第41話 緊急参戦!鉄拳参謀

 姫路 黒田官兵衛


 なぜこうなったのか。本当に訊きたい。


 大晦日の昼がひと段落すると、相撲大会が開催された。あまりにも個々の技量の差が激しいので、結果として隆鳳の意見を取り入れ量級で分けての開催を行っている。


 大会の一番手は元服前後の少年の部。余程、隆鳳に鍛えられたのか小一郎がいい所まで奮闘していたが、まさかの善助がその栄冠を手にした。


 そして次は一般を含めた部。虎視眈々と人材を品定めする各武将や身近な人間が出ると言う事もあってか、領民が湧いた試合だった。思うに、一般の者たちもいざとなったら軍に駆り出されるので、普通に奴ら強い。


 そしてここからが本番。各地で行われた予選会を勝ち抜いた本職共が集まった試合。最も出場人数が多く、特に馬廻り、村上海賊所属の人間が目立ったが、流石と思わせる試合が続いた。なんで相撲で2対2はおろか、団体戦とかあるのかとかは言ってはいけないのだろう。もう企画の段階で俺は悟っている。


 そして日が暮れはじめ――。


 篝火が揺らめく中、ドンッドンッドドンッと繰り返し大太鼓の音が腹に響く。それと共に、空気が響く程の歓声が耳に届いた。武骨な太鼓の音に混じり、型破りなまでに勇壮な調べの笛などの他の楽器の音が響くと、隆鳳から依頼されて楽隊の指導をした細川兵部が満足げに頷いていた。


 「男の中の男達よ、出てこいやぁっ!!!」


 そして熱気が最高潮に達した頃、隆鳳が大声で呼びかけると俺達と会場の間を隔てていた幕が一気に切って落とされた。目に入るのはふんどし一丁で大太鼓を叩く馬鹿と、会場を埋め尽くす人、人、人の山。緩やかに傾斜が付けられ、中央に行くほどに低くなったその会場では、大晦日とは思えないほどの人員が歓声を上げていた。


 その熱気に曝されながら、特別枠で用意された階級の俺達が並ぶ。俺、武兵衛、ハゲ、カンキチ、明石与四郎、村上武吉、公方、細川兵部の計8名。これより、なんでもあり、勝ち抜き形式の最後の戦いが始まる。


 盛り上がっている所を水を差すようで悪いが、もう一度言わせてもらう。なぜこうなった?


 本来の予定だと俺と与四郎の参加は無かったはずだ。そして本来ならばここに出ている人間は、明智十兵衛と小兵衛殿の馬廻り指揮官級の人間のはずだ。確かに俺は軍の統括ではあるし、与四郎だって馬廻り一期生の古兵ではある。


 だが、俺の本懐は頭脳労働で、与四郎の得手としている所は工兵としての働きだ。どう考えても場違いとしか思えない。更にいえば、その日大会に出るならば二人とも雁首揃えて食べ歩きなどするわけが無い。


 簡単に言えば2名の欠員が出たのだ。


 訊けば、明智十兵衛は執務で鈍った体を鍛えるべく山籠もりをした挙句遭難し、その際中で新たな銀山を発掘するという謎の行動を遂げて参加が間に合わず、小兵衛殿は聞けば昨日から本来ならば寝ていてしかるべき程の高熱を出しているのだという。


 ……あの人、昼に何頭も猪を屠殺していなかっただろうか?しかも直前に気が付いた隆鳳と武兵衛とハゲの三人がかりで抑え込まれるまで黙って出るつもりでいたらしい。


 なにはともあれ、そこで急遽代役として立てられたのが俺と与四郎だ。


 ……まあ、適当な所でお茶を濁すか、と思わないでもない。だがな……こんなに観客がいると、それはちとな……。


 とりあえず、除夜の鐘代わりに隆鳳に108発拳をぶち込める程度の余力だけは残しておこうとひそかに決めた。




 隆鳳を殴り倒すための余力を残すにはどうすればいいか?

 簡単である。最適な攻め方をすればいい。その為には、相手の手の内を知る事が第一だと俺は思う。


 俺の出番が二試合目か……しかも、その前は勝手知ったる武兵衛 対 ハゲ という……今更見てもな。


 尚、組み合わせは以下の通りだ。


 一試合目 武兵衛(はとこ) 対 ハゲ(父方の叔父)


 二試合目 俺 対 村上武吉


 三試合目 覆面被った謎の皿洗い 対 隆鳳の屋台の副料理長


 四試合目 筋肉カンキチ(義理の叔父) 対 職人頭(母方の従兄弟)


 五試合目 一試合目の勝者 対 俺


 六試合目 たぶん細川兵部 対 四試合目の勝者


 決勝


 クソッ……手の内が知りたい奴と一番最初にあたる羽目になるとは。しかも、残りのほとんどが身内じゃねぇか。黒田家はいったいどうなってやがる!?


