十三着目 アニメを真に受けて何が悪いっ! ってアニメの中で言った人

 俺の突っ込みに真っ赤になる土留。

 衣装の袖口で鼻を拭おうとする土留を俺は羽交い絞めにした。


「馬鹿野郎っ! そんなとこで鼻水拭いたらせっかくの衣装が汚れるだろうがあっ! 乾いたらその部分がカピカピになるぞっ! 12000円もしたんだぞそれえっ!」

「うあああああんっ! 先輩はわたしと衣装とどっちが大事なんですかっ! こんな衣装鼻水まみれにしてやるうっ! バカああああああっ!」

「うっわ汚ねえっ、やめろっ! どっちも大事だ! なんだその仕事とあたしどっちが大事なのみたいな質問はっ!」


 なんとか宥めて鼻にティッシュを押し当てると「ち~ん」と鼻をかむ土留。

 なんで俺がこんなことをしなくちゃいけないんだ。子供かおまえは。


「うぅぅぅ、ぐずっ……もう帰りますぅぅぅ、このままじゃコミケ嫌いになります。そんなの嫌ですぅぅ」


 尚もグズり続ける土留。

 駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。

 とは言え強引に引き摺って行っても結果は同じだろう、このままでは碌に撮影もしてもらえず、土留にはトラウマだけを残して終わってしまう。

 なんとかこいつにやる気を取り戻してもらうしかないのだがどうしたものか。


「なあ土留。おまえ、なんでコスプレしてくれる気になったんだ?」

「なんでって? 頼んだのは先輩じゃないですか」

「そりゃそうだけど。頼んだ俺が言うのもなんだが、こんなことを引き受けてくれたからにはなにか理由があるのかと思って」


 そう言うと黙り込んで俯く土留。 俺も黙って見つめていると土留はおもむろに口を開いた。


「……たんです」

「ん? なんだって?」

「変われると思ったんです。コスプレをやれば、わたしはわたしじゃない別の誰かになれるんじゃないかって思ったんです」


 それは、先程までの拗ねたような態度とは違った。

 そして俺はそこでようやくわかったような気がする。

 コスプレショップで黒裂さんに言われた言葉に、土留が少なからず反応したのはこういう事だったのかと。

 土留は訥々と話してはいるが、まるで自分の本音をぶちまけるような、本心を絞り出すようなそんな叫びに俺は聞こえた。


「わたしはわたしのことが嫌いです。自身がないんです。こんなわたしなんて誰も見ていない、興味ないって、誰もわたしのことなんて受け入れてくれないって、ずっとそう思ってきました。でも……コスプレをすれば、違う誰かになれば客観的に自分を見ることができるかも、そうすれば自分のことを好きになれるかもしれないって思ったんです」


 そうか、それでこいつはいつも皆と……。


「だからおまえは……いつも皆と距離を置いて、他人との間に壁を作って」

「違いますっ!」


 え? 違うの?


「先に距離を取ったのはリア充共あいつらの方じゃないですか」

「え? そうなの? ど、どういうこと?」

「わたしがアニメのキャラを好きだと言ったら、おかしな奴を見るような目で見てきて段々話さなくなったのはリア充共あいつらの方が先です! 中学に上がるまでは普通にアニメや漫画の話をしていたのに。普通に好きなキャラのお絵描きをしたり漫画を描いて見せあったりしていたのに、急にあいつらの方から壁を作り始めたんじゃないですかっ!」


 なんだなんだ? これはあれか? 俺、土留のトラウマスイッチ押しちゃった? 地雷踏み抜いちゃったかな? て言うかこれ、すべてのオタクに通ずるトラウマじゃないか? なんだか俺も心拍数上がってきたぞ、やめて土留ちゃん。


「いつまでそんなの見てるの? って言われました……」

「うっ……」

「早く大人になりなよっって言われました……」

「ぐあっ……!」

「あいつらは馬鹿なんですか? アニメや漫画やラノベを作っているのは大人なんですよ? 子供が描いているとでも思っているんですか? じゃあそれを作っている人達は子供なんですか? キモいんですかっ? アニメが好きでなにが悪いんですかああっ!」

