第4話 この素晴らしき家に祝福を

 決起してから三日が経った。

 あの時、ノリと勢いで格好を付けたはいいものの、未だに決めかねている事があった。


 あの打ち合わせの流れから察するに……俺から攻めて行ったら駄目だよなぁ?


 そもそも、官兵衛との会話の中で、おやっさんを調略出来なかった場合、すぐさま御着を奪ってくるようなくだりがあったけど、実際の所、何の準備もしてねぇからな?


 思い立ったが大安吉日、官兵衛(12月22日生まれ)と俺(1月19日生まれ)、共にギリギリやぎ座。あの日の星占いによれば運勢MAXだった……多分。だから思い付きでも行けた気がするんだ。


 ……割と俺たちはノリと勢いで生きてると思う。


 兵は……まあ、俺と官兵衛含めて何割かは確実に見込めたけどさ。そんな状況じゃ、御着城内に官兵衛の手引きで潜り込んで、一気に頭を押さえる以外勝機も無かった訳でして……今となっては、その頭を狙う事すらも制限喰らってしまった以上、あまりスマートとは言えない。


 なんたって、なんだかんだで御着城には少なく見積もっても1000人~1500人の兵が常時詰めているんだ。


 だから、俺はおやっさんを調略したのだ。あんなのを調略って言えるかどうかは別だけど……しいていうなら、おねだり?


 結果、首尾よく姫路城が丸々手に入りました。


 ……正直あれで俺たちの計算が狂ったと言っていい。あの時は事の重大さをさらっと流していたけど、時間がたつごとにその馬鹿さ加減が大きくなってくる。


 ただ、心強い仲間が増えた半面、身が重くなってしまった事は否めない。

 この三日間、城の引き継ぎだとか、予想の斜め上を行ったであろう展開にも関わらず変わらず従ってくれた城兵らとの打ち合わせをずっと行っていた訳でして……ただウズウズしていたわけじゃないのだ。


 勝手知ったる城、勝手知ったる家だったからこそ、三日で済んだと思えばいいのだろうが、逆を言えば勝手知ったる城でさえ三日も掛かったのだ。俺と官兵衛が内政に苦手意識を持つ所以でもある。


 確かに手に入れた物はでかい。俺が鍛え上げた精兵もそうだが、帳簿を追えば経済面でも優秀だとよくわかる。おやっさんが内政寄りの人間だったお陰か、質素倹約を家訓とし、帳簿をしっかりと付ける家でよかったです。


 堺の投資家さん、黒田家は超優良企業ですよ!


 なにせ、主君の居城である御着城の眼と鼻の先にいながら、ちゃっかり裏帳簿へそくりまで作ってたからな。たった一丁で信じられない額が飛んでいく鉄砲も僅かながら保有している。


 だけど、流石に10年前の帳簿を―――それも古い順に寄越すのは嫌がらせだよなぁ?おやっさん。


 分析は確かに大事だけど、もう少し地盤を固めてからでいいとボカぁ思うんです。最新の奴だけでいいから寄越せ、と言ったらおもくそ舌打ちされました。


 「……おやっさん、時間稼ぎしていない?」

 「……はて、何のことやら」


 なんか、あれだな。引き継ぎの為、という名目の下、監視されている気がする。

 ……普通、逆だよな?


 書類を整理し、物資を実際に眼で見て確認した後は、急ピッチで進められている姫路城の改修、増築現場へと向かった。


 天守閣もなく、俺が知る姫路城とは比べ物にならないほど規模が小さいが、それでも地形を上手く利用した堅牢な造りだ。こちらは、少々の改修で当座は凌げる。さしあたっては銃を利用した防衛戦ができるように、手直しをする程度だ。


 「いずれは大掛かりな手直しをしなきゃな……」


 天守にこだわりはないけど、防衛の為に石垣の導入と郭の整備は今後の課題だ。姫路城の郭は各郭が重なって螺旋を描き、その内の長屋に下級武士や商人、職人が住む。そこまでは、おやっさんが改修したらしいが、まだ途上といった所だ。これからは防御能力に加え、居住性と継戦能力も重要になってくる。とはいえ、これ以上大掛かりに改修するには周辺の掃討が必要だ。


