第02話:謀略、そして

 村を荒らす獣を討伐し、僕の周りもしばらく平穏な日々が続いていた。僕は相変わらず森に入って、野草やキノコなどの食材を採ってきたりしながら、日課である訓練を続けている。


 精霊に嫌われている僕は、腫物を触るかの如く、村では何の役割も与えられず、ただ無為に時間を過ごしている。だから村に何かがあった時は率先して動くようにはしている。この間のクズリ退治のように。


 そしてルーミィも毎日のように、僕の荒ら屋に来ていて、森から帰ってくる度に僕の様子に変わりがないかを見に来る。ルーミィは村にとって大事な<精霊樹を感じ取る者フィーラー>である精霊術士になると思うので、忙しくて僕の所には来る時間なんてないはずなのに、暇を見つけては、僕の様子を見に来てくれる。


 ルーミィと一部の村人を除くと、僕と会話をしてくれる人はいないから、コミュニケーションが取れて助かってはいるんだけど、僕の所に来る事でルーミィの将来に影を落とすことになるのなら、やめてもらいたいと思っている。

 何度もそういう話をしているんだけど、ルーミィは聞く耳を持つ気はないようで、相変わらずほぼ毎日顔を出してくれている。


 そんな様子を窺うように、数日前から僕の荒ら屋の近くをうろつく人の気配を僕は捉えていて、ルーミィに害をなさないか警戒をしている所だ。


 そうして警戒しつつも穏やかな時間が1ヶ月ほど流れたある日の事だった。森での採取を終え、いつも通りの時間に僕は荒ら屋に帰ってきたのだが、いつも出迎えてくれるはずのルーミィの姿がない。


 珍しい事もあると思いながら、荒ら屋の中に入ると中が散々に荒らされていた。もともと大したものは置いていないし、一番大事な刀は腰に帯びていたので、荒らされた所で大した被害はないんだが、違和感のある大きな八手ヤツデの葉だけが残されていた。


 八手ヤツデの葉には、塗料でこう書かれていた。


<ルーミィを助けたければ聖殿に来い>


 僕は荒ら屋を飛び出して、地面をよく調べる。すると確かにルーミィのものとみられる足跡と、もっと大きな複数の足跡が残されているのが確認できた。更に争ったように、地面を擦ったような形跡も見つける。


 僕は、採取から帰ってきた姿のまま、八手の葉を握りつぶし、聖殿に向けて走り出す。


 聖殿は樹齢1000年を超す大樹である村の象徴トーテムでものある精霊樹の麓にある神殿で、ルーミィが謹慎の際に修行していた神聖な場所である。

 聖殿を管理する者や、<精霊樹を感じ取る者フィーラー>になるべく精霊術士としての訓練を積む者、もしくは聖殿長や長老が許可した人物でないと入れない場所で、そこに無断で入った場合は厳しい罰則を与えるという掟がある。


 どう考えても罠でしか無いのがわかっているが、ルーミィが捕らえられているとしたら、僕は行かない訳にはいかない。


 人目を避けるように、大きく村の外側を迂回しながら聖殿を目指す。丁度男衆は狩りに、女衆は採取に言っている時間だったため、人の数は疎らだ。


 僕は誰とも合わずに聖殿がある境内けいだいの入り口まで来ることができた。境内けいだいとは聖殿を中心とした建物が建ち並ぶ敷地全体のことだ。

 この境内けいだいは参拝のために誰でも来ることが出来て、その中には、礼拝を行える拝殿、諸々の手続きをする社務所や、<精霊樹を感じ取る者フィーラー>になるべく精霊術士としての訓練を積む者などが住み込みの修行の為に使用する施設の練堂、倉庫などが建ち並ぶ。


 僕は境内けいだいに入ると正面にある拝殿に向かう。拝殿の奥の精霊樹の麓に聖殿と呼ばれる特別な儀式を執り行う聖なる場所がある。目的地はそこだ。

 拝殿の脇を抜けて裏に回ると、そこからは進入禁止の禁忌の区画になる。


 ここに踏み込んだ場合、最悪僕は極刑になることもあり得る。そんな不安で足が止まる。でもルーミィが本当に捕らえられているのなら、僕は行くしか選択肢は無い。


 周りに誰もいないことを確認して、僕は聖なる領域に足を踏み込む。精霊樹の加護のせいか、とても静謐せいひつな雰囲気に満ちている中を、僕は聖殿に向かって足を進める。


 誰にも出会う事もなく聖殿に辿り着くと、周りに誰もいないかもう一度見まわす。周辺には誰もいないし、聖殿にも誰かがいる気配がない。やはり罠かと思いながらも、静かにその大きな扉を開ける。

 そして僕は少しできた隙間から、聖殿の中に身体を滑らすと、大きな扉を閉じてルーミィを探す。


 聖殿は窓が閉められていて採光が少なく薄暗い。そんな中、ルーミィがいないかと奥へ足を進める。


「ルーミィ、どこにいるんだ?」

 誰もいない聖殿で僕は呟きを漏らす。どこを見渡してもルーミィの姿は見えない。


ガゴンッ!