「い、いやまあ、おまえの言いたことはわかるけど、それとコスプレをやってくれるのと何が関係あるんだよ?」

「知らないですよっ! もうなんでこんなことしているのか自分でもわけがわからないんですよっ!」


 なんかもう論点が変わりすぎてなにがなにやらわからなくなってきた。

 でも……でもこれだけはハッキリ言える。


「土留……おまえは勘違いをしているぞ」

「はい?」

「おまえはここをどこだと思っているんだ?」

「どこって……ビッグサイトじゃないですか……!」


 自分で言ったその言葉に土留は小さな反応を示した。

 どうやら気が付いたみたいだな。まったくもって世話の焼ける奴だ。

 まあでも、変わりたいって気持ちがあるのなら。そして今それに気が付けたのなら。こいつはきっと変われるはずだ。

 いや、変わる必要なんてないっ!


「そうだドドミンっ! ここはビッグサイトだ! コミケ会場だっ! ここにはアニメを、漫画を! ゲームをラノベをオタク文化を好きな奴しかいないっ! 学校でおまえの好きな物を好きな事を嘲笑ったような奴は一人もいないんだっ!」

「……先輩」

「だったら思う存分見せてやれっ! おまえが好きだってものを思う存分ぶちまけろっ!変わる必要なんてねえ、おまえの本当の姿を見せてやれっ! そしたら皆、絶対に……」


 そこまで言って俺は言葉を溜める。

 これは俺の願望だ。こうなって欲しいと言う俺の本心だ。

 だからちょっぴり恥ずかしいけれど、それでも俺はおまえに言う。


「絶対におまえのコスプレ姿をかわいいって褒めてくれるぜっ!」


 きっと俺は真っ赤になっていただろう。面と向かって女の子にこんなことを言うのは初めてだったかもしれない。

 でも、土留は、すこし驚いた表情をした後に、ゆっくりとそして恥ずかしそうに微笑んでくれた。


 元居た場所に戻ると土留はしゃがんで手鏡を覗き込む。涙と鼻水でメイクが崩れてしまったのでその手直しだ。

 まだ少し緊張した面持ちではあるが、さっきの俺とのやりとりでだいぶ気分も晴れたっぽい。

 だいたいあんなカメコなんてそうそう居るもんではないのだ。

 変な奴が来たなぁくらいに思えばいいのだが、まあそれは人それぞれだ。そう思えずに落ち込んでしまう人もいるのは仕方がない。

 それにしても、コスプレを始めてすぐにあんなアクの強いカメコにぶち当たるなんて、たぶんこいつのステータスが表示できたらラックは相当低いんだろうなぁ。


「なにニヤニヤしながら人のこと見ているんですか先輩? 気持ち悪いですよ」

「いやな。そうやってしおらしく化粧を直している姿は、なかなかに可愛らしいぞ土留」

「なんか先輩の可愛いってのは、小動物に対する言い方みたいであんまり嬉しくないです」


 まあな。おまえ小動物みたいだもん。

 そうしてメイクを終えると立ち上がり土留は目を瞑り深呼吸をする。


「先輩……」

「なんだ土留」

「わたしは……わたしはやっぱり自分に自信が持てません。変わりたいとは言っても別にリア充になりたいわけでもありません」


 俺は黙って土留の言葉に耳を傾ける。


「でも、ここでなら……コミケでなら。本当のわたしを笑う人も、馬鹿にする人もいないと言うのなら。本当のわたしのことを皆が受け入れてくれると言うのなら。わたしは先輩のその言葉を信じてみます! もう一度信じてやってみますっ!」


 そう叫ぶ土留の眼を俺はじっと見つめて頷いた。

 そうだ。それでいい。おまえならやれる。俺は信じているぞ土留。

 おまえがあの時俺に見せたあの眼は本気の眼だった。

 強い憧れってのは時に大きな力を生み出せるんだ! それはいずれ信念に変わり、おまえの願いを現実のものにしてくれるだろう。

 だからこそ俺はおまえが人気レイヤーになれると、そう確信したんだ。

 臆するな土留! みっともなくたっていい。恥をかいたっていい。今は前だけを見て、全力でおまえ自身を、おまえのすべてを解き放つんだドドミンっ!


