第14話アン視点

「それはいけません」

 

 私が諫言する前に、エル様が優しく、でもキッパリと言われました。


「騎士は他人の家に忍び込んだりはしません。

 そんな事をしては、クリスさんの家臣が迷惑します。

 勇気があり、賢く思いやりのある者なら、自分の力で屋敷を抜け出し、明日の夕方に、あの橋まで出てくるものです」


 ああ、なんて素敵な方でしょう。

 御嬢様や自分の事だけではなく、家中の者の事まで考えておられる。

 でも、御嬢様が自分で屋敷を抜けだされても家中の者は迷惑するのですが……

 やはり生まれが違うのですね、感覚が少々違います。


「ごめんなさい、エル。

 わたくし、考え違いをして恥ずかしい事を口にしてしまいました。

 明日は勇気と知恵を出して、夕方に屋敷を抜けだしあの橋に行きます。

 待っていてくださいね」


 屋敷を抜けださせてさしあげたいですが、わたしがお手伝いさせて頂いても、できるかどうか……


「偉いですよ、クリスさん」


 エル様がゆっくりと机を回って、御嬢様が胸に抱きしめていない方の手で、優しく御嬢様の方を抱かれました。

 御嬢様がエル様の胸に顔をうずめられました。

 本当に幸せそうにうっとりとされておられます。

 胸が締め付けられるように痛みます。


「クリスさん。

 明日の事は明日頑張りましょう。

 それよりも今は、楽しみにされていた買い物をしましょう」


「そうでしたね。

 買い物がしたくて屋敷をでたのでしたね。

 でも、今はこうしていたいのです」


 そのお気持ちはよく分かります。

 見ているわたしまで、嬉しく哀しくなってしまうくらいです。


「まだ疲れがとれませんか?」


「いいえ、疲れはとれました。

 そうではなく、わたくし、夢を見ているようで、胸が切なくて。

 ずっとこうしていたくなりました」


 御嬢様の声が甘く蕩けるように変わっておられます。

 陰から覗いている茶屋娘が切なそうにため息をついているのが見えます。

 わたしも同じようなため息をついていたんでしょうね。

 でも、女なら仕方がないと思います。

 こんな出会いなんて、物語でしか聞いたことがないのですから。


 もうこれ以上御嬢様とエル様の姿を見ていられません。

 しかたなく外の景色に目をやります。

 うららかな春の日差しが、川面を光り輝かせます。

 美しく藍色に輝く川面の鮮やかさが、逆に涙を誘います。

 全く意識しなう内に恋をして、その日の内に失恋してしまいました。

 番いの川鳥が仲良く呼び合い、もつれあうように川面の上を飛びます。

 まるで御嬢様とエル様のようです。

 流れ落ちそうになる涙を必死でこらえるしかありません。

 



 

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