第4話 対決

「……この子は何もしていない!」

「これからするんだよ。だから今の内に殺さなきゃいけない。分かるだろ、同業なら」


 退治屋はそう言うと俺に理解を求めた。予想通りの回答だ。鬼と言うだけで退治対象。害虫や害獣は見つけ次第仕留める、それと変わらない。虫や獣と違って相手と意思疎通出来るのに。

 俺は彼とルカの間に割って入り、両手を広げた。


「させない! 俺は彼女が人を害するとは思えない」

「いやさっきのやり取り見てただろ? 俺に敵意を向けて……」

「それはあなたが先に仕掛けたからでしょう!」

「……話にならんな」


 退治屋は軽くため息を吐き出すと、俺をじろりとにらんできた。俺だってここをどく訳にはいかない。こうしてにらみあいは始まり、お互いに一歩も引かない中、時間だけがいたずらに過ぎていった。

 お互いに精神的疲労がピークに達した時、退治屋が意味ありげに顔を振る。


「じゃあ、ここはひとつ、勝負で蹴りをつけよう。俺が勝ったら邪魔をするなよ」

「分かりました……」


 こうしてベテラン退治屋とまだ見習いとの対決が決まる。どう考えても俺の方が不利だ。経験の積み重ねがある分、相手の勝ちは硬いだろう。

 けど、ここで勝てたなら彼女を守る事が出来る。わずかでも可能性があるなら賭けるしかない。多分今はそれが最善の選択なんだ。俺はそう自分に言い聞かせながら、廃村の広場まで歩いた。


 適当に広い場所についたところで、お互いの阿吽の呼吸で戦闘態勢に入る。考えてみれば退魔の修行はしてきたけれど、対人の戦闘は初めてだ。妖相手の肉弾戦の要領で何とかなるだろうか。

 色々と考えが頭に浮かぶものの、ここまで来たらもう覚悟を決めるしかない。俺は全身に気を巡らせて身体能力の底上げをする。


 最初に動いたのは退治屋の方だった。今までの仕事で経験を積んでいるのだろう、一瞬で間合いを詰めて俺の体めがけて手を伸ばしてきた。この素早い動きに一瞬対応が遅れたものの、底上げした反射力で初撃を何とかかわし、俺は武術の構えを取る。

 妖退治では自分も妖と同じ性質になって対処する。俺はこの勝負を肉弾戦の組手だと捉え直し、退治屋を仮想妖として戦闘に臨んだ。もちろん相手は鬼退治がしたいために提案した以上、本気で倒しに来ている。


 とは言え、対人戦な以上、打ち所が悪ければ殺してしまうような凶悪な道具は使えない。そこが勝機でもあった。俺はじっちゃんから伝授された全ての技を組み合わせ、退治屋の技に対抗する。最初こそ押されていたものの、やがて体も慣れてきたのか相手の蹴りや突きをうまく受け流せるようになってきた。

 そうなると、後は持久戦だ。経験の差に対抗出来るのは肉体の若さ。つまり、長引くほど俺の方が有利になる……はず。


 早期決着を狙った退治屋は、やがて繰り出す技のひとつひとつが雑になり始めた。そうして渾身のパンチが打ち出されたところで、俺はタイミングを合わせてカウンターを狙う。

 この読みが当たり、俺の拳は退治屋の頬をめり込ませ、その場でダウン。こうして呆気なく勝負はついた。


「勝負は……俺の勝ちで……いいですよね」

「ああ、悔しいが……俺の負けだ」


 こうして決着もつき、退治屋は起き上がる。それから体についた埃を叩き落として、そのまま村を出ていった。全てを見届けた俺はそこで意識を失う。やはり無理をしていたらしい。


「……あれ?」


 気がついた時、最初に目に飛び込んできたのは心配そうに覗き込むルカの顔だった。すぐには事態が飲み込めなかったものの、どうやら俺は倒れた後に彼女に介抱されたらしい。使い古された、でもとても暖かい布団に寝かされていたのだ。

 意識がはっきりしたところで、俺はゆっくりと起き上がる。


「もう……平気なの?」

「ああ、有難う」

「どうして……」


 ルカは泣きそうな表情で俺の顔を見つめる。その言葉の先は、言葉にしなくても理解出来た。俺は自分の意志が貫けた嬉しさで、自然と顔を綻ばせる。


「俺はさ、君に生きていて欲しかった。それだけだよ」

「でも、私、人間は……」

「鬼って言うだけで退治しようなんて考えは間違ってる。それにね、人と仲のいい鬼だっているんだよ。ルカならきっと……」

「やめて!」


 最後まで言い切らない内に彼女に言葉を遮られた。やはり人間に一族を殺されたトラウマが心を縛っているんだろう。それでも倒れた俺を放置はしなかった。本当はとても優しいってそれだけで分かる。こんな優しい鬼が退治されていい訳がない。


 退治屋は追い払えたけど、情報はきっと拡散するだろう。もうこの廃村はルカが安心して暮らせる場所じゃなくなった。そのきっかけを作ったのは俺かも知れない。

 いや、きっと俺なんだ。だとしたら、俺はその責任を取らないといけない。色々と考えていると、自然に言葉が口から漏れていた。

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