第9話 完璧すぎる計画
「俺の専属執事になれ」
「……え?」
血の気の引けた様子の馬丁に、俺は想定外であろう言葉を投げつけた。
そんな俺の言葉は意表をついたらしく、カールは素っ頓狂な顔を見せる。
彼のその反応は、正に俺が望んでいた反応そのものだ。
期待通りの反応を引き出せたことは大満足なのだが、俺はここで”してやったり”みたいな顔はしない。
「聞こえなかったのか?」
「え、いや、聞こえました。……ですが若様、僕は馬丁です。邸の従者としての作法など身につけておりませんので――」
「気にするな」
カールがなにやらグダグダ言っているが、俺は彼の言葉をピシャリと遮った。
馬丁がお貴族様の世話ができないなど百も承知だ。むしろそんなことは望んでいない。
そもそも俺は、余計な世話を焼かれるのが嫌いなのだ。
日本人時代、両親に構わられずに育った俺は、人間関係の構築方法を知りえなかった。それが転じて他者と関わるのを煩わしく感じ、『ボッチ最高!』という結論に至り、ひとり気ままにダラダラと過ごすようになったのだから。
ゆえに俺は、自分が怠惰であることを自覚している。……が、他者からあれこれされるのに比べれば、自分のことを自分でする方が余程マシだ。
ならばこそ、世話を焼けないカールを俺の専属にすることは、理に適っていると言えるだろう。
それこそ自活する気でいたのだから尚更だ。
……それに、達観しきったローレイの雰囲気は、どうにも苦手なんだよな。
俺が覚醒する前のルドルフが、ローレイといるとストレスが溜まると言ってたわけが、今の俺でもなんとなくわかるわ。
それに、カールはいじり甲斐がありそうだし、何より俺にとって都合がいいからな。
「わかり、ました……」
逃れられないと観念したのだろう、カールはガックリと肩を落とし、了承の言葉を口にした。
誰もが忌み嫌う者の専属になるなど、本当に嫌なのだろう。しかも畑違いの仕事をさせられるのだから。
だが俺としては、悪いようにするつもりはこれっぽっちもない。むしろ良くしてやるつもりでいる。
ちなみに、俺の思惑はこうだ。
ただの馬丁で邸の従者経験のないカールが、俺に叱責されない日々を送る。
善人っぽいカールが、『若様は良い人です』と喧伝する。
それにより他の者も『あれ、若様って実は良い人じゃね?』そう思いはじめる。
やがて俺の評判はマイナスから0に、0からプラスに転じる。
ヤバい、完璧すぎるだろこの計画!
げんなりしているカールとは対象的に、俺は完璧すぎる計画を思いついたことで、自分の才能が恐ろしいと感じつつも物凄く気分が良い。
「若様、少しよろしいでしょうか?」
そんな浮かれ気分に水を差すように、黒子の如く存在感を消していたローレイが質問してきた。
「何だ?」
「私は若い従者の教育を任されておりますので、カールの指導は私が行うことになりしょう。ですが、現在は若様のお世話も私がしております。若様のお世話を疎かにできない現状、カールの教育――」
「ああ、わかった」
ローレイの言わんすることを察した俺は、彼の言葉を遮った。
短気な俺は、年寄りの長話など悠長に聞いていられないのだ。
とはいえ、そういった部分も今後は改善していかなければならないだろう。――まあ追々だ。
「ちょうど俺も勉強したいと思っていたところだ」
「若様がお勉強なさるのですか?」
無表情だったローレイの片眉がピクリと上がり、白く長い眉毛が僅かに揺れた。
「そのつもりだが。なんだ、俺が勉強するのはおかしいか?」
「いいえ、少し意外に思ったっただけでございです。申し訳ございません」
まあ、今までの悪童ルドルフだったら、自分から勉強したいなんて絶対言わないもんな。
ローレイが驚くのも、わからなくはない。
実際問題、今でも勉強などしたくない。なにせ俺は、努力が嫌いなのだから。
しかし、今の俺はすべきことがわかっていても、何も知らないに等しい。
まずはこの世界の知識を身につける必要があり、面倒でもやらなければならないのだ。
「ローレイはカールに教えるついでに、俺にも色々と教えてくれればいい。――それと俺の世話だが、着替えなど自分でできることは自分でやる。生活する上で最低限必要な情報を教えてくれればいい」
どうせカールに教えるのだ、俺が増えたところで教える人数が一人から二人に増えるだけだ。手間はそんなに変わらんだろう。
人に物事を教える大変さを知らない俺は、そんな軽い気持ちで提案した。
「勉学の方は、つい先日着任した講師様から学んでいただければよろしいかと。若様の身の回りのことに関してですが、本当にそれでよろしいのですか?」
なんだ、講師なんて役職がいるのか。呼び名が講師”様”だから、ちょっと偉い役職なのかな?
それにしても、俺は随分と信用がないんだな。
まあ、今までがアレだったんだから仕方ないわな。
「自活できるだけの情報を教えてもらった後であれば、問題ない……はずだ」
パンツがどこにあるかわかんねー、とかにならなければ、たぶんキレたりしないと思うんだよね。
「かしこまりました」
そう返事をしたローレイは、俺が勝手にカールを執事に任命したせいで、厩番に報告して折り合いをつけなければいけないらしい。
他にも講師と時間の都合を付けたり、城館務めの者たちに俺が自活することを伝え、それらの手配やらなんやらと色々やらなければいけなくなったとのこと。
それらを俺に伝えたローレイは、
俺はドサリとソファーに座ると、退出前にローレイが淹れてくれた茶を
「あの爺さん、要注意人物だな」
侯爵家嫡男だった前世で、俺は従者に密告されて命を落とした。
密告した従者が我が身可愛さで告げたのか、自暴自棄だったのか、それとも単に俺を憎んでいたのかわからない。――憎んでたと考えるのが自然だけど。
なんにしても、密告という行動を起こした者がいて、俺の命が尽きたのは事実。
そしてローレイは、我が身可愛さで俺を売ることはないだろう。
しかし、『他の従者のために』などの理由で行動しそうな雰囲気がある。
腹をくくったヤツは、何をしでかすかわからない。
だが逆に、俺が良い主であれば、彼が率先して俺を害することはないようも思える。
ローレイが俺を信用していないように、俺もローレイを信用してはダメだ。
一方で、信用してもらえるように行動しなければいけない。
信頼関係の築き方など知らない俺には難しいことだが、それでもやらなければならないもだ。
「まあ、焦ることなくやっていこう」
ルドルフという悪童に対する不信感は、俺がちょっと心を入れ替えたくらいで
そして人間関係を構築したことのない俺が、簡単に人心を掴めるようなこともない。それはわかっている。
だから俺は焦らない。
「『急いては事を仕損じる』だっけか? 昔の人は良いこと言うね」
結局のところ俺は、『自分のことはよくわかっている』そう言い訳しつつ逃げ道を探して逃れていた。
「まあなんにせよ、俺の評判を上げる『ルドルフイメージアップ作戦』のための
ルドルフとして覚醒してから3日かかったが、これから戦っていくための準備がようやく整ったのであった。
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