六着目 SNSへの書き込みは知らない人も見ています十分に気を付けましょう。

 写真撮影に於いてこれが正解だ。なんてものはないらしい。

 まあ当然と言えば当然である。人によって撮りたい写真なんてのは様々なのだから。

 目で見たそのままを、或いはファインダーを覗いた時をそのままを写真に残したい。

 いやいや、もっとこう暗い感じに、明るい感じに、この色を強調したい、この部分を強調したいなど。

 写真と言うものは同じ場所、同じ時、同じ被写体を撮っても、人によってその表情がまったく違うものになるからこそ面白いと言えるのだ。

 が、しかし。

 それはやっぱり時と場合による。

 皆で一緒の人を撮りましょうとなった場合には、その場のルールと言うものがあるのだ。好き勝手に撮っていいと言うものではない。

 それこそレイヤーさんに向かって直接フラッシュをバシバシ当てていたら皆の邪魔になるってもんだな。

 というわけで、駆け出しの更に駆け出しの頃になにを血迷ったのか、人気レイヤー黒裂華音撮影会に参加して大事故を起こしてしまった俺の苦い思い出でした。

 あの時は先輩カメコのオジサマ方が皆優しくてほんと涙が出たよ。


「それはいいんだよ別に、だって、誰だって初心者の頃はそういう失敗するものでしょ? そうやってみんな成長していくんだもんっ!」

「誰に向かって言ってるんですか先輩?」


 俺の力説に冷静な突っ込みを入れる土留であった。


「そうね。そんなものは些細な失敗にすぎないわ。数馬九十九っ! 問題はあなたの私のツイートに対するリプ内容よ! あれは黒歴史以外のなにものでもないわね」

「なんですかそれ? わたし気になります」


 おいやめろ土留っ! なんかその台詞聞いたことあるぞ。てーか詮索しないでお願い、マジでやめて死にたくなるから。


「ほんとうにかわいいです。かのんたそ萌え~。ぐぬぬ、そのイベントは行けそうもないです。早くかのんたその写真撮りたいよぉ。かのんたそが天使すぎておにいさんいつも緊張しちゃいますテヘペロ。…………なんですかこれ? 書いてて死にたくならないんですか先輩?」

「わーっ! わーっ! やめろおっ! 本当に死人がでるぞっ! おまえっ、音読とかマジで殺す気かこの人でなしっ! てーかなんで見せてんですかああああっ!」


 半パニック状態の俺を嘲笑うかのように見ている黒裂さんと、虫けらでも見るかのような目で見つめる土留。だから嫌だったんだ。

 そう、俺はこのゴスロリ堕天使、黒裂華音を本当に見た目通りの年下の中学生と思って話しかけていたのだ。

 それをこの人は、俺の事をリアル高校生であると知りながら、自らの本当の年齢は隠し年下であるかの様に振る舞って弄んでいたのだ。

 クマさん(撮影会に居た髭もじゃのワイルドなおじさん)がアフターに誘ってくれて、そこの飲み屋で黒裂さんが、焼酎の一升瓶をラッパ飲みしている姿を見て俺は驚愕した。もちろん俺はソフトドリンク。

