【プロット的なあらすじ】黒髪乙女と迷宮の魔女

 全体を三つに分けて40文字×3行で書く→さらにそれを40字で10・20・10で分解していく→最後に行の間を好き放題こまかいことを書いて行く

 この方法で描いています。



設定

 誰がいつどこでなにをなぜどのように

  ジュジが目覚めた時迷宮で襲われているスサーナを見て危険だと思い魔法を使って助ける


1  ジュジが自宅でスサーナと第三塔を夢に見る。ヴァニタスの能力の影響とスサーナの力


 見えるのは長椅子、黒髪の少女が寝ている一つの寝台、簡素な部屋、漆喰の壁。田舎の別荘マナーハウスのような作りだなとジュジは思う。

 奥の方では中性的な顔をした男性(白銀めいた髪が動く度、虹色の燐光が煌めく。瞳も同じ色だ)が事務机のようなものに座って羽ペンを走らせている。魔法だろうか?目の前には光を放つ四角形の魔法陣のようにも絵のようにも見えるものを見て眉間に皺を寄せている。少しだけ耳長族に似ているなとも思うけれど耳は尖っていない。混血かな?とぼんやり眺めていると、男性がふと顔を上げる。

 椅子を引いた男性が立ち上がる。背が高い男性の服は青い豪奢な服に赤い垂掛帯ストールを身につけている。男性が寝台の方へ行くと、寝台で寝ていた少女が首をもたげる景色が見える。

 談笑をする二人を見ているうちに視界を黒い糸のような髪のようなものが覆い始めて、ジュジは不安な気持ちになる。自分は何をしていたところだっけと慌てて思い出そうとする。

 視界は真っ黒になって何も見えなくなった。


2  ジュジが迷宮で悲鳴を聞いて目を覚ますと目の前を巨大な黒い蜘蛛が横切っていった。


 悲鳴で目を覚ます。砂色の壁に手を付いて立っているジュジ。カーキ色のレザーアーマーと濃い茶色のブーツ、黒い脚衣アンダーウェアにオリーブ色のチュニック。

 左右を見ると通路になっていて、すぐ先に壁が見える。顔をしかめるジュジ。何かを引きずるような音と硬いものが石に当たるような音がして音の方向を見るジュジ。

 少し焦っている。カティーアがいないから。

 黒い影が通路の影から出てきてジュジは注視する。

 影は大きな黒い蜘蛛のものだった。蜘蛛は雄牛よりも大きい。硬そうな毛がゴワゴワと脚と背を覆っている。目は濃い褐色。

 長い前脚を振り上げて威嚇のような姿勢をする蜘蛛の先が仄かに光っている。

 妖精の鱗粉みたいな光だなとジュジは思う。悲鳴の主がいるのだと思ったジュジはすぐに走り出す。

 カティーアはどこだろう? ここはどこだろう? と考えているけれど今は蜘蛛をどうにかする方が先だとジュジは思う。

 ジュジは慌てて蜘蛛に向かって走り始めた。


3  ジュジが蜘蛛の後を追いかけて駆けていくと蜘蛛が前肢をスサーナに振り下ろす


 ジュジ床を蹴って跳ぶ。ジュジは目の前にあった蜘蛛の脚を飛び越える。獲物を狙っているなら頭の方に被害者がいるだろうと考えたジュジは蜘蛛の頭の方を見る。

 蜘蛛が振り下ろした前脚は、小さな黒髪の少女に振り下ろされる直前。少女の顔は良く見えない。(スサーナの服をねずみさんに聞きたい)(普段着でOK髪覆いはなくなってる)

 慌ててジュジが蜘蛛の頭に着地して止めようとする。着地したが衝撃に怯む様子は無い。

 焦って少女の方へ視線を向けるジュジ。少女の体に蜘蛛の足先に付いたするどい鉤爪が触れそうになる。


4  スサーナが蜘蛛に前肢を下ろされたとき攻撃を護符がバチバチと弾いた。


バチバチと青白い閃光が放たれて、蜘蛛がキィーと泣きながら後退りをする。

スサーナの護符が発動した。驚いた顔をするスサーナとジュジ。ジュジはすぐに蜘蛛の脚を蹴って前に跳ぶ。

焦げた臭いと共に蜘蛛の前脚から黒い煙が出て、前脚が砂のようにぼろぼろと床に崩れているのをジュジは見る。


5  驚いているスサーナを見たジュジが助けるために茨の魔法を使って盾を作って助けた


 呆けたように立っているスサーナの前にジュジが着地をする。

 蜘蛛と向き合うように立つジュジ。緊張している。スサーナは見たことが無い服を着た知らない人に驚いている。

 ジュジが手を前に翳す。大輪の赤い薔薇が目の前に現れて、蜘蛛が振り下ろした焼けてない方の前脚を受け止めて消える。

 ジュジの後ろから小さな声が聞こえる。スサーナが驚いたのとファンタジーだってちょっとテンションがあがった声。

ジュジが地面を蹴るために足元に力を入れると、僅かに光っていた床が激しく光り始める。藤や萩に似た植物の形をした光が蜘蛛の脚に絡みついて動きを封じ込める。スサーナの魔法にジュジの魔力でブーストした。多分魔素?魔力?が濃いところなので魔法が使いやすいとか出やすい的な設定。


6  死んだはずの蜘蛛が蘇ってきたのでスサーナとジュジは手を取り合って走り出す。

 ジュジが屈み込んで床に手を当てる。床から茨のツルが絡まって出来た槍がいくつも生えてきて蜘蛛の頭腹、胸を貫いて消える。きぃーっと音を立てて蜘蛛はボロボロと崩れはじめる。

 ホッとした表情を浮かべるジュジ、胸をなで下ろして後ろを振り向く。

 スサーナとジュジが顔を合わせる。黒い髪……とスサーナが目を丸くして、それから自分の頭をペタペタと触る。髪覆いがないことに気が付く。首を傾げるジュジ。

 サッとスサーナの顔から血の気が引く。ジュジがどうしたの?と聞く前にスサーナがジュジの背後を指差す。サラサラと砂が風に吹かれるような音がしていた。

 ゆっくりと後ろを振り返ってジュジの前には黒い巨大蜘蛛の姿があった。床の上に崩れていた蜘蛛の体から零れた砂が浮き上がって体に吸い込まれている。前脚には砂で出来た靄のようなものが纏わり付いている。

 蜘蛛の目が光ったのを見て、ジュジはスサーナの腕を掴んだ。驚いているスサーナの腕を引いて持ち上げられた蜘蛛の前脚を潜って走る。

 ゆっくりとした動作で方向転換をしようとするのを肩越しに振り返ってジュジが見る。スサーナは走るのがつらそう。スカートだし。

 ざらざらする壁。ジュジが右手を壁にくっつける。少し後方の壁から茨のツルが生えてきて通路を塞ぐ。しばらくして後ろから震動が響いてくる。ジュジが作った防壁を蜘蛛がこじ開けようとしている音。

 後ろを振り向こうとするスサーナに「走って」というジュジ。少し焦っている。二股に分かれた通路に辿り着いて左右を見るジュジ。

 左右の通路にある奥の角から蜘蛛が姿を現わす。舌打ちをしたジュジ。スサーナの手に力がこもる。

 護符を使って囮になるのでみたいな提案をするスサーナの言葉の途中で手前の角からも蜘蛛が新たに現れる。

 バキバキと生木をへし折るような音がして後ろからも蜘蛛が来ていることがわかる。ジュジは両壁に手を当てて三方向に再びツルの壁を張る。すぐにばきばきと木を囓る音が聞こえてきて、ジュジは辺りを見回す。


7  迷宮の壁の前で光る子鹿が現れて逃げている二人に助けようとして声をかける。

 柔らかな低い声がどこからともなく聞こえてくる。子鹿の形をした橙色の光が二人の目の前に現れる。

 子鹿が壁に向かって走ると、細い路地のような通路が急に現れる。

 再び柔らかな声で「付いておいで」と言われてスサーナとジュジは顔を見合わせる。

 後ろと左右の壁に小さな穴が空いて蜘蛛の目が覗く。どちらからとも無く手を握り合ってスサーナとジュジは子鹿が開いた細い通路を進んでいく。ジュジが後ろ、スサーナが先に行く。 


