「姫様の休日」(12)

 「憲兵隊です。部屋を一つ借りたい」

 荒い息し、汗を流しながら冴子はホテルの受付で憲兵手帳を見せて告げた。

 「しょ、少々お待ちを」

 受付の女性従業員は冴子のただならない雰囲気と憲兵手帳に驚きならが、内線の電話をかける。

 冴子はその間に落ち着きがなく、周囲に目を配る。マルコス達が追い付いて来るかもしれないからだ。

 そんな冴子の後ろにカイラは隠れる形になる。

 「憲兵さん、お待たせしました」

 そこに現れたのはスーツを着た初老の男だった。

 「私は藤原興産広島ホテルの支配人、藤原辰実です。お部屋へご案内します」

 藤原の案内で冴子とカイラは最上階にエレベーターで向かう。


 「奴らはあのホテルに逃げ込んだ」

 レイエスはカイラを捕まえるのに失敗したと思え、悔し気に言う。

 「想定通りだ。あのホテルを運営する会社は日本軍との仕事をよくやっている。カイラの護衛はそれに安心して動かないだろう」

 マルコスはそう言うとレイエスや他の面々もマルコスの作戦通りなのだと安心する。

 「だが、のんびりは出来ないぞ。護衛は応援を呼ぶだろう。応援が来る前にカイラ殿下を迎えする」

 マルコスの言葉に誰もが頷く。

 「殿下は最上階の特別待遇の部屋に案内されているだろう。そこまで走るぞ」

 「はい!」

 マルコス達はホテルの裏口から駆けて入る。

 

 「支配人自らの案内とは恐れ入ります」

 息が整った冴子が言う。

 「いいえ、大変な事情があって来られたのは分かります。ですから支配人たる私が対処するのは当たり前ですから」

 藤原の責任感ある返事に冴子は安堵する。

 「ですが、事情は少し聞かせて下さい。荒事になりますか?」

 藤原はホテルの安全を考えて冴子に尋ねる。

 「なります。相手は銃を持っていますから」

 冴子は隠さず言う。

 「銃ですか・・・」

 少し困った様子を藤原は見せながら、携帯電話で「最上階に従業員は近づかないように。不審者へも接触しないように」と伝えた。

 「最上階に客は居ますか?」

 冴子は巻き込むのではないかと心配する。

 「お客様は居ませんので、もしも銃撃戦になっても大丈夫です」

 藤原の答えに冴子は苦笑するしかなかった。

 これは藤原の剛胆さもあるが、この時の冴子は拳銃を携帯していなかった。銃撃戦をしたくても出来ないのだ。

 (もしもの場合は身を盾にしなければ・・・)

 冴子はカイラに銃が向けられたら、自分の身体で守らねばと決める。

 そのカイラは冴子の傍にくっつくように居て、何か悩むような顔をしていた。

 藤原の前であるので、冴子はカイラに尋ねなかった。

 「着きました」

 エレベーターは最上階に着いた。

 「ここは特別な要人にお泊まり頂く為の部屋ですので、カイラ様も安心できるかと」

 藤原は広々とした部屋へ冴子とカイラを入れながら言った。

 「支配人、このお方を知っているのか?」

 冴子は身構えた。

 「私は2年前までミルダナオ王国にある我が社のホテルで副支配人をしておりました。そのホテルの料理長が王宮の宴に招かれた際に、私も王宮へ挨拶に行き、カイラ様の姿を見た事が御座いますので」

 「そう言う事でしたか」

 冴子は肩の力を抜く。

 「あの時は御挨拶が出来ず失礼をしました。改めまして、私が藤原興産広島ホテルの支配人である藤原辰実です。ご安全になるまで当ホテルで遠慮なく過ごして下さいませ」

 藤原はカイラへ頭を下げて挨拶した。

 「丁寧な挨拶に感謝します。支配人のお言葉に甘えさて頂きます」

 カイラは王女らしい言葉で返した。

 「では、お飲物を用意します」

 藤原は部屋に備え付けられたキッチンに向かった。

 「殿下、応援が来て安全になるまでここでお休み下さい」

 冴子はそう言うと携帯電話で中央憲兵隊司令部へ連絡する。

 「分かった。すぐに応援を出す。そこで待っているんだぞ」

 吉川はすぐにそう言ってくれた。これで安心だと冴子は人心地ついた時だった。

 「大尉、襲撃した者は何者なの?」

 ソファに座るカイラの姿勢は固い。

 「聞くところでは王族を管理下に置き、ミルダナオの実権を持とうとする一部の軍人のようです」

 「ミルダナオの軍人なのですか?」

 「そうです」

 自国の軍人が自分を狙っている事にさすがのカイラも困惑しているように冴子は見えた。

 「やはりと思っていました。私を狙うのはミルダナオの人間だと」

 冴子は黙って聴く。

 「私は王女としてあの者達と向かい合う必要があります」

 「殿下、それは危険です」

 カイラの決心に冴子は反対する。

 「殿下を捕まえようとしているのは暴力を厭わない者達です。逃げるべきです」

 喉が枯れていて、声が大きく発声できないが、冴子の強い口調は聞き取れる。

 「大尉、私は本当に王女になりたいの。堂々とした、民に存在を認めて貰える王女に」

 冴子はカイラが弥山で誓った事を実行しようとしているのだと分かった。

 「分かりました殿下、しかし、危険と分かれば殿下を担いででも逃げますからね」

 「ありがとう大尉」

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