 「おい、大将がぶらぶらしていていいのか?」

 「改修の視察だよ、視察」


 城造りというロマンに思いを馳せながら歩いていると、槍を担いだ若い男が駆けよってきた。


 母里武兵衛。俺と官兵衛と同い年で、黒田家の重臣、母里家の次期当主だ。名字から察するに、黒田節で有名な豪傑、母里太兵衛は親戚なのだろう。一度探ってみた事があるのだが、それらしき存在はまだ4、5歳ぐらいのかわいい子供だった……豪傑との人脈確保がならなかったのは無念だが、可愛かったから悔いは無い。


 そんな俺の親友だが、一つ懸念がある。今、黒田家中で母里と言ったら武兵衛が本家直系だ。武兵衛の名が出ず、親戚の母里太兵衛が世に出るという事は……まあ、そういう事なんだろう。


 「武兵衛……逞しく生きろよ」

 「あ?お、おう。何だ急に?」


 最悪なのは史実で武兵衛はどこで死ぬかわからないという事だ。史実じゃ無名かもしれないが、数少ない同い年の友人―――兼、相撲の好敵手。官兵衛と3人、いつかジジイになった頃に同窓会みたいなノリで飲んでみたいものだ。


 「いや、なんとなくな。で、なんだ?何か動きでもあったか?」

 「ああ、南西の英賀城からだ」

 「英賀?三木通秋と一向衆か」


 三木城は別所家で、英賀城が三木家ってややこしいよなぁ……。

 それはともかく、あそこは、おやっさんが仲が良かったんで、隠密裏に調略をお願いしてある場所だ。戦国時代で一向宗と聴くと身構えたくなるが、むしろその教義は他の宗派に比べ、現代人の感覚に近い。タガが緩すぎて暴走する事が珠に傷だから警戒はするが、必要以上に構えるつもりはない。


 「先ほど密書が届いた。表向きは小寺家と足並みをそろえるが、お前と……黒田家と敵対の意志は無いそうだ」

 「はやいな」


 現時点で一向衆まで敵に回す余裕はないからな。敵対しないだけでも十分だ。特にその本拠、英賀城は播州三大城に数えられる上に、姫路の眼と鼻の先にある。

 たった三日で調略出来るおやっさんの人脈マジパねェ。


 「他には?官兵衛から繋ぎとかないのか?」

 「来ているには来ているが……どうも、小寺の優柔不断さは官兵衛も辟易しているらしい」

 「それはそれは……官兵衛も家を奪われて大層焦ってるだろうにな」


 俺が皮肉をかますと、武兵衛もからからと声を挙げて陽気に笑った。

 信任している部下が実家を奪われ、重臣であるおやっさんを捕虜にされて、未だに躊躇するとは……唆す為に潜り込んだ官兵衛も相当苦労していそうだ。


 「隆鳳。官兵衛には悪いが、こっちから攻め込む事ってできないのか?」

 「攻め込みたい所だが……」


 早期決着が望ましい事はわかっている。

 だが、あまりに性急過ぎるとあっさりと瓦解する事が目に見えている。地侍などをとり込んでから潰したい、とまでは言わんが唯一の地盤ぐらいは固めてから、小寺を喰らいたい。


 ……おやっさんは俺が信用がならないのか、かなり時間稼ぎをされたけどな。


 「いつでも行けるように兵を纏めといてくれ」

 「あいよ」

 「いざとなったら先駆けを頼むぜ」

 「ああ、任せてくれ。しっかし、官兵衛の奴はここの所読みが外れっぱなしだな」

 「……まあ、しゃーない。アイツは常に最短で物事を考えるが、同じ事が出来る相手ばかりじゃないって事だ」


 小寺はおろか、誰ひとりとして思い通りに動かない辺りが特に。


 「これはむしろ僥倖と喜ぶべきだな」


 官兵衛が居る事が、武兵衛が居た事が、おやっさんが居た事が。

 敵が侮ってくれる事が。


 

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