第52話 友人達

「何なの、そのマナーは?! あなた、そんな状態で王妃になれるとでも思ってるの?!」

「キュリーさん……」


 コメットは彼女の訪れを把握していたらしく、部屋の隅でクスクス笑っている。キュリーは最後に会ったときの娘らしい可愛らしい装いではなく、貴族の奥方のような胸元の詰まった深い色合いのシンプルなドレスを着込んでいる。


「あなた、レイナス様と会ったそうね」


 キュリーはツカツカと靴音を立てて部屋に入ってきたかと思うと、ルーナルーナのちょうど向かい側に腰掛けた。


「はい。これまでの御礼を言うことができました」


 他にもいろいろあったわけだが、それは気恥ずかしくて言うことができない。いかにも何かを隠している様子のルーナルーナを見て、キュリーはフンと鼻を鳴らした。


「いいこと? レイナス様は私のものなの。私が長年かけて、苦労して、やっと落とした殿方なの」

「レイナス様の話にも、キュリー様のことがでてきました。今のお二人がそのような関係にあるということは私も気づいています」


 あれからルーナルーナは、コメットからもキュリーの出自や経歴、ずっと温めていたレイナスへの想いについて教えてもらっていたのだ。


 きっかけこそ、キュリーがレイナスを嵌めた形にはなっていた。だが、今はレイナスもルーナルーナのことを諦めただけでなく、共に生活するキュリーに信頼をおき、部下以上の気持ちをもって接し、重きを置いているのは明らかである。


「それならいいのよ。これ以上邪魔するつもりならば、私にも考えがあったのだけれど。とりあえずこれまでのことは全て水に流して差し上げましょう」

「ありがとうございます?」


 キュリーは再び盛大にため息をつく。


「本当に呑気なこと。あなたがサニウェル殿下に見初められて、私がどれだけほっとしたことか。こんな気持ち、あなたには一生分からないでしょうね」


 正直なところ、ルーナルーナはレイナスからそのような目で見られていたとはずっと知らなかったのだ。どうやら、知らぬ間にキュリーの神経を逆撫でするようなことばかりをしていたと知って、申し訳ない気持ちよりも、彼女の怒りにこれ以上触れたくないという恐怖心が膨らんでいた。


 そんな彼女を睨み続けていたキュリーだが、ふと目元を緩めた。


「これだけ面と向かって文句を言わせてもらえば、私も多少は溜飲が落ちたわ。それにしてもあなた。どうして私を頼ってこないのよ?」

「え?」

「私は、あなたの友人なのよ? まさか忘れたわけではありませんでしょうね?」


 ルーナルーナこそ、それが未だに有効であることに驚いていた。そもそも、キュリーはいつもルーナルーナに嫌味を言うか、喧嘩腰でしか会話してこなかったのだ。


「私はコメットのようにダンクネスへついて行くことはできないけれど、シャンデル王国でできることを全てするつもりよ。あなたはあちら側へ行くと、シャンデル王国というバックを持った姫ということになる。だったら、そのバックの存在感をいかに大きくするかで、今後のあなたの処遇は決まると言っても過言ではないわ。そこに私の役目があると思ってる。期待していてね」


 キュリーは気合十分である。ここで、コメットも二人の会話に入ってきた。


「それにしても、どうしてサニウェル王子はこんなにぼんやりした人を選んでしまったのかしら?」

「女神のみぞ知るといったところかしらね。でも、大物に気に入られるというのも一種の才能であると私は思うわ。その点だけにおいては、私、ルナを認めても良いと思ってるの」


 ルーナルーナの友人は言いたい放題である。しかし、ルーナルーナは嫌だとは決して思えない。これまではこんなに軽口を叩けるような関係の人なんていなかったのだ。ついつい頬が綻んでしまう。


「そんなことより、先に本題に参りましょう。ルナ? 私はミルキーナ様からあなたのお妃教育の教師として選ばれたの。シャンデル王国の姫として恥ずかしくないように、しっかり教育させてもらいますからね!」

「そうね。まずは、その平民っぽさを消さなきゃね」


 キュリーは元々伯爵令嬢だ。幼い頃はエアロスの妃候補として、彼女自身が妃教育を受けていた身である。さらに、辺境伯の娘であったミルキーナに王都における常識や王妃の心構えを説いて支えていたのもキュリーである。


(キュリーが先生だと心強いけれど、私無事でいられるかしら……)


 ルーナルーナは一瞬遠い目をしたが、すぐにキュリーへ向かって深々と頭を下げる。


「ありがとうございます。キュリー先生、これからよろしくお願いいたします!」

「だから、私は友人だって言ったでしょ? その恥ずかしい呼び方はよしなさいよ!」


 と言いつつも満更ではない様子のキュリー。その後、女三人の姦しい喋り声は、夕飯の時間まで続いていたという。


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