第11話

 星花女子学園の菊花寮。

 宮子を起こすべく、部屋へ向かう静流しずるの脳内に、なんだかやらしいBGMと、おピンクな妄想が……。


『お姉さま、素敵……♡ こんなテクニシャン、芸能界にもいません♡』


『ふふっ。アイドルのえっちな声、とても可愛らしかったわよ♡』


 火蔵かぐら宮子と、アイドル美滝みたき百合葉ゆりはの、ただれた関係。

 週刊誌にすっぱ抜き。理事長の謝罪会見……。


「だ、だめです、だめですっ! 私が止めますわ、火蔵宮子ぉぉっ!」


「ええ、開いてまーす」


 ノックの返事を聞き終えるより速く、バターンと部屋のドアを開けると。

 裸の宮子が、ベッドから身を起こすところだった。


「きゃぁぁぁぁぁっ!? なんで裸ぁぁ!?」


「あら、雪川さん」


 寮の個室。乱れたシーツの上には、一糸纏わぬ姿の火蔵宮子。黒い髪が、汗ばんだ肌に貼りついて、何だか艶めかしい。


「ここは、わたくしが悲鳴を上げるところだったかしら?」


 にまにま宮子さん。とってもフェロモンな匂いから、この部屋で何が行われていたかは、想像するまでもなく……。


「夏休みの間、寮を空けてたでしょう? 昨夜ゆうべ帰ったら、皆、よっぽど寂しかったみたい。つい、10人で盛り上がっちゃったわ♡」


 たいへん、えっちなことが、おこなわれていたようです。

 静流には刺激が強過ぎた。


「……ぷしゅう」


 倒れた。

 と、寮の外から、壁をビリビリ震わせる大声が。


「ごーめーんなーさーい! 風紀委員さーん! 美滝百合葉、外にいまーす! ランニングしてましたー!!」


「あら大きな声」


「はっ!? そうでした、私はお2人を呼びに来たのでした!」


 静流起きる。宮子と美滝百合葉は、一緒ではなかった様子。

 内心ほっとしつつ、カーテン開けて朝日を入れて、


「ほら、りんりん学校の集合時間です。さっさと着替える!」


「だいぶ早くない? わたくし、目覚ましはセットしていてよ?」


 目覚まし時計を手に首を傾げる宮子へ、静流ため息。


「やっぱり忘れてますね。今年は、ファンクラブの子の抽選をするから、貴女たちは集合時間早めにって。生徒会長が伝えたでしょう」


 と言うか。宮子まだパンツも穿いてない。あからさまにイケないコトをした後のままなのだ!


「ふ、風紀的にアウトー!? やっぱりダメですそのまま制服着ては! シャワーを浴びるべきと進言します!」


「はいはい。あ、荷物は昨夜ゆうべのうちに準備してるから、心配なくてよ」


 星花に2つある寮のうち、個室にシャワーは菊花寮の特権。

 成績は優等生の宮子、シャワールームへ。

 と、ドアから顔だけ覗かせて、小悪魔スマイル。


「雪川さん、一緒に入る?」


「……」


 真っ赤な顔で、ちょびっと涙目になりつつ無言で睨み返す静流へ、


「ふふっ。期末テストの賭けは、わたくしの圧勝ですもの。約束が早まっただけじゃなくて?」


 そう。以前のデートで持ち掛けた、一学期末のテストでの勝負。

 結果、宮子は学年2位。静流は……風紀委員だからといって成績が良いなどという理由は無いのである。


「くぅぅ何で。何で、貴女は何をやっても……」


 問題児の癖に。何をしてもそつなくこなしてしまう。火蔵宮子は、名家のお嬢様というのを抜きにしても、特別スペシャルな存在。

 彼女に比べれば、静流には、裸の自分自身に、誇れるものは無く。


(……ああ。私は、羨ましいのだわ)


