高身長女子のものがたり

 2-A所属の高山天音は、自分の身長に強いコンプレックスを抱いていた。彼女の身長は実に180センチを超える。特にスポーツをしているわけではないのにだ。

 その身長のせいで小、中とクラスメイトのガキ共に電柱だのビッグフットだのといった心ないあだ名を付けられ続けてきた彼女は、自身の体型に自信を持てずにいた。


「高山さん、好きです! 僕と付き合ってください!」


 しかし、ある日の放課後、そんな彼女が屋上に呼び出され、そこでクラスメイトの男子から突然、告白をされた。

 相手の男子は、2-Aの小茶内学おさないまなぶ。身長をはじめ全てのスペックが平均をやや下回る男子だった。ただし、家が金持ち。

 高山にとってそれは青天の霹靂だった。まさか電柱と呼ばれた自分が告られる日が来るなんて……。嬉しい気持ちもあったのだが、しかし予想外の事態に戸惑うばかりで、どう答えたらいいのかわからない。


「え、えっと、気持ちは嬉しいんだけど……でも、私みたいな大きい女と並んで歩いてたら、小茶内くん、笑われるよ。恥ずかしいでしょ? だから……」


 なので、つい断ってしまったのだが、それを聞くや小茶内、憤慨して言った。


「な……っ! そんなの、笑う奴の方が恥ずかしい人間なんだよ! 小さいことを気にしすぎだよ高山さん! もっと大きな人間になろうよ! 高山さんと付き合うことが恥ずかしくなんかないよ! 今からそれを証明してやるから、そこで見てて!」


 そう言うと、小茶内は駆け出し、屋上を飛び出していった。

 大きくていいという言葉は、高山の胸に響いた。そんなことを言ってくれた人は初めてかもしれないと、嬉しさを噛み締めていた。

 しかし、そこで見ていろとはどういうことだろうか、と不思議に思っていると、数分後、彼女の眼下に広がる校庭に、小茶内が白線引き機を引きずりながら現れた。

 そして、彼はおもむろにそのライン引きを用いて、校庭に巨大な文字を書き始める。


 高山さんが一番大好きって書くぞ! 全校生徒に僕の気持ちがバレても恥ずかしくないぞってところを、高山さんに見せてやるんだ!


 そう考えて書き始めた小茶内だったが――


 あれ? 粉が切れて最後の『き』が書けないぞ? まあいいか、大意は伝わるだろう。お~い高山さ~ん!

 そうして彼が書いた文字は――


『高山さんが一番大女子』


 それを見た、高山の足下の教室にいた生徒、

「なんだアレ? 高山さんが一番大女子じょし? ああ、あいつってデケーよな」

「なにあの文字? 高山っていじめられてんの?」


 そして、学校中から漏れる失笑の声。


「うわあああああああ―――ん!」


 それらを聞き、高山、思わず泣き崩れる。

 そんなことになっているとは露知らず、笑顔で屋上に向かって大きく手を振り続ける小茶内。


 ……『好』という文字のパースが狂い『女子』にしか見えない出来となってしまったことが敗因だった。

 にしても、女子と読む方も読む方である。文脈でわかるだろうに。そこはこの学校のヤツらの手並みである。


 しかし、小茶内はめげなかった! 数日後、先日の失態のリベンジを果たすべく、高山をデートに誘い出すことに成功していた。

 そして二人は今、井の頭公園の池に浮かぶボートの上にいた。まだ怒っていて仏頂面をしている高山を前に、小茶内は失地挽回に燃えていた!


「よし高山さん、今度こそ、僕がどんなに高山さんのことを思っているか表現してみせるから、しっかり見てて!」


 そして、小茶内はそう告げると、おもむろに立ち上がり、高く跳躍してボートから飛び立った。


「高山さん、好きだあああああああ―――!」


 絶叫と共に着水し、派手な水しぶきを上げる小茶内。勢いだけでなにが表現されているのか今一つ理解できなかったが、それらを耳目にした高山は思わず噴き出し、堪え切れずに笑い声を上げていた。

