第04話:町と冒険者

 隣村を出発した僕とルーミィは街道に向けて、少し踏み固められた道を進んでいく。

 交流が少ないとはいえ、森で取れたものや作られたものを街に運び、そこで得た貨幣を使って、その土地では手に入らないものを交換して帰る。そうすることで村も便利になり栄えるので、隣村のエルフ達は、しばしば町に行商に行っているようだ。森の中心部に位置し、精霊樹様を祀っている僕達の村は、掟により森の外との接触が禁止されていたので外に出る事はなかったけど。


 僕たちの村は精霊樹を祀って祭事を執り行うのが使命の村だったので、あまり外部との交流が多くない。しかし、この森に住む全てのエルフが、祭事を行う時には、僕たちの村に集まってくる。その時の土産物として、外の物品が流れてくることも珍しくない。


 祭事とは、森の恵みを感謝する精樹祭や、年の終わりと初めを祝う跨年祭こねんさいなどの定例行事の他に、子供が産まれてから約2ヶ月後に参拝する冠授かんじゅ参り、精霊の声が聞こえると執り行われる認盟の儀、共に歩き生活することを誓い合う誓婚せいこんの儀、亡くなった人を送る葬還そうかん式など、冠婚葬祭の事を指す。


 そしてこの森に住むエルフ達は、森の氏族ドルイドと呼ばれていて、森の外にいるエルフとは区別されている。


「あの村の問題も解決できたし、熊さんも助けられたし、本当に良かったね」

 少し先を歩いていたルーミィが、手を腰の後ろで組んで、やや前かがみになりながら、こっちを振り向き、その拍子に白金の髪をフワッとなびかせて、キラキラと森の木漏れ日を反射させながら、屈託のない笑顔で笑いかけてくる。

 とても綺麗で可愛い笑顔で、僕の顔からも笑顔が溢れる。


「そうだね。あのままエルフの狩人と出会わずに過ごせればいいんだけど。まぁ獣の割に頭が良さそうなので大丈夫だと思うけど」

「うん。あの熊さんは森の加護を受けているから、滅多なことがなければ大丈夫って光巫女メイデンも言ってたよ」

 ルーミィが事も無げにそんな話を振ってくる。そういえば、巨大蜘蛛ヒュージスパイダーを倒した後も、そんな事を言っていた気がする。


「そういえば、光巫女メイデンが熊は襲ってこないとか、滅多なことがなければ大丈夫と言っていたとか?」

「うん。光巫女メイデンは色々な事を教えてくれるよ。ルーミィではわからない事もいっぱい知っているんだ」

 僕が不思議そうに尋ねると、ルーミィが嬉しそうに答えてくれる。


光巫女メイデンは精霊の上位の存在の聖霊だから、他の精霊の動きや声や想いもいっぱいわかるから、精霊の加護を受けている動物さんの気持ちとか、大体の事がわかるんだ」

「やはり聖霊は、相当な規格外じゃないか。そんな聖霊に護られているルーミィは凄いなぁ」

「でもやっぱり村にいるより外に出てよかったぁ。精霊さんの声も綺麗だし。村の精霊さんは少し元気がなかったから。それに、村のみんながミスティおにーちゃんのこと悪く言うものだから、それが精霊を通じて聞こえてきてたのが、ほんっとうに嫌だったの!」

 僕は知らなかったけど、ルーミィの守護聖霊の光巫女メイデンは相当に凄い聖霊らしい。話を聞くと村内部の事をほぼ把握しているようだ。姿が見えないけど、いつも一緒にいる精霊の声が筒抜けだったら、個人での隠し事も全てバレてしまう。

 精霊は人間の営みにあまり興味がないから、全部が全部筒抜けってわけではなさそうだけど。


「じゃぁ、いつも僕が村に帰ると待っていられたのは、精霊たちに教えてもらっていたの?」

「うん光巫女メイデンがいつも、そろそろミスティおにーちゃんが帰ってくるよーって教えてくれてたの」

「そっかー。どうりでいつも時間ぴったりだった訳だね」

 そんな事を話していると、鬱蒼と茂る木々が少なくなってくる。それに伴い前方からの光の量も多くなってくる。


「わぁーっ!」

 少し前を歩いていたルーミィが感嘆の声を上げる。僕も遅れて木々を抜けると、目の前には緑色の草原と、薄茶色の細く伸びる道、そしてその道の先に見える城壁に包まれた町が目に飛び込んでくる。そしてその草原を吹き抜ける風がとても気持ちいい。


