第23話 スーパールーキー

1562年9月下旬 鳥取城

明智十兵衛


 殿は余程疲れていたのだろうか。我々が到着するや、短く指示だけ残して倒れるように眠ってしまった。まともに挨拶できなかった事が気がかりだが……致し方ない。残された指示書を見ればどれだけ政務に没頭されていたかよくわかる。

 既に地侍の調略、討伐については心配の要らないほど調べ上げてある。そして、兵糧の在庫についてと、今後の開発案……この短い間にその全ての陣頭指揮を執ってこれならば、恐ろしい政務の才だ。


 そして何より驚いたのが……凄く字が綺麗だ。通常身分のある人は祐筆と言って代筆の者が居るのだが、殿に限っては要らないのではないかと思うほど字が美しい。指示書は殴り書きではなく、一字一字が読みやすく、急ぎ書き留めたとおぼしき物すら雅だ。意外と言っては失礼かもしれないが、ああ見えてかなりの教養を備えている物とお見受けします。

 ……そういえば、我々も馬廻りの訓練で書の書き方もかなり厳しく躾けられました。間違いなく殿の指示ですね……。


 実際に会って浮かび上がる謎の人物像に感服しましたが、我々は浸ってばかりいられません。急ぎ引き継ぎを終わらせ、本格的に動き始めて1日余。そろそろ殿が目を覚まされる頃でしょうか。なんとか目途が経ちまして後は報告と新たな指示を頂きたいと思い寝所へとまかり越しているのですが――。


 「ブファッ!?」


 護衛の為に控えていた者たちに訊いた所、まだお休み中だとの事なので寝所の外で待つ事一刻ほど。突然部屋の中から何かが飛んで私に直撃し、見事に吹き飛ばされた。

 て、敵襲!?中から!?

 護衛の者は……もう一撃あったのでしょうか。咄嗟に確認すると彼らも私と同じく吹き飛ばされていました。それどころではない!


 「殿!?失礼しま――っ?!」


 中からの敵襲ならばただ事ではない。急ぎ寝所に足を踏み入れた瞬間、そこにあったモノに思いっきり蹴躓きました。そして私が倒れ込んだ先には――そして私が蹴躓居たは。


 「がっ?!」


 寝所の奥の方で寝ているはずの殿。何故か入り口近くに横たわっていた小さな身体の脇腹の辺りに私の膝が突き刺さった。


 「と、殿!?殿ーっ?」


 ……お、終わった。


 黒田隆鳳


 グッモーニン。黒田隆鳳だよー。

 寝落ちって初めてでしたが、何ともしんどいものなんだなぁと痛感しました。

 どれだけ寝たのかわからないけど、多分それほど寝ていないと思うんだ。まあ、寝たのに寝た気がしないというか……逆にすごく疲れたというか。


 何故かって?起きたら、アバラが2本ほど折れてたからさ。


 ……ちょーいてぇ。お陰で眼が覚めた。


 何が遭ったかは俺も伝聞だから「らしい」で終わる眉唾物の話になる。けど、犯人は間違いないらしい。

 俺が激痛で飛び起きた時、そいつはそこに居た。それはもう、その場で腹を切りかねないほどその場で必死に頭を下げていた。この時点で、一番やりそうな官兵衛では無いとおわかりだろう。


 明智十兵衛光秀だ。


 マジかよ……実を言うと、織田家の中で一番好きだった武将だよ。それがさ、俺の知らない内に、俺の配下になっていて、挙句、会って間もなく寝ている間にアバラを圧し折られるとか、誰だってびっくりするよ。俺だってすげーびっくりした。びっくりしてどこからツッコンでいいかわからへん。


