第2話 玉ねぎの天ぷら

 ビュッフェに行ってきた。

『健康志向』を掲げた店で、豆腐やそれを使った料理に力を入れている。

 ……チェーン店なので「あの店か」と解る人も居るかもしれないが、具体的な店名は例によって伏せさせて頂きたい。

 ともかく、少し食べ過ぎるほどに楽しんできた。最後は腹部が張って少々苦しかったくらいである。

 おススメされていた豆腐は、ただ塩を振っただけでも濃厚な味わいがして美味しかったし、揚げ出し豆腐に麻婆豆腐、豆乳ソフトクリーム……そのいずれにも舌鼓を打った。ドリンクバーの『豆乳カフェラテ』も良い口当たりで好みである。

 ……しかし、一番印象に残ったメニューは『玉ねぎの天ぷら』だった。

 これには少々理由がある。

 何を隠そう……この天羽伊吹清、実はなのだ。ぶっちゃけ、迂闊に食べると吐き気がするレベル。

 ……何故、そんな自分がわざわざ玉ねぎの天ぷらなどというメニューを取ってしまったかと言えば……もう真面目にビュッフェの魔力にあてられたとしか言いようがないのだが。

 何にせよ、お残しは許さない心持ちである自分は、皿に乗せてしまった以上は玉ねぎの天ぷらも目を瞑って食べてしまうことにしたのだが――

 ――旨いのだ。

 衣はサクサクで歯に心地好く、その内から溢れ出す玉ねぎの甘さとジューシーさと言ったら、実に絶品だったのである。

 気が付けば、天ぷら嫌いのはずの自分が玉ねぎの天ぷらをおかわりしていた。それどころか、調子に乗って他の天ぷらのメニューにまで箸を伸ばす始末。

 ……挙げ句の果てに、うどんにまで玉ねぎの天ぷらを浮かべていた……。

 衣がうどんの出汁をたっぷりと吸い込んだ玉ねぎの天ぷらも、本当に旨かったと追記しておく。

 何はともあれ、今回の一件で判明したことがある。

 ――自分は、ある程度揚げ立ての天ぷらならば普通に食べられるのだ。

 ……どうも、一定以上の時間が過ぎた天ぷらが駄目であるらしい。

 思い起こせば、今まで自分は『揚げ立ての天ぷら』というものを食べる機会に全然恵まれてこなかった。

 スーパーなどで売っている総菜の天ぷらは、どうしても出来立てというわけにはいかないし……既にこの世に亡い母は、揚げ物の時は油の片付けまできっちり終えてからしか食卓に他の家族を呼ばなかったので、揚げ立ての天ぷらなど家の食卓には出てきた記憶が無いのである。

 ……自分の味覚にも、自分自身すら知らない一面がある――それが解っただけでも、今回のビュッフェ訪店は大成功だったと個人的には思うのだ。

 いつか、本格的な天ぷら屋で完全に揚げ立ての天ぷらを食べてみたいものである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る