第20話 十五文銭の馬印

1562 8月下旬 置塩城


 守護 赤松左京太夫義祐


 「な、何が起きている!?」


 それは瞬く間の出来事だった。

 最近、この播州はとてつもない動乱に巻き込まれていた。

 始まりは、姫路城が反乱により陥落したという報だった。

 次に、小寺藤兵衛政職の御着城がたった2名により陥落したと聞いた。

 そして、追い出した父とそれを庇護した赤松下野守が、自分の後ろ盾である浦上政宗を殺し、そして彼らは落とし損ねた室山城諸共、一夜にして敗れ去っていった。それも聞く所によると、備前の宇喜多氏との婚礼のついでだったという。


 どれも信じがたい出来事だったが、次が自分なのは火を見るより明らかだった。


 堕ちたとはいえ、守護。容易くこの城を明け渡すつもりなど無く、数少ない実力者である別所氏との協力も何とかこぎつける事が出来た。

 あとは、攻められても、彼らが来るまで耐えきれば―――。


 だが、この状況はどうだ?


 奴らが攻めてくると報が入り、そして、奴らがこの城を囲んだとほぼ同時に敗色が濃厚となってしまっている。この置塩城は播州でも堅牢を誇っている城。郭は複雑に配置され、また目の前に川があり、狭い山間に位置する為、大軍の展開には向かない。また、川沿いの山々ほぼすべてに支城を配備し、この一帯全部を含めて難攻不落の城だったはずだ。


 だが、瞬く間に支城は落とされた。それこそ、急報が入るか否かの段階で落ちてしまっていた。そして、敵は我らが目の前にある。


 そして、事態が動いたのは正門前の攻防を放棄し、引き込んで戦うと本格的な籠城戦に移ろうかという頃だった。


 「殿っ!兵は敵方から絶え間なく降り注ぐ石と矢と槍に怯えて、逃げ始めております!」


 石はわかる。まんまと目の前の河原を利用されてしまった。矢もわかる。だが、数は少ないが、この降り注ぐ槍はどういう事だ!?それも、城壁や施設を壊すほどの勢いがある槍を放り込んでくるとは、三国志の新兵器のようではないか。


 屋根の下は安全地帯では無い。下から上へと投げられているので狙いは定まっていないようだが、安全な場所が無いという事実は、確実に恐怖心を植え付けてくれる。


 「黒田……左近将監」


 ひしめく軍勢。翻る藤巴の旗。その中に一つ、何故か15文の永楽銭の旗がある。おそらくそれが、黒田左近将監の旗印なのだろう。三途の渡し賃、6文銭ではない、意味がわからないその旗の下に、その男は居る。


 父や赤松下野守が落ちた頃辺りから流れてきた風聞曰く、父の兄の孫ながらも、姫路黒田家に養子に出された赤松家の直系だと言う、その規格外の男。そして細川京兆家から嫁いで来た自分の嫁にとって『いとこ』だという男。


 何故ここまで差が付いた。同じ血を引きながらも、最上の位置から引き摺り下ろされようとしている自分と、最底辺からここまで上り詰めてきた男。何が違う。何故違う。


 この地位に安堵するつもりもなく、父を追い落とし、斜陽の勢力を維持する為に苦心してきた。


 それなのに何故―――。


 城が、誇りが、勢力が、常識が、


 瓦解する、音がする。



 置塩城攻城開始直後

 右翼備え 黒田休夢


 隆鳳からの陣触れを受け、さっそく城攻めを開始したわけだが、少しおかしい。

 守護家に最後の下剋上をするまさにその時だというのに、全軍の雰囲気がまだ肩慣らしだと言わんばかりに活気が少ない。暗い訳でなく……なんというか全体的にちょっと緩い。それなのに動きは機敏だからやり辛い。

 確かに、感覚としては皆肩慣らしのつもりなのだろう。官兵衛のバカから通達された今回の作戦書を見る限りでは、前座もいい所だ。だが、この西播制圧の最後の要所を攻略するにあたって、なにゆえにこんな緩い雰囲気で挑む。