 明智光秀が仲間になった事?それも馬廻りだと言う。ありえねぇ、俺、馬廻りの名前と顔は全部覚えているんだからと思ったら、訓練を修了したばかりだと言う。


 それでなんで俺のアバラを圧し折ったのかって?いきなりHONNO‐JIとか洒落にならねぇと思ったら、真実はくだらないと言うか……うん、俺も悪かった所は多々ある。


 順を追って説明しよう。



 俺が寝落ちした後、仕事の邪魔なので適当な部屋に布団を用意し、そこに放り込まれる

              ↓

 寝ぼけて夢の中で何かと戦っていたらしき俺が掛け布団と枕を外に放り投げる。 

              ↓

 放り出た布団と枕が外で待機していた十兵衛に当たり敵襲かと慌てる。

              ↓

 襖の手前で再び寝ていた俺に気が付かず、十兵衛が躓く。

              ↓

 俺の腹に渾身のジャンピング ニードロップ炸裂。

              ↓ 

 俺、悶絶。


 そして今に至る。


 ……おお、もう……なんつったらいいんだろうな、コレ。


 何事だと訊いたら「躓きましたスミマセン!」、何で躓いたんだよと聞いたら「いや……外の庭に蒲団が投げ込まれたので何事かと駆け付けたら、開けてすぐの所で寝ていたので」と言われた時の俺の頭に浮かんだクエスチョンマークの多さ。


 悪いけど、俺、寝相はそれほど悪くないんだ。普段は隣で寝ている小夜が驚くほどジッと寝ているらしい。それがなんだ、この有様は。限界超えると人って恐ろしいな。

 それに、気が付かないのは仕方ないにしても、受け身を取ろうとして俺に膝を落とすとか、ドジっ子か、十兵衛。お前よくそれで信長の勘気に触れ無かったな。


 もしかして、本能寺の変の遠因か?


 「いい加減顔を上げろ。話がし辛い」

 「は……まことに申し訳、」

 「いい。で、どこまで処理が進んだ?」


 長ったらしい謝罪の言葉を遮ると、顔を上げた十兵衛の表情が引き締まった。前世でのゲームなどでは大人の女性に配慮されて貴公子のような容貌で描かれていた彼だが、確かにイケメンではある。ただ……なんだろうな、一言で言えば「親戚に坂本竜馬とかいそう」な感じだ。背が高く、眼がやや細く、どことなくふてぶてしい。


 「調略、攻略については順調であります。既に御指示に従い動き始めました。そして、殿があまり手を付けていなかった内政方面も処理が始まっております。軽い調査は上がっておりますが、未だに調査を続行中でございます」

 「そうか。して、現時点でのお前の見解は?」

 「苛政と内乱が続いた事もあり、経済状況はあまり芳しくないかと」

 「……だろうな。見込みは?」

 「豪雪地帯ですが、農業に関しては思ったより不毛の土地、という訳でもなさそうです。和紙の生産など、見込みのある産業もあるかと」


 意外な事に、内政寄りの報告から入ったか。けど、確かに経済状況は軍備にも影響を与えるからな。姫路の時も思ったが、内政充実と領地守備と両立して進めるのは難しい。もう少しこの因幡にも将兵がいれば可能なんだが……。


 「以上の事を加味し、結論を申し上げると、本拠である姫路の経済規模とすら比べ物になりません」

 「そこまで言うか……」

 「人が流入し進む開墾。新たな作物の作付けといった農業面もさることながら、これから銀、交易と経済規模が拡大する姫路――おそらくあそこだけで1国に相当致しますから」

 「そんな実感はあまりないな」

 「拙速過ぎて効果が現れていないだけでしょう」


 そう言えば決起してからまだ1年半か。拙速ってレベルじゃねぇよな。

 しかし、現状、播州半国で但馬、因幡2国の経済状況を支えなければならないと言う状況は何とか打破しなければならない。


 「鉱山は?神話の舞台になるような国だ。そういう国には必ず鉄などの財源があるはずだが」

 「現状開いている山でめぼしい所は、但馬との境の荒金鉱山から出る銅ぐらいですか。ただ、探せばあるか――といった所かと」


 文明と冶金は切っても切り離せない関係なんだけどなぁ……。

 しかし、銅山か。鉱山に鉱毒は付き物だから考え所だ。俺も鉱毒がどういう因果関係なのか専門的な所までは知らないし、科学が発達していないこの時代では公害が発生したとしても打つ手が無い。農業、水産業への被害を考えると、あまり大掛かりな事もできそうにないな。


