第42話 シャンデル王国上層部

 二つの世界の重なりに、唯一ほとんど影響が出ない場所があった。教会だ。その事にいち早く気づいた王都の隣町の巫女ライナは、自らの持つ力を総動員して、民衆を教会に避難させ始める。国中に放ってある彼女の目である配下も同時に動き出し、アレスの配下である灰鷹とも連携して少しずつ人々の落ち着きも見られるようになっていた。


 この情報はサニーにも知らされ、さらにはリングへも共有される。シャンデルにおける神殿でも同じことが言えるかもしれないからだ。その他諸々の簡単な話し合いがなされた後、リングはちょうど真夜中すぎという時間帯だったこともあり、眠るようにしてシャンデル王国へ帰還した。


「おい、そんなことで寝るな!」


 翌朝、リングを発見したのはエアロスである。エアロスの執務室でキプルジャムを流し飲みしたリングは、元の場所に戻って倒れていたのであった。


「殿下……戻りました」


 リングはエアロスの顔を見た途端、頭痛を感じた。この王子、決して顔は悪くない。王妃譲りの白い肌に王譲りの銀髪。年頃の乙女であれば、目が合うだけで恋に落ちてしまいそうな甘いマスクである。ただし、頭が悪いのだ。


 リングは床から体を起こして立ち上がる。


「おはようございます。今は何時でしょうか? 早速報告させてください」

「まだ六時だ。五体満足で帰ってこれたということは、向こうの国との交渉はうまくいったというところか?」

「世界を一つにした張本人が、あっさりとそれを言いますか?」


 本来ならば、エアロスは大巫女ユピテに次ぐ大罪人だ。知らなかったとは言え、二つの神具を合体させてしまったことはもちろん、他所の国の王子を王の許可無く宝物庫に入れた罪も大きい。宝物庫には、シャンデル王家の沽券に関わる大切な宝も多くあるのだ。エアロスの行為はあまりに軽薄で無責任だったと言える。


 エアロスが気まずそうに押し黙ったので、リングは早速報告を始めた。続いて、王への報告も済ませる。そして出された結論は、エアロスの罪を隠すというものだった。


「今、エアロスを失脚させるわけにはいかない。第二王子は王に向かない器なのだ。幸い、此度の件の詳細は、王城でも極僅かな者にしか知られていない」


 シャンデル王は、苦虫を噛み潰したような顔でこう告げたのだ。


 第二王子は、父親であるシャンデル王から見ても、危険な思想が見え隠れすることがある。基本的には実直な好青年だが、周囲の者には到底想定できないところに地雷があり、それを踏み抜いたが最後。第二王子は徐々に彼の影響力を強めている軍部と結託し、国中に戦乱の渦に巻き込んでいくことは目に見えている。


 平和な世において、武力が真の最終手段であることが分かっていないのだ。そもそも軍部は、他国からの侵略や災害、辺境にいる魔物化した動物の殲滅のために創設されたものであり、国内部での戦闘行為のために存在してはならないのだ。


 シャンデル王は、自分の代で世界の重なりという稀有な自然災害的現象が起こってしまったことは、もう仕方がないと受け止めている。息子が原因では、他へ八つ当たりすることも、責任転嫁することもできない。となれば、せめて事後の収集で国の権威を見せつけて、見事に元通りへ戻す必要がある。それは華麗であれば、尚良い。


 シャンデル王はリングに命じた。


「エアロスの事情を踏まえた上で、ダンクネスと交渉することを任じる」

「はっ」


 リングがエアロスの側近であるということ。これは将来、レイナスの次に宰相となることを示している。リングは、王からの期待を一身に受けて、今こそ実力を発揮する時だと気を一層引き締めた。


 エアロスは事実キプルジャムが効かないのだが、それに関わらずダンクネス王国へ連れて行くことはできない。一連のことを引き起こした張本人がどんな扱いを受けるのか分かったものではないからだ。エアロスは決してスペックが高い王子ではないが、こうしてリングのように主人を慕い、身を粉にして働く部下がいる。それ以外の部下も、誰に言われたわけでもなくエアロスの身辺警護を平時よりも強化し、リングと連携しながら事に当たろうとしていた。この結束力は、強い。


(後はすべきことを成すだけ。殿下を守るのは俺だ)


 リングは、一世一代の大仕事を始めるべく、次の目的の部屋へ足早に急いだ。







「もちろん、協力しよう。共に解明しようではないか」


 歳の割に色気も体格も全く衰えを見せない銀髪の紳士が、握手を求めるべく手を差し出してきた。リングは、筆頭魔道士ジークの元を訪れている。


「このような古書が見つかりまして。おそらく神話が記されているとのことなのですが、ダンクネス王国では完全に読める者がいないそうなのです」


 リングはダンクネス王国から持ち込んだ古書をジークに見せた。魔法研究を生きがいにしているジークは、様々な専門書や古書を読むために語学も堪能である。リングは一縷の望みをかけて、早速本に視線を落としたジークの姿を静かに見守っていた。


「うむ。これは古代シャニー語だな」

「そんな言語があるのですね。どうですか? 読めますか?」

「細かなニュアンスまでは汲み取れないが概ねは分かる」

「さすがです!」


(男に褒められてもイマイチ喜べないな。同じ台詞でもあの侍女ならば……)


 ジークは異世界から戻ってこないルーナルーナに想いを馳せた。彼女程魔法を巧みに扱う女性なんて見たこともない。持ち色こそ忌み色であるが、基本的な顔立ちや佇まいは大変美しく、半ば本気でプロポーズしようかと悩んでいたぐらいだ。


 しかし、ダンクネス王国第一王子と恋仲にあると言う。権力を使って相思相愛の二人を引き離すのは容易だが、そんな大人げないことは許されない歳になってしまった。


(少なくとも嫌われたくない。彼女とは夫婦の形になれなくとも、何らかの形で縁を繋ぎ続けられないものだろうか。まずは、せめて彼らの役に立てるように努力しよう)


「リング、私をダンクネス王国へ連れて行ってくれないか。あちらには他にも古書があるのだろう? この世にも不思議な非常事態を解決するヒントは、おそらく古書にしか隠されていないにちがいない」


 リングは、用意していたキプルジャムの瓶をすぐにジークの前へ差し出した。


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