 ……なにを仕出かすつもりだ、あのバカ共は。特に隆鳳。

 胃が痛くてかなわん。


 「休夢様」

 「なんだ。命令でも届いたか?」

 「いえ……その本陣が攻撃を始めているのですが、それが、」


 煮え切らない様な家臣の言葉に目を本陣の方へと向けてみると、そこから流星のように物凄い勢いで何かが投げ込まれている。


 矢……は少ない。


 「どうも……石と槍を投げているようで、既に敵方に甚大な被害が」

 「なにをやっとるんだ……アイツらは」

 「最初は矢の消耗を遅らせる為に石を投げ込んでいたようですが、段々と……」

 「アイツらに『本末転倒』という言葉を教えてやれ」

 「鍛冶屋の失敗作をかき集めて再利用してるみたいでして」


 ほぅれみろ。あの悪ガキどもがどうせ碌な事をする訳が無い。槍を投げ込むという事自体バカバカしい作戦だが、それで下剋上をしようというその魂胆の方が余程バカげている。

 あいつら、下剋上とかそんな気持などまったく無いな。

 単に邪魔だから潰そうという話だ。だからか。


 「最初からそのつもりだったな、アイツら……実にバカバカしい。ならば、俺は流星見ながら一服やるか」

 「流石にそれは……」

 「じゃあ、対抗して俺達も投げ込んでみるか?おい、壊れたヤツ寄越せ」


 とりあえず、渡された槍を手に取り、大きく振りかぶって一投。思いのほかうまく飛んだ槍は、どこまで行ったかわからないが、少なくとも敵城の郭の奥へと吸い込まれていった。


 「案外簡単だな……」

 「いやいやいやいや!?並の人間ならば届きませんよ!?」

 「そうだよな……」


 俺も、あのバカ共をとっ捕まえて叱りつけている内に、そっち側の人間になっちまったか。

 官兵衛、武兵衛、小兵衛、馬廻り、兄貴、最近は左京もか。

 不思議な影響力のある奴だな……死んでも感謝はしねぇが。


 「……やっぱ待機だな。茶も無しだ。命令が来るまで横槍に備えるぞ」

 「構いませんので?」

 「ほっとけ」


 しかし、こうしてみると本隊との錬度の差がありありと浮かびあがる。

 それにしても、小兵衛にでも頼んで、俺の兵も少しは根性入れ直してもらうべきか。


 そんな事を思いつつ、諦めたように首を横に振った。



 同時刻

 左翼備え 井手友氏


 「はいはーい、敵さん、反抗する気薄いみたいだから無駄弾は控えてしっかり狙えよー」

 「応っ!」


 率直に言うよ。ありえない、と。驚く事にももう疲れたよ。

 だからもうツッコむまいと決めた。もう何が遭っても構わない。更に疲れるだけだ。


 たとえば、本陣が石や矢と共に槍をぶち込んでいたとしても、与力としてやってきた母里殿とその兵が、壊れかけの槍を投げ始めたとしても、久方の実戦にもかかわらず、配下の投擲と弓兵たちが驚くほど精密に敵兵を撃ち抜いていたとしても。


 いやー、楽でいいなぁ。


 以前、馬廻りを育て上げた母里殿にこの御着城の手勢を見てもらって正解だった。ある程度自在が利く軍があれば、僕の指揮でも十全に活かす事が出来る。


 官兵衛は隆鳳に影響され過ぎて、奇をてらった軍略が目立ってきたが、僕が教え、共に学んだ軍略はまだここにある。机上の戦術と実際に動かす事はかなり違うが、兵の錬度がここまで来るとその差が驚くほど少ない。彼らの兄貴分として、彼らの先生として、彼らの危うさを埋めるように動く僕の務めを全うできる。

 

やはり自在が利く軍という物は大事な物だ。今もそうだし、これからはもっと特にそうだ。

 官兵衛からの作戦書から読みとる限りでは、今回の戦いは厳しい物になる。

 こんな前座じゃなくてね。


 僕は多分、また別所の押さえかな。

 万が一、他勢力の手に渡ってしまった時の事を考えて、作戦書には書いていないけど、多分そんな感じ。


 勿論、ヘマをする訳にもいかない。そんな事をしてしまったら、軍略の先生として彼らに顔向けもできないし、この勢力も一気に瓦解してしまう恐れがある。


 何が遭ってもいいように自然体でいよう。


 ……ところで、この馬鹿げた作戦は誰が考えたの?隆鳳?官兵衛?

