第14話 ダンスとは。

 ルーナルーナとサニーが寄り添って歩くと、夜会の人混みは自然と道が開けていく。


(どうしよう。すっごく見られているわ。でもドレスの評判は良さそうね。後でレア様に報告して、何かお礼を考えないと)


 平民のルーナルーナにとって、このような場は初めてのこと。参加するのはやはりハードルが高すぎたかと一瞬後悔したが、サニーが彼女を勇気づけるようにしっかりと腰を抱くものだから、ルーナルーナも堂々と前を向いて歩くことができた。すぐに周囲の小声すら冷静に聞き取れるゆとりが生まれたのは、年の功かもしれない。さらに言えば、日頃王族と関わる機会が多い彼女にとって、仕事の延長だと思い込みさえすれば、かろうじて正気を保つことができるのだった。


「ルーナルーナ、とっても綺麗だ」


 サニーの目には、ルーナルーナしか映っていなかった。サニーの正体を知らぬ年頃の貴族の娘が狩人のような視線を送っていても、全く気づくそぶりがない。この褒め言葉も、もう十回を軽く超えている。


「サニー、ありがとう。レア様のドレスのセンスが素晴らしいからなのよ」


 ルーナルーナは、身につけたドレスにそっと触れた。最高級の絹を使った生地は、品の良い光沢を放ち、ルーナルーナの雰囲気をいつもよりも柔らかく見せている。ネイビーとホットピンクが入り乱れた一見奇抜な色の取り合わせだが、流行の最先端とも言える異文化風の花草模様が入り乱れている柄は不思議と高貴な華やかさに仕上がっていた。


 ポイントは腰に巻かれた帯。これはサニーと色違いのもので、黒に近い濃紺に金糸の緻密な刺繍がこれでもかと言うほどビッシリに広がっている。シャンデル王国ではみることの無い帯の結び方も大変粋を感じさせるもので、いつも流行を作り出す側の貴族の奥様連中がハンカチを歯噛みする光景まで見られた。


 ルーナルーナの肌の黒さをできるだけ美しく見えるように、レア様が考え抜いてくださったデザインと色合い。その高級さも相まって、着ている本人は完全に気後れしている。


「レアは関係ないよ。たしかに今日は特に雅だと思うけれど、いつもの侍女服でも、寝間着姿でも、ルーナルーナは世界一、いや、どちらの世界においてもルーナルーナは一番素敵なんだ」


 もはや、褒め殺しである。


「でも、何よりこういった場でルーナルーナと一緒にいられることが夢みたいだよ」


 サニーは、遠くに見える一段高くなったところへ座るシャンデル王国の王族を眺めた。


「サニーは、こういう場には慣れているんでしょ?」


 ルーナルーナからすると、サニーのエスコートはとても慣れた雰囲気がしたのだ。しかし答えは意外なものだった。


「俺が夜会に参加するの、これが初めてって言ったらびっくりする?」

「え……」

「俺はダンクネス王国では忌み嫌われている白を生まれながらに纏っている。華やかな場に出ることは、皆に止められているからね」


 サニーは笑いながら悲しい顔をする。ルーナルーナは、すぐには言葉が出なかった。ただ、寄り添うことしかできない。


 二人はどちらからともなく、互いの手指を絡ませる。まるで抱き合っているかのような格好になり、周囲からは悲鳴のような声がいくつか上がる。サニーのほほ笑みにあてられた婦女子のものだ。ルーナルーナ自身も、その笑顔にぼうっとしてしまう。


 その時、ルーナルーナはどこからか強い視線を感じた。それまでも周囲から常に注目されていたが、それらとは一線を画すもの。胸騒ぎしたルーナルーナは、辺りをぐるりと見渡した。


「どうかした?」

「いえ、大丈夫よ」


 と言ったものの、表情は冴えない。誰のとは言い難いが、ルーナルーナがよく知る者からのような気がしたからだ。


「向こうへ行って、少し休む?」


 サニーの気遣いに、ルーナルーナは首を振る。


「いえ、間もなくダンスが始まるわ。ほら、曲がワルツに変わった」

「じゃ、そこ座って一緒に見ようか」

「え?」

「え? ダンスって踊りのことだよね?」


 ルーナルーナは目を瞬かせた。

 シャンデル王国においてダンスとは、男女二人が手を取り合って踊るもの、ダンクネス王国で踊りとは、祝の席などで披露されるプロ集団による踊りで、観劇に近い。今更ながら、文化の違いを感じて、ルーナルーナの常識が通用しないことを知るのだった。


(っていうことは、サニーはダンスが踊れない?!)


 ルーナルーナは悲嘆と焦りを隠しきれているか、とても自信はもてなかった。



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