第11話 波乱の嫁取り 出陣

1562年1月 播州姫路城 新屋敷


 一年はあっという間だった。


 気が付けば俺は戦国時代に生まれ変わって16年になる。この16年間、色々とあったが今年が一等早く過ぎ去ったと感じる。


 この一年間、一人になる時はいつも考えていた。


 俺のやった事は正解だったのか。正解で無かったのならば俺はどうすべきなのか。どうすれば良かったのか、と。正直、答えはまだ出てこない。

 無邪気に天下を臨んだと思うだろうか?そう見えるならばまだいい。


 一年、決起してから我武者羅に駆けあがってきた。まだ息切れをするには早い。今年は更に激動の年になるだろう。そして次の年はそれよりも更に。


 「左近将監様。皆様がお揃いです」

 「おう」


 呼ぶ声に反応して、手元に置いてあった刀を持ち上げるとカチャリと音を立てた。いつもの野太刀では無い。俺が『左近将監』と名乗る事を知り、『同じく左近将監の銘がある』と宇喜多直家から貰った左近将監長光。長さは刀身だけで約2尺7寸(約78cm)。小柄な俺には少し長いが、それでも腰に佩けない事は無い。


 宇喜多家もあまり裕福ではないというのに、刀にあまり詳しく無かった俺でさえ知っている長船長光を惜しみなく寄越すとは頭が下がる。以前、茶を共にした後、俺の佩刀が粗末だったのを見て、見立ててくれたそうだ。


 でも、刃物を送るっていうのは縁を切りたい、って意味じゃ無かったか……?と率直な疑問を使者に言った後、大慌てで本人が姫路まで弁明に来たけど、早速裏切られたのかと思った。使者が帰ってから、本人がすっ飛んで来るまで、官兵衛と二人で戦略を練り直そうとしたのは秘密だ。


 抜け目ないようでどこか粗忽な所に奴も人に血が流れているんだな、と安心する。むしろ、情が深いからこそ気持ちを押し殺し、人間臭いからこそ非情になれる、という感じだ。

 戦国時代に来てから周辺の武将のイメージが段々崩れている気がする。割とはっちゃけている奴もいれば、より親しみを持てる奴もいる。不思議な物だ。


 「待たせたな」


 真新しい廊下を抜け、評定の為に設けた大広間に入ると、その場にいた全員が一斉に頭を下げた。官兵衛、おやっさん、母里小兵衛といった姫路城のメンツと、砥堀山城から休夢のハゲおやじ、御着城から友にぃ。席には加わらずに壁側に護衛として武兵衛もいる。

 勝手知ったるこのメンツで一人だけ上座と言うのも座りが悪い。車座に配置した席の内、空いている所に座り、一度頭を下げた。


 「この度は誠に御愁傷様です。心の底よりお悔やみを―――」

 「おい、馬鹿。いきなり笑わせるな」

 「ホント、縁起でも無いな!?」


 神妙な様子から一転、休夢のハゲおやじが豪快に笑い、ツッコミ気質の友にぃが若干青ざめ、場の空気が少し緩んだ。気を取り直して、官兵衛に目配せをすると、官兵衛は一つ頷きながら座の中心に大きな地図を広げた。


 「さて、馬鹿がてれ隠しをしたくなる程差し迫っている此度の婚礼だが」

 「おいこら。ちょと待て」


 何でお前はそうハッキリと言っちゃうんだ、官兵衛。

 あと、ハゲ。笑い過ぎ。


 「なかなか諸手を挙げて祝えない情報が手に入っている」


 俺の抗議の声をいなし、官兵衛が地図に短刀を3本突き立てた。

 ……おい、馬鹿。作ったばかりの人の家を……いま、床まで突き抜けたよな?