 お兄さん怒らないからちょっと教えて欲しいなぁ!


 同時刻

 本陣 黒田隆鳳


 皆さんの期待に応え、おとこ 隆鳳、魂込めて投げさせていただきやす。


 「ひゃっはーっ!!」


 楽しいフィーバーの最中でございますが、ここで一度ご挨拶をさせていただきます。黒田隆鳳、でございます。俺、武兵衛、馬廻り揃って、ただいま絶賛攻撃中です。

 まじめにやりなさいよ、って?馬鹿言え、前座で兵を損耗して堪るかってんだ。


 「城攻めってこんなんじゃない気がする……」


 多分その認識は正しいよ、左京。俺だって後世でこんな話を聞いたら、一発で作り話認定する。

 でも、なぜかできちまうんだよなぁ。俺、なんか無双ウィルスか、英雄ウィルスか何か持ってんじゃねぇかなと最近思う。馬廻りとか、鍛え過ぎた結果、もはや武士ではないナマモノのような連中だし。


 「隆鳳、客だ」

 「おう」


 この馬鹿げた作戦立案をした官兵衛の言葉に振り返ると、二人の男が唖然とした表情でこちらを見ていた。

 一人は身なりのいい性悪そうな面構えの男。もう一人は対照的に野性的で潮の香りのする、まさに海賊と言った風貌の男だ。

 俺はその場を武兵衛と官兵衛に任せて、用意させた胡床へと誘い、一度頭を下げた。


 「それぞれ忙しいだろうに、こんな辺鄙な所に呼びつけてすまんな。黒田家当主、黒田左近将監隆鳳だ」

 「これはどうもご丁寧に。堺の今井宗久と申します」

 「おろ、手代でも寄越すかと思ったら、ご本人か。店はいいのか?」

 「大事な商談ですから」

 「すまないな、わざわざ」


 身なりのいい方―――宗久がにこやかに頭を下げるが、確かに抜け目なさそうだな。金のにおいがそんなに好きかい。


 「村上……武吉だ」


 ギリギリ間に合ったか。対照的な二人を前に、俺は心の底でホッと胸をなでおろした。使者と手紙を送ってからおおよそ半月以上、一月未満。よく本人がここまで来れた物だ。

 それに、俺たちが更に但馬の山奥に入ってからじゃ初動が遅れる所だった。


 「……噂は聞いていたが、なんて馬鹿げた戦をしやがる」

 「俺でもそう思うよ。まあ、今回は特別だ」


 村上武吉が苦々しく呟いた言葉に俺は笑って答えてから、気持ちを引き締める。


 「だがよ、俺達は正直船戦については素人なんだ」

 「陸に引き込んで叩きゃいいじゃねぇか」

 「天下に名高い村上のぶきっつぁんがそれを言っちまうか?直接叩きあうだけが戦じゃねぇぜ?もちろん、最終的には直接叩かねぇと戦にならねぇけどよ」

 「……破格の報酬だと聞いた」

 「ああ、招聘する以上はそれなりに用意しないと、と思ってな。つっても、貧乏だから今のところは城一つだが。島獲ったら丸ごとくれてやるよ」 

 「来る途中、実際見たが、テメェ、正気か?寄越すって城は、テメェの本拠地の目と鼻の先じゃねぇか」

 「ためしに落としてみるか?それとも街を燃してみるか?」

 「……………………………」


 睨み付けながら黙りこくる村上武吉に、俺は笑いかける。

 粗暴なふるまいをしているが、頭は悪くない。むしろ回転は速い方だ。史実では毛利方だったが、こうして慎重に距離を置いている辺り、このしたたかさに毛利も手をこまねいているといった所だろう。


 さて、口説けるか。


 「いや……流石に命が惜しい。だがよ、自分で言っちゃぁなんだが、俺たちぁ海賊だぜ?」

 「海賊?上等じゃねぇか。俺なんてこの馬鹿どもの親玉だぜ?天下獲りを狙う大悪党だ」

 「身の丈を考えな、小僧」

 「馬鹿言え、まだ背だって伸びとるわ!」


 誰がチビだ!まだ成長期だ!未来ある若者だ!


