第37話 いよいよ舞台本番

 ソニアは、舞台袖から最初のシーンに登場する出演者達の様子をうかがった。開場五分前になり、彼らは最初のシーンの位置についている。王子は重要な役柄で序盤から登場するため、すでにスタンバイしている。始めてフレデリック王子を舞台袖から見ると、真剣な表情がはっきりと見て取れた。

 定刻通り公演は始まり、静かに幕が上がっていく。いつも通り王子は堂々と歌いながら踊ったり演技をしたりしている。カレッジにいた頃からジョージと共に歌い、その後も練習を続けてきた王子の歌は素晴らしかった。観客達はうっとりして彼の姿に魅入っている。ソニアが通い続け、客席でうっとりと聴いていたその声が目の前で聞こえている。その人がジョージであろうとフレデリック王子であろうと変わりはない。素晴らしいものは素晴らしい、とソニアはしみじみと思った。

 最初のシーンが変わり、ソニアが登場する場面になった。がくがくと体を震わせているソニアに、監督が大丈夫だ、いつも通りにやりなさい、と優しく声を掛けた。練習の時は厳しく鬼のように見えた監督が、天使の様に見える。少しだけ体が軽くなり膝の震えは小さくなった。

 さあ、出番だ。つま先立ちでまるで床を滑るように軽やかに中央まで出て行く。そこで止まり王子の方を向く。王子は驚いたように、自分を見つめている。さあ、いよいよ見せ場だ。始めは小さいかった声が、次第に伸びやかな声に変わった。王子もその声を聴き安心したようで、呼びかけに反応して所狭しと生き生きと動くことができた。このまま無事にこのシーンが終わりますように、と念じながらソニアは舞台袖に引っ込むことができた。

 ああ、もう一度出番があるけど、ひとまず大丈夫そう。ふ―――っと息を吐き、一旦奥へ引っ込んだ。

 二度目の出番も無事にこなすことができ、ようやく前半の出番が終了した。それまで生きた心地がしなかった。前半が終わり、休憩時間になった。幕が下り前半のセットのかたずけと後半のセットの設置で、ステージ上の裏方たちはてきぱきと働いていた。出演者はいったん全員が舞台裏や楽屋に入り衣装を替えたり、しばし休息を取っている。ここでフレデリック王子とジョージが入れ替わっていたのだ。

 そして、後半が始まり本来の出演者であるジョージがスタンバイした。後半でも一場面だけソニアは出演することになっていた。ジョージと共に歌を歌い、踊った。ジョージと一緒の練習は少なかったが、そこはさすがのプロでこちらの動きに合わせて動いてくれる。どちらが王子でどちらがジョージなのかメークアップをしているので本当に見分けるのは困難だろう。ソニアも必死に声を出し、体を精一杯使いジョージに合わせようとした。

 皆で力を合わせて、一つの作品を作り上げることが、これほど楽しく感動的なことだとは思わなかった。ソニアは、自分の出番が終わり舞台袖に退場するときには、悦びで胸がいっぱいになっていた。上からそれを見ていたフレデリック王子も満足げにソニアを見つめていた。やはり、この人は上手だ、自分の見立ては正しかったのだと納得していた。


「ソニア様、最後に出演者が全員そろってステージに出て挨拶しますので、残っていてください」


「あ……ああ、そうなのですね」


 ジョージから言われていたので、終わりまで舞台のそで近くで待機していた。最後のシーンになった。監督がソニアに行った。


「ここで皆と一緒にもう一度舞台に出て挨拶してください」


「はい」


 客席から、盛大な拍手が聞こえ歓声が上がった。さあ、後に続いて出て行かなければ、とソニアは後ろからついていき挨拶した。何人かのファンが舞台の方をめざして歩いてきて、花束を渡していた。ジョージに花束を渡しに来た女性の顔を見て、はっとした。どこかで見たことがあったが……そうだ! ガーデンパーティの時にフレデリック王子のそばにいた女性。リリー・サイレーン嬢だった。まずい、どうかこちらを見ないように、と念じてできるだけ顔を伏せた状態にしていた。彼女はジョージと握手をしている。ジョージもにこやかに微笑みながら、花束を受け取っている。ソニアはほっとして緊張の糸が緩んだ。挨拶が終わり顔を上げ客席の方を見上げた。その時リリー嬢とほんの一瞬目が合った。


「あら、あの方……ソニア様。そうよねえ……でもなぜここに? 絶対にそう」


 ソニアの顔は一瞬でこわばり、もうこれ以上何も言わないでと、心の中で叫んだ。今この場では言わないで欲しい、と客席後方へ視線を向けた。ジョージがすかさず答えた。


「違います。ソニア様なら、陛下のお隣に……」


 リリー様、どうか見逃してほしいとソニアは念じた。リリー嬢はボックス席を見上げて、フレデリック王子と一緒に座っている女性を見た。遠目に見れば、イザベラはソニアにそっくりだ。じっと見つめ、再び今度は先ほどより大きな声で言った。


「あの方は、イザベラ様ではありませんか。何をおっしゃっているの。間違いありません、絶対にあの方はソニア様ではありません! 私は一度お会いした方を忘れることはありませんから」


 前方の席に座る観衆からざわめきが起り、ひそひそと話声が始まった。

その光景を見ていた監督ははっとして、すぐさま舞台へ降りリリーのそばへ寄り囁いた。


「これ以上騒ぎを大きくしないでください。大切な場ですから。お願いします」


「ああ、私としたことが。取り乱してしまい、御免なさい」


 リリーは、自分の席へ首をかしげながら戻っていった。観客の視線がソニアに集中していた。ソニアはその場にいるのが、いたたまれなくなった。ジョージもそれを察して、挨拶が終わると出演者皆に目配せして退場した。

 袖に引っ込むと他の出演者達への挨拶もそこそこに、ソニアは大急ぎで楽屋へ戻り衣装を脱ぎイザベラの服に着替えた。舞台用のメークを落としたが客席へ戻る勇気がなく、そのまま両手で顔を覆いがっくりと椅子に座りこんだ。

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