 それにしても、この短時間でよく調べている。


 「地勢上、大陸との交易という選択肢もありますが、」

 「港の整備がなっていない、と」

 「ええ。それに、検地、開墾、産業――また、姫路、但馬との道を拓く事も重要になります。既に着手した物もございますが、内政統治には時間を掛ける必要があります」

 「わかった。内政についてはその方向で行こう。まずは道の整備と、産業の確立だ。農政は一年ではどうにもならん。取れ高の調査と用地改善から進めておいてくれ」

 「はっ」


 ま、ここまでは想定内だな。俺一人じゃどうしようもなかった所だけど。

 いい加減、資料も何も無い所で会話するのも変だと思い、俺は髪を軽く結ってから立ち上がり、十兵衛と並んで廊下を進む事にした。

 一歩、一歩、歩くごとにアバラが軋む。くそぅ……。


 「ウチを取り巻く状況はどうだ?」 

 「通ってきた印象では但馬は落ち着くのが早いかと。当家の最大戦力が集結している状況ですから、おいそれと他家も手を出そうとはしていません。また、此度の神速の行軍を見た以上――」

 「薄手になった姫路を狙おうか迷っているって所か」


 姫路を、そして当家の領地を狙ってはたして、但馬の主力が戻ってくるまでに奪いきる事が出来るのか――但馬の行軍はいい牽制になったはずだ。本気の行軍をすれば、10日あれば、俺達は襲いかかる事が出来る。その行軍速度は敵方からすれば恐ろしいはずだ。

 武威も示し、意気軒昂。やり過ぎてしまったがここまでは狙い通りだ。


 「ええ。それに加えて、別所は先代がいよいよ重篤という情報が」

 「別所大蔵……一度会ってみたかったが。別所は割れるか?」

 「揺れはしても割れはしないかと。ただ、官兵衛殿が既に揺さぶりをかけております。いずれにせよ動けないかと」

 「成程」


 ……官兵衛の揺さぶり。気になるが、俺は触れないでおこう。俺は結構アイツの手まわしをオジャンにしてきた実績がある。


 「問題はやはりこの因幡です。国内は定まっておらず、南の美作、西の伯耆、共に不安定なので手を出されたら危ういかと」

 「不用意に預けるのも危険か」


 美作は今は誰だ。浦上……じゃねぇな。毛利系と尼子系のせめぎ合いだ。それは西の伯耆も一緒。史実で、鳥取を境に毛利と秀吉がぶつかった事からもわかるよう、この場所がおそらく最前基地だ。内政の充実も考えると、何でもこなせる信頼のおける人間に預けなければならない。


 官兵衛……は、駄目だ。領地経営まで任せたらアイツこそ過労死する。武兵衛を筆頭に、馬廻りの連中は各地を転戦しなければならないから、土地は少しでいいから、現金を寄越せっていう奴が多い。俺としては奴らに将として覚醒してもらいたい物なのだが……。


 統治を考えると、おやっさんだが、今、姫路からおやっさんを引き剥がしたら姫路の開発が滞ってしまう。藤兵衛は軍事力の面から却下。左京は一応櫛橋家の跡取りだから、親を通してくれてやらなければならねぇし……かと言って、赤松にしろ山名にしろ、新入りに任せるにはちと怖い。


 弥三郎おじさんは但馬で内定。交通の要所を任せられる人がいない以上、彼には竹田城を護って貰いたい。


 友にぃ、休夢は別所対策の為、引き剥がせない。

 政治に長けて、統率も十分な……それでいてウチに馴染んでいる奴。


 ……いるな。目の前に一人。


 「十兵衛。俺が帰る時、お前をこの城を預ける。そのつもりでいろ」

 「うぇっ!?」

 「不服か?」

 「い、いえ!ただ、何故新入りの私を?」

 「理由はある。先ほどの回答が満足いくものだったという事。次に馬廻り選抜訓練を乗り越えてきたという事。そして、兵糧輸送を完璧にこなしたと言う事。この地を任せる者は、文武、政治、統率どれが欠けても駄目だからだ」


 そりゃ、史実で凄かったからさ、とは言わない。俺は名前だけで判断などしない。


 クソ使えなければ明智光秀だろうが、豊臣秀吉だろうが小間使いにしかしねぇ。それはかつて室山城で浦上たちに言った時から変わらない。無名でも力があれば使うし、有名でも害悪にしかならないなら殺す。


 だが、明智十兵衛光秀は俺に自らの器量を見せた。だから、判断しただけの事だ。


 「この土地は難しい。だが、俺がいつまでもここに居る訳にはいかねぇ。だからあくまでも代理だ。ただし、実績を積めばこの国がお前の物になるかもしれないし、はたまたもっといい国になるかもしれねぇ」