 ルーミィが風でなびく白金の髪と外套コートを押さえながら、身体いっぱいに風を受けている。


「ミスティおにーちゃん!風が気持ちいいね!」

「うん。ちょっと強すぎる気がしないでもないけど、森の中を吹き抜ける風より爽やかな気がする」

 森の中の風より、この草原を吹き抜ける風の方が自由な気がする。森だと色々なものが生い茂っているから、自由に吹き抜けられないから。


 草原の中を抜けて左右に伸びる、薄茶色の道に出る。馬車や人が多く通ったことを想像させるように、凸凹していて草も生えていない。

 道の広さは人が10人くらい並んで歩けるような広さがあって、馬車が普通にすれ違うことができそうだ。

 この道の先にある町がリーフィンドという。この大陸の南部に位置する町で、更に南西にある港町ブルボートスから海輸された品物を運ぶ陸路の一拠点に当たる。

 とはいえ中央にある聖都ユグドラシルからは遠く離れているので、それほど栄えてはいないらしい。


 町が近いこともあって、結構な数の人達が道を歩いている。その種族も結構バラバラだ。

 僕達エルフや、背が低めでがっしりしているドワーフを始め、数々の獣人達も往来している。セガエルフの半分しかない犬の獣人である犬児えのこ族、大きな耳が特徴のウサギの獣人である月兎げっと族や、戦士として傭兵で活躍する蜥蜴の獣人である竜鱗りゅうりん族などの姿も見える。


「うわー!色々な人達がいるね!」

「うんうん。僕も初めて見るかも」

 エルフの閉じられた村にしかいなかった僕達に、その光景はとても新鮮だった。特に愛らしい容姿をしているルーミィは、より人目を引いていた。


 僕達はそんな新鮮な気持ちになりながら町を目指して歩いていく。ルーミィのペースに合わせて歩いているので、ゆっくりにはなっているけど、日が暮れる前までには町に入れるだろう。


 日が天頂から傾きかけてしばらく経ったくらいに、僕達は町の入口についた。


「ようこそ、葉と風の町リーフィンドへ。通行証を見せてもらえますか?また通行税が一人に付き銅貨5枚必要です。通行証や貨幣をお持ちでない場合は、隣の詰め所でご相談ください」

 門に立っていたエルフの衛兵さんが親切な対応をしてくれる。僕は聖殿長様から頂いた通行証を見せて、村長さんからもらった革袋から茶色に光る貨幣を10枚取り出して渡す。


「2人分です。この町に入るのは始めてで何も知らないんですけど、何か決まりとか宿とか、どこで聞けばいいですか?」

 親切な衛兵さんだったので訊ねてみる。


「なるほど、その身なりですと……商人か、傭兵か、術士か、冒険者ですね」

 僕の荷物、刀、ルーミィの格好を見て、そう言いながら顎に手を当てる。


「商人なら商人ギルド、術士なら魔術士ギルドですね。この町には傭兵ギルドはないので、傭兵や冒険者、それに魔術士ギルドに属さない術士は、みんな冒険者ギルドに登録する事が多いです。荒くれ者も多いですが、この町のルールや近隣の村や町、狩場などの貴重な情報を色々なことを教えてくれるので有用ですよ。それに冒険者ギルドに登録してギルドカードを発行してもらえば通行証の代わりになりますし」

 衛兵さんが詳しく教えてくれる。ルーミィが通行証を持っていない事もあるので、冒険者ギルドに行ってみようと思う。荒くれ者が多いというのが気になるけど。


「ありがとうございます。では冒険者ギルドに行ってみようと思います」

「そうですか。冒険者ギルドは中央通りを真っすぐ歩いていくと、町の中央に噴水広場がありますので、その広場に隣接した4階建ての大きめの建物になりますので、すぐに分かるでしょう」

