第二場 巨乳ブスVS絶壁美人

 大人の男性ほどもある体が日の光を虹色に映してふわりと浮いている。神々しいまで精巧に整った顔は性別などというくびきを外れ、薄絹の衣のような肌も人のそれとは全く違う。


「ゴネリルお姉さま! お気をつけなすって!」

「言われるまでもなくてよ、リーガン。妖精さん邪魔しない方が御身のためですわよ」

 トニーを狙う方の女、ゴネリルお姉さまが砂糖菓子のような甘ったるい声で言う。


「行くぞエアリアル!」

「承知した」

 ウィリアムが左手を構えるとエアリアルも全く同じ動きで構える。二人が完全にシンクロして何かを放つ。


 空を切る音を頼りに見えないそれをゴネリルがかわすと、後ろにいたリーガンの右腕が吹き飛ぶ。

 思わずハサウェイは目を逸らしたが、吹き飛んだ体からは一滴も流血していないし、リーガンが痛がる様子は皆無だった。


「お姉さま! 避けるなら先にお言いなさい!」

「あら、ごめんあそばせ。腕を飛ばされるまで気づかないなんて、ついぞ思わないもの。リーガンたら、頭の中は淫らな想像でいっぱいなんですわね」


「どういうことだ…人ではないのか」

 ハサウェイの隣で司祭見習も半口を開けている。


「かまいたちなんて、綺麗な顔して危ない妖精さんですこと」

 ゴネリルは唇を尖らせ、屋根の上と思えないスピードで突進する。刃のように鋭く突き出される腕。エアリアルを貫くかと思われたが、すんでのところで手首を掴んでいる。


「火焔!」

 ウィリアムの声と同時に、エアリアルの体が青白い光に包まれる。いや、光ではなく炎だ。それは掴んだ手首から女の全身へと広がり、耳障りな高音の悲鳴がこだました。


 バン! と何かが弾けるような音と衝撃で、ゴネリルとエアリアルの体が離れる。

「来るぞ、ウィリアム」

 エアリアルの声はちょうど男性と女性の中間で心地よい。

「無理無理! おれのことちゃんと守ってよね」


 すると女の全身から放出された黒い液体が焔を消し、そのまま矢のようにエアリアルに向かう。

 巻き起こした風の壁でブロックすると、ベチャ、グチョと気持ち悪い音がした。


「よくも…許さなくってよ!」

「キャーッハァー! 髪まで焼け焦げていい気味だわ。それじゃ色目も使えないでしょうにねえ? ご自慢のオッパイもまる焦げかしらあ?」


 後ろからリーガンに言われると、ゴネリルのすすけた長い髪が蛇のようにぐねぐねとうねり広がる。焼け落ちた外套の下は、申し訳程度の布しかし残っていない。


「あんなの悪魔じゃないか」

 思わずハサウェイが口走るが、女の怒りはそれどころではなかった。


「お黙りぃ!! 知ってんのよ! 夫がいながら、あんたがあの方を誘惑してることくらい!」

「はあ? なんの話かしら?」


「とぼけんじゃないわよ!!」

 一瞬、ビリビリッと空気が震えた。

「あの方とあたくしは愛し合っているのよ! それを横からくすね取るような真似をして…妹として恥をお知りなさい!」


「あらあ、あの方が好きなのはお姉さまのオッパイだけよ。そうと知らないお姉さまがかわいそうだと思って、あたくしは悪い男を一生懸命引き離そうとしているだけなのにぃ」


「ざけんじゃないわよこの絶壁ブス」

「そういえばお姉さまのご主人も、顔はあたくしの方が断然綺麗だと仰ってたわぁ。オッパイが大きいだけでブス顔と全身毛深い体がごまかせるなんて、ほんとお得よねえ」


「所詮、持たざる者の遠吠えね」

「なぁんですってぇ!? お姉さまこそ夫とセックスレスだからって公然と愛人ぶるんじゃないわよ!」

 つかつか近寄ったリーガンがいきなりゴネリルの髪を掴むと、反撃とばかりに殴り合いが始まる。


「たまたま胸がデカいだけで調子に乗るんじゃなくってよ!」

「あんたは性悪すぎんのよ! どうせ欲しいものだけ手に入れたら、お父様と同じようにあの方のことも捨てるんでしょ? それを見破られてることに気づきもせず女王ぶって愛されてると勘違いしてるんだから、ほんとおめでたい人」