8  スサーナたちは壁に空いた穴の中に花畑が見えたのでエイッと飛び込んで行く。

 

 行き止まりには人二人が横に並べる程度のスペースがある。そこに光る子鹿が待っていた。

 柔らかい声が「こちらだよ」と言って壁に消えていく。

壁に楕円形の水面のようなものが浮かび上がる。波打っていた円形の表面はすぐに凪いだ。

 円形の穴の向こう側に花畑が見える。

 ジュジとスサーナは顔を見合わせる。怪しいかな?とジュジは思っている。

 背後から石をひっかくような音と何かが擦れるような音が聞こえてきて振り返る。

 体を潰しながら狭い通路を進もうとしてくる蜘蛛の姿を見てジュジはスサーナを抱き上げる。

 二人は円形の穴へ飛び込んだ。真剣な顔。花畑の柔らかい地面を踏んでジュジは少し安心する。

 花の良い香りと小鳥のさえずり、小川の流れる音が聞こえている。

 後ろを振り向いたジュジ。背中に穴みたいなものはなくて、ただ青い空が見えるだけだった。

 スサーナは辺りを見回して、腕組みをして少し考えるような顔をした後小さな声でぼそっと何かを呟く。

 ジュジが聞き返すと、スサーナは驚いたような顔をして背筋をピンと伸ばしなんでもないと答えて笑った。

 誤魔化すようにしてスサーナが「あ」と声を差して前の方を指差す。

 花畑には東屋があり、光る子鹿はぴょんぴょんと跳ねるようにしてそこに向かう。

 二人は少しだけまだ怪しむようにしてゆっくりと東屋ガゼボへ向かう。

 東屋は白い石造りで円蓋状の屋根。六本の柱に支えられている。中には石のベンチが置いてある。


9  スサーナたちは花畑で子鹿からここが今までいた世界とは違う世界だということを聞く

 光る子鹿から光が消えると白っぽい灰色の毛皮の子鹿になる。大きさは中型犬くらい。

 鹿はジュジとスサーナを見て話はじめる。スサーナとジュジは目を丸く見開いて驚いた顔をしながらベンチに座る。

 光る子鹿は柔らかそうな枝分かれしていない角が生えている。角の色は薄い褐色(アイボリー)。

「喋る鹿なんて驚いたかい?」

スサーナ「少しだけ……」ワクワクを抑えきれないといった様子

ジュジ「私も……少しだけ」躊躇いがちな口調。警戒しているという雰囲気

「君たちは……知り合いでは無いのだね。どこか似ているので姉妹かと思っていたよ」

 鹿の言葉に頷く二人。それから二人は改めて見つめ合う。

「あの……さっきは助けて下さってありがとうございました。私、スサーナといいます」スサーナは頭を下げる。

「スサーナね。ケガが無くてよかった。私はジュジ」スサーナの体を見てほっとしたような表情になるジュジ。

「ええと……あなたは鳥の民なんですか?」勇気を振り絞るように聞くスサーナ。少し緊張した面持ち。

「鳥の民……?」首を傾げるジュジ。

「その……私の国、でいいのかな? そこでは黒い髪の人がそういう……先ほどお姉さんが使った不思議な力を使うといわれてるんです。だから、もしかして……って」

「鳥の民は……聞いたことが無いですね。ごめんなさい」申し訳なさそうに眉尻を下げるジュジ。スサーナはぴゃっとなって両手を前に出して手を振りながら否定をする。

「あ、あやまることじゃないです!あのお花を出したり、植物をばーっと出すのがすごくて」

「お花、好き?」

 ジュジがスサーナの前にひらりと手を差し出す。ジュジの掌からピンクや黄色、白などの淡い色の薔薇があふれ出して零れる。

 スサーナの膝の上や床にこぼれる薔薇を見てスサーナはうれしそうに声を上げる。

「ここはどこなんですか?」

 薔薇の花をスサーナの手に乗せながら、ジュジは鹿に目を戻す。

現世うつしよから離れた場所。常若の国妖精界の端の端。女王たちの目が届かない夢の世界との狭間にある虚ろな世界」

 ジュジの顔色が悪くなる。スサーナは事情がわからないけどジュジの顔を見てなにやらヤバい場所なんだなと気が付く。

「不運にもこの砂と糸の迷宮に魂を捕らわれてしまった黒髪の乙女たちよ、話を聞いておくれ。わたしは君たちを怖がらせるために来たわけじゃ無いんだ」

 目を伏せる鹿。頭を左右に振って顔を上げる。

「わたしは世界樹の枝ラームス。こう見えて神の一種なんだ。まあ、力の大半は、君たちをここに引きずり込んだ迷宮の主、ヴァニタスという妖精に奪われてしまっているのだけど」

「か、神……さま」

「そう。名を君の世界の神とも、またちがうものだろうけどね。本当に珍しい。共に呼ばれるなら大抵は同じ世界から連れてこられるのだけれど……なにか深いところで似ているがあるのだろうか。興味深いことだね」

「私たち、どうなってしまうのでしょう」不安そうな声のスサーナ。ジュジも真剣な顔をして鹿を見る。

「大丈夫さ。わたしは愛する人のために、ここへ迷い込んだ憐れな乙女たちの手助けをすることにしている」

 少しだけジュジとスサーナの表情がやわらぐ。

「ほら、あの小川に橋が架かっているだろう?」

 鹿が頭を振って角を振り上げる。ガゼボの柱の間から見える小川には確かに小さな木で出来た橋が架かっている。

「……あれを渡れば帰れるというつもりだったが、招かれざる客人がやってきたようだ」

 声を僅かに固くする鹿。向こう岸に穴が開いていく。穴から入ってきた黒い砂が橋の対岸で塊を作り始める。

「蜘蛛……」


10 スサーナたちが子鹿から話を全部聞く前に空が赤くなって、二人は空間から追い出される

 空が真っ赤になる。砂が変化した蜘蛛たちが何十匹も現れて橋を渡りはじめた。

 鹿が体に橙色の光を纏う。前脚を持ち上げて馬が嘶くみたいなポーズをした後に、勢いよく床を前脚が踏み抜いた。足元が割れてスサーナとジュジは手を取り合う。

「君たちと縁の糸で繋がれている相手も、こちら側へ来ているようだ……。恐らく、このまま蜘蛛たちに攻め込まれるよりは外の方が今は安全だろう……」

 穴に落ちていく二人に鹿の声だけが話しかけてくる。右手を上に伸ばすジュジ。もう片方の手はスサーナの腰をしっかりと抱き寄せている。

「きししししし……裏切り者のラームス……いつでもあたしの邪魔しやがって。やっと捉えたぞ(妖精語)」

 おどろおどろしい女の声。ジュジとスサーナ、それぞれの左脚に一束の黒い髪が絡みつく。

 勢いよく引っ張られるような感覚が二人を襲う。


対立

  二人のピンチに大人二人が駆けつけて敵と出会うけど敵が倒せそうも無くて一時撤退する


1  二人が一面黒い壁の円形の場所に出た時に敵と蜘蛛がいて二人に長い髪を伸ばして来る

 ドロリとした粘着性のある液の球体を通り抜ける感覚がして、尻餅を着く。

 慌ててジュジが隣を見ると、スサーナが隣にいてお尻をさすっている。少しだけ安心したスサーナだけど床の感触がおかしいことに気が付く。スサーナも同時に気付いたみたい。

 部屋は円形の広間。床も壁も全面真っ黒。天井からぶら下がっている照明は紫の炎が揺れているシャンデリア。よく見ると壁を髪の毛が覆い尽くしていてゴワゴワしてうごめいている。小さな蜘蛛たちがカサカサと蠢いている。

 ひっと小さな悲鳴を上げてスサーナが床に付いていた両手を胸の前へ持って行く。

 ジュジがスサーナの手を取って立ち上がる。引きつった表情。緊張している。怖い。守らなきゃと言う気持ち。

 顔を上げると目の前には天井近くに紫の光が二つ並んでいる。ヴァニタスの目だった。灰色に塗りつぶされた円のような顔、目の部分に紫に光る丸い宝石が嵌め込まれているみたい。人間というよりも不気味な人形に近い造形。