 「ふむ、俺の砥堀山の近くは置塩城、姫路の西に龍野城。龍野の近くにある海沿いのは?英賀……じゃないな、あそこはもっとこっち寄りだ」

 「室山城だね、兄上。浦上与四郎政宗の居城だ」


 叔父二人の会話に官兵衛は一つ頷き、車座になった一同を見渡した。


 「どうもコイツらが結託して、宇喜多とウチらの婚礼を狙おうとしているらしい」

 「そりゃどうも怖い物知らずな……」

 「だが、そうも言ってられんのだろう。友。小寺の旧領を奪い、成長著しい儂らと、浦上の家老が手を結ぼうと言っているんじゃ、座して待て、と言っても無理だろう」


 置塩城の守護赤松が狙うという話はわかる。俺が潰した小寺家は守護赤松の少ない味方だったからだ。

 問題は、


 「それにしちゃあ、胡散臭い組み合わせだ。多分戦況が一転二転はするぞ?」

 「織り込み済みだ。叔父上」


 ハゲおやじが一瞬できな臭さを嗅ぎつけたように、龍野赤松――つまり、前守護がお家騒動を置いてこの包囲網に加わったという事。まあ、現実問題として龍野赤松と弟の方の浦上がバチバチ敵対しているから、ブラフでは無いという可能性も無きにしも非ず。実際は俺と宇喜多の同盟だけど、表向きは俺と備前の浦上の同盟なのだ。

 むしろ、守護赤松家からの繋がりで東から別所が参戦するという可能性もある。


 「はっはっは、いやー、まったく。俺を潰す為に播州全土が結託したのだから俺も偉くなった物だ」

 「腹立ってきたな……」

 「あとにしろ、叔父上。俺も後で殴る」


 外交が生命線の人間だったら大失敗なんてもんじゃない。そういう意味では浦上の同盟の申し出はかなり駄目元で切り出した話だったとわかる。むしろ、予想以上にあっさり話が進んだから相当焦ったんじゃないかな?


 宇喜多との縁は俺にとってはそれほどまでに重いんだよ。これほどのデメリットを呑んででも手に入れたい人材、手にしたい縁なんだ。むしろ誰が味方で誰が敵かわからないぐらいなら、味方以外は全員敵とはっきりしている方がよっぽどいい。


 「敵側に浦上の人間が混じっておりますが?どうなんですかい?若様」

 「浦上つっても、落ち目の兄貴の方だ、小兵衛。宇喜多の義父が仕えている方は弟で、身内とはいえ仲は最悪。実際、この話を持ってきたのは宇喜多だ」


 この話を持ってきたのは、この長光を改めて寄越してきた時だ。なんでも、浦上政宗の息子を調略したら、発覚したらしい。

 ……敵将の息子を調略するとか、ホント何やってんだ、アレは。鬼手を打つにも程がある。

 確かに、宇喜多の領地とここを繋ぐ為には、龍野、あるいは室山を調略しないと横っ腹が危ういんだけどな。


 この時代の婚礼は、嫁を迎え入れる側が嫁の実家まで迎えに行かなければならない。本来ならばこの調略は俺達がやらなければいけなかった事だ。


 だがどうも裏切りの手引きというのは俺も官兵衛も苦手意識がある。

 ……むしろ、考えたのは「この婚礼の機会に」という素晴らしき脳筋理論だ。だが、珍しく官兵衛と意見が一致した。婚礼が終わる頃にはもしかしたら、この播州からいくつかの家は消えているかもしれない。

 つーか、消す。そのつもりだ。


 「まだ、この計画が漏れているとは気が付いていないだろう。故に、俺達はこれを逆手に取る」

 「ああ、だからその格好……おかしいとは思ったよ。姫路の皆が武装しているから、どれだけ怖い嫁が来るのかと、」

 「……おい」


 チョイチョイ風当たりが強くねぇか?

 それはともかく、俺達は友にぃが言ったように武装している。友にぃと禿おやじ、二人は持ち城からこっそりと呼んだので平服だが、俺と官兵衛、おやっさん、小兵衛、武兵衛、ついでにこの席には出席せずに勤務真っ最中の小寺政職らといった姫路城の面々は目出たい日の正装ではなく、完全にこれから一戦、といった風体でいる。かくいう俺も新調したばかりの鎧に身を包んでいる。


 な?やる気十分だろ?