 「……励め、という事ですか」


 ああ、と俺は一つ頷く。


 「与力に前守護の弟、山名元豊。彼を近隣の鹿野に置く。奴の言動にも目を配れ。俺が殺した武田高信が毛利と繋がりがあった事からもわかるように、手を伸ばしてくるかもしれない」

 「……私に手が伸びるとは考えないのですか?」

 「お前、俺と敵対したいか?」

 「いえ、絶対に敵に回りたくありません!たった2騎で城を落としたり、3倍以上の軍を翻弄したり、神速の行軍で2国を獲る様な軍を相手に敵対!?おかしいですよ!」

 「お、おう……」


 そんなムキになるなよ。

 ……なんかトラウマってないか?小兵衛辺りが心圧し折ったのかな……俺はアバラを圧し折られたけど。


 「ま、そういう事だ。お前に関しては心配してねぇ。だから預ける。人の育成、抜擢も怠るな」

 「身命を賭して」

 「……この程度で命賭けてたら身体がもたねぇぞ、十兵衛」

 「ははは、確かに。ですが、ここまで信頼してもらった以上、是非やらせてもらいましょう」


 さて、キナ臭い状況になる前に、いい加減とっととこの国を片付けて帰らねぇとな。

 よっしゃ、戦後処理2回戦だ。


 それから1週間後の1562年10月 鳥取城主 明智十兵衛光秀 爆誕。


 1562年 9月

 姫路 ???


 「儂は隠居するぞーっ!藤兵衛殿ぉ!」

 「待てぇ!美濃ぉ!」


 灯火親しむこの頃、いかがお過ごしでしょうか。


 貴方に薦められてやってきましたこの家中ですが、入って早々とんでもない地獄行となっています。元々は銀山経営と都市拡張の為の人材集めに乗じてやってきた格好ですが、いきなり2国分の負担を強いられた姫路の惨状は、お察し下さいとしか言いようがありません。


 あ、すみません、そこの貴方。ここ間違ってましたよ。


 えっと、それでどこまで話しましたでしょうか。私はご覧の通り、物資の計算に追われてしまっています。算術を学んで良かったと言うべきでしょうか。少し後悔もしたくなるような気がします。

 もちろん仕事はそれだけじゃないので、物資の計算をしながら、現地からの報告を読み解いて、輸送の手配をしながら、産業の為の人材の手配と、同僚のケツ叩き……その他いろいろ。私ってこんなに仕事が出来るんですね


 少しビックリしました。


 え?そんなに仕事して大丈夫なのかって?


 何か知りませんけど、時折口から「ファー」と叫び声が出ますが、私は大丈夫です。


 「隆鳳といい、官兵衛といい、どうして儂の息子は揃いも揃って馬鹿なんじゃーっ!」

 「ホント親の顔が見たいわい!」

 「ご両所、今井宗久殿がご挨拶に……」

 「「カエレッ!!」」


 ……それにしても、内政の頭たちは、大声で笑いを取りに来ながらも、手が凄まじい勢いで算盤をはじいているのですから大したものです。徹夜4日目であれですから、日頃からあんな感じなんでしょうね……。


 結論から申し上げましょう。今、この家に手を出すのは止めていただきたいと。


 平時ならばまだ目はあるでしょう。ただ、今はご覧のとおりの状況です。ありがたいどころか、下手したら殺されますよ、彼らに。


 さんざん働いて思ったのですが、この家中の人間は権威という物に興味がありません。赤松に山名まで降したのですから当然かもしれませんが、この家中での価値観は「使えるか、使えないか」です。


 権威ばかりで退屈だった、貴方の所とは違います。


 え、なんですか?おかわり?

 銀山に出張しろと?冗談でしょう?


 この家を紹介してくれた事は、ありがたい様な、このクソ野郎と思う様な……。

 占星術や軍学を学んで、結局役に立ってるのは算術ですよ? わかりますか?このやるせなさ。幕府に仕えた事など何の役にも立ちませんから。


 落ち着いたら、殿に貴方からの伝言はお伝えいたします。ですが、貴方が直接出向いた方が早いと思います。


 ……アンタもそのついでに道連れになってくれたら面白いんですけど。


 ともあれ、それまで首を洗って待っていただけたらと、公方様にもお伝えください。


 恐惶謹言。

 沼田祐光。


 細川兵部殿。


 ◆

 余談


 作者は寝ぼけて布団を外に投げ捨てた件と、ドアの近くで何故か眠っていて躓かれてアバラを折られた事がマジである。

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