ヴァニタス「うふふふ……残念だったねえ黒髪の乙女たち。あたしの胎中に入ってもらうよ(妖精語)」

 口に相当する部分が黒く裂けて人間で言うなら耳がある辺りまで裂ける。両端がつり上がるように持ち上がって開く。

 口の中は真っ黒な空間。何も見えない。

 不気味な響き。ぞわぞわする。鳥肌が腕にぶわってなる。カサカサと音がするので周りを見る二人。いつのまにか現れた黒い大きな蜘蛛が部屋を取り囲んでいる。

 ヴァニタスが両手を動かす。肩から伸びていないで少し浮いている。髪の毛を手みたいな形にしている両腕。爪に相当する部分は鋭く尖っている。

 スサーナが覚悟を決めたように下唇を噛みしめる。

 ジュジが両手を前に突き出す。少し離れた位置に大きな薔薇の花が盾みたいに咲く。

 ヴァニタスが右手を凪ぐと薔薇の花弁が無惨に散らされる。

 不気味な部屋中に響く笑い声。ジュジの顔色が悪くなる。左手が上から覆い被さりそうになってジュジが魔法を出そうとすると、スサーナが前に飛び出す。

 青白い閃光がバチバチと響いて球状の空間を作る。ぎゃあという悲鳴。燃えてはらはらと落ちる黒い髪。

 閃光は一瞬で消える。スサーナは手首の辺りを軽くさする。護符が熱を持っていて肌がチリチリ熱い。


2  敵が津波みたいに髪を動かして二人を囲おうとする時に光の刃みたいのが飛んでくる


ヴァニタス「どうせ食われるってのに鬱陶しい餓鬼共だ。遊びはおしまいだよ!(妖精語)」

 紫の光が炎みたいにゆらゆらっと揺れる。

 癇癪を起こした子供のような言い方。すぐに髪の束が集まって焼かれた左手は再生する。

 ヴァニタスの背後にある髪の毛がざわざわと波打つ。拳を握った両手で床を思い切り叩くと、部屋全体が揺れる。ジュジ

 よろけてバランスを崩したジュジ。嫌な予感がしてスサーナに覆い被さるように抱きつく。無茶をしそうな子だという直感。自分に似ている気がする。

 シャンデリアから降っていた紫色の光が遮られる。上を見ると、髪の毛で作られた大きな壁が襲いかかってくる。ジュジは大きな海嘯のようだなと思った。

 我に返って慌てて障壁を張ろうとして、髪の壁から目を逸らそうとするジュジ。

 視界の隅で白い光を発する細い光が見えて、もう一度髪の壁に目を向ける。


3  ジュジが第三塔さんに首根っこを掴まれるスサーナを見ながら攻撃を魔法で防ぐ


 目の前で髪の壁が光の刃によってズタズタに切り裂かれていく。

 勢いを失った髪の壁と絹を裂くような甲高い悲鳴。

「その子をこちらへ」

 静かで淡々とした声が聞こえて、声の方を見る。

 夢の中で見た虹色の燐光が美しい白い髪と、瞳。見上げるほど大きい中性的な男性はそっと手を差し出す。


※↓5話


 スサーナの表情が明るくなる。

「第三塔さん……どうしてこちらへ」

「……今はそんなことよりも」

 スサーナの首根っこを掴んで持ち上げる。第三塔さんを狙って勢いよく伸びてきた髪の毛を束ねた鋭い槍をジュジが見る。ジュジは右足で思い切り床を踏む。タンッという音が響いて床から茨のツタが生えてくる。ツタが絡み合って壁を作って髪の槍を防ぐ。

 光の刃がヴァニタスの目を横一線に切り裂く。ぎゃあという一際大きな声が聞こえて襲いかかってこようとしていた髪の壁第二陣がしなしなと床にひろがって萎えていく。


4  スサーナがその場から逃げようと出口を探す第三塔にジュジを助けてと言う→渋い顔


 第三塔さんはバックステップをして部屋を見回す。ジュジのことを訝しげに見ている。手で払うようにして次々と襲ってくる髪の槍や蜘蛛たちを弾いている。スサーナがばたばたと手足を動かしながら第三塔さんの顔を見る。

 ジュジは四方から自分を狙ってくる髪の毛の槍を避けながら二人の様子を見る。

「漂流民がここに?」顎を手でさすりながらジュジを見る第三塔さん。

「あの人は違います! その……私を助けてくれて……」米俵みたいに担がれ直されたスサーナが慌てたように第三塔に告げる。少しだけ渋い顔をする第三塔。

 ジュジの頬や腕などを髪の槍がかすって軽い怪我をする。蜘蛛が飛びかかってきそうになったので蜘蛛の脚をツルで絡め取り、髪の槍を小さな薔薇の花の形の盾で受け止めて威力を殺して避ける。


5  第三塔がスサーナを担いで障壁みたいなもので防御しながら近付く


 スサーナの言葉に頷いた第三塔は、ジュジの方へ近付いていく。

 手を前に翳す。薄い氷が割れるみたいな音が響く。髪の毛の槍が第三塔に触れられずに少し遠くで硬いものに当たったみたいに弾かれたり焼かれて崩れる。

「知人が世話になったようだ。少々誤解をしていてね。手を貸すのが遅れたことを申し訳なく思う」

 ジュジの肩に手を添えた第三塔がグイとジュジの肩を引く。

 少しだけホッとしたような表情を浮かべたジュジとスサーナが目を合わせる。にこっと笑い合う。髪の毛は弾かれ続けている。

抱えられたままのスサーナ「こちら、ええと……私の……主治医? 取引相手? の第三塔さんです」

「ジュジといいます」振り向いて飛びかかってきた蜘蛛を腕から出した茨のツルで貫きながらぺこりと頭を下げるジュジ。

「……諸島の魔術師や、と言って通じるだろうか」

 第三塔が中空に指先で何かを描く。小さな光の刃が魔法陣から射出され、蜘蛛たちを数匹倒していく。

 ジュジが首を横に振ったのを見て、第三塔は「ふむ」と頷く。

「そこの子は、私を第三塔と呼ぶ」

「不思議な名前ですね」

「……名前と言うわけではないが」そう言いかけて、第三塔は襲ってくる新たに湧き出した蜘蛛を数匹屠って溜息を吐く。

 ジュジを見る第三塔。

「キリがないな。……私が落ちてきた穴もすぐに塞がれている。無尽蔵な魔力で作られた質量を伴う空間……」ぶつぶつと呟いて辺りを見回す第三塔。

 ジュジを見る。ジュジは首を傾げる。スサーナと目を合わせる。髪の槍を花で防ぎ、飛びかかってきた蜘蛛をツルで刺して倒す。

「ここは任せる」

 倒れた蜘蛛が蘇り、女の呻き声が大きく響く。髪の束が飛んでくる密度が増してくる。

 第三塔はスサーナを下ろして少し二人から離れる。ジュジの腰辺りにしがみついたスサーナが不安そうな表情を浮かべる。


6  カティーアが壁を壊して現れる。傷ついているジュジを見たカティーアが炎で一面を焼く


 大きな爆発音がして、壁の一部に穴が空く。すぐに壁の穴は閉じる。穴からは白いローブを身に纏ったカティーアが現れる。

 壁際で僅かに目を見開いている第三塔。第三塔とジュジスサーナの間に降り立つカティーア。音をさせない着地。スサーナは驚いてカティーアを見ている。カティーアはジュジを見て、第三塔を見てから、もう一度ジュジを見る。ジュジの頬に傷があるのを見て瞳孔を細める。地面を蹴って第三塔の方へ手を翳す。