 そして二次会のカラオケボックスで、残酷な天使のテーゼを歌いながら、堕天使が口からダークマターを精製するのを見て現実を知ったんだ。

 消せない過去の痛い記憶、ネットってのは本当に怖いからみんなも気を付けようね。


「正直今日一日で先輩のイメージがマイナスゲージ振り切りましたよ」

「ドドメさん、数馬九十九のライフは0よ。もうそれくらいにしておいて差し上げなさい」


 もう一思いに殺してください。


「それにしても先輩、よくこんな年上の人にこんな内容のリプを送れますね」


 その言葉に眉をぴくっとさせる華音さん。


「え? おまえ黒裂さんの年齢知ってるの?」

「知らないですけど、どう見ても十代ではないですよね」


 あれ? ちょっと口元ヒクヒクしてません黒裂さん? 大丈夫ですか? 女って女の年齢にはすごく敏感だよね。怖い怖い。


「そんなことよりも数馬九十九っ! あなたはこんな所でなにをしているのかしら? まさかとは思うけど、その子の衣装を探しに来たんじゃないでしょうね?」


 そのまさかなんですけどね。まあまだ本人がやってくれると言ってくれていないんですけど。

 俺が返答に困っていると「ふーん」と言いながら土留のことを値踏みし始める黒裂さん。

 頭のてっぺんから足の先までマジマジ眺めると、特に興味なさげな感じで話し出す。


「まあいいんじゃないの? 誰だってコスをするのは自由だもの。誰がどんな恰好をしたってそれを他人が咎める理由もないしね。仲間内で楽しむ分にはいいんじゃないかしら」


 理解ある風なことを言っているのだが、どうにも棘があるようにも聞こえるな。

 土留もそれを察したらしく、ちょっとムッとした表情になると黒裂さんに向かって問いかける。


「どういう意味ですか?」

「ん? なにか気に障ったかしら? 仲間達と一緒に学園祭のノリで仮装して楽しむ分にはいいんじゃないってこと」

「それは……あなたはそうじゃないと?」


 土留の問いかけに、黒裂華音はスカートの裾を翻し、右手の平を突き出しポーズを決めると自信満々に言い放った。


「当然よっ! この私を誰だと思っているの? 私は堕天使†黒裂華音† あなた達素人レイヤーとは立つ次元が違うのよっ!」


 黒裂さんの啖呵に土留は、怪訝顔をしながら言う。


「いやいや、素人もなにもレイヤーじゃないし。そもそもコスプレイヤーにプロとかあるんですか?」


 まあプロかどうかは別として、コスプレイヤーを職業として収入を得ている人は実際にいる。

 しかもとんでもない額を。

 伏字で名前を出そうかと思ったけど、結構本気で怒られそうだからやめておく。

 さて、それはさておき。

 土留の問いに黒裂さんは真剣な眼差しで答える。

 その鋭い眼光に俺と土留は息を飲んだ。


「心構えの問題よ。じゃあ聞くけど、あなたはコスに命を懸けられる?」

「は? 懸けるわけないじゃないですかそんなことに……」

「まあそうでしょうね」


 それみたことか、とでも言わんばかりに鼻で笑いながら言う黒裂さん。


「あなた達にとっては、そんなこと、と言って切り捨てるようなことを、私達は命懸けでやっているわ。収入のほとんどを衣装やメイク代に費やし、スタイルを維持するための食事制限、過酷な条件下の元でもポーズを取り続けられるように体力作りだって欠かせないわ。私の知っている中にはたった一回のコスの為、キャラのイメージを損なわないようにと14㎏も体重を落とした子だっている。この世界では日々の弛まない努力を怠ったものから脱落していくのよ。私達はそんな世界で生きているの」


 捲し立てる黒裂さんを呆れた表情で見る土留。


「いやぁ……その努力をもっと別の方向に向ければ……」

「だまらっしゃいっ!」


 それにしてもすごい世界だなコスプレってのは、まあ勿論、皆が皆そんなコアなレイヤーってわけではないだろうけれど、そのプロ根性は素晴らしいものだと思う。

 土留も表面上は理解できないといった感じではあるが、やはり言い返せないのか、その後は口を噤んだままだ。


「いい? さっきも言ったけれど。あなたがコスプレをするのは自由よ。でもね、そんな不貞腐れた様な態度で、本心さえも押し隠したまま衣装を着たところであなたは何も変わらないわ。そんなんじゃ何者にもなれやしないわよ」


 その言葉に土留は目を見開き、微動だにすらできないでいるように俺は感じた。

 黒裂華音の辛辣な物言いに気圧されてと言うよりは、心の中を見透かされたことが悔しい。そんな表情に見えた。


「お言葉ですけど黒裂さんっ!」


 俺は自分でも驚くくらいに声を張っていた。


「土留は不貞腐れているいるわけではないです。俺は今日、ビッグサイトで彼女のコスプレイヤーを見つめる眼を見ました。ファインダー越しに見た彼女の眼は……彼女の眼に俺は一瞬で心を奪われましたっ! なにかに本気で憧れている人の眼ってのはこんなにも綺麗なんだと、俺はあんな綺麗な輝きを見るのは初めてでした!」


 自分でも物凄く恥ずかしいことを口にしていると言うことは百も承知だ。

言われた土留もさっきまで以上に目を真ん丸に見開き驚いた表情をしている。

 黒裂華音も同様だ。土留に向かって言った言葉に俺がこんなにも感情を露わにするなんて思いもしていなかったのだろう。

 でも俺は……俺も悔しかったんだ。黒裂さんの言っていることも一理ある。

彼女は実際に人気レイヤーとして何年も第一線で活躍してきたのだ。その努力は並大抵のものではないだろう。

 それでも、なんだか土留が馬鹿にされているような、そんな気がして我慢できなかった。


「俺は土留にコスをしてもらいます。その為に今日ここに来たんです。そして必ず彼女を人気レイヤーに、あなた達と同じ高みまで押し上げて見せます」

「へぇ……あんまり舐めないで貰いたいわね。これから準備をするの? そんな


 一朝一夕で出来るほどコスプレってのは甘いものじゃないのよ?」


「やってみせますよっ! 明後日のコミケ最終日、完璧ではないにしても形にはしてみせますっ!」


 この時、俺は知らなかった。

 黒裂華音と火花を散らしあう俺の後ろで、土留が物凄く迷惑そうな顔をしていることを……。


「なんであんなこと言ったんですかっ!」


 いまだかつてない勢いで怒り出す土留、もうすでに黒裂華音は店内から消えていた。

 去り際に「楽しみにしているわね」と余裕の笑みを浮かべていたのだが、どこか嬉しそうにも見えたのは俺だけだろうか?

 俺の胸ぐらを掴みながらガクガクと揺らす土留。

やめろぉぉぉ。むちうちになるじゃないかあ。


「あれじゃあもう引くに引けないじゃないですかぁ」

「そうだ土留。もう後戻りはできないぞ、俺と一緒にコスプレ道を極めようっ!」

「ばかあああああっ!」


 土留の張り手が俺の顔面に炸裂するのであった。

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