「お父様を厄介者呼ばわりして家来を減らせと言い出したのはお姉さまが先でしょ!? ダンナさまから虎女とか悪魔呼ばわりで忌み嫌われて当然だわ。怖い怖い」

 連続ビンタに蹴りの引っ掻きの、それは激しい戦いだった。


「…どうするのだ」

 口を開いたのは妖精だ。

「おれはあそこに飛び込んでく勇気ないけど。中距離攻撃やってみ?」


 肩をすくめたウィリアムに言われると、エアリアルの周りに拳大の青白い焔が無数に現れる。真っ直ぐに二人へ向かっていくが、直前で弾けて消えた。


「二人ともそこまでにしとき」

 いつどこから現れたのか、屋根の上にはもう一人の女。不吉な夕空のようなピンク色の髪に、服と言えるのか目のやり場に困るような出で立ちだ。

 二人の動きがぴたりと止まる。


「タモラ様…」

「あの方には困ったものやね。けど、あんさんら二人して意地張っとるけどな、自分で招いた艱難かんなんこそええ教師になるんよ」

 にっこり笑って女が腕をかざすと、リーガンとゴネリルの顔色が変わる。


「おやめになって! タモラ様! やめ…」

 二人の姿が煙のようにかき消え、黒いつぶてがタモラと呼ばれた女の手にはらはらと降る。


「ほな、宝珠オーブ返してもらおか」

 その手をフッと吹くと、礫が銃弾のようにトニーの体を貫く。


「がっ…あああああぁっ!!」

 激痛にトニーがのたうち、屋根から落ちそうになる。

「駄目っ! トニーしっかり!」

 ライラが必死で抱きかかえる。


「エアリアル!」

 ウィリアムの声と同時に無数の青白い焔の連続攻撃。直後、エアリアル本体が詰め寄る。焔を弾き、タモラが攻撃を阻止したように見えた。


「…あらん、野蛮」

 女の体のど真ん中には大きな穴が開き、エアリアルの焔の拳が突き抜けている。しかし腕を飛ばされたリーガン同様に一滴の血も流さず、痛みも存在しないようだった。


「やっぱり、宝珠が揃わんと完璧やあらへんな」

 しかしエアリアルの体にもタモラの拳が突き刺さっている。苦しそうに顔を歪めるエアリアル。


 一方、体に空洞が開いているというのに、タモラは色っぽく腰を揺らしながら背を向ける。

「また来るから忘れんといてな」

 と、キスを投げた先はトニーだった。タモラは煙のように消えていく。


 ハサウェイは動けなかった。

「一体何が起こっているんだ…」

 認識できるのは、今更鐘を鳴らしたようにガンガン痛む腕と、部下たちの無残な姿だけだった。




※エアリアル 『テンペスト』に登場する空気の妖精。

※ゴネリル、リーガン 『リア王』に登場。ゴネリルはリア王の長女、リーガンは二女。

※タモラ 『タイタス・アンドロニカス』に登場。ちなみにシャイロックが関西弁を喋る『ヴェニスの商人』が実在する。


※『リア王』

四大悲劇の一つ。古代ブリテン王国のリア王は娘たちに領土を分配しようと、今後自分に対し尽くす孝養を述べさせる。娘3人が「お父様はあたくしと暮らすのよ」「いいえわたくしですわ、うふふ」と大好きな父を奪い合ってくれると疑わないリア王。長女ゴネリルと二女リーガンはそつなく答えるが、お世辞を言えない不器用な正直者の三女コーディリアに幻滅し、フランス王の嫁に追い出してしまう。

しかし領土をもらったとたんに手のひらを返したように冷たくなる長女と二女。怒りに精神狂乱となったリア王は荒野を彷徨う。父への虐待を知ったコーディリアはフランス軍と共に故国へ戻るが…というのが本筋。


副筋ではリア王の侍従グロスター伯の庶子エドマンドが、父親と嫡子で兄のエドガーを嵌め、更にゴネリル、リーガン両方を手玉に取り、領土と財産を手に入れようと企む。ここにエドマンドを求めて仁義なき姉妹バトルが勃発。

自分の子に愛情比べをさせるというダメ親の末路。人生多くのことはやり直しがきくと思うが、子育てにはやり直しはきかないのである。


※「意地っ張りにはね、自分で招いた艱難こそ良い教師になるのよ」 第二幕第四場 リーガン

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る