 カティーアが少し赤く光る。

 カティーアの周りに三匹くらいの赤い肌の妖精が現れる。妖精は腰と翅に炎を纏っている少女。

 妖精たちが愉快そうに笑いながら部屋を飛び回り第三塔の前を横切る。次の瞬間、炎の壁がジュジとスサーナの周りを焼き尽くす。

「第三塔さん」

 叫んで走り出しそうになるスサーナを抱き留める。それから怒った顔をしたジュジがカティーアと第三塔のいる方をみる。


7  護符的なもので守られて無傷の第三塔さんが少しムッとする&後ろでは崩れた敵が蘇る


 青白い光がパチパチと音を立てている。球状の空間。無傷に第三塔が現れる。

 むすっとした顔。カティーアも眉間に皺を寄せて無傷の第三塔を睨み付ける。

「カティーア」

「第三塔さん」

 スサーナとジュジが同時に声を上げる。スサーナは第三塔に駆け寄っていき、ジュジはカティーアに駆けよる。


8  一瞬にらみ合った第三塔とカティーアを二人が諫めていると、髪の毛がビュンビュン来る


「その不思議な髪色の人、私を助けてくれたんです」

「は? どう見ても妖精あっち側の生き物だろ……」

 スサーナたちも何か話している。近くで話しているはずなのにジュジからはよく聞こえない。

「音を遮断する魔法? 魔術か? うさんくせえもん使いやがって」

 露骨に嫌そうな顔をするカティーアの頬に両手を当てるジュジ。少しジュジは怒った顔をしている。

 少し気まずいなと思ったカティーアが視線を逸らして眉尻を下げる。

ヴァニタス「おのれおのれおのれ! あたしの城に勝手に入ってきた穢らわしい男共め!」

 髪の毛を渦巻かせながら、さっきまで呻いてのたうち回っていたヴァニタスが起き上がる。

 蜘蛛たちもバラバラに飛びかかるのをやめて、一斉にこちらを見て様子を伺っているようだった。


9  舌打ちをしてそれぞれの相手を担いで床を蹴って攻撃を避けた大人たちが攻撃を敵にする


 ヴァニタスは両手をダンダンと何度も床にたたきつける。部屋が揺れてよろけたジュジの腰をカティーアが支えるように手を回す。

 第三塔はスサーナを肩に担ぐ。解消みたいな髪の壁が迫ってきている。

 そのままジュジを抱き上げたカティーアは舌打ちをして床を蹴る。ジュジがカティーアの首に腕を回す。

 右手はジュジの膝の下。呪文を短く詠唱したカティーアが大きな炎の球を放つ。

 炎の球が髪の壁に穴を空ける。すぐに穴が縮まりそうになったところへ、第三塔が放った光の刃が髪を切り裂いていく。

 でも髪の壁は消えない。ヴァニタスが床に手を叩き付ける音と呼応するように次の波が迫ってくる。蜘蛛たちが吐いた粘着性の高い糸が足場に点在している。着地しては跳んでうまく蜘蛛の糸を避けて魔法で髪の壁を壊していく。

 着地した第三塔がチラリとカティーアとジュジを見る。眉間に皺を寄せている。


10 床をぶち抜いて下の階に逃れる四人を蜘蛛の群れがワサワサと追いかけてくるけど逃げる


「おい! 床、ぶっ壊すぞ」

 大きな声でカティーアが言って床を蹴る。第三塔もそれに合わせるようにして床を蹴って跳ぶ。

「ジュジ、魔力を」

 ジュジがカティーアの胸に手を当てて目を閉じる。

 深緑の光がジュジの手の内側に光る。

 緑色の炎がカティーアの爪先からふくらはぎまで纏わり付く

 カティーアの爪先が黒い大理石みたいな床に当たる。床がヒビ割れて、ヒビに緑の炎が広がっていく。

 緑の炎が吹き上がり、床が崩れ落ちて、四人は穴の中に落ちていく。

 花弁が第三塔とスサーナの周りに漂って緑の炎を防ぐ。


11 子鹿の声が聞こえてきて誘導をされた先の行き止まりの壁に円形の空間が現れて花畑が見える


  着地をする四人。足元に薔薇の花が浮かんで落下の威力を殺す。

  天井に開いた穴はすぐに塞がる。

四人は十字路に着地した。

  第三塔とカティーアが着地して、ジュジがカティーアの腕から下りる。スサーナは担がれたまま。

  スサーナが「あれ」と声を震わせて、第三塔の顔を見る。そのまままっすぐ指を第三塔から見たら背後、カティーアからすると目の前、第三塔の向こう側を差す。

ジュジは第三塔の肩越しに大きな蜘蛛たちが床から湧き出すのが見えた。ジュジが壁に手を当てて、第三塔の背後にツルで壁を作る。

バキバキと生木を囓ったり引掻く音。走り出す第三塔とカティーア。スサーナは担がれたまま。カティーアはジュジの手を取る。

 「こっちだよ」

  柔らかな声。ラームスが姿を現わす。光を帯びている。

不機嫌そうな声で「あ?」というカティーアに「信じて大丈夫です」と答えるジュジ。

二股に枝分かれした道を進む。

背後から新たに蜘蛛の大群が現れるのでカティーアが火球を投げつける。

光る鹿が壁に体当たりをする。壁の一部が波打つ。縦長の楕円形。

波打つ楕円形には花畑の景色が写っている。第三塔もめちゃくちゃ不審そうな顔をしてる。

 「行きましょう」

  スサーナがそう言って第三塔の肩から飛び降りて楕円形の空間へ飛び込む。

ジュジも同時に走り出す。

「おい、君……」

第三塔が腕を伸ばすけど、空振りする。カティーアが第三塔の横を通り過ぎて空間に飛び込む。

第三塔は溜息を吐いてゆっくりと空間の中へ足を踏み入れる。

12 四人が花畑に行って子鹿が姿を現し事情を話そうとする時大人は無視をしてにらみ合う


 ラームス「わたしを信じてくれてありが……」

 子鹿が光を解く。白っぽい灰色(薄灰色)の毛皮。

 先にやってきたカティーアが、辺りを見回して溜息を吐く。ジュジの隣まで歩いて行く。それから、最後に来た第三塔を睨み付ける。

 カティーアと第三塔がにらみ合っているので言葉を途切れさせるラームス。

 「あの……」

 二人の顔を見ながら、スサーナとジュジが同時に口を開く。


13 二人が話をしようと口を開いた時にカティーアは第三塔に向かっていくし第三塔は水を出す

 カティーアが重心を低くして第三塔に近付こうとする。動きを察した第三塔が素早く水を出現させてカティーアの顔目がけて投げつける。

 スサーナは目を丸くして固まっている。


14 カティーアが炎を腕に纏って水を蒸発させて第三塔さんを殴る→護符に防がれて腕が焼ける


 カティーアの右手拳から肘にかけて赤い炎が包む。右手で水を凪いで蒸発させる。

 そのまま前進するカティーア。第三塔を殴るために左手を大きく振りかぶる。

 スサーナの小さな悲鳴。青白い閃光。後退りするカティーア。

 眉間に皺を寄せた第三塔がカティーアを睨む。カティーアの腕は黒く焦げている。顔を顰めて舌打ちをするカティーア。


15 腕がすぐ再生するカティーアを超警戒する第三塔がカティーアの大動脈を破裂させる


 焼けただれた皮膚を再生させて、カティーアが再び第三塔へ向かっていこうとする。

 第三塔が空中に何かを一瞬で描いた。見たことの無い魔法陣がカティーアの胸に当たる。

 その瞬間、カティーアの胸部分が勢いよく弾けて血が噴出する。上半身を後ろに仰け反らせるカティーア。

 ジュジが咄嗟にスサーナの目を自分の手で覆う。「え……」と声を漏らすスサーナ。

 胸を押さえながら体制を立て直すカティーア。瞳孔が針の様に細くなっている。


16 殺し合いになりそうになった二人をジュジが茨の魔法で押さえてスサーナが落ち着かせる

「もうやめてください! スサーナちゃんもすごく怖がってます」

 ダンっと足踏みをするジュジ。一瞬気が逸れてジュジを見る第三塔とカティーア。

 地面に生えている草が伸びたり、人の腕ほどのツルが生えてきてカティーアと第三塔の腕と足に絡みつく。

「……悪い」

 カティーアが両手を挙げて頭を下げる。第三塔もジュジに頭を下げる。ツタの拘束が解ける。

 ぴゃっとなって固まっているスサーナの元へ第三塔が向かう。

「あの、ケガとか……なかったんですか?」

 心配そうにカティーアと第三塔を見るスサーナ。第三塔は無言。

 ジュジに「大丈夫」と言われて、ホッとするスサーナとめちゃくちゃ渋い顔をする第三塔。

 

