騎士の時給っていくらですか?


 俺とジュバによる献身的な看病の甲斐あって、数ヶ月もするとあのゾンビ騎士はだいぶ動けるようになっていた。

 まぁ体力ゲージが赤から黄色になったぐらいのもので、まだまだ本調子では無さそうだが。


「包帯きついし大体巻きすぎなんですよ。これじゃミイラじゃないですか」


「あぁ? お前ゾンビだし似たようなもんだろ」


「そういう話じゃないんですけど」


 でも途中から声を出せるようになると、治療の仕方にアレコレ文句をつけてくるようになった。敵国で敵に手当てされている状況なのに図太いやつである。

 ちなみにジュバはこいつがある程度動けるようになった段階で、団長が拾ったんだからあとは団長が面倒みろよ、などとぬかしてあまり手伝わなくなった。犬猫か。お前も似たようなこと言われてたんだぞ。


「おいゾンビ騎士」


「……いい加減その呼び方やめませんか。というかこの数ヶ月間、一度も名前聞かれてないし、いっさい名乗られてもないんですけど。おかしくないですか。普通そこからですよね」


「呼び名くらい何でもいいじゃねぇか。めんどくせぇ奴だな」


「一般的な礼儀です」


「わぁかったよ、俺はグールだ。そう呼ばれてる」


「そうですか。自分はグラフィアスといいます」


「……………………は?」


「グラフィアスです」


 その瞬間に俺は――――自分がまた盛大にやらかしてしまっていた事を、知った。


 護衛騎士グラフィアス。

 元は王国騎士だったが死にかけていたところを帝国の姫に救われ、その恩に報いるため、彼女に忠誠を誓った裏切りの騎士だ。


 ゲームの本筋には登場しないが、ラスダンである帝国城で正規ルートをそれて『姫の私室』に入ろうとすると現れて戦闘をしかけてくる、いわゆるサブイベントボスである。

 なおここで勝利すると中にいる姫から皇帝の過去だの帝国の闇だのをざっくりと聞くことが出来るわけ、だが、今そんな話はどうでもいい。


「まじごめん」


「何ですかいきなり」


 お前と姫の出会いフラグ潰したわ。コレほんとやらかしたごめん。


 ゲームでも詳細は語られていなかった気がするからよく分からないが、多分俺があのとき第十軍団長室に行かなければ、何かが巡り巡って姫に拾われる流れになっていたのだろう。


 ソルの件と違ってサブイベだから、爆死を逃れるという俺の目的に影響してくるタイプのやらかしではない、ではないが……一国の姫様と知り合えるはずだったフラグが悪人面の男にチェンジしてるってどんな地獄だ。


「でもさすがにしょうがねぇだろ許せよ」


「はぁ、別にいいですよ。何の話だかまったく分からないですけど」


 大ファンだったわけでもないゲームの一回しか戦ってない敵とかそんな覚えてるわけない。むしろ今名前聞いて思い出せたことが奇跡だろ。


「あとお前なんで俺に敬語なの」


「何となくです」


 しかし開き直っておいて何だが、そこで俺はふと考えた。

 別に今からでも遅くないんじゃないか、と。


「なぁゾン、」


「グラフィアスです」


「……グラフ。お前さ、給料出すからちょっと働いてみねぇ?」


「は?」


 試用期間あり、腕の立つ人歓迎、やりがいのある素敵な職場です。





「あり得ない」


 基本死んだ目で無表情の騎士が、今このときばかりは分かりやすく顔を歪めていた。


「クッキーはお嫌いでしたか?」


「あぁ? わがまま言うなよ」


「違う、そうじゃない……そうじゃありません。この状況があり得ないと言ってるんです」


 姫の部屋で行われる恒例のお茶会に引っ張り込まれたグラフは、現状を飲み込めない様子で、しかし一応クッキーに手をつけつつ話を続けた。


「もうどこから突っ込めばいいか分からないほど、何から何までおかしいんですが」


 それは王国の人間であるグラフを帝国の姫と引き合わせてる事か、あまつさえ姫とお茶会してる事か、机に並んだクッキーが姫のお手製で、しかもその腕前が最近ぐんぐん上達してる事とかか。


「その護衛騎士を自分に頼むというのが一番おかしい! あんたは頭がおかしい!!」


 混乱の境地に達したらしいグラフが半ギレで怒鳴った。お前こそよくこの状況でそこまではっきり言えるな。


「いいだろ別に、どうせ暇してんだから」


「暇とかではなく……!

 帝国の姫! あなただって敵国の者など傍に置きたくないでしょう!」


「わたくしは構いませんよ」


 至って自然に返された言葉に、グラフが目を見開いて固まった。


「なぜ……」


「グール様が、あなたなら任せられると判断したのでしょう。ならばわたくしはそれを信じます。たとえそれで命を奪われる結果になろうとも、後悔はありません」


 自分で決めたことですから、と普段のふわふわとした雰囲気とは違う、凛とした声で語る姫を、グラフは言葉を失って見つめている。

 俺としてはそこまで信用されても困るというか複雑なのだが、まぁ、グラフの件に関しては問題ないと言えるだろう。


「……じゃああんたは、どうしてそこまで自分を信用するんですか」


「うるせぇなぁ。何となくだよ」


「何ですかそれ……」


 グラフが脱力したようにぐったりと肩を落とした。


 だいたい自分では何だかんだ言ってても、この男の性根はやっぱり騎士なのだ。ゲーム中で見せた姫への忠誠心の高さがそれを物語っている。

 なら下手な帝国軍人よりよっぽど信頼できるだろう。あと出会いフラグ折ってほんとごめんっていう。


「…………。自分、まだ完治してないんですけど」


「姫狙いで来る雑魚くらい、それでも余裕で倒せるだろ。お前強いんだし」


 最終的にグラフがどんな決断をするかはしらないが、少なくともこれで姫との出会いは果たしたわけだ。

 ああ、俺はやれるだけのことをやった。後はもう知らん。


「戦ってるとこ見てもないのによく言えますね」


「だってお前……あの怪我で死ななかったゾンビが、弱いわけねぇだろ」


 サブイベボスが弱いわけあるか、とは言えなかった。

 するとグラフは深々と溜息をついてから、どことなく据わった目でひとつ頷いた。


「分かりました、ええ分かりましたとも。どうせ自分は捕虜ですから、言われたとおりにやってやりますよ」


「おお頼んだ。頑張れよ」


「……給料はしっかり貰いますからね」


 “どうせ捕虜”じゃねぇのかよ。

 まあいいけど。出すって言ったの俺だし。


「グラフィアス様、これからよろしくお願い致します」


 一件落着とばかりに微笑んで新たな焼き菓子を追加していく姫を見て、この人ほんとたくましいなと思った。あと毎回思うけど菓子作りすぎじゃねぇかな。いやうまいんだけどさ。



 かくして姫は信頼できる護衛騎士(試用期間中)をゲットして、俺の団長室に入り浸る人間はふたりに増えた。邪魔くせぇ。

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