第21話

 俺たちは急いで穴大蛇退治の報酬を受け取りに行った。

 穴大蛇はほとんどギンニール姉妹が倒したも同然であっても、俺の剣を持っていかれた以上、報酬くらいは貰っておかないと割りに合わない。

 依頼元の村で報酬を受け取り、町には寄らずにすぐ出立した。剣がエルフの武器じゃないのがいつバレるかわからないし、とっととこの近辺から離れるに限る。

 姉妹が転移の魔法で追いかけてくるとしても、出会った町より先には、徒歩で来るしかないだろう、というのが俺とヴァンネーネンの読みだった。

 一般的に転移の魔法の使い手は、自分が行ったことのある場所にしか飛べない性質上、より栄えたところ、つまり需要のある都市や街へと繋がるようにする傾向にある。

 例えば、もしニルレイの街を拠点にしているとすれば、半月ばかり歩くとしても、都を訪ねるのは、自分の収入を増やす上で理にかなっている。

 しかし辺境方向へは、客がどのくらい見込めるかわからない以上、危険を伴う旅をしてまで、繋げる価値はないと判断するわけだ。

 その点、俺たちの後にしてきた町は、他の街から繋げる転移屋がいるぎりぎりの規模というところだ。

 はっきり言えば、この先ルーランスンの森近辺までは、転移屋は間違いなくいない。俺の故郷は辺境の田舎の村なのだ。

 ちなみにヴァンネーネンが姉妹のことを調べる時に転移屋を探したところ、都どころかニルレイの街にしか飛べなかったので、ニルレイからさらに転移する必要があったそうだ。


「てか、よく騙されてくれたよねあれ……」

 街道を歩きながら、トールが言う。午後もだいぶ遅くなって、もうあと少し進んだら、今日は野営になるだろう。

「ほんとにな。思った以上にすんなりいって、俺の方が驚いたわ」

「ジャスレイさんはああいう腹芸もできるって、よく覚えておきます」

 人聞きの悪い。

 そもそも、にある、なんて訳の分からないことになってるものを、どう渡せと、という話なのである。

 仮に、手元に出して渡したとしても、戻れと念じるだけでまた体内に仕舞われるんだから。

 その辺りのことは、さすがにあの二人の情報にもなかったのか、俺を一通り身体検査したマイアは、まんまとただの人族製の剣を持ち帰ったわけだ。

 手放したくても手放せない、という詳細を説明しなかったのは、知れば俺ごと拉致するという結論に到るのが容易に想像できたからだ。

「例えばですけど、剣は、出した状態でジャスレイさんが殺された場合、その場に残るんでしょうか?」

「この間のエルフ会議の話だと、そうなるっぽい口ぶりだったが……」

「擬似人格に尋ねてみては?」

 ヴァンネーネンの小声の提案は、俺はなんでそれを今まで思いつかなかったのか、というものだった。まあ普通は剣と会話なんかしないからな。

「そうだな……といっても今は場所が悪い。あの姉妹のことを考えると、人から聞かれない状況を整えなけりゃ」

 街道には俺たち以外に見える範囲で人の姿はないのだが、他人の様子をこっそりうかがう魔法は色々ある。

「ヴァンネーネン、きみは何か盗み聞きを防ぐ魔法はあるか?」

「隠蔽を応用すれば、多少できます。野営場所決めたらやりましょうか」

 なんとなくありそう、くらいの印象で聞いたら本当に使えた。やっぱり『里付き』人族の仕事って実質、密偵みたいなものなんだろうな……。


「でもさー、ジャスもネネちゃんも、あの二人が怪しいって、最初から思ってたわけ?」

「そうですね」

「そりゃそうだろ」

 ヴァンネーネンの一連の動きは、トールには全く教えていなかった。彼女らへの疑いを顔や態度に出さないのは、トールには難しいのではないかとヴァンネーネンが言うので。

「大体、女性冒険者の方から声をかけてくるなんて、ウラがあるに決まってる」

「それは経験則ですか?」

「……そうだよ」

「えー、聞きたいそれ」

 まあ、トールにはそのあたりのことを教える必要があるとは思っていた。

「じゃあ、俺が過去に遭遇した女性冒険者の話をしてやろう」

 