17 子鹿がジュジに魔力を分けてくれと言って花畑の結界強度を高める手伝いをする


「お取り込み中のところ申し訳ないのだが……」

 ラームスがジュジの方へ歩いて行く。

「黒髪の乙女、どちらかというと、妖精こちら側に近い君の方が都合が良さそうだ」

「どうかしましたか?」

「さっきみたいに邪魔が入るのは本意では無い。君にこの空間を守る為の魔力リソースを分けて欲しいのだが」

「ジュジ……」心配そうな顔をするカティーア。ジュジはカティーアを見て微笑んでから、ラームスと目線を合わせるように屈み込む。

「いいですよ。どうすればいいですか?」

「先ほどの茨の魔法で、球体を包み込むイメージを浮かべるんだ。そうしながら、わたしの角に手を触れてくれないか?」

 ジュジが両手をラームスの短く枝分かれしていない角に触れさせる。茨の形をした緑の影がジュジとラームスの足元から吹き出して、すぐに見えなくなる。

「ありがとう。わたしは少し結界内を見回ってくるよ。誤解もあるようだ。その間に話をしておくといい」

 鹿が姿を消す。カティーアがジュジを抱きしめて顔を覗き込む。


18 落ち着いた四人は改めて自己紹介をすると子鹿がこの場所について話し始めるのを聞く


カティーア「話をするって言ってもな……綺麗な髪一族タルイス・グラッツと何を話せばいいんだよ」

ジュジ「違います! あの人は多分、こちらの世界の方ではない……はずです」

 カティーアが大きく溜息を吐いて第三塔を見る。第三塔もカティーアとジュジを気にしている。

カティーア「髪が長くてやたら綺麗な顔をしていて薄い髪色をしている奴は大体妖精界あっち側の生き物だろ?」

スサーナ「あの……あっちとかこっちとかお話してるのは……もしかして」

 スサーナは目をきらきらと輝かせている。好奇心が抑えられないという様子。

 そろりそろりと近付いて来て、ジュジの上着の裾を軽く引く。

カティーア「お嬢ちゃん、あんたも大変だったな。妖精界あちら側の生き物は髪や顔の綺麗な子供をよく攫っちまうんだ。顔がいいから騙されやすいが……」

 しゃがみ込んでスサーナと目を合わせる。溜息を吐きながら頭を撫でる。僅かに眉を寄せた第三塔がカティーアを睨む。カティーアはじろりと第三塔をにらみ返す。

第三塔「……君たちは」

スサーナ「あの……その……第三塔さんはちがうんです! 私の……正確には私のおうちと小さな頃からの縁がありまして……」

 第三塔の言葉を遮るようにしてスサーナは大きな声を出す。目を丸くしたカティーアがジュジを見る。

 ジュジは頷いて、第三塔の方へ歩み寄る。

ジュジ「この人は第三塔さん。しょとうのまじゅつし? なんだって」

カティーア「はぁ? 魔術?」

 カティーアが眉を寄せる。腕を組んで第三塔へ目を向ける。

スサーナ「私の国ではその、それで通じるんですけど、もしかして他にも呼び方が?」

 第三塔を見上げるスサーナ。第三塔も眉間に皺を寄せて考え込むような仕草をする。

ジュジ「魔法では無く、魔術……ですか」

 カティーアが第三塔の方へ歩いて行く。首を捻りながら第三塔を見上げる。

カティーア「自分で魔力を作り出してる……ニンゲン?」

 小さな声で呟いて、目を見開くカティーア。瞳孔は縦長。声色は棘の無い純粋に驚いたような顔。

 第三塔もカティーアを見て首を傾げる。

「欺瞞を使っていない……本当に鳥ではない……のか?」

 小さく溜息を吐いて、カティーアと第三塔が見つめ合う。ピリピリした雰囲気は感じられない。

 ジュジとスサーナが心配そうな表情で顔を見合わせる。

 光る拳大の玉がカティーアと第三塔の間に現れて、仔犬くらいの大きさまで大きくなる。

 カティーアは嫌そうな顔になる。第三塔は少しだけ目を見開いてすぐに元の感情があまり読み取れない表情に戻る。

「説明をしそびれたお陰で、無用な誤解を生んでしまっただろうか」

 少しだけ申し訳なさそうな声のラームス。ジュジは殺し合いになるところだった割には呑気だなみたいなことを考える。

「ラームスさん」

 ラームスの名を呼んだジュジの方へ、姿を現わした子鹿は歩み寄る。

「君たちは別々の世界から来た存在だ。それを言い忘れたことで争いが起こっていたのなら、謝るよ。すまないことをした」


19 子鹿と四人が敵の過去の話を花畑でして、敵が子鹿本体を喰らった話を聞く


「改めて自己紹介をしよう。わたしは世界樹の枝ラームス常若の国妖精界で生命を司る神の一人だった」

「だった……だと?」

 カティーアが大きな溜息を吐いて前髪をかき上げる。眉間に皺を寄せて険しい表情になる。

「わたしが持っていた権能の大半はこの空間の主……永遠に苦悶する者ヴァニタスによって奪われてしまっていてね。君たちをこの空間に引きずり込んだ者と同じ存在だ」

「ここは……」

 第三塔が口を開く。スサーナは不安と期待の入り交じった顔をしている。好奇心を抑えきれない猫みたいだなとジュジは思う。

「妖精界でも現世でもない世界。幻想と虚ろの境目にある魂が迷い込む場所」

隣人妖精共の説明はまどろっこしすぎる。俺たちは魂だけここに引きずり込まれたってわけだ。魂の記憶から引っ張り出した仮初めの肉体を与えられてな」

「説明が早くて助かるよ。君は妖精界こちら側に詳しいのだね」

「……ふぁ、ファンタジーの世界……」

 独り言を呟くスサーナを胡乱な目で見つめている第三塔。スサーナは第三塔の顔を覗き込んで心配する。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大体の事情は掴めたので問題はない」

 元の表情に戻った第三塔はジュジにそう答えると鹿へ目を向ける。

「わたしは、ここで迷い込んだ乙女達を元の世界へ戻す手助けをしているのだが……どうも空間の主にバレてしまったようでね。出口を完全に塞がれてしまったみたいだ。よければ、君たちの力を貸して欲しいのだけど」

「もちろんです! 私たち、命を助けて貰いましたし」

 鹿の言葉に対して食い気味に答えるスサーナを見て、カティーアが小さく「まじかよ」と答える。すぐにしゃんとした表情になったカティーアは、スサーナの方へ近付いていく。

 第三塔が警戒する。それに気が付いたカティーアが、敵意は無いとでも示すように肩を竦めてかぶりを振る。

「……小さな黒髪のお嬢さん。名は……スサーナだったか?」

 目の前に来たカティーアを見てぴゃっとなるスサーナ。カティーアはゆっくりとした動きで膝を折ると、片膝立ちをして跪いた。

「は、はい」

 緊張した面持ちのスサーナが胸元に手を当ててカティーアを見上げる。左手をそっと取って自分の方へ軽く引き寄せる。

「彼らが君の命を助けた善き隣人妖精さんだとしても、簡単に頼みを聞いてはいけないよ」

 柔らかく微笑んだカティーアはそういって横にいる鹿へ視線だけ向ける。

「ごめんなさい……私、軽率なことをしてしまったでしょうか」

「そんなに縮こまらなくても君を取って食ったりしないから、大丈夫。ただ、少し心配になっただけさ。隣人妖精共は、気の良い連中だが、ニンゲンとは少し価値観が違うからな」

「あ……取り替え子チェンジリングとか、ありますものね。軽率でした……。ごめんなさい」

 しょんぼりとするスサーナの手の甲にそっと口付けをしてから、カティ-アはもう一度笑顔を作る。それから手を離して、スサーナの頭を優しく撫でた。

「その通り。約束や、頼み事を聞くなとというわけじゃない。相手の頼みを聞く代わりに自分がどうしたいか伝えるんだ。そうじゃないとあいつらは良かれと思って君や、君の大切な人の命や姿を奪っちまう」