 「……そういう意味じゃないんだが、まあいい。ところで話が変わるが、その旗。渡し賃には多すぎるぜ」

 「渡っても帰ってくる分の額はあるだろうが」

 「違いない」


 そう苦笑しながら、村上武吉は俺が今回初めて用意した馬印の15文銭の旗を眺めた。


 「こいつは、嫁からのお守りなんだよ。実物も首にかけている」

 「ほう、15文がお守り。興味深い話ですな」


 少し雰囲気が和らいだおかげか、ようやく口を開いた今井宗久に頷き返す。

 それにしても、この男、堺の商人という割にはあまり訛って無い。物腰もやわらかい感じだが、なんか、商人、茶人というよりどこぞの武将みたいだ。

 まあ、この時代の商人なんて、並の武将よりはるかに肝が据わっててもおかしくはないな。実際、こうして陣中見舞いに訪れている訳だし。


 「4戦を超える5銭。9戦を超える10銭。合計で15銭。嫁がくれたお守りだ」

 「そいつぁ……」

 「ええ話や……奥方は健気な方やな」


 あ、訛った。素だと訛るのか、この男。


 俺も、戦に出ると言って渡した守刀の代わりに、翌日15文銭を小夜から差し出された時には、不覚にも泣きそうになった。

 今なら自信を持って言える。俺の嫁さん自慢の大和撫子だ。


 「たとえ、死戦だろが、苦戦だろうが必ず生き延びて勝つ。帰りの船に乗船拒否されても泳いで帰ってくる。俺は生きて守りたい奴がいるし、俺の下に集ってきた奴らだって皆そうだ。だからコイツを掲げた」

 「……三途を泳いで帰ってくる、か。船乗りにもいねぇな、そんな奴」

 「だからよ、帰ってくる奴らの為に船を出してくれねぇか?船頭さんよ」


 おどけるように、だけど、即座に畳み掛けると、村上武吉は一瞬呆気にとられたような表情をした後、すぐさまそれを消すように不敵に笑った。


 「気に入らない奴は沈めてもいいか?」

 「おう、やってやんな。沈めるに兵隊が欲しいなら寄越してやる」

 「――なら、いいぜ。三途からと言わず、どこにだって渡してやる。だが、渡し賃を置いてきな」

 「城と権利じゃ足りねぇか?」

 「足りねぇな。全然足りねぇよ」

 「けどよ、こっちは逆さに振っても鼻血も出ねぇぞ」

 「なに、もう少し上乗せしてくれりゃいい」


 そう言って、村上武吉は俺の15文銭の旗をクイッと顎でしゃくった。


 「その旗だ。事情を聴いた以上、寄越せ、とは言わねぇ。その旗、気に入ったから俺にも分けてくれ」

 「……海の男は粋だねぇ。いいぜ。なんならコイツをそのまま持ってくか?」

 「馬鹿言え。気前がいいのはいい事だが、寄越せとは言わねぇつったじゃねぇか」


 俺がおどけながら旗印を指さすと、村上武吉は笑いながら首を横に振った。

 ……いや、別に深い意味はなくて、予備があるからコイツを持って行ってもらってもかまわねぇ、って意味だったんだけどな。


 「だが、その心意気は気に入った。村上武吉以下、能島村上水軍――15文銭の旗に誓って黒田の下で働かせてもらう。毛利だろうが因島、来島の身内だろうが、揃って三途を渡してやる」


 俺は毛利ともなんとも言ってねぇのに……なんか恨みでもあるのかな。

 流石に、会って早々ツッコまないけど。


 「頼んだぜ。俺はこのまま山へと行っちまうけど、姫路に俺の義理の父がいるから今後の詳しい話はそこで詰めてくれや。案内出すから、一緒に使いの者を連れて行ってやってくれ」

 「すまねぇな」

 「いいって事よ。よろしくな」


 よっしゃー!何故か村上水軍ゲット!それもとっておきのぶきっつぁん!