 宮子と違い、平凡な。平凡な人間の自分。

 祖母から受け継いだ白銀の髪も、クォーターだというだけで。他人ひとより優れてると、胸を張れるものではなく。珍しいだけ。

 静流の胸に、どうしようもなく劣等感が染み出してくる。


「……まあ、いいわ。わたくし、ケーキの苺は、最後まで取っておくタイプですもの」


 沈黙に、茶化せない雰囲気を感じ取ったか。宮子はシャワー室に、顔を引っ込めた。


 しばらくは、部屋に聞こえるのは、宮子がシャワーを浴びる音だけ。

 静流は、宮子を呼ぶという、目的は達したのだけど。ついついベッドのシーツを整えたりと、世話を焼いてしまう。

 ふと、ドアを隔てて、宮子がからかってくる。


「雪川さんは、夏休み、わたくしと会えなくて、寂しくなかった?」


「お生憎様。私はお父様の手伝いで、充実した夏休み前半を過ごしましたわ」


 静流の父、雪川義之よしゆきは、星花大で教授も務めてる、歴史学者。

 古文書など見せてもらいに、お寺や旧家を訪問する際、見た目西洋のお姫様な静流がいると、相手の反応が良いのだ。

 歴史マニアな静流にとっても、楽しいひと時だった。


「ふぅん? わたくしだって、充実してましたけど!」


 家族で過ごしてるのが、宮子にはちょっぴり面白くなかったみたい。

 口調にすねたような、頬を膨らませたような、そんな雰囲気が混ざる。


「わたくしは、上京してたの。去年もだけど、3年の、エヴァお姉さまの紹介でね。都内のメイド喫茶で、住み込みのバイト」


 宮子、うっとりした声で、


「とっっっっっても。素敵なお店だったわ」


「やけに強調しますね……。健全なお店なんでしょうね?」


「もちろん。『リトル・ガーデン』は乙女の聖域よ♡」


 宮子が言うと余計に怪しい。何でも、メイド喫茶には珍しく、絶対男子禁制なのだとか……。


「ほら、美滝さんとユニット組んでる、アイドルのみおにゃ……南原みなはら美緒奈みおなさんとか、最近動画で話題の、美人ピアニスト……東宮ひがしみや季紗きささんとか。あの人たちも去年は働いててね、いっぱいお世話になったわ」


 宮子シャワーを浴びながらなので、静流にはちょっと聞こえにくい。

 有名人も働いていたメイド喫茶だというのは、わかった。


「今年はお客様として、お店に来てらしたから、たっぷり感謝の気持ちをお伝えしたわ。キスで」


「あの、シャワーの音で聞こえないんですけど! おかしなコト言いませんでした最後!?」


 さて。シャワーをひと浴びした宮子だけど。

 長い黒髪は、乾かすにも時間が掛かる。結局静流は、ドライヤーで乾かすのも、お手入れするのも、手伝うことに。


「な、なぜ、服を着ないのです! えっち!」


「ふふ。この方が、早く乾きそうでなくて?」


 ここでもマイペースな宮子に、静流の頬は赤くなりっ放しだ。


「まったく。外では、貴女のファンクラブの子たちが、待ちぼうけだというのに」


 髪をいてあげながら、静流がぼやくと、


「あら。雪川さんこそ、ご自分のファンクラブはいいの?」


「……なんですそれ?」


 きょとんとする静流に、宮子しまったという顔。


「おっと。本人非公認だったわね」


「え? え!? 聞いたコトもありませんわ! 冗談ですよね!? 私が立ち上げた今川義元公&雪斎様ファンクラブの間違いですよね!?」


「そんなの作ってたの貴女!?」


 と、あまりに2人が遅いので、風紀委員の後輩、世音ぜのんが呼びに来て。

 目にしたのは、裸の宮子とじゃれる静流……。


「せ、先輩が! 雪川先輩まで!? オトナの階段昇った堕天使になっているー!?」


「……それはオトナなの? 堕天使なの?」

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