「ありがとうございます、気をつけます」

「まあ、君には頼もしいお守りがいるみたいだから、不要な言葉だったかもしれないけどな。自衛するための知識は多い方が良い」

 自分を警戒して見ている第三塔を見て苦笑いすると、カティーアは立ち上がった。

 スサーナから離れてたカティーアは、スサーナの隣にいる第三塔を見上げる。

「さっきはすまなかった。頭に血が上っていたのであんたがこの子達を攫ったんだと決めつけちまった」

 頭を下げたカティーアを見て、第三塔が固まる。目を丸くしている。燐光がきらきらと揺らめく。ジュジも驚いてカティーアを見る。

「こちらも、浅慮な考えのまま攻撃を返してしまったこと、申し訳なく思う」

 第三塔も軽く頭を下げる。肩に掛かっていた髪がさらさらと音を立てて前に流れる。スサーナはそれをきらきらした目で見ている。

「俺はカティーア。魔法を使うし、諸事情で死ぬことが出来ない」

「先ほど、そこの子供が言ったとおり、第三塔と名乗っている」

 二人が険悪な雰囲気では無くなったのでジュジとスサーナは目を見合わせて微笑む。

「それと、先ほど君に傷を負わせたことも、謝ろう。漂流民ならば傷を治癒できる術があると思っていてな」

「え、その……かすり傷なので大丈夫です」

「君はよくても、そちらの男はよくないみたいだよ」

 やさしげな声の第三塔。小さな魔法陣を描く。ジュジの目の前で弾ける。

 ジュジは腕の切り傷が消えるのを見て、それから自分の頬に手を当てる。傷が治っている。

「ありがとうございます」

 頭を下げるジュジ。第三塔は頷いてからスサーナへ目を向ける。

 カティーアは、思い出したように手をポンと叩いて鹿の方へ体を向けた。

「というわけで、元神様? 俺たちを元の世界へ戻すと約束するのなら、力を貸してやろう」

 不敵な笑みを浮かべながら、カティーアは鹿にそう告げた。

 鹿はゆっくりと頷いて四人を見つめる。

「ありがとう。永遠に苦悶する者ヴァニタスに奪われたわたしの力を取り戻せば、君たちを元の世界へ送り返せる」

カティーア「そのヴァニタスってやつは、髪と蜘蛛を操ってた黒い髪の女か?」

「その通り。わたしすら知ることの出来ない遙か昔から、彼女……ヴァニタスは存在していた。破滅の呪いを持ったまま体が一定の周期で苦しみながら砂になり、その砂からまた彼女は生まれる。それが、わたしの力と肉体を取り込んだせいで完全な破滅を迎えられずにいる」

 遠い目をする鹿。スサーナとジュジが固唾を飲む。第三塔とカティーアは難しい顔をしたまま頷く。

「再生し続ける体。そして、幻想と虚ろの世界に漂う魔力を無尽蔵に吸い上げてこの空間と下僕の蜘蛛を作り出しているんだ」

第三塔「正面から戦ったとしても私たちに勝ち目は無い……か。何か手があるのか?」

「ヴァニタスの体内、ヒトの仔でいう鳩尾の部分にあるわたしの頭部を引き抜いて、浄化してくれればいい」

第三塔「浄化……とは」

カティーア「随分簡単に言ってくれるじゃねえか……」

 大きな溜息を吐いて引きつった笑みを浮かべるカティーアと、眉を顰める第三塔。

第三塔「物質を清浄に保つことならともかく、魂や霊の類いは生憎専門外だ」

カティーア「奇遇だねぇ。俺も破壊が専門で守護や浄化は得意じゃない」

 腕組みをして、カティーアはそれとなしにジュジとスサーナへ目を向ける。丸みを帯びていたカティーアの瞳孔が細くなる。

 紅い虹彩が縦に引き裂かれたように見える。

第三塔「……なあ、スサーナ」

「ぴゃ……わたしですか」

「俺には、君が適任に見えるんだけど一つ頼まれてくれないか?」

 スサーナは困ったような顔をして第三塔を見る。第三塔は胡乱な目でカティーアを見ている。

「この子は単なる仕立屋で生まれ育った子供だ。危険な目には……」

 我に返って止めに入る第三塔。カティーアの肩へ手を乗せる。カティーアは首を傾げながら第三塔を見る。

 しばらく黙ったまま、カティーアは第三塔の虹色の燐光が揺らめくオパール色の瞳を見つめる。

「あんたがそう思うのなら、それでいいが……」

 溜息を吐きながら、肩を大きく落とす。再びスサーナの顔を見るカティーア。

「俺の大切な人と一緒にヴァニタスの元へ向かって欲しい」

「は?」

 めちゃくちゃ露骨に嫌な顔をした第三塔を無視して、カティ-アは話を続ける。少し胡散臭い笑顔。

「痛いとか苦しいとかめちゃくちゃな気持ちが作った底なし沼に、黒い髪の女の子が溺れているんだ。ジュジがその子の魂に触って助けるから、君はその手伝いをしてくれないか?」

 第三塔はスサーナは頷く。まっすぐにカティーアの顔を見ている。

「わかりました」

「君は……」

 第三塔に睨まれて、スサーナは首を竦める。カティーアは「ありがとう」と言って立ち上がる。第三塔はカティーアを睨み付ける。

「一人で遠くにいるよりも、ジュジといた方があの子も安全だ」

「それは……」

「多少腕や足がちぎれても平気な俺と一緒に蜘蛛や髪の槍を処理し続ける方が、脆いニンゲンを守りながら戦う要理もよっぽど楽だ。そうだろ?」

 第三塔は少し考え込んで、渋々頷く。それを見てカティーアは笑う。

「クックック……合理的で助かるぜ。あの子はああ見えて俺の自慢の弟子で伴侶だ。あんたが思ってるような使い方はしないさ」

 ジュジはスサーナと手を繋ぐ。ジュジが第三塔を見る。

「あの……頼りないかも知れないですが、しっかりとスサーナちゃんのことは守ります」

「……君を頼りないとは思わないが。そうだな、失礼な態度を取ってしまった。よろしく頼む」

 ふっと表情を和らげる第三塔。スサーナとジュジは驚いたような顔になる。?となる第三塔。

「さて、それで魔術ってのは魔法ほど万能ではないと理解しているんだがどう戦う?」

「そうだな……。術式具や護符の準備が出来ると助かる。しかし……設備がない状況でどこまで出来るかわからないが」

「俺に考えがある。とりあえず……そうだな。ジュジはこの子と一緒にあっちへ行っておいで。少しだけ危険かもしれないからな」

 腕組みをして考えたような顔をしたあとに、カティーアは鹿を見る。頷いた後に、スサーナとジュジの背中を押して東屋の外へ行くように仕向けた。


20 花畑でゆっくりとするスサーナとジュジ、第三塔とカティーアが子鹿を交えて会話する


「大丈夫なんでしょうか」

 スサーナが心配そうに呟く。スサーナの視線の先にはカティーアが鶴革の袋コルボルドから色々なものを並べている姿が見える。

 第三塔がカティーアの並べた物品を手に取って、物色をしている。時々半目になってカティーアへ冷たい視線を送っているのも確認できる。

「どうしたの?」

「私……なんだか大役を任されてしまったような……」

「でも、私はなんだかわかるな。スサーナちゃんがすごいことを出来そうって感覚」

 不安そうな顔をして目を伏せるスサーナ。長い睫毛が頬に影を落とす。

 白くて細い指に、ジュジの褐色の手が触れる。温かい。

「スサーナちゃんは、私がしっかり守るよ。だから、二人でケガをしないようにがんばろう」

 にこりと笑うジュジ。スサーナから手を離して、ジュジは両手で水を掬うみたいな手の形にする。

「ほら、元気出して」

 両手からは普通の薔薇よりも一回り小さいくらいの色とりどりの薔薇があふれ出す。

「ここは魔素が豊富だから、こういうことも出来るのよ」

 零れ落ちた薔薇が逆さになって浮かび上がる。中心から薄い薔薇色の光がにょきにょきと生える。薔薇の花弁をスカートのようにして光で出来た小人たちが踊り始める。

 スサーナは小さく手を叩いて喜ぶ。

 東屋から出来てたカティーアと第三塔。ゆっくりとした足取り。

 第三塔は少しだけ疲れた表情。

 カティーア「懐かしいな。ジュジにも似たことをしてやった時期がある」

 人差し指を立てるカティーア。ジュジとスサーナが二人がきたことに気が付いて目を向ける。

 カティーアの指先から水で出来た翼の生えた馬が駆けて空を数歩歩いて消える。それから炎で出来た小鳥がスサーナの周りで飛び回り、花で出来た蝶に変化してきらきらしながら消える。