 水から顔を出した小茶内、その様子を見て、ひとまず彼女を笑顔にできたことにほっとしながら、ボートへと泳いで戻ろうとした。


「待って! だめ! 上がってこないで!」


 しかし、ボートのへりに手を着いたところで、小茶内、高山に慌てて乗船を阻止される。

 ポカンとする小茶内に、高山、もじもじと視線を外しながら言った。


「だって、ここのボートって、カップルで乗ると別れるってジンクスがあるでしょ。今はもう、乗れないから……」


 それを聞き、はっとして手を離す小茶内。甘美な想いが胸を駆け巡るが、しかし……


「え、じゃ、僕どうやって岸に戻るの? 結構距離あるけど……」

「頑張って泳いで」

「ええ―――――っ!?」


 死にそうになりながらなんとか岸まで泳いで倒れ込む小茶内。締まらないのであった。


 その後、小茶内は自室で恋愛ドラマを見ていた。


「ねぇ、この服とこの服、どっちの方が私に似合う?」

 服屋にて、二着の服を両手に持ったヒロインに尋ねられると、主人公――

「君が着るんじゃ、正直なにであっても目になんか入らないよ」

「えっ?」

 予想外の答えに戸惑うヒロインのアゴをクイッと持ち上げ、その目をじっと見詰めながら主人公――


「君が素敵すぎて」


 そのシーンを見た小茶内、「これだっ!」と拳を固めて立ち上がっていた。アホなのである。


 そして、二人の交際後初デートの日、小茶内は高山を服屋に連れてきていた。

 そして自分の服を選ぶフリをしながら、「このショップ、レディースもあるから高山さんも見てきたら?」とフリを出した――が、


「ん? いや、いい。この店、私が着れるサイズの服ないから」


 返ってきた答えに、小茶内は思わず凍り付いた。


 しまった――! わかんね――! 体型規格外の子、どこに地雷があるかわかんねー! それによく考えるとアゴクイも天井見さすだけだ身長差を思えば! くそ~、またポイントマイナスじゃん……。


 肩を落とす小茶内。しかし、本日の本命はこの後の花火大会であった。小茶内は切り替えてそれに臨むことにした。なんせ、高山へのメッセージ付きの花火を用意してあるのだ。家が金持ちだからこそできる芸当である。


 そして、花火会場へと向かった二人であったが、付近まで来ると同じ目的の客で道がかなり混雑していた。その中に入ると、高山、もじもじと切り出した。


「あ、あの、小茶内くん、こんなに人が多いとはぐれちゃわないかな?」


 それは手を繋ぎたいというサインだったのだが、小茶内、それに気付かず、あっけらかんと言った。


「ん? 大丈夫。高山さん頭一つ抜けてるからすぐに見付けられるよ。アハハハハハ」


 アホである。


「帰る」


 高山、一瞬にして表情を凍り付かせて転進。


「あっ! ちょっ! ごめん高山さん!」


 ナチュラルに地雷を踏んだことに気が付いた小茶内、慌てて引き止めようとするも、もう遅い。彼女の歩みは止まらない。

 それを見た小茶内家の執事のサブ、花火職人に電話を掛けた。

「もしもし、ぼっちゃんがしくじった。例の花火は中止だ。次の機会に取っておこう」

「え!? 急に言われても! もう遅いっすよ!」

 連絡を受けた花火職人がバタバタとする中、花火が打ち上がった。


「高山さんってなに?」

「高山って誰?」


 その時、花火客達のざわめきを聞き、高山、振り返った。と、目に飛び込んできたものは――


『高山さんが一番大女子』


 そう花火で描かれた文字であった。


 急な中止要請のバタバタの中で、『き』の花火の打ち上げだけが止められてしまったのである。その光景を前に凍り付く小茶内。


「あなたの気持ちがよ~くわかりました。さようなら」


 リベンジを狙ってあえて校庭の時と同じ言葉にしたことが裏目に出た小茶内に、立ち去る高山を止める気力は残されていなかった。


 そうして上手くいかなかった二人。その後、成績も頭一つ抜けていた高山は、国際的に活躍できる人材になるという目標のために、欧州への留学を決めていた。また、海外でなら自分の身長もスタンダードの範疇かもという淡い期待も秘かに込められていた。


 そして、旅立ちの飛行機が離陸した。

 離れていく日本の地を見ておこうと、高山が窓の外を見た、その時――


『高山さんが一番大好き』


 彼女の目に、花火が飛び込んできた。


 二人の遠距離恋愛の始まりであったという。

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