 内助の功サンキュ、小夜。向かい合って言うのは恥ずかしくて出来ないが、愛してるぜ。


 さあて、お次は、


 「……この場にいてよかったんでしょうか?」


 武張った奴らとは違って、損得勘定に長けてどうも一筋縄ではいかない相手だ。


 「別に俺としてはかまわねぇよ。凄腕の海賊だから、商人らしく顔つなぎでもなんでもすりゃぁいいさ」

 「なんか……いえ、えろうすんません」


 性悪そうな顔を目一杯申し訳なさそうに崩し、それから気を取り直したように宗久は俺を正面から見据えた。


 「さっそく商談に入らせていただきますが、構いませんか?」

 「別に構わねぇよ」

 「では、早速、銀山の件ですが。まずは手土産が必要かと思い、鉄砲300を持って来まして、是非――」

 「お、ありがたいな。最近、職人を引っこ抜いて自家生産を始めたんだが、まだ追いつかなくてな」

 「…………硝石なども」

 「おー、本願寺に潜入させて、硝石生産の秘伝を盗んできたが、今回は間に合わなかったしなぁ」

 「………………………………………」


 確か材料は大雑把に言えば、蚕のフンとヨモギと糞尿だったか。それで硝石が出来るなんてこっち来て初めて知ったよ。

 鉄砲ならば本願寺だろうなぁ、と英賀城経由で潜入させて正解だった。なんでも遠く飛騨まで行くハメになったらしいが、それでもこの秘伝を奪ってくるまで、一年もかかってねぇしな。

 けど、取りかかったばかりで物になるには三年ほどかかる。本当に着手したばかりだからありがたいと言えばありがたい。


 「……黒田の大将。そこまでにしてやってくれ」

 「ぶきっつぁん、何がだ?」

 「買い手が生産しちまっちゃ、売り手が困るだろうよ」

 「あ、そうか」


 うん、知ってる。わかっててやった。

 タダより高いもんはあらへんで、ぶきっつぁん。


 「でもよ、ウチは貧乏だから、手探りでも自分たちで革新していくしかねぇんだよな。今までは堺に人をやって声掛けても、足元見やがって、あまりいい返事ももらえなかったしな」

 「……えろうすんません」

 「いや、悪い事じゃねぇんだぜ?商人として当然の事だからな」


 むしろ、清々しいまでに利益追求してもらった方が付き合いやすい。友人には絶対したくないけど。


 今井宗久が営む店の屋号は納屋。堺の中でも大店だ。俺たちは今まで接触したという報告は上がってない。だから今井宗久がここで謝るのは少し筋違いだ。だから、今井宗久に関しては割とフラットな価値観で話が出来ている。

 だが、堺でも特に影響力が強い商人なのは確かだ。特に銀山介入なんて単なる商人の書けるシナリオじゃねぇ。だから少し気を張らなければならないとは思っている。


 俺も商人も育成しようかなと思ってんだが、それもまた変な話か。大名にとって都合がいい商人なんて商人じゃねぇ。姫路城敷地内で商売する人間もいるが、それが育つかどうかは奴らの商才次第だ。


 「で、だ。そんな商人の内でも特に名高い今井宗久は、こんなしがないウチに何を持ってきたんだ?銀山の話か?鉄砲の話か?茶器の話か?武具の話か?それとも――俺を品定めしに来たか?」