 「まず、置塩城の手勢。奴らは隙を窺ってくるはず。砥堀山城の手勢で対応してもらいたい。いざという時には英賀城に援軍をお願いしてある」

 「うむ。しかし、どこまでやればいい?攻めるか?」

 「動かないようなら構わない。姫路に向かうようなら横っ腹を叩け。但し深入りは禁物だ」

 「……ふむ、成程。あいわかった」


 俺からの下知を受け、禿おやじがドンッと床を拳で叩く。

 止めてくれよ、だから。嫁さんが来る前に新築の家がボコボコになっていく。


 「小兵衛は夜になったら、姫路城の手勢200名を率いて御着城の手勢1000と合流。友にぃと二人、戦況に応じて遊撃を。砥堀山勢と合流しても良し、龍野に備えても良し、あるいは東が動くかもしれん。うまく立ち回ってくれ」

 「承知しました」

 「……難しい立ち位置だな」


 現状だとやはり御着城が要だからな。本当ならば官兵衛も御着にやりたい所だが、致し方ない。 


 「官兵衛」

 「わかってる。室山城に関しては宇喜多が引き受けるそうだ。故に、基本、俺達は両赤松に備える。姫路城の守りは父上に。俺も姫路に待機し、いざという時には虎の子の兵300を率いて動く」

 「……で、隆鳳は?」

 「あ?俺?」


 んなもん決まってらぁな、おやっさん、と口を開こうとした瞬間、戸板の向こうから声がかかり、背後に控えていた武兵衛が俺の前で膝をついた。


 「馬廻り50騎、出立の用意が整いました。左近将監さま」

 「嫌らしい言い方すんなよ。俺とお前の仲だろ?武兵衛」

 「女の為に戦場に向かおうっていう友へのはなむけだ、そう一々目くじら立てんなよ」

 「……あっそ」


 武兵衛の軽口をいなしつつ、俺は小寺政職に頼んで買い付けてもらった、鮮やかな朱の南蛮しつらえのマントを羽織り、『鬼と噂される将監様に是非』と献上された、鬼のような小さな金の角が付いた腰の上まで届く白毛の乱髪兜を被り、皆を改めて睥睨する。


 武将としては初めての武者姿、か。


 「各々手筈通りに。総指揮はお前だ。官兵衛」

 「わかってる。既に狩り場は割り出してある」

 「頼んだぜ」

 「ああ」


 散々軍略については話しあった。あとは、俺達が正しい事を証明するだけだ。

 敵を分散させ、各個撃破する所まで持っていければあとは容易い。あるいは騙し騙されの群雄割拠の世界だ。俺たちを討つと見せかけて同志討ちを始めるかもしれない。


 奴らを一網打尽とは言わない。


 ただ、誰に手を出そうとしたのかだけはわからせてやる。


 「おやっさん。あとは頼む」

 「……行って来い。宴の準備をして待っていてやる」

 「戦勝と婚礼の二回分だぜ?」

 「馬鹿言え。金が無い。二回やりたきゃ金も獲ってこい」


 うーん、正しく播族。

 一度軽く頭を下げると、それぞれが立ちあがり、揃って頷きあった。

 

 戸が、開かれる。


 気が付けば、俺と官兵衛と武兵衛の3人は並んで歩いていた。


 「また少し忙しくなるな」

 「御着の時と比べればまだ大丈夫だろ、官兵衛。何しろ、一番の懸念材料が所帯持ちになる」

 「そうか。ならば、嫁さんにそこら辺きっちりお願いしとかないとな……」

 「お前ら絶対楽しんでるだろ!?なぁ!?」


 ……多分、大丈夫。一年経っても、変わらない物もある。


 さて、それじゃ血路を拓いて嫁さん迎えに行くとするかね。美人だと聞くが……まあ、父親があんな貴公子然とした人間じゃそうか。そう言えば初顔合わせだな。


 とんでもない始まり方かもしれないが―――せめて、これから過ごす時間は激動であっても、満ち足りた時間であってほしい物だ。



今回のオマケ


「お前ら頼むからお行儀よくな!」

「「「「お前が言うな!」」」」


実は堺辺りでは、黒田家は明るくて自由闊達な気風です、という文言が売りの求人広告があるとか無いとか……。

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