メモリアル昔馴染み


 なんでいきなりこんな大イベント発生してんだよ。

 ヴァルト平野のあとにふたつくらい中ボス戦あっただろ、と思ってよく考えたら、そこを担当してたのが故はりきりマッチョと故よくない眼鏡だった。順当な繰り上がりだった。


「…………」


 処刑当日。


 城下にある広場のど真ん中で、それこそ景品のように丸太に縛りつけられたヒロインを、近くにある建物の屋上から見下ろす。

 広場の周りでは皇帝の命によって帝国軍に集められた市民達が、王女様、王女様、と悲痛な声を上げていた。


 ヒロインは市民を安心させるように小さく笑って、諦めなど微塵も感じさせない強い瞳で前を見据えている。


 そんな姿をぼんやり眺めていると、隣に誰かの気配が並んだ。


「なになに、グールくんってああいう子が好みなわけ?」


 明らかに面白がっている声に眉根を寄せて、じとりとそちらを睨む。


「何で居るんだよ情報屋」


「もー、また情報屋っていう」


「スラムの女帝って呼んだほうがよかったか?」


「今はレサトって名乗ってるの教えたじゃん! グールくんて昔から人の名前覚えてるくせにあんま呼ばないよね! 何なのそれ、ポリシーなの?」


 人目を釘付けにする抜群のスタイルを大きめのローブの下に隠してぐいぐい身を寄せてくるのは、北のスラム街を根城にしているはずの女帝、いや情報屋である。


「で、好み?」


 話題を蒸し返されて、溜息をつきながら広場のほうへ視線を戻した。


「……そういうわけじゃない」


 ぽつりと返した言葉が、思った以上に苦い響きを帯びてしまった事をごまかすように、「それでお前は何でいんだよ」と今度はこちらが話を蒸し返す。


 情報屋は少しの間、黙って俺を見つめていたが、すぐにからかうような笑顔を浮かべて言った。


「何でとはご挨拶だな~。グールくんの頼みを聞いてあげた結果なのに」


「あ?」


「ソルって子と会ったら協力してやれって言ってたじゃん?」


「ああ……」


 協力しろとまでは言わなかった気がするが、近いことは言っただろうか。


「お姫ちゃんがグールくんの帰りが遅いって心配してたから様子見に行こうと思ったら、途中の街でたまたまソルくんと会ってさぁ、厳重警戒の王都に入りたいっていうからちょちょっと手を貸して帝国軍にまぎれさせてあげて……」


「待て! ちょっと待て! 初耳の情報が色々あったぞ!?」


 一瞬で脳が混乱したから順番に処理させて欲しい。


 ただでさえヴァルト平野からのヒロイン誘拐とかいう未知の流れでいっぱいいっぱいなのに、こんなところでサラッと色々ぶち込んでくるんじゃない。言っておくが俺は前世も今世も大して賢くないんだぞふざけんなよ泣くぞ。