 そんな俺の思惑も外に、ドゴッと鈍い音が響く度に観客が湧く。ハゲの拳が武兵衛の腹にめり込めば、武兵衛の拳が同時にハゲの身体に叩き込まれる。事実上の決勝ともいえる組み合わせだが、余程相性が良かったのか、一試合目は端っから足を止めて殴り合いを始めていた。


 ……ああ、コイツら端っから相撲とる気ねぇな。


 「ラァッ!!」


 武兵衛の逆水平の手刀がハゲの胸元に叩きこまれて場内が湧く。アレ、見た目以上に痛みが残るんだよなぁ……間違いなく青あざになる。だが、相手は俺では無く、筋骨隆々のハゲ頭。多少揺らいだ程度で、後退すらしない。


 「ぬぅんっ!!」


 必死に堪えたハゲが、のけぞった身体に勢いをつけ、強烈な頭突きを武兵衛のツラに叩き込むと、今度は武兵衛がたたらを踏んだ。流石に鼻は庇ったようだが、あの頭突きを額で受けるか。ぶつかり合った事で、両者共に頭から血を流しているが、お構いなしの様だ。


 まあいい。見てるぶんには派手な打撃戦は面白いし、潰し合ってくれれば俺としては万々歳なのだ。万全ならば話にならんが、手負いならば十二分に勝ち目がある。


 「アレの後にやるのか……」


 腹に膝、うずくまった所を飛びあがって延髄狙って飛び蹴りと、流れるような動きで猛攻をかけ、場内が更に湧く。

 そんな歓声にかき消されそうな程小さな声で、近くにいた皿洗いがぼそりと呟いていた。まあ、気持ちはわからんでもないが、自ら望んで『一番過酷な部に出せ』とねじ込んできた人間がいう事ではないな。細川兵部も同じ気持ちなようで、笑ってはいるが眼だけは笑っていない。まあ、付き添いで参加する事になってしまったのだから、それもさもありなん。


 三回戦の勝者は細川兵部か……。


 と、


 「ぐっ……」

 「もらったぁっ!」


 一度倒れ、すぐ立ち上がったがそれでも痛みが残っているのか、ハゲの顎が上がった瞬間を見逃さず、武兵衛が斧を奮うように剛腕で首を刈る。ハゲの巨体が軽々と宙に舞って土俵の外、観客席近くまで吹き飛ばされた。雄たけびを挙げる武兵衛に歓声と黄色い声が降り注ぎ、また健闘した休夢叔父ハゲに対しても惜しみない拍手が降り注いだ。


 これで準決勝の相手は武兵衛、か。これならば楽できそうだ。


 その前にまずは――。


 「奇しくも、陸対海、か……」

 「陸で飲んだくれて暴れては治安部隊にお世話になっている輩を『海』と呼ぶか」

 「あ?」

 「丁度いい機会だ。精々見せしめになるといい」

 「……上等だ」


 ほんの少しだけ煽ると、村上武吉が仇を見る様な眼で俺を睨みつけてきた。いい反応だ。


 悪いがやるからには勝たせてもらう。


 この頭のおかしい連中に混じって来れるだけでも、村上武蔵は楽な相手ではないと俺は思う。他の海賊衆の戦いから見た限りでは、特に打たれ強さに関しては馬廻りを凌駕しているだろう。海賊衆は足場の不安定な船戦に慣れている事から、ちょっとやそっとのことじゃ倒れない。それだけは警戒すべき事であると思う。


 勿論海賊衆の頭領としてここに参加するしか道が無かったのだろうとは思うが、その事を理由に臆している訳でも無い。あわよくば、ここで力を示して更に海賊衆の価値を釣り上げようという野心すら感じられる。その中でも俺は与し易しと思ったのだろう。観客に俺の勝ちを期待している者も少ないと思う。


 故に俺がすべきことはただ一つだ。


 敗北は論外。善戦も不可。


 「はっきよーい……」


 狙うは一撃。行司の声に、目の前の敵から一切視線を切らずに構えをとる。


 「のこったっ!」


 合図とともに一気に来るかと思ったが、村上はこちらを警戒したようにゆっくりと距離をとった。


 チッ、煽った時には頭に血が昇った様子だったが、割と冷静だ。 


 「殊勝にも随分と警戒しているじゃないか」

 「大将を平気でぶん殴れる奴を甘く見ると思うか?」

 「心外だ」


 瞬間、お互い一気に距離を詰めて拳が交差する。上から振り下ろされた剛腕が前髪をカスって通り過ぎていく。狙いは顎。潜り込むように詰め、視界の外から左の拳。居合抜きで斬って捨てるように打ち抜くと、村上武蔵の身体がゆっくりと揺らいで倒れた。倒れ込む瞬間、村上の瞳は驚愕の色で染まっていた。


 「その程度の警戒で俺をどうこうできると思っているとはな」


 立とうにも、身体が言う事をきかずに立ち上がれないと見ると行司が即座に止めた。それでも意識を保っていたのは流石か。


 驚愕と畏怖。一気に爆発した歓声の中、一言吐き捨てて俺は目もくれずに土俵から降りると、隆鳳と武兵衛が笑いながら手を掲げていた。その手を乱暴に叩き、気持ちを落ち着けた。


 まずは一勝。



 次の戦いは皿洗いと細川兵部だ。共に天下に名高き新当流の皆伝を持つ。故に、高度な技術戦になるだろうと踏んでいた。

 ……そう、思っていた。


 「さあ、愚かな歴史の最後を飾るとしよう」


 細川兵部が血が滲んだ覆面に覆われた公方の頭を掴みながら笑う。蓋を開けてみれば何の事は無い。綺麗な技術だけの公方に、実戦混じりの技術を持った細川兵部が上回っただけの事だ。それに膂力も細川兵部の方がかなり強い。


 序盤の流れは公方。怒涛の攻めで圧倒していたようにも見えたが、今思えば細川兵部はそれを全て捌き切っていた。


 そして、俺の様に相手の攻撃の隙に合わせ――流れを掴んでから、正面を撃ち抜くように鬼気迫る怒涛の攻め。正体を隠す為に被っていた公方の覆面が真っ赤に染まっていった。主君だからという容赦も存在しねぇ。そして、フラフラになった公方の頭を左手一本で掴み、中空に掲げてそのまま土俵へと思いっきり叩きつけて勝負ありだ。


 ……ああ、うん。幕臣って大変なんだな。


 ◆


 「オラァッ!」

 「ウェイッ!」


 カンキチと与四郎の右腕同士が交差し、力負けした与四郎が辛うじて体勢を立て直す。四試合目はカンキチの馬鹿力に与四郎が押され気味の展開だ。与四郎が拳を握って殴りつけても、その身体を誇示するように揺るがず受けて立っている。そして力を溜めたカンキチの一撃に与四郎が吹き飛ばされる。それでも与四郎が致命となる一撃を負わないのは、流石の技術と言うべきだろうか。


 そんな均衡が崩れたのは一瞬。


 土俵際まで吹き飛ばされた与四郎に対し、距離を詰めたカンキチが右腕を繰り出そうとした瞬間。


 「詰めが甘ぇんだよ!カンキチーッ!」

 「ぬ……!?」


 その隙に与四郎が右腕に飛び付いて、足を絡めて立ったままのカンキチの関節を取った。腕ひしぎだ。流石に力の差があるからか、カンキチも倒れずにそのまま完全に極まるか体勢を整えられるか、攻防が続き――、


 「入った」


 隣で観戦しながら治療していた武兵衛が呟いた瞬間、カンキチがついに倒れ、苦しげに絡みつく足を叩いて、行司が試合を止めた。


 「久し振りに見たけど、与四郎は流石に粘り強いな。馬廻り一期生相手にカンキチは油断し過ぎだ」

 「和歌に書にと、教養ある明石一族の跡取りなのにな……」

 「それを言ったら、その血を引くお前だってそうだろうよ、官兵衛」


 確かに隆鳳の言う通り、俺もそうなんだが、明石のおじい様は時の関白らと交流する程の風流人だというのに……。

 まあ、俺は亡き母上の薫陶を受けて、和歌も嗜むと言えば嗜むのだが。あと、何気に隆鳳が一番母上の薫陶を受けている気がする。歌はやらないが、ああ見えてそこらの右筆などより余程字が上手いし、実は笛も嗜む。そう見えないのは日頃の行いか……。


 なにはともあれ、一回戦終了か。


オマケ

隆鳳がふんどし一丁で太鼓を叩き始めた瞬間の小夜さん。




「ふぁっ!?」

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