 聖殿の中を探し回っていると、突然乱暴に僕が入ってきた扉が開かれる。


「おやおや、どこのコソ泥が我らの聖なる場所に入り込んだかと思えば、ニクスじゃぁないか」

 入り口にはニヤニヤと影のある笑いを張り付けたエルフが三人立っていた。


「おい、ニクス。お前もこの村に住んでいるんだから、聖殿は許可がないと入れない不可侵な場所だって事を知っているよなぁ?」

 その内の一人が意地の悪い笑みを顔に張り付かせながら前に出てくる。若手エルフのリーダー格、カロンだ。


「カロン。ルーミィが何者かにさらわれたみたいなんだ。聖殿に捕らえられているような書置きがあったから来てみたんだけど、一緒に探してくれないか?」

「ほう……村長の娘が攫われたか。酷い事をする奴もいたものだ。だがそれだとしても聖殿に無断で入って良いわけではないな」

「そ、そうなんだけど。でも聖殿に行かないとルーミィの身が……」

 僕は必死にカロンに頼み込むが、カロンはニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべたまま、取り合おうとはしない。


「……ぷっ、あははははははは!!駄目!もう我慢できない!!コイツ、バカ?」

 すると隣に立っていた鋭い釣り目をした女エルフが大きな声で笑い始める。


「くくくくっ。確かにこいつは滑稽だ。まさかカロンに協力を依頼するとはな」

 もう一人のエルフも、こらえられないといった感じで、笑いをかみ殺す。


「どういう……事?!」

「察しが悪いな。さすがニクスだ。お前は聖殿を汚しに来た賊。そして俺たちはその賊を罰する自警団って訳だ。こっちは長老衆から直々に、最近聖殿をうろつく賊を捕縛もしくは排除するように指示を受けている」

 カロンが顔を手で押さえながら、さもおかしそうに口の端を吊り上げ、指の間から僕を見下す。


「ふふふふふ。ふはははははは!なので聖殿に無断侵入した賊を、存分に始末しようか!!」


「火の精霊よ!賊を撃て!炎の礫ファイアボルト!」

「風の精霊よ!ヤツを切り裂け!風刃ウィンドスラスト!」

「闇の精霊よ!アイツを食らいなさい!闇喰らいシェイドイーター!」

 3人から放たれた精霊魔法が僕を襲う。


「な、何で?!」

 3つの魔法を何とか体捌きで避けようとするが、3人の操る質の高い精霊魔法は簡単に避けることができない。右肩を炎で撃たれ、左わき腹を風の刃で切り裂かれ、右の太ももを闇に食い千切らようとする。だが僕の身体に精霊の力は届かない。直撃の瞬間に精霊の力が霧散する。


「ルーミィっていうのはこれか?」

 戸惑っている僕をあざ笑うかの如く、カロンが紫色のリボンをヒラヒラと僕に見せる。


「……まさか君達がルーミィを?」

「あぁ、おにーちゃんに酷いことするつもりなんでしょ。とか気丈な事を言いながら泣き喚き散らしていたがなぁ。ま、流石に村長の娘で聖霊に愛された<精霊樹を感じ取る者フィーラー>筆頭候補は害せない。こうしてお前を呼び出すのに利用するのが関の山さ」

「あははははは。そうそう、あんたを始末するために、ここに誘い込んだのさ!!」

「飛んで火にいる何とやらってやつだな」

 カロン、ヴェント、アーデが嫌らしい笑みを顔に張り付けて、楽しそうに僕に告げる。


「よかった……ルーミィが無事だったのなら」

 僕はルーミィの無事がわかって、身体から力が抜ける。


「……っ!何いい子ぶってるんだよっ!ニクスの癖に!炎の礫ファイアボルト!!」

 そう安堵した僕に、怒りに染まったカロンの炎の礫ファイアボルトが炸裂する。


「お前はっ!無力にっ!さいなまれっ!ながらっ!俺らにこうべを垂れるんだよっ!!ニクスの癖に、生意気なんだよっ!!この!炎の礫ファイアボルト炎の礫ファイアボルト炎の礫ファイアボルト!!」

 次々に僕の身体に炎の礫ファイアボルトが炸裂するが、それらも直撃の寸前で掻き消される。


「お、おいカロン。聖殿に傷をつけると面倒だぞ」

「そ、そうよ。ニクスのせいにしても、こっちにまで罪が及ぶわよ!」

 二人が怒りに駆られて無秩序に精霊魔法を撃ちこむカロンを止めようとする。


「うるさい!コイツは!コイツだけは許せない!!俺を、俺を散々コケにしやがって!!」

 二人に取り押さえられながらも更に暴れて、僕に攻撃しようとするカロン。


「俺の方が、俺の方が優れているのに!!なんでコイツが!何でニクスのコイツが!!ぬぉぉぉぉっ!炎の精霊よ!俺に力