自重しない幼女鍛冶師と転生冒険者の魔王討伐 ーKill Devil Againー

@HetareGalm

第1話 契約

 彼女は、鍛冶師という無骨な職名に似合わぬ可憐な幼女だ。しかし侮るなかれ、幼女にあるまじき精神年齢を元にした知識量と腕力、そして魔術を応用した鍛冶の技術は他の追随を許さない。容姿よし、器量よし、能力よしと三点揃った、まさに完璧な鍛冶師である。

 頭のネジがダース単位で吹き飛んでいる、という致命的な欠点を除けば。




 ◇




 辺境の町の大通りを、1人の少年がとぼとぼと歩いていた。やんちゃというよりも可憐と言った方が近いような女顔を彩るのはこの国では比較的珍しい黒曜の髪に臙脂色の瞳。小柄な体躯に纏う戦闘服は冒険者たちが愛用する運動性となけなしの防御力を両立させたもので、彼も冒険者の一端であると示していた。

 しかし、小さな背中に背負われる冒険者の象徴たる武器は見るも無残な有様だ。片手でも難なく扱えるサイズの片手剣はヒビが走り、もはや実用に耐えないことを如実に表している。一緒に吊された空の鞘が風に揺れる様はなんとも虚しい。

 その、新人冒険者よりも貧相な装備の少年の名前はレンと言った。

 レン・ミカガミ。

 この国では滅多に見られない苗字だが、逆に言うと彼の特徴はその名前と顔くらいしかない。あとは使用に耐えきれず損壊した武器だろうか。


「……はぁ。ワンランク上の依頼を受けてみればこのザマか……」


 その呟きは、雑踏の中に吸い込まれる。

 はずだった。


「のう、そこの冒険者」


 古めかしい口調に反して非常に幼い声。

 怪訝に思ったレンが振り返ると、そこにはフードを被った背の低い人影があった。まるで幼子のような体格だ。しかしながらその身には子供特有の隙は全く存在しない。第一印象は、幼子の皮を被った怪物。

 彼が予備の短剣に手をかけながら誰何したのも間違った判断ではなかっただろう。


「誰だ?」


 それとなく放出する威圧感にも全く動じた様子はない。

 幼女は自分のペースを崩さず、泰然自若と答える。


「誰、と言われてもの。研究者、技術者、科学者、銀龍……いや、どれも違うな。……そうじゃ、鍛冶屋じゃ。今のわらわを表すならば、鍛冶屋という言葉が適応かろ。鍛冶屋のフェリーナじゃ」


「鍛冶屋? その年で、その身長でか?」


「これこれ、女子おなごに年や身長を訊くもんではないわ。人は見かけによらぬと言うかろ?」


 無言の威圧に、レンは思わず肩を竦める。


「悪かった。……俺はレンだ、ランク3下から3番目の冒険者」


「ほう。レンか……良い名であるな。……ところでお主、ぶら下げたその鉄クズは店売りの数打ち物ではないか?」


「お金がないんだ」


 レンは嘆息した。

 彼が背中に背負う大小二本の片手剣は、お世辞にも高性能とは呼べない数打ち物だ。それさえも激しい戦闘によって激しく損壊している。

 冒険者という職業を続けるためには武器を新たに買い求めなければならないだろう。


 彼の適正ランクであるランク3までの依頼は簡単な反面報酬が少ない。無論、難易度が跳ね上がるランク4以降に挑めば報酬は大きく増えるのだが、そこで彼固有の問題が出てくる。

 すなわち、武器をすぐ壊すのだ。

 勝てないわけではないのだが、攻撃に防御にと酷使する剣は一回の使用ですぐにダメになり、買い換える必要が出てくる。毎回毎回2本も3本も購入していたら報酬の大方を食い潰してしまうのも道理だった。かと言って、自分の扱いでも壊れない強靭な剣を購入しようとすれば生活費を圧迫どころか年収を超えてしまうためおいそれと購入できない。無論、依頼で赴いた先で偶然魔剣を手に入れたという都合の良い話などあるわけがない。


