第34話 報告会

 サニーがしばらく街中を歩いていると、影のようについてくる者がいた。出稼ぎ労働者の格好をしたメテオだ。サニーだけに聞こえるように、話しかける。


「サニー、うまくいったか?」


 実は、ヒートの店の前でずっとサニーの護衛として立っていたのだが、気配の消し方がうますぎてヒートに気づかれることはなかった。


「六瓶だけだ」

「上々じゃないか」

「まだ足りない」

「ゼロが六になったんだ。とりあえず今夜にでも会いに行ってこいよ」

「そうだな」


 ここでサニーは人気の少ない路地に折れる。メテオもついてきて、今度は隣に並んで歩き始めた。


「何か気になることはあったか?」

「通行人観察で分かるのは、相変わらずシャンデル王国の文化を取り入れた服は上流階級を中心に流行っているということぐらいだな。あちらの服はこちらよりもボリュームがあって華やかだから、女性受けは良い」

「そうだな」


 サニーは、夜会の日のルーナルーナを思い返した。それだけでニヤけてしまう。メテオはその脳内を透かし見してため息をつくと、話を変える。


「そうそう、王城での噂なんだけど、最近オービット様が図書館に籠もっているらしいぞ。古い神話を中心に読み漁っているらしい」

「だから言っただろう。俺に家族なんていない。そんなつまらぬことを報告するな」


 一気に不機嫌になったサニーを横目に、メテオは肩をすくめた。この様子では、オービットが兄上のためにと言っていることは、まだ秘密にしておいた方が良さそうだ。他にもサニーが勘違いしていることはたくさんある。真実を知らせる時期はアレスと相談してみようと、メテオは思うのであった。


(それにしても、こんなひねくれ物を一目で虜にすることができた姫さんはすごいよな。サニーは姫さんと出会ってから、かなり喜怒哀楽をスムーズに出せるようになった。ほんと姫さんさまさまだよ)


 ようやく修羅から人間の一面を身に着けつつある友、サニー。メテオは、これからもサニーの役に立ちたいと思った。








「で、どうだった? 大巫女様はやっぱり美人なの?!」


 翌日の後宮。コメットは目を輝かせてルーナルーナを待っていた。ルーナルーナは前日、王妃の許可を得て仕事を早退し、神殿に向かったことを彼女も知っているのだ。


「そうですね。ただの美人と言うには畏れ多い、神秘的な存在でした」

「それで、恋に効く祈祷をしてもらったの?」


 ルーナルーナははっとする。そう言えば祈祷の名目であったのに、それらしいことは何もなかったのだ。その代わりと言ってはなんだが、かなり重みのある物を受け取ってしまった。一人で抱えるにはあまりに大きな宝。


(早くサニーに会いたいわ)


 そして、サニーに思いを馳せていたルーナルーナは気づかなかった。その時、コメットがどこか思うげな表情で俯く彼女らしくない姿に。


 




 サニーがやってきたのは、その夜だった。


「サニー!」

「ルーナルーナ!」


 二人は駆け寄って、きつく互いを抱きしめる。そして、一緒にいなかった間の寂しさを埋めるように、互いの近況をポツポツと話し始めた。


「サニー、カッコいいわ。私、ヒート様が少し苦手なの。ちょっとすっきりしちゃった」

「少し怖がらせてしまったかもと思ったけど、それならば良かった。それにしても、ルーナルーナの方はかなり良い情報を掴んでくれたね。メテオやアレスでさえ、そこまでは踏み込めていない」


 ルーナルーナは恥ずかしそうに頬を赤く染めたが、はっとしてベッドの下へ潜り込んだ。


「あのね、サニー。私、神殿の大巫女様からこれをいただいてしまったの」


 ルーナルーナは、それを受け取った経緯についてサニーに説明する。サニーは、半円状をしたものを手に取り、くるくる回しながら様々な角度から観察した。


「ただの守護のための神具とは思えないな。何だろう」

「元々ダンクネス王国にあったものだそうよ。そして、これの半身がシャンデル王国にあるらしいのだけど、サニーは何か知ってる?」

「記憶にないな。それをしばらくの間貸してくれないか? 少し調べてみる」

「ぜひお願いします。元々そちらの世界の物だし、私が持ち続けるには何だか荷が重くって。どうも大巫女様が私にこれを託したのは、すごく複雑で大きな意味がありそうな気がするのよ」


 サニーは大きく頷いた。そして自らの衣の懐を探る。


「俺はルーナルーナ程の成果はあげられていないけれど、これを渡しておきたい」

「キプルジャム!」

「ヒートから献上してもらった。これでまた、俺と会ってくれないか?」


 ルーナルーナはジャムの瓶を手に取ると、大切に大切に胸元へ抱く。ジャムを貰えたことは単純に嬉しい。けれどそれ以上に、サニーから次の約束をしてもらえたことは、天にも昇る心地になる。


「何よりも、嬉しいわ。私のような者に会ってくれて、本当にありがとう」


 サニーは、少し困ったように眉を下げた。そして、ルーナルーナの手をそっと握る。


「ルーナルーナ、聞いて? 俺はルーナルーナが思っているほど綺麗な人間ではない。俺はダンクネス王国の闇の部分を担っているんだ。それに、家族なんてあってないようなものだから、人間として感情の持ち方も少し変わっているかもしれない。だから……」

「サニー、それ以上は駄目。あのね、悲しいけれど、人間は手を汚しながら大人になるものだもの。でもあなたは、そういった黒いものにも負けないぐらい強い信念や、与えられた環境で精一杯生きる勇気をもっている。二つの世界中の誰がなんと言おうと、私はサニーのことを尊敬してるし、私は……」


 ルーナルーナは意を決してサニーの瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。これは、ずっとずっと言いたかったこと。そして、サニーを知り、サニーを支え続けたいと思い、決して見返りを求めない彼女にとって、おそらく人生で一度だけの台詞だ。


「私は、あなたが好きよ」


 その時、二つの世界が静かになった。二人だけが存在しているかのように空気が凪いでいる。互いの鼓動が聞こえそうな。


「ルーナルーナ、正式に申し込む」


 サニーは、夜会でのことを思い出して、すっとルーナルーナの足元に跪く。


「俺の妃になってくれないか? やっぱり君を俺だけのものにしたい」


 ルーナルーナは、何が起こったのかすぐには分からなかった。


「でもサニー。あなたは王子で、凛々しくて、そしてまだ若いわ」

「ルーナルーナもまだ若いよ」

「私はもう二十五なの。完全に行き遅れなのよ」


 ルーナルーナは涙目になる。


「俺はまだ十八だ。ルーナルーナから見たらまだまだ若造かもしれない。それでも、ルーナルーナに対する気持ちは本物だってことは信じてもらえないかな?」


 ルーナルーナは、曖昧に頷いた。


「ここまで良くしてくださるんだもの。サニーは私を甘やかしてくれるし、大切にしてくれてる。ちゃんと分かってるの。でも、もう少し待ってもらえないかしら」

「もちろん。たぶんね、俺はずっとずっと昔からルーナルーナと出会うのを待っていたのだと思う。だから、返事もらえるのが少し伸びたとしても、そんなの構わない」


 サニーはルーナルーナを自分の方に引き寄せた。


「キスしても?」

 

 ルーナルーナの小さなベッドの上。

 二つの影が重なって……倒れた。


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