君の名を呼ぶ

JUN

第1話 正義の味方

 大げさなくらい派手に動き、決めポーズを決め、宇宙怪獣にキックをする。それで宇宙怪獣は倒れて、動かなくなった。

「はい、カット!」

 その声に、はああと息をついて、今倒した怪獣の背中のファスナーを下ろしてやる。

「暑い……」

 怪獣の中から体を起こして出て来た人間が、そう一言呟いた。

 それで自分も、ヘルメットと全身スーツをつなぐ首のところのファスナーを開いて、ヘルメットを取った。

「ああ。涼しい……」

 深海崇範ふかみたかのり。バイトでスタントマンとスーツアクターをしている高校生だ。

 スーツアクターというのは、怪獣や着ぐるみなどの中に入って演技をする俳優だ。怪獣は、重いし動きにくいし汗やシンナーや色々な臭いがこもっているし視界も悪いしとても暑い。宇宙人や変身ヒーローなど、今崇範が着ている宇宙刑事のスーツは、薄いし仮面の目の部分はメッシュになっているので怪獣よりもマシだが、それでも暑い事には変わりがない。

 しかも、子供が見学に来ていたりすると、どんなに暑かろうが、脱げない。

「水どうぞ」

 ペットボトルの水を怪獣から出て来た佐原林蔵さはらりんぞうに手渡し、自分も口をつける。

「サンキュ――はあ、美味い」

 佐原は息をついた。

 佐原は崇範の先輩で、大柄でがっしりとした体格なので、大抵、怪獣役になる。

 反対に崇範は小柄で細いので、宇宙人や、戦隊ヒーローの女子隊員になる事が多い。今は、女宇宙刑事の変身した姿だ。胸にはパッドも入っている。

「腰、大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫、大丈夫。いいのが入ったけど、クッションがいいからな、これ」

 佐原はガハハと笑った。

「あ、すみません。スポンサーさんのお孫さんが写真をと……」

 スタッフが呼びに来て、崇範は、

「はい、わかりました」

と返事をし、また、ヘルメットを被って首のファスナーを閉めた。

 それで、佐原に手を振って、スタッフについて行く。

 女っぽくない役とは言え、男に見えてもいけない。内股にしなくとも、気を使うのだ。

 そして、男の宇宙刑事2人、幼稚園くらいの男の子と共に写真に納まる。

 男の子は礼を言った後、むんずと崇範の胸を掴んできた。

「うわっ」

 スタッフが慌て、スポンサーは笑う。スーツアクターの崇範達は慣れているので、仮面の下で苦笑するだけだ。

「サクヤ刑事の胸もんだって自慢してやろうっと」

 とんだマセガキだ。

 怪獣に入っていると、蹴ったりされる事はしょっちゅうなので、怒る程の事でもない。どうせパッドだし。

 形だけ「メッ」としたポーズを見せ、上機嫌で帰って行くスポンサーと孫を見送る。

「今からセクハラかよ」

「先が思いやられるな」

 刑事2人がそう言い、控室へと戻って行く。

 その時、女の子の声が聞こえた気がした。


 見るからにガラも頭も悪そうな3人組だった。

「いいじゃん、一緒に遊ぼうぜ?」

「ぶつかって来た、慰謝料代わりだよな」

「そうだそうだ」

 囲まれているのは、東風美雪こちみゆき、誰もが美少女と認めるであろう女子高生だ。しかも、東風重工の社長のお嬢様である。

 この宇宙刑事のドラマのスポンサーでもあり、撮影というものを見学してみるのもいいかと、年下の従兄弟と一緒に父について見学に来たのだが、見学しているうちにはぐれてしまい、この3人に絡まれたのだ。

 この3人は近所の高校生で、エキストラに紛れて入り込んだやつらだった。

「すみませんでした。でも、ぶつかったのは、そちらが飛び出して来られたせいでもありますよね」

「何だと?」

 凄まれて、声も出ない。3人の方は、脅せばどうにでもなると思ったようだ。

「行こうぜ、な」

「や、辞めて下さい。離して。つ、連れがいるんです」

「お友達?」

「父と従兄です」

「はい、無視」

 美雪の手を掴もうとした時だった。

 深紅のスーツが現れ、その手を弾いて美雪をかばう。

「痛てっ!」

「何だよ、女刑事さんか?」

 崇範である。

「邪魔すんなよ。それとも、女刑事さんも相手してくれんの」

 ドラマと現実がわかっていない、バカである。

「だんまりかよ」

 スーツを着ていると、喋っても声が外の人に聞こえないだけだ。これでもまだ、外の音がかなり聞こえるだけ怪獣よりはマシである。

 3人のバカは、調子に乗って殴りかかって来た。それを、軽くいなし、足を払って転がす。

「くそっ!女に舐められてたまるか!」

 残り2人は頭に血が上ったのか、そう言って殴り掛かって来る。

 変身ヒーローの女性役は小柄な男性が入る事が多いというのを、知らない人は多い。この3人もそうらしい。

 それであっさりといなされているうちに、スタッフが気付いて、

「あ、何をやっているんですか!?」

と声を上げて走って来たので、3人は慌てて逃げ出した。

 崇範は女子高生を振り返って、ケガが無いかザッと確かめた。

 そこで、凍り付いた。

(え!?何で東風さんが!?)

 そこにいたのは、崇範のクラスメイトだった。

「ありがとうございます!」

 うるうると感謝に目を潤ませる美雪に、崇範は焦った。

(まずい。絶対にバレてはいけない。女役とかバレたら、学校で何を言われるか!)

 崇範は無言のまま、頷き、「じゃあ!」という風に片手をさっとあげ、とにかくそこから急いで離脱する事にした。

「あの、お名前を!」

 美雪の声を背中に、走り去る。

 十分離れたところで、足を止め、息をつく。そして、ヘルメットを取った。

「何でこんな所に……」

 呟いた時、ニヤニヤとした佐原が現れた。

「見てたぞ、正義の味方め」

「佐原さん」

「かわいい子だなあ」

「学校でたぶん一番人気ですよ」

「知り合いか?」

「クラスメイトです」

「声かけりゃよかっただろ。それが縁でよう」

「まさか。向こうは学校一の美少女で、大会社の社長のお嬢様。

 僕は、目立たず、堅実に、質素に生きているただの高校生ですから。話した事もなければ、話したいとも思いませんね」

 崇範は肩を竦めた。

 




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