「色々丁寧にありがとうございました」

 親切な衛兵さんに、ルーミィと一緒に頭を下げてお礼をすると、僕達は町に入る。


 城壁に囲まれた町に入ると、その建物の多さに圧倒される。僕達の村の比ではない建物の数で、大きな道に沿うように隙間なくびっしりと建てられている。

 しかも全てが2階建て以上なので、非常に圧迫感がある。草原を疾走るように翔けていた風も、この中では不自由そうに吹いている。


「すっごいね。ミスティおにーちゃん」

 ほわわーと高い建物を見ながらルーミィが呟く。


「う、うん。そうだね。町って凄いな」

 僕も圧倒されながら答える。


「おい、お上りさん。ぼーっと突っ立てると邪魔だぜ?」

 僕とルーミィが町に圧倒されていると、後ろからドスの効いた低い声が響く。


 慌てて振り向くと、僕に匹敵する身長にしっかりとした硬い革の鎧を着込んだ、狼顔の男が腕を組んで、仁王立ちしていた。

 毛は青灰色で、その眼の眼光はとても鋭い。そして頬には十字の切り傷が走っている。見るからに熟達の戦士という風貌だ。


「あっ、すいません。」

 僕はルーミィの手を引いて、恐る恐る道を開ける。とても強そうな狼牙ろうが族の戦士で、怒らせると大変なことになりそうだ。


「あーっ、ウルグ!やっぱり怖がってるじゃない!可哀相!!あなたは顔が怖すぎるから気をつけなさいって言ってるでしょ!」

 青灰色の毛を持つ狼牙ろうが族の戦士の影から、人懐っこい表情をした茜色の毛を持つ狼牙ろうが族の女性がこちらを覗き見る。

 青灰色の毛を持つ狼牙ろうが族の戦士がバツの悪そうな顔をして、十字傷のしたをポリポリと掻く。


「怖がらせてごめんねー、って何この子?!すっごい可愛いんですけど!!」

 狼牙ろうが族の女性がルーミィを見て嬌声を上げる。


「え、えっと……」

 僕は狼狽えていて、ルーミィは怖がっているのか、僕の服の裾をギュッと掴んで、僕の後ろに隠れてしまっている。


「すみません。僕達この町は初めてで……」

「えー?そうなの?だから入り口でボーッとしちゃってたのね。わかったわ。怖がらせたお詫びにおねぇさんが案内しちゃう」

 狼牙ろうが族の女性がクリクリした眼をウィンクさせながら提案してくる。


 初めての人だし、騙されでもしたらルーミィの身に危険が迫るので、僕は断ろうとするんだけど、狼牙ろうが族の女性が目を輝かせていて、妙に断りづらい。


「えっと、じゃぁ冒険者ギルドに行きたいんですけど」

 さっき衛兵さんに冒険者ギルドの大まかな場所は聞いたので、もし僕達を害するなら、関係のないところに連れて行こうとするからわかるはずだと思い、そう切り出す。


「何?何?冒険者ギルドに行くの?もしかして冒険者登録するのかしら?だったら丁度いいわ、私達もクエストの報告しに冒険者ギルドに行く予定だったから。あぁご挨拶が遅れてごめんなさいね。私は≪暴風の狼師団ゲイル・オブ・ウルブズ≫というパーティのウルティナ、こっちの強面がウルグよ」

 そう言って、ウルティナと名乗った茜色の毛を持つ狼牙ろうが族の女性が、ギルドカードを差し出してくる。


 確かにギルドカードには≪暴風の狼師団ゲイル・オブ・ウルブズ≫というパーティ名と、ウルティナという名前が刻まれていた。


「ウルティナさんに、ウルグさん。よろしくおねがいします」

 僕はそのギルドカードを見て安心すると、ペコリと頭を下げる。僕の裾を握っていたルーミィも同じように頭を下げる。


「あらあた、礼儀正しいエルフの少年少女ね。おねぇさん、とっても力になりたくなっちゃう」

 ウルティナさんはそう言ってにっこり微笑むと、僕達を促して中央通りを歩き始める。


「えーっと、君たちの名前を聞いても構わないかしら?」

「あ、すみません。名乗りもせずに」

「いいわよ。初めての町ですもの、警戒するのは当たり前よ」

「えっと、僕はミスティ、この子はルーミィって言います」

「ミスティとルーミィね。わかったわ。改めてよろしくね」

 ウルティナさんはそう言うと、目を細めて優しそうに笑う。


「あれが冒険者ギルドよ。中にはウルグのように人相の悪い人たちもいるけど、根はいい人たちばかりだから、びっくりしないでいてあげてね」

「お、俺。そんなに怖いか?」

「怖いに決まってるでしょ!目つきは悪いし!十字傷は威圧的だし!!」

 噴水がある広場に着くと、4階建ての建物を指差しながらウルティナさんが説明してくれる。ウルグさんはウルティナさんの厳しい言葉を受けてシュンとしてしまう。

 さみしげに振られている尻尾に哀愁を感じる。


 そうして僕達はウルティナさんに連れられて、冒険者ギルドの門をくぐるのだった。

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