「ふぇぇぇぇぇえええ、ぜんばぃぃぃぃぃぃいいいっ! もう嫌ですぅぅぅぅう。足が痛いですぅぅぅ。腰が痛いですぅぅぅ。暑いし喉は渇いたし死にそうですぅぅ。なんであの人達あんなにしつこく撮るんですかぁぁぁぁ! ずっとポーズを取り続けるこっちの身にもなってくださいよぉぉ」

「おまえ……根性なさすぎだろ」


 しょうがないのでちょっと休憩。

 冷えピタをおでこに貼ってやり、凍らせてきたスポーツドリンクが、丁度いい具合に溶けてきているのでそれを飲ませてやる。


「このちょっと溶けた状態の濃い部分が美味しいんですよね!」

「いきなり復活したなおまえ」

「砂漠でオアシスを見つけた人の気持ちが理解できた気がします」


 笑顔でくぴくぴとシャーベット状のドリンクを飲む土留。

 すると隣にいたレイヤーさんがおずおずと近寄って話しかけてきた。


「あ……あの、それ、みぐみんのコスですよね?」


 よく見るとその娘は同じアニメの別ヒロイン、女神の恰好をしたレイヤーさんだった。

 いきなり知らない人に話しかけられたので戸惑い俺の後ろに隠れる土留。

 黒裂さんや麗奈さんみたいな大物にはなぜか突っかかっていくのに、下手に出てる人だと隠れるって変な人見知りだなおまえ。

 とまあ、それはさておき。土留が答えないので代わりに俺が返事をする。


「あ、そうですよ。そちらは駄女神のですよね。それ、もしかして自分で作ったんですか?」

「え? まさか。買ったんですよ。でもこのスカートの部分とかはちょっと手直ししました」


 ほうほう、なるほどな。いい具合のシースルーになっていますね。見せパンとはいえそんだけ透けていると、とてもエロチックですよムフムフ。


「痛いっ!」


 突然背中に激痛が走る。

 驚いて振り向くとなにやら土留が殺気立った目つきで睨んでいた。


「なに鼻の下伸ばしているんですか? こういうビッチが好きなんですね先輩は」


 なんだよ? なんで怒ってんだよ? て言うか初対面の人をビッチとか言うな馬鹿ちん。

 女神レイヤーさんは不思議そうな顔をしてこちらを見ているのだが、笑顔で再び土留に話しかけてきた。

 よかった……聞こえてなくて。


「あ、あの。そのみぐみんの衣装もちゃんと直してありますね。すごい綺麗に仕上がっていて、いいなぁって思って、ご自分で直されたんですか?」

「華音さんにやってもらいました……」


 俺の後ろに隠れながらボソボソと小さな声で返す土留。


「え? カノンさん? お友達ですか?」

師匠マスターです。わたしは黒裂華音さんのアプレンティスですから」


 土留のその言葉にびっくりした表情になると、レイヤーさんは興奮した状態で捲し立ててきた。


「えええええええっ! あの黒裂華音さんのお知り合いなんですか? すごいっ! じゃあこれ華音さんが作ったんですか? やっぱり本業の人は違うなぁ。いいなぁ」


 やっぱ黒裂さんのネームバリューはすげえな。て言うか、なんでおまえが得意げな顔してるんだよ土留。


「ふふふん。まあ、わたしくらいになるとそういった知り合いも多いので、がぶり~るれいなとも知り合いですし」

「えええええええええええええっ! あ、あの、超人気レイヤーの麗奈さんともお知り合いなんですかあっ! すごいっ! すごいですっ!」


 すごいっ! マジですごいなこいつ! 今日あったばかりの人を自分の知り合いだと豪語する奴なんて初めて見たよ俺。こいつはあれだ。おまえ最低な奴だな土留。

 呆れながら見ている横で、女神レイヤーさんに名刺を貰って、SNSを相互フォローし合う土留。「なにかあった時はいつでも相談してくださいね」とか、ものすごく上から目線で言っている姿を見て俺は無性にこいつをぶっ飛ばしたくなったよ。

 そしてレイヤーさんが去っていくと土留はドヤ顔で俺の方を向いて言い放つ。


「どうです先輩っ! フォロワーひとりGETだぜっ!」


 イラっ……。


「なにがGETだぜっだ! このクズがあああああああっ!」


 俺の突っ込みに不思議そうな顔をする土留であったが、その顔がまたムカつくのであった。

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