第4話 気になる隣人

 翌日、美雪は登校すると、何度も崇範を窺った。

 着ている物が違い過ぎるからわかりにくいが、身長や体格は、女刑事と同じくらいだと思う。

(それに、手がね……)

 シャーペンでさらさらとノートをとる手は、男子の手らしく骨ばっているが、指はすらりと長い。

(それに、細そうなのに意外と筋肉がついてそうな感じねえ。首は細いんだなあ。まつ毛も長いなあ)

 美雪はそんな事を考えながら崇範を見ていたが、不意に崇範がチラッと美雪の方を見て目が合い、慌てた。

「え?」

「あの、東風さん。先生がさっきから呼んでるけど……」

 いつの間にかじいーっと接近して見ており、流石にクラス中の視線を集めていた事にやっと気付いた。

「え!?はい!何でしょう!?」

 美雪は裏返った声を出して立ち上がった。

 教師は困ったような顔で頭を掻き、

「いや、授業中なんで教科書を見て欲しいんだけど」

と言った。

「す、すみません……」

 真っ赤になって俯く美雪に、クラス中から笑いが起こる。

 だが、堂上だけは笑わずに、崇範を視線で殺そうとするかのように睨みつけていた。


 授業が終わると、美雪は恥ずかしさをこらえて崇範に謝った。

「ごめんね。ちょっと、気になる事があって」

 友人達が、美雪のところにすっ飛んで来てからかう。

「気になった?何が?誰が?」

 ますます美雪は赤くなり、オロオロとする。

「わた、たか、おん、あわわわ」

「……いや、面白いけど落ち着きなよ、ね」

 見かねて、別の友人が美雪の肩を叩く。

 崇範は苦笑を浮かべて、済まなそうに言った。

「ごめん。寝ぐせ、直ってなかった?気になったのならごめん」

「ちちち違っ!」

 真っ赤になったままブンブンと首を振る美雪に少し笑う。美少女と名高いお嬢様だが、気さくでどんくさくてかわいい。そういうところも、美雪が人気のある所以だろう。

「あの、深海君。そうじゃなくてね」

「うん?何?」

「宇宙刑事アスクルーの女刑事って、深海君に似てるなあって」

 思わず、出しかけていた次の授業の教科書とノートを、バサバサーッと取り落とす。

「美雪、それはないわ」

「いくら何でも、深海君に失礼よ」

「男の子に、女優に似てるって」

 友人達は呆れたように溜め息をつき、注目していた男子達も、半分笑いながらも気の毒そうな目を崇範に向ける。

 崇範は、

(どこでバレた!?)

と内心でドキドキだ。

「そうじゃなくて、変身した後の姿よ!」

「それでもねえ。そりゃあ、深海君って細いけど。

 ていうか、それ、ぴちっとしたやつでしょ。何か、やあらしい。美雪まさか、服の下想像してたの?」

 言いながら、女子が遠慮なく肩や腕を触って来る。

 同じ事を男子が女子にしたら、チカンかセクハラと言われるのは間違いない。

「ちちち違います!」

 美雪も崇範も真っ赤だ。

「ほら。それでも筋肉が――うわ。本当に意外とある。細マッチョ?」

「どれどれ。あ、ほんとだー」

「あ、あの、佐藤さん――」

「や、やめなさいよ、深海君嫌がってるでしょ。ごめんね。

 指とか、手が似てるの!」

「手?あら。深海君の手、指が長くて形がいいのね」

「いや、あの、普通だと思うよ」

「かっこいいと思うわ、私!あ、いえ、その」

 しどろもどろの崇範と美雪をからかう事で、休み時間は過ぎて行った。


 放課後、崇範はさっさとバイト先に向かった。今日のバイトはドラマの忍者で、ほんの短いシーンだが、馬の上から塀に飛び移って塀の上を走ってから灯篭の上に飛んで、なぜか前方宙返りをして着地し、庭を横切って屋敷の窓枠に足をかけて屋根に上り、端まで行ったら隣の棟の屋根に飛び移るというアクションだ。

 この忍者は目立たないように行動する気がないのか、忍び込むというのを忘れているんじゃないか、バカじゃないのか、とか言ってはいけない。これが、テレビ的演出だ。

 着替えて、軽くウォーミングアップをしていると、ADがやって来た。

「よろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 答えて、もう一度動きを打ち合わせ、テスト1回、本番1回で決める。

「はい、OK!」

 ホッとした空気が流れ、崇範は帰り支度を始める。

「お疲れ様。

 いやあ、新見プロは間違いないね」

「ありがとうございます」

 新見プロ。それが崇範の所属するバイト先で、スタントマンとスーツアクター専門の芸能事務所だ。そこで、依頼に合わせて割り振られた仕事に行くのだ。

 と、監督もやって来た。何度かスタントのバイトを受けた事があり、顔見知りだ。

「相変わらず身軽で鮮やかなもんだなあ。

 顔出しする気はないのか?アクション俳優でいけば、即、仕事はあるだろうに。顔だって悪くないし、今の若いやつはこんな風に細いし。

 深海、モテるだろう」

 言いながら、肩や腰や足を、確認するように叩く。

「まさか。彼女なんていませんしね」

「そうか?気になる子とかは?」

 言いながらも、まだペタペタと触っている。

(今日はやたらと触られる日だな)

 そう思うと、真っ赤な顔の美雪を思い出した。

「おや」

「まあ」

 監督とADがニヤリとする。

「ち、違います。隣の席の子が、そういう意味じゃなく気になるけど、違いますから!

 それに、僕に俳優は無理ですよ。また、スタントで使って下さい」

 崇範は苦笑しながらそう言った。

「そうか?でも、その気になったら言ってくれよ」

「ありがとうございます。じゃあ、失礼します」

 崇範はそう言って更衣室へ向かった。



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