美人局(その6)

「浮さん、起きとくれ。押し込み強盗だ!」

泪橋たもとの小間物屋の雨戸を叩いて叫ぶ者がいた。

十手を腰に差しながら表に出ると、浅草寺の小僧が、

「上州屋で!」

と、浅草方向を指差した。

浮多郎は浅草寺目がけ、一目散に駆けた。

―上州屋の前の薄暗がりで、斬り合いの真っ最中だった。

匕首を振り回す五人ほどの盗賊を、襷掛けに股立ちを取った十数人の侍たちが取り囲んでいた。

・・・侍たちは火盗にちがいない。

自棄になったのか、頬被りした大男が匕首を盲滅法に振り回して侍に斬りつけたが、一瞬にして斬り捨てられた。

やがて、上州屋から火の手が上がった。

逃げるための目くらましなのか、犯行の証拠を隠すために火を点けたのか・・・。

千両箱を担いだ男が、用心棒の牢人者を従え、火の中から飛び出して来た。

連打された半鐘の音が、夜空に鳴り響いた。

「猿飛の権太。年貢の収め時だ!」

指揮をとる火盗の頭が、刀を突きつけた。

その侍めがけ、猿飛の権太が、担いだ千両箱をいきなり投げつけた。

蓋が外れ、小判が飛び散った。

そこを、抜刀しざま、火盗の侍に斬りつけて隘路を見出した用心棒は、権太の手を引くようにして駆け抜けた。

・・・と、そこに、右へ行こうとすると右、左へ行こうとすると左と、行く手に立ち塞がる若い牢人者がいた。

「どけ。どかんか!」

用心棒が怒声を浴びせ、長刀で突きを入れた。

その突きをひょいとかわした若い牢人者は、逆手に握った脇差を跳ね上げた。

用心棒は、たまらず地面に落ちた。

若い牢人者の肩の向こうに、番屋から駆けつけた役人と火消しの一団が隙間なく立ち、権太の背後には火盗の侍たちが迫って来る・・・。

逃げ場を失った権太は、

「野郎!」

と叫び、若い牢人者に匕首で斬りつけてから、空高く跳んで煉塀に取りつき、そのまま塀の向こうへ落ち、・・・消え去った。

「東洲斎先生!」

火盗のすぐ後ろに立った浮多郎が呼びかけると、

「何者?」

足もとに転がる用心棒を、はじめて見るように見下ろした東洲斎は、首をひねった。

「お主が、・・・写楽か?」

火盗の頭が、東洲斎をにらみつけた。

―火消しの懸命の働きで、上州屋はかろうじて全焼を免れたが、奥の座敷で、後家のお吉が、心ノ臓をひと突きにされて殺されているのが、見つかった。

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