「まず、何だって? 姫? どこの?」


「もちろん姫ったら帝国の姫でしょ」


「お前らいつの間に知り合ってんだよ。聞いてねぇぞ」


「言ってないもん。知り合ったのは城下の食堂で働いてたお姫ちゃんにあたしから声をかけて~」


「衝撃の新情報が次から次へと出てくるんですけど」


 思わず敬語になるほどに。

 あの姫様、城下で働いてるの?なんで?いつから?と疑問のままに問いかけると、「だいぶ前からみたい。気になるなら本人に聞いてみなよ」と軽く流された。


「ちなみにグラフさんの給仕姿が女子になかなか人気で」


 あいつもグルか。そりゃそうだよな、護衛騎士だもんな、姫と一緒にいるよな。

 もしかして姫が趣味と言っていた「散歩」ってつまりそういうことだったのだろうか、とようやく理解が及んできたところで、一度思考を打ち切った。


 もういい。このへんに関しては無事帰れてから考えることにする。


「で、次がなんだって……? ソルがどうしたって?」


「王都に入るお手伝いをしてあげた! ほら見て見て、あそこにいるよソルくん」


 何だかもう「命令」もされてないのに頭が痛くて仕方がないが、示された地点をおそるおそる見てみると、そこには広場を囲むように整列している帝国軍がいた。


 王都陥落後、その管理はマッドサイエンティスト率いる第八軍と、拷問大好きおば……おねえさん率いる第十軍が任されている。

 よってあそこにいる帝国軍人は、全員どちらかの部下ということになるわけだが。


 その一角、軍帽を目深に被った兵がひとり、ふと顔を上げてこちらを見た。


 ソルだった。


「大胆すぎやしませんかソルさん……」


 また思わず敬語になる。

 己の命ひとつ拾うのにもビビッて悪戦苦闘している俺には真似できない剛胆さである。さすが主人公。


 しかも向こうも俺に気づいたらしく、バレちゃった、って感じではにかんでるが、お前、俺、敵だからな。

 一身上の都合によりラスボス戦までヒロインとともに生き残ってもらわなきゃ困るから手を貸すときもあるけど、味方じゃないからな。分かってるか。


 俺への対応が素直すぎて逆に心配になってくるし、良心の呵責もやばいので早く帰りたい。団長室に引きこもりたい。


「……もう後はソルに任せて帰っていいんじゃねぇの、俺」


「だめだめ。グールくんも立場ってものがあるでしょ」


 情報屋がちらりと向けた視線の先では、皇帝のためにわざわざ設置されたらしい見物台で、豪奢な椅子に腰を下ろしたあいつが楽しそうに広場を眺めていた。


「立場なぁ。別に平気じゃねぇ?」


 今はソル達で遊ぶのに熱中しているようだし、ここで俺がばっくれたからといって不敬だ不作法だと機嫌を損ねるとも思えないが。


「もう、注意一秒即爆破!だよ。命握られてるんだから気をつけてよね」


「イヤな標語作るなよ。つかお前何で爆破のことまで知ってんだ」


 首輪の機能についてはほとんど人に話していない。

 命令に逆らえないことくらいは見れば分かるだろうが、爆破スイッチや、皇帝が死んだら俺も死ぬ、というような命連動システムについては、あの皇帝が言いふらしてない限りは姫やグラフも知らないはずだった。


「知ってるに決まってるでしょ。誰を助けに来てそうなったと思ってんの」


「ああ、なるほど……いや逃げろっつったろあのとき。なんで話聞いてんだよ」


「腰が抜けちゃって物陰から動けなかったんですぅー。好きで逃げ遅れたんじゃありませんー」


 唇を尖らせてぶーぶーと文句を言った後、情報屋はふと静かになって俯いた。


「だからさぁ、ほんと、悪かったなって思ってるんだよ。あたしのせいでグールくん何年もあの皇帝にこき使われて、ずっと自由に生きられなくて」


 とつとつと語る横顔を見ながら、そういえば昔はわりと大人しくて気弱なやつだったな、と場違いなことを思い出す。


「その首輪も何とかしてあげたいけど遺物って謎だらけで、うかつに手を出せないんだよね。かといってあの皇帝から解除法を聞き出せるとも思えないし……あたしに出来るのは、グールくんのお願いを聞いてあげることくらいだよ」


 それこそ好きで浚われたわけじゃあるまいし、それ以降はすべてクソ皇帝の犯行なのだから気にする事も無いだろうに、と言ったところで納得するタイプでもないか。


 こいつはソルと偶然会ったと言っていたが、本当は偶然なんかじゃなく、もしかするとずっとソルの動向を調べていたのかもしれない。


 ひとつ息を吐いた。


「じゃあせいぜい協力してくれよ。頼んだぞ、レサト」


 子供の頃していたように頭をぐしゃぐしゃと撫でてやれば、情報屋……レサトは髪をぼさぼさにしたまま、ぽかんと俺を見上げる。


「………まっかせて!」


 そして少しだけ泣き出しそうな、けれど満面の笑みを浮かべた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る