 現在の剣でも店売り武器の中では相当高いのだ。これ以上性能を求めると、コストが馬鹿にならなくなる上に結局壊すことに変わりはない。


 『強さ』を求めて冒険者になったにかかわらずランクが一向に上がらない理由も、大半はそれだ。

 冒険者ランクの最大は12。たかが4や5の敵を相手にそこまで苦戦しているようであれば、ギルドとしても昇格を認めるわけにはいかない。

 結果として、高難度の依頼を受けても手取りはそこまで増えず、金銭難が継続するのだ。


「武器がな。毎回毎回ダメになって」


「ふむ……良ければわらわが作ってくれようか? お主の使用でも駄目にならない武器とやらを。代金は出世払いで構わぬ」


 それは、彼にとっては非常に魅力的な提案だった。話が良すぎるほどには。


「……何が、目的だ?」


「なに、わらわは契約を結びたいだけよ」


「契約?」


「そう」


 フードの端から覗く銀髪を揺らしながら、フェリーナが無造作に近づいてくる。

 声のトーンは、余人には聞き取れないほど低く、小さいものとなっていた。


「わらわはお主の使用に足る武器を作ろう。なんならお主がいずれ仲間を作ったならばその分も作ってもよい」


「……契約ってことは、お前は何を求めるんだ?」


 フードの中の素顔が、ちらりと見えた。

 不思議な文様が浮かぶ銀色の瞳に、抜けるような白皙のかんばせ。可憐さの中に妖艶さを混ぜたような顔立ちだった。

 魔性すら帯びる完璧な容貌に魅入られそうになった刹那。

 淡い桃色の唇、その端が吊り上がる。


「レン。お主の能力に本能、この世界の人のモノではなかろ?」


「な――――ッ」


 一瞬、世界から全ての音が消えた。


「よいよい、わらわの前ではそのようなことはお見通しじゃ。――――だから、そのチカラ戦闘能力をちと貸してほしくての」


「何のため、だ?」


 レンは、得体のしれない幼女を前に冷や汗が止まらなかった。

 見透かされている。

 彼の、角度と光によっては鮮やかな血色に見える臙脂色の瞳が揺らぐ。


 その揺らぎを見つめながら、フェリーナは何の気なく爆弾発言をかました。


「なに、ちょっと魔王を討伐してもらおうかと思ってな」


「魔王、だって……?」


「まあ今のお主ではとても届かんからの……隠れている戦闘能力を全て引き出して、最高クラスの装備で固めてようやくといったところじゃな。無論、全力を発揮するためのサポートは提供しよう」


「魔王って、あの魔王か?」


 魔王は死んだ。

 それがこの世界の共通認識だ。

 冒険者の黄金時代ともいえる大開拓時代に終止符を打った人族と魔族の大戦争。激戦の果てに、とある王国が輩出した勇者の手によって魔王は討たれているはずだ。代償として勇者も帰らぬ人となったが、勇者の仲間たちがその最後の戦いをその目で見ていたため魔王が死んだことは確認されている。

 それから十数年がたつが、野盗化した魔族の残党による農村の襲撃や統制を失った怪魔たちの跳梁跋扈、高い物価や税金などその爪痕は未だ色濃く残る。


「そう、その魔王じゃ」


「魔王が蘇ったって……冗談じゃない」


「無論、冗談などではない。……まったく、勇者の小僧もツメが甘い。あの悪女が緊急脱出手段を用意していないはずがなかろて」


 まるで、魔王のことを知っているような口ぶり。

 レンはそこに1つの確信を抱いた。


「……フェリーナ。お前、魔王と面識があるのか?」


「うむ。何せ、わらわはこの世界の太古より生きる銀龍じゃからの」


「……は?」


 レンは呆けたように口を開ける。

 こんな幼女が最強の魔獣、龍種だとは信じられないといった心持ちで。

 なぜ、こうも過激な事柄がポンポンと出てくるのだろうか。今日は厄日なのか。いや、きっとそうに違いない。


「試してみるか? ……ほれ」


 呆然とするレンを前にくつくつと笑ったフェリーナは、徐にフード付きローブの袖をまくって見せた。

 露わになった細い腕。

 きめ細やかな肌を思わず注視してしまうと、それは指先から硬質な鱗に変化していった。夕日を受けて若干赤みを帯びた、高貴なぎんいろ。

 信じるしかなかった。


 新事実の連続にまともな思考を失ったレンの眼前で、当の本人フェリーナはヒラヒラと手を振る。

 視界に動きがあったことでレンの思考が戻ってきた。そのまま契約を結ぼうと口を開きかけた彼を遮るように、フェリーナは苦笑を浮かべる。


「さて。これだけではわらわが鍛冶師として有能である証拠にはならんかろ。……よもやお主、これだけで契約を結ぶ気になったとは言うまいな?」


 苦笑からのジト目のコンボに慌てて首を振るレン。

 ため息をついたフェリーナは、おもむろに微量の魔力を通して魔術を起動した。普通なら呪文の詠唱か魔術陣が必須となる魔術を無詠唱で発動する、その異様さに、すっかりフェリーナのペースに呑まれていたレンは気がつかない。