 はじめて組んだ冒険者が引退して一人になったので、ある街で入れる一団を探していた時のことだ。

 それまで色々な土地を転々としていたせいで馴染みの仲介屋もいない。俺は酒場で依頼を物色する一団を観察しては、魔法の多少使える剣士が欲しくないか声をかける、という今思うと大層効率の悪いことをしていた。

 当然だが、そんな売り込みを受け入れるような一団はなく、所持金は減る一方、という状況になった。

 そんなある日、その日はもう諦めて街の外で野営しようと歩いている俺に、声をかける人族がいた。

 それは魔法使い風の装束の若い女で、自分と組んで依頼を受けないか、という申し出だった。

「もてもてだ。」

 トールとヴァンネーネンが声を揃えて言う。

「話の主旨を思い出そうな?」

 ともあれ、まだガキといって差し支えない年齢だった俺は、その女冒険者の「駆け出しで使える魔法も少なく、組む相手がいなくて依頼が受けられない」という話に大いに共感した。

 もちろん自分も全く同じ状況だから、ぜひ一緒に依頼を受けようとなる。

 一応なけなしの分別を働かせ、見栄を張らずに駆け出し二人でもなんとかなりそうな依頼を探したのは、我ながら本当に偉かったと思う。

 結果として、死ぬことも再起不能の怪我を負うこともなく小物の怪物を退治して町に戻った。

 話がややこしくなったのはその後だ。報酬を受け取り、それを折半しようとしたところで、女冒険者の夫を名乗るゴロツキ風の男が現れたのだ。

「あぁ……」

 話の先が読めたとばかり、ヴァンネーネンが半眼でため息をついた。

 夫を名乗る男の主張はおおむね次の通りである。

 他人の妻を無断で連れ出し、怪我を負わせた。あまつさえ、金を払って姦通を行おうとした。謝罪と賠償を要求する。

美人局つつもたせのお手本みたいな話ですね」

「怪我あったんだ?」

「確かに怪物の攻撃をかわそうとしたかなんかで、その子が転んだ場面があったんだよな。といっても頬にちょっとすり傷ができてたくらいだ。顔に傷をつけた、って夫の方は大騒ぎしたが」

 無断で連れ出しも何も、向こうから声をかけてきたのだし、姦通云々に至っては、報酬を分けようとしただけなのだが、最初から因縁をつける目的で俺に声をかけてるわけだから、事実を説明したところで収まるはずがない。

「結局どうしたのさ?」

「俺もあの頃はガキだったからなあ。話は通じねえし、もう面倒になって、報酬全部渡すから勘弁してくれって言ったんだけど」

「言ったんだけど?」

「ゴロツキ仲間が三人に増えて、装備から何から金目のもの全部持ってかれた」

「うわぁ……」

「次に、また別の街でこれも若い頃の話だが……」

「まだあるんだ?!」

「言っておくが、この手の話は朝までできるくらいネタがあるぞ俺は」

 結局、その日は野営場所を決めるまで、俺の女性冒険者がらみの災難の話を延々聞かせた。

 ヴァンネーネンは「新しい二つ名に『女難』のジャスレイというのはどうですか?」と言ったがもちろん丁重にお断りした。


「さて、これでどこかに誰か潜んでいても、声が漏れないはずです」

 街道からわずかに森に入り、良さそうな場所で火を焚いて、簡単な食事を済ませた後のこと。

 ヴァンネーネンの隠蔽の魔法は、俺たちが輪になって座っている周りをぎりぎり囲む程度に調節しているそうだ。あらかじめ、俺とトールはあまり動き回らないように言い含められている。