 俺がそう言うと、宗久の目が一瞬だけ鋭く細くなった。

 カマをかけたつもりだったが、まあそうだろうな。銀山の件にしたって、宗久は俺を唆しているだけで、何の対価をもって銀山の経営権に介入しようとしているかわかんねぇし。

 藤兵衛は……多分、それがわかっていて俺に放り投げやがったな。俺はこのテの頭が回るフィクサータイプの奴を仕留めるのは得意中の得意だし。


 「これは……あきまへん。降参やわ、黒田様」

 「へぇ、降参と言うか。なら捕虜にしても文句はねぇって事だな?」


 っしゃ、かかった。


 「いやいやいやいやいや!それはあきまへん!それはあきまへん!」

 「夏に秋間も春間もあるかよ。テメェは商人だろうが、俺は大名稼業やってんだ。しかも、見ての通り攻城戦の真っただ中だ。もったいぶって品物も出さねぇ野郎に払う代金も与える時間もねぇんだよ!とっとと言えや!テメェの裏はなんだ!?」

 「ち、茶飲み友達からの――」

 「おーい、かんべー!」

 「待って!待って!待ってっ!?公方様や!公方様と幕臣の細川兵部様や!!」


 な?仕留めるの上手いでしょ?でも、やーっとゲロったか。商人ってのはまどろっこしいな。まあ、油断せずトドメまで行きましょうか。


 「そうか。んで、対価は6文銭でいいか?」

 「渡し賃ですやん!?」

 「……あのな、今まさに守護職討ってる最中の人間が、公方の言葉をありがたいと思うか?」

 「せやな!?」


 ……今気が付いたって顔したな。


 お忘れの方もいらっしゃるかと思いますが、ただ今、赤松家相手に絶賛下剋上中です。そして、その後すぐ挑む但馬は同じく守護職の山名家の勢力圏です。共に室町幕府の名門ですね。

 むしろ、こっちがどうしろっつーんだよ。


 「この様子じゃそろそろこの戦も終わるかな……ああ、それで、何の話だったか?」

 「そら、くぼぅ――いえいえいえっ!黒田様とは今後、いい取引をさせていただきたいと思いましてな!」


 ったく、それでいいんだよ。銀山の事を教えてもらった恩があるから、わざわざすっとぼけたんだ。余計な事は言うんじゃねぇ。従えば利益は享受させてやる。


 「そうか。わざわざ当主直々、姫路までご挨拶とは痛みいる」

 「……えっと、黒田様?」

 「ああ、そうそう。この後、そのまま銀山を奪いに行くつもりなんだが、何分鉱山を手に入れるのは初めてでな。まあ、播州統一したら交易目的の新都市も作るんでそれほど余裕も無いんだが、伝手は無いか?」

 「そ、それでしたら是非にウチを!お望みとあらば技術者の手配どころか、産出した銀を倍にして返しまっせ!」


 面会が始まった頃の余裕はどこへやら。必死過ぎる……もしかして、演技している時の方が訛っているんだろうか?コイツ。

 まあどっちでもいいか。

 しかし、百戦錬磨の商人がこんなにチョロくていいのだろうか?余裕が出来たら、少し諜報方を動かして裏も探ってみるか……。


 「申し出はありがたいんだが、天下の納屋が納得できる程の金は出せねぇぞ」

 「いえ……その新しい都市と、姫路への出店の許可。そして今後の良いお付き合いがいただければ」

 「……ああ、ならいいぜ。それで手を打とう。ただ、新都市の件はまだ機密でな。いずれ漏れるってのはわかるが、他言は無用で頼む」

 「つまり、それは、」


 情報は金。堺の商家の中で最も早く、新しい拠点の開発に参入できるという特権。流石に可哀想なので残しておいた飴に、宗久も気が付いたようだ。

 こっちとしても、せっかく街を作って商人がこねぇんじゃ困るしな。かといって、堺衆が揃ってやってくる事はNG。

 今井宗久にしたって、ここまで振り回してやれば、調子に乗る事もねぇだろう。しばらくは。


 「……大将、アンタ、いい商人になれるぜ」

 「ありがとよ、ぶきっちゃん」


 先発黒田、魂の完封勝ち。


 ◆

 オマケ


 武兵衛さん、本日の一言


 「お主もワルよのぉ」

 「テメェなんでそのネタ知ってやがんだ」

 「そこにそう言えと書いてあった」


 書いていてふと気が付いたのですが、友にぃが一番書きやすかった罠。

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