちを削って敷いたような線路の上をカーブしながら淡々と進んで行く列車で、すぐ脇を大きな河石がごろごろ並ぶ真冬の渡良瀬川が寒々と流れていました。

 もっとも春から秋までの時期であれば山の緑が川面に映えるダイナミックな景観になるところなんだろうな…とも思って、またその季節にも乗ってみたい路線なのです。


 列車は河岸の崖上を上流に向かってくねくねと行きますが、線路に沿って走る国道122号線は川の左岸のだいぶ高い斜面の上方に造られていて、明らかに列車より速く自動車が進んで行くのが見えました。

 …神戸 (ごうど) 駅を過ぎると間もなく列車は長いトンネルに入り、車窓の景色が消えました。

 このトンネル区間は渡良瀬川をせき止めて造った草木ダム貯水湖があるところで、トンネルをしばらくして抜けるとまた川が現れ、原向、通洞といった旧足尾銅山に関係した駅が続きます。


 …そして上神梅からおよそ一時間ほどで、ディーゼル列車は足尾町の中心駅、足尾に到着しました。

 …列車を降りて3人で改札口を出ると、店も何も無いささやかな駅前の先にはバス停が見えました。

 バス停は線路にほぼ並行して左右に延びている国道にポツンと立っていて、表示されている時刻表を見ると、ちょうど5分後に日光行きのバスが来ることが分かりました。

 しかし昼の便はこの1本だけで、あとは朝に1便、夜に1便となっていて、要するに一日3本しか走っていないのです。

「いや~!ラッキーだったなぁ、ちょうど今の列車にアジャストしてたバスに乗れるぜ !! 」

 僕が振り返ってユージにそう言うと、しかしそこにはサダジの姿がありませんでした…。















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る