「よし。……来い」

 大丈夫だとは思いつつ、一応剣が外から見えないよう、外套の中に手を隠して呼び出す。

 わずかの間もなく、掌中に剣が現れた。

「擬似人格、いくつか確認したい。だがその前に、俺とこの二人にだけ、きみの声が聴こえるようにできるか?」

「可能です。今後は常にお二方に声が聴こえるよう設定できます。実行しますか?」

「ああ、やってくれ」

「設定完了しました。質問をお話しください」

 トールとヴァンネーネンが聴こえているというようにうなずいた。

「使用登録者が死亡した場合、合意剣はどうなる?」

「その場所に残存します。シバラの合意剣が出現している場合、していない場合、いずれも同様です」

 やはりそうか。

「でも、仮にそれを拾得した人族がいたとしても、使用者登録を行う方法はないですよね?」

 ヴァンネーネンが尋ねる。

「ありません。シバラの合意剣の各種設定は、ミラロー監獄の端末……石碑で行う必要があります。しかし設定を行う管理魔法も現在損傷しています」

「つまり、たとえ奪われても使えないってこと?」

 とトール。

「居合わせたのが人族なら、そうだな。だがエルフ……例えばヴーレなら、持ち去って設定とやらをできるわけだ」

「可能です。ただし、管理魔法の再構築が必要です。エルフであっても、その作業には百年から数百年程度の時間が必要であると推測されます」

 バーラが一人で三百年くらいかかったというやつか。

「正直なところ、奪われても俺にはさほど困ることはないんだよな……ただ、うっかり剣について何か考えただけで、俺の手元に帰って来ちまう可能性があるのがヤバい」

「そうですね。ジャスレイさんが人族の権力者から目を付けられている状況は変わりませんから」

 ギンニール姉妹が誰の密偵なのかはわからないが、俺と合意剣の情報は、すでにそれなりに知られていると考える方がいい。

「そのジャスのところに戻ってくる、っての、どんな遠くにあってもそうなの?」

「どうなんだ、擬似人格」

「距離は回収機能に影響しません」

 エルフの魔法ってやつは。

 そもそも一体なんだって、そんな妙な回収機能なんてついてるんだ。ミラロー監獄から持ち出せないとかにしておけばいいものを。

「回収機能を……なんて言えばいいんだ、オフ、えーと、機能がようにはできないのか?」

「可能ですが、管理魔法の必要な設定となります」

 トールの質問に擬似人格が答える。

 結局全てそこに行き着くんだよな。本来、石碑のあるミラロー監獄から持ち出したり、外で使う想定がされていないんだ。

「逆に尋ねよう。石碑を使わず、擬似人格、今この場で使える機能に何があるか教えてくれ」

 擬似人格の回答は次のようなものだった。


 通常の手順を踏んだ処刑の魔法の使用。

 剣の俺の体内からの出現、収納。

 俺の手元、または体内への直接収納の、いずれかの回収機能。

 質問への回答や相談を含む、擬似人格からの情報提供(例のによるものを含む)。

 擬似人格との会話の範囲や声の音量などに関する設定。


「わかってはいましたけど、本当にあまりできることがありませんね」

「だよなー。結局、最初の予定通り、シバラを探すのがいいってことね」

「ああ、それを聞こうと思ってたんだった。擬似人格、シバラなら、他のエルフがやるよりも、管理魔法の修復は早いのか」

 エルフ会議で提案された、シバラを探して俺の使用者登録を解除するという方法だが、そもそもこれも石碑が必要なのではないのだろうか。

「情報が不足しています。予測での回答になりますがよろしいですか?」

「構わない」

「シバラが剣の作製時と同等の状態であれば、管理魔法の再構築には数日から数ヶ月が必要になると推測されます」

 おお、と俺たちは揃って感嘆した。

 とにかくシバラに会うのが最善なのは変わらないわけだ。

「シバラを見つけるまで、殺されたり誘拐されたりしないよう努力する、そういう話でしかねえな」

「あ、そうだ。ジャスの剣がさ、取られただろ?このシバラの剣って、普通に使うことはできねえの?」

「シバラの合意剣を通常の武器として用いることは可能です。一般のエルフ製の武器と同程度の性能があります」

「それって強いの?」

「武器が強いかは、使う人によるんですよ、トールさん。でも、丈夫さだとか切れ味は、人族が作るものとは比べものにならないと思います」

 次の武器を手に入れるまでの間、どうしても必要になったら使う手もあるのか……?

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