 目を丸くしたスサーナは少し間を置いて小さな感嘆の溜息を漏らす。

「すごいです! ふぁんたじーのせかいだ……翼の生えた馬、実在するんですか?」

ジュジ「森の奥へ行けば……たまに見かけます」

スサーナ「もしかして、上が鷹で下半身が獅子みたいな動物も」

カティーア「鷹獅子グリフィンなら、都市部の豪商や貴族が時折馬車を引かせているが」

スサーナ「いるんですね!」

 宇宙猫顔の第三塔。どう見ても危険な生物だが……みたいな顔。

第三塔「翼が生えていると……何か意味が?」

スサーナ「可愛いです!」

第三塔「……バッタの羽が生えた魔獣はいるが」

スサーナ「それは可愛くないです。いえ……もふもふしているのなら、ありかもしれませんが」

第三塔「山羊にバッタの羽と足がついて頭が猿……」

スサーナ「最後まで言わなくてもいいです」

 第三塔解せぬの顔。

カティーア「……」魔法で第三塔が言った魔獣を作ろうとする。

ジュジ「……スサーナちゃん、それは多分よろこばないと思います」

 指摘されて手元で作っていた魔獣の姿を消す。四人の前に鹿が現れる。

「わたしの方も準備は整った。全ての隠し部屋を閉じてきたから、魂の残滓とはいえ少しくらい役に立つはずだ」

 鹿が光に包まれる。光が大きくなって馬くらいの大きさになった鹿。角は短いまま。

 前脚を折りたたんで屈む。スサーナを抱き上げた第三塔が鹿に乗せる。スサーナの背中を支えるようにしてジュジが鹿に乗る。

 鹿が立ち上がる。ジュジが細くてしなやかなツルを出して手綱のようなものを作り出す。

 カティーアが肘を伸ばして、屈伸をしながら第三塔を見上げる。

 第三塔は小さな溜息をついて頷いた。

「さてと……行きますか」


解決

 ジュジ達が敵の鳩尾にあるラームスの頭をこの迷宮を壊すために浄化して取り出す。 

1  花畑が大きく揺れた時四人の足元から髪の束を槍みたいにしたものがズバーッと出てくる


 鹿が頭を振る。蹄で地面を二回掘り返して詠唱をする。

 地面が大きく揺れる。ずずず……と夜の闇に似たヒビが下から入っていって、薄氷の割れるような音がして空が真っ黒な円蓋に変わる。

 天井から生えてきた紫の鬼火が灯ったシャンデリアが大きく揺れ、四人を取り囲むように周囲を髪の槍がずばーって勢いよく生えてくる。

 髪同士が絡み合って網のような者を作っていく。スサーナが小さく息を呑んで手綱を掴む力を強めた。

 カティーアと第三塔が視線を交差させる。


2  花畑が真っ黒な円形の部屋に変わった時に四人を天井くらい大きい敵が光る目で見下ろす


 髪で編まれた網が密度を増していく。いつのまにか円形のホールになっていた。

 黒い壁が少しずつヒト型に盛り上がっていく。

 天井近くに灰色の顔らしきものが浮かび上がる。伸びきった前髪の間から見えるギラリと紫色の光の球が二つ現れる。

 輪郭が少しずつ露わになり、天井まで届きそうな大きさのヴァニタスが完全に姿を現わす。

 ヴァニタスは四人と鹿を見て紫の炎を揺らめかせると、耳まで裂けている大きな口を開いて空気が震えるほどの大声を出す。


3  四方から襲ってくる髪の毛で出来た槍をカティーアが炎の魔法で焼き払う


「ずるい! あたしはずっとひとりなのに!」

 喚くような声が頭の中に響いてくる。妖精の言葉を話してるのに意識が認知出来る形で伝わってくる。

 鹿に乗ることで理性を失った妖精の言葉も伝わってくるようになった。

 ヴァニタスの髪の毛がざわざわと波打つ。蛇が鎌首をもたげたみたいな形になった髪の毛の槍が前方から四人を狙う。

「同じ黒い髪! 同じ忌まれた存在! それなのになんで」

 叫ぶようなヴァニタスの声。

 髪の毛を絡み合わせて作った捻れた槍は一斉に放射線を描きながらジュジとスサーナの乗った鹿を目がけて伸びてくる。

「行け!」

 カティーアと第三塔が同時に声を発する。

 第三塔が中空に術式を書き込むとスサーナとジュジの周りに光る魔法陣が幾つか浮かび上がる。

 カティーアがダンっと勢いよく床を踏んで左手を前に翳す。炎をまとわせた少女の妖精達が笑いながら現れて直線上にある髪の槍を焼き払っていく。

 スサーナは下唇を噛みしめて少し体を強ばらせる。ジュジが鹿の横腹を蹴る。

「同じ子達の魂を食えばあたしはあたしはあたしは」


4  わらわらと地面から湧き出してくる蜘蛛たちを第三塔が切ったり魔法で倒したりする


 鹿が駆け出す。ジュジはスサーナを庇うように少し前傾姿勢になる。焼きはらった床を再びヴァニタスの髪が覆い尽くし、さらに床からはキシキシと嫌な音を立てる蜘蛛が湧くように現れる。

 地面を蹴って前に跳ぶカティーア。第三塔が放り投げた木製の駒が猫科の猛獣に似た姿になりカティーアの足元へ滑り込む。

 蜘蛛の足がジュジの頬やスサーナの足を掠めるが魔法陣が青白く光って蜘蛛の脚を焼いていく。


5  子鹿と二人は大人二人が切り拓いた道を走っていきながら敵の鳩尾辺りを目指していく


「ずるいずるいずるいあたしはだれもたすけてくれなかった」

 子供の駄々のような声。鹿が悲しそうな目になる。

 カティーアが切り拓いた道がふさがっていく。第三塔が光の刃で蜘蛛や髪の槍を切っていく。

「わたしの大切なヴァニタスかわいそうな女の子、もう罪を重ねるのはやめておくれ」

「うるさいうるさいうるさい邪魔者めお前は誰だ」

「わたしはラームス。何度でも君に会いに行くと約束したんだ」

 ヴァニタスの動きが一瞬止まる。鹿も動きを止める。カティーアが「止まるな」と叫ぶ。

 絹を引き裂くような悲鳴。ヴァニタスの両手のような部分が頭を抱える。頭を振り乱しながらヴァニタスが叫ぶ。言葉にならない叫び声。


6  ジュジが敵に向かって太い樹木を生やして道を作ったのでスサーナはそれを鹿と共に走る


 走り出した鹿。

 何度目かの叫び越えの後に、バリンという音。魔法陣が全部消える。

 死角から不意に丸太のように太い髪の毛が現れて鹿の上を凪ごうと向かってくる。

 ジュジが鹿の背に立つ。ジュジが鹿の背を蹴って飛び降りる。それからバツンと大きな破裂音がする。スサーナの顔が青くなる。

 カティーアがジュジの名を呼ぶ。第三塔が舌打ちをして騎獣が足を縮めた後、バネみたいに跳ぶ。

ジュジ「スサーナちゃん、行って」


7  後ろから駆けてきた大人二人がスサーナを追い抜き敵に剣を突き立てて核を露出させる


 第三塔が落ちたジュジを抱える。腹に空いた穴を術式で塞ぐ。

「あの子を庇ってくれたことは感謝する……が、君が傷つくことはあの子も望んでいない」

「あなたもカティーアも、絶対に助けてくれると思ったので」

 大きな溜息を吐いてから、カティーアを見る。カティーアはジュジの無事を確認すると騎獣を踏み台にしてジャンプしてスサーナの元へ向かう。

 ジュジが髪を解く。第三塔の目の前に闇色の髪が広がる。髪の毛を切ったジュジが妖精語で呪文を唱える。ジュジの目と同じ色の光が放たれる。

 眩しくて第三塔は目を細める。床が盛り上がって、木のような太さの茨が生えてくる。勢いよく生えた茨はヴァニタスの体を貫いた。

 ジュジが生やした茨の上を鹿は走る。カティーアがスサーナの後ろに乗って支えている。 茨に髪の毛が絡みつきはじめる。

「第三塔!」

 カティーアに名前を呼ばれた第三塔は懐から剣を取りだして構える。騎獣を踏み台にして、第三塔が前方に跳ぶ。

 剣が派手な光を帯びる。剣を横に振り抜いた第三塔。ヴァニタスの体に横一閃が走る。

 カティーアがそれに続くように炎を纏わせた拳をヴァニタスの鳩尾部位に叩き込む。

 もう片方の手をヴァニタスの鳩尾に伸ばしたカティーア。体の中に両手を入れる。ヴァニタスが叫ぶ。

 ヴァニタスの体内から角の生えた人の生首みたいなものを引きずり出すカティーア。勢い余って空中に体を投げだす。

 カティーアの体を複数の髪の槍が貫く。そのままヴァニタスの方へ引っ張られるカティーア。

「第三塔、俺ごと切れ」

 第三塔の光の刃がカティーアの両腕を切断する。


8  跳んだ鹿とスサーナさんは核に触ろうとするけど防がれそうになるけどジュジが止める


 カティーアがヴァニタスの方へ引きずり込まれていく。第三塔が騎獣に乗ってカティ-アの方へ向かう。

 鹿が生首目がけて跳ぶ。スサーナは必死に手綱に掴まる。ヴァニタスの体から伸びてきた髪の毛が生首に絡みついて、生首を体内に戻そうとする。

 スサーナが鹿から飛び降りる。スサーナを目がけて髪の毛が伸びる。青い閃光。ぱちぱちという音。

「しまった」と第三塔が漏らす。第三塔はカティーアの腕を掴んで自分の騎獣の後ろに乗せている。

 ジュジが地面にしゃがむ。足元から生えてきたツルがジュジを運ぶ。足を取られた鹿が床にたたきつけられる。風のような速さでジュジがスサーナに追いついて、スサーナを抱きしめる。


9 スサーナさんの魔法で核が浄化されて敵と鹿が元の姿に戻る


「大丈夫です。私も一緒にいますから」


 パチパチ音を立てていたスサーナを守る球状の空間が薄緑色の光を発して静かになる。カティーアと第三塔はジュジとスサーナに向かう髪の毛を燃やしたり、切り裂いたりしてる。

 スサーナは目を閉じる。ジュジも目を閉じる。頬を風が撫でる感覚で目を開く。曇り空の沼地の真上にいるイメージの中に入る。

 生ぬるい風と腐敗臭。沼地には真っ黒い水。

 沼地の真ん中にいる少女へ黒い水が集まっていく。

 水たまりほど残った黒い水の前に石像がある。

 上半身が人間で下半身が鹿の石像。石像の男性の頭にはトナカイのような角が生えている。

 石像には黒いねばねばしたものが絡みついていて顔は抉られたように欠けている。

 すすり泣く少女が現れた。少女の体はどんどん足先から崩れて砂になっていく。

 石がどこかから跳んできて、少女の額を打ち付ける。額から流れた黒いどろどろとした血。少女は額を抑えてうずくまる。

 流れた血が体の崩れた部分を覆い始める。少女は泣き続ける。

 真っ黒なねばねばした血が沼地になって石像を飲み込んで少女は喘ぎながら両手を上に持ち上げる。

 スサーナの声が聞こえる。

「苦しそう」

 大きな子供の手が現れるのをジュジが見る。スサーナの手。

 大きな手は黒い水と一緒に少女を掬い上げる。黒い水はすぐに透明な水に変わる。

 ぱしゃりという大量の水が落ちる音がして、ジュジの意識が引き戻される。

 目を開くと、スサーナの胸元から橙色の光が弾けて部屋を覆い尽くす。落ちていく二人。

 第三塔とカティーアがそれぞれを抱き留めて結界と防御術式を展開する。

 目を開くと、さっき沼地で見た石像にそっくりな男性と床まで引きずる程長い黒髪の少女が向かい合って立っていた。

 

10 砂になった敵を抱える鹿にお礼を言われて四人は元の世界に戻って終わり


「ラームス」

 すごい剣幕で男性に殴りかかるヴァニタス。

 慌てて止めようとしてジュジはカティーアに止められる。

 ラームスは「わたしは、大切な時に限って言葉が足りないみたいだ」

 髪の毛をふわっと浮かせて細い槍のような形にしたものをラームスの喉元に突きつけるヴァニタス。

 ラームスは穏やかな顔。

「君がわたしのことを忘れても良いのかと尋ねたとき、わたしは大丈夫、そういったね?」

 ぎりりと歯ぎしりをして、ヴァニタスは頷く。喉仏に突きつけられた髪の槍の先から、一筋の赤い血が流れる。

「あんたにとって、あたしはどうでもいい暇つぶしだって言いたいんだろ?」

「わざわざ自我を取り戻させて、事実を突きつけて傷つけてから殺すつもりか」

「そうじゃないんだ」

 ラームスの手が喉元に突きつけられている髪に触れる。穏やかな笑みを浮かべたまま前に進むラームスを訝しげに見ながら、ラームスが進んだ分だけ髪の槍を下げるヴァニタス。

「紛らわしい言葉で、君を悲しませてしまって本当にすまなかった」

 両腕を広げて、ヴァニタスの前に無防備な姿を晒すラームス。

「やっと伝えられる。君がわたしを忘れたって大丈夫だよ……と」

 大きな溜息が隣から聞こえてジュジはカティーアを見る。苦笑いをしながらカティーアはヴァニタスとラームスを見ている。

 ジュジは再び二人に目を向ける。

 ヴァニタスは小さな声で唸るように声を出す。

「そんな」

「わたしは、君がわたしを忘れたって何度でも会いに来るよ。そして、何度でも君と幸せに過ごす」

「だって……」

「呪いを解くことは出来ないが、それでも、わたしは呪いごと君を愛してしまったんだ。君が嫌がらない限り、ずっとずっと何度でも君の死を見守るし、君の誕生を祝わせてくれ」


 抱きしめ合う二人。ヴァニタスは足先から崩れて砂になっていく。ラームスの足元には真っ黒な砂の山が積もる。

 その中から小さな薄灰色の肌をした赤子を拾ったラームスは、ゆっくりとした足取りで四人の方へ歩いてくる。

 スサーナは目を丸くして言葉を失っている。第三塔とカティーアが肩を竦めて視線を交わす。

「壮大な痴話喧嘩に巻き込まれたもんだな」

「ありがとう。君たちには迷惑をかけてしまったが、これでこの空間に捕らわれていた魂達も元に戻るだろう」

「あの……本当にお二人とも仲直りが出来てよかったです」

 ラームスの前に進み出たスサーナの両脇の下に手を入れて、第三塔が持ち上げる。

「君自身への不利益に無頓着過ぎる行動をしたことについてだが……」

 カティーアも第三塔の言葉を聞いてジュジを見る。気まずそうに首を竦めるジュジ。

「ジュジ」

「は、はい」

「お前がケガをしたんだと思ったら、胸の奥が冷たくなった」

 カティーアがジュジの額に自分の額をくっつける。

 抱きしめらる。カティーアの背中にジュジも腕を回す。

「ごめんなさい。気をつけます」

 ジュジとカティーアを見る第三塔とスサーナ。

「ごめんなさい」

 スサーナも第三塔の目を見てしょぼんとして謝る。

 溜息を吐きながら、スサーナを床に下ろす。第三塔はラームスを見た。

 部屋の中、黒い壁が脱皮するみたいに剥がれて真っ白な壁になっていく。剥がれた黒い膜はいつのまにか出来ていた小さな小窓から飛んでいく。


「さあ、この虚ろと夢の合間に出来た迷宮も崩れる頃合いだ。わたしたちも元の世界へ戻るとするよ」

 ラームスは一握りの砂を小さな白い革袋へさらさらと流し込むと四人を見て微笑んだ。

「本当にありがとう。わたしから君たちに常若の国妖精の国からの祝福を……」

 白い小さな花弁と若葉色の小さな葉が風に乗せられて舞う。どうっと音がして突風が四人を襲う。

 目を閉じると、カティーアがジュジを抱きしめる感覚がして、体がふわりと浮いた気がした。意識を失うジュジ。


 目が醒める。

 ぼうっとしながら隣を見る。カティーアが寝息を立てて眠っている。

 夢だったのかな?と思いながら、枕元を見る。小さな白い花弁が落ちていた。終わり。

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