「わらわが長い人生の手慰みに作ったものじゃ」


 そんな言葉とともに、フェリーナの手には一振りの小剣が現れていた。飾り気のないシンプルな作りながら、異様な峰を持つ小剣。

 おおよそ他では見られないような武器に、レンは心当たりがあった。


「ソードブレイカー……!」


「おお、分かるか」


 ソードブレイカー。

 普通の短剣の刃と鋸状の峰を持つ短剣であり、中世ヨーロッパの西洋二刀流においてレイピアと共に使われた武器だ。鋸歯状の峰で敵の剣を絡め取り、場合によってはへし折ることを主な運用とする短剣。防御をメインに考えられているため攻撃能力こそ劣るが、レンの運用思想には合致している。

 しかし、このソードブレイカーは刃渡りが長く、攻撃に使用できるだけの本格的な刃先が備わっている。その上刺突用ならびに軽量化のための血溝まで彫られている。

 おおよそまともな武器ではないことは確かだった。


「この剣の真価は剣を絡め取る防御ではない。鋸刃を攻撃に転用することで、敵に多大な出血を強いることが出来る……お主にはあっておるかろ?」


 フェリーナが自慢げに言うが、その言葉がなかったとしてもレンは本質を理解しただろう。凶悪な形状の峰を見ただけで分かる、この鍛冶師がどのような武器を作るのかということが。


 すなわち、芸術的なまでに性能――――手傷を与えるという能力のみが追求されているのだ。


 その結果異形とも呼べるような形状を取っただけであり、本質は変わらない。

 それに魅入られたのか、気がつけば、人々が行き交う町の中でこのようなことを口走っていた。


「……少し、握らせてもらってもいいか?」


「ふむ、握るだけならよかろ。じゃが、振り回すのは遠慮してくりゃれ。ここは表通りじゃ」


「そういえばそうだった」


 フェリーナはレンに小剣を渡す。

 道ゆく人からは、ちょうどレンの身体が目隠しとなってその顔は見えなかった。ただ、フェリーナだけが見ることが出来た。


「……重い」


「そうかろうな。じゃが、お主の今の武器は大小の片手剣かろ。……短剣ではなく、片手剣と思って握るのじゃ」


 言われた通り、普段片手剣を握る感覚で左手で握る。力を込めると確かな重みが伝わって来る。まるで手に吸い付くかのようだった。

 短剣にしては比較的重いが、片手剣と考えると確かに軽い。

 自然と言葉が出てきていた。


「いい剣だ」


「見積もり料じゃ。契約の成立如何に関わらずお主にくれてやろう」


「……それは、俺はこの剣を受け取って逃げてもいいってことか?」


「損得の計算をした上の話かえ? 別にわらわは構わんが、わらわの指導のもと魔王を討伐できるだけの戦闘能力と装備を得れば、お主はあっという間に『最強の冒険者』となりえるぞ?」


 言われて、レンは考え込む。

 契約を結んだ時のメリットは自分の使用に耐える武器を得られること。

 フェリーナが戦力になるかどうかはさておいたとしても、大幅な戦力増は確実に見込める。また、金銭難も原因が武器の交換にある以上は一定の解決を望めるだろう。

 デメリットは、確実に魔王という怪物と戦わなくてはならなくなること。

 いくら生ける伝説そのものである銀龍に、自分には戦闘能力があるとお墨付きをもらったところで、勇者ですら相討ちとなった――――否、結果的には敗北した化け物と戦わなくてはならなくなるのだ。当然、自分は勇者よりも格段に弱いだろう。

 そこまで考えて、自分には選択肢がないことを悟った。


「強さ、か……」


 この世界で、生き残る。

 理不尽が襲ってきたとしても、喰い破る。

 そのために、何をしてでも強くなる。

 悪意の吹き溜まりから這い上がることを決意した夜に誓ったことだ。


 それが、何を腑抜けていたのだろうか。何故ランクなどというものに甘えていたのだろうか。


 ーーーー少し『まとも』な生活を送っただけでこれとは、自分のお気楽さに反吐が出る。


「ほう、面白い目をするようになったの」


「……あぁ、ほんの一年前までのことを思い返して、な」


「それについて、わらわは深入りせんよ。……さて。わらわとの契約、引き受けるのかや? 武器を失った転生者さん」


 少年は、決意を込めて頷いた。


「くふ、契約成立じゃ。それでこそわらわが見込んだ男じゃな」


 幼女は、妖艶に笑った。

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