お正月、自由なサダジと出たとこ旅 (赤城山麓編)

森緒 源

第1話 東武浅草駅~りょうもう号

 …もともと僕と両親は昔、浅草に住んでいました。

 しかし、生後まもなくして僕がアトピー性皮膚炎になり、空気の悪い東京から当時まだ田舎だった千葉県の松戸に引っ越して、そこで両親は自営業を始めました。母親フミがパン屋、父親サダジは燃料店をやるようになり、幸か不幸かどちらもそれなりに客が付いて忙しくなりました。そしてその間に弟も誕生しました。

 …僕が高校を卒業すると、両親の商売を手伝い、年末大晦日まで必死に働いて、ようやく正月を迎えてやれやれひと休みというような毎年の暮らしでした。

 …それは僕が21歳、弟ユージがまだ中学二年の時、年末の忙しさを何とかやり過ごして正月元旦を迎えた時のこと。

 母親フミはもう疲れたと言って、それでも朝は家族のために雑煮だけは作った後、もう早々に寝正月を決め込んで部屋に引っ込みました。

 サダジと僕とユージは朝起きて雑煮を食べ、さらにサダジは1人お屠蘇を飲んで何となく良い気分になると、

「よし、浅草へ初詣に行こう!」

 と言いました。


 …という訳で父と息子2人は電車に乗って年始の賑わいを見せる浅草へと出掛けて行きました。


 3人で雷門をくぐって仲見世を歩くと、当然ながら初詣客でごった返していて、ただひたすら人の波に呑まれながらズルズルと本堂へと流されて行って参拝を済ませ、やれやれと境内の隅の自販機で温かい缶コーヒーを買って一服しました。

「…さて、これからどうする?」

 僕はサダジに言いました。…このまま家に帰るのも、せっかく浅草まで出て来たのに何だか勿体ない気がするし、お腹も減って来たし、かと言ってこの辺の飲食店はどこも今日は混みあって席など空いてないのは明白です。

 するとサダジはキッパリと答えました。

「じゃあ桐生の兄貴のところへ顔を出してみるか!…」

「えっ !? 」

 僕はそれを聞いてちょっと驚きました。

 …群馬県の桐生市にはサダジのすぐ上の兄、つまり僕にとっては叔父さん一家が住んで居るのです。

 叔父さんの名前はトモゾウと言ってサダジの2~3歳上で、昔サダジと一緒に群馬で仕事をしたことがあり、わりと仲の良い兄弟関係にありました。


 …僕たち3人は浅草松屋デパートの二階の東武浅草駅に歩き、窓口で群馬県桐生方面行き急行列車、りょうもう号の切符を買いました。

 …実は正直言うと、僕は鉄道旅行が大好きなので、東武鉄道1800系車両のりょうもう号に乗車出来ることになって、内心はかなりウキウキ状態です。

 ただ、日光鬼怒川方面行きのDRC特急「けごん」「きぬ」などの観光列車と違って、りょうもう号は東京と群馬県東部の中堅都市 (館林、太田、桐生) を結ぶビジネス急行としての役割が強い列車です。

(※注 DRC=デラックスロマンスカー)

 それでも有料急行列車りょうもう号は赤いボディーカラーに白い1本ラインの入った派手な車両で、デパートの構内二階部分をまるまる占める3ホーム4レールの浅草駅で僕たちを待っていてくれました。

 駅の売店で弁当と飲み物を買って車両に乗り込み、指定の座席に腰を落ち着けると、サダジはさっそくウィスキーの小瓶に口を付けてチビチビと飲み始めましたが、

「ところで桐生の叔父さんには、これから行くってことを連絡しないで大丈夫なの?」

 と僕が言うと、

「…ん~、一応電話しとくか ! 」

 サダジはそう応えてホームに降り、片隅にある公衆電話に向かいました。

 …そして2~3分して車内に戻ると、苦笑いしながら言いました。

「電話したら娘のトッコが出て、兄貴夫婦はこの正月は旅行に行って留守らしい…」

「えっ !? …じゃあどうする?」

 驚いて僕が訊くとサダジは、

「いやぁ、それならこの列車で終点まで行こう!…赤城山付近の、どこか温泉でも行くさ!」

 と応え、またウィスキーをチビチビやり始めました。


 そして間もなくして発車時刻が来て扉が閉まり、りょうもう号は動き出しました。

 …建物から急カーブして屋外に出た列車は隅田川の鉄橋をゆっくりと渡り、東京のビル群の景色の中を北に向かって、あてもない男3人行き当たりばったり出たとこ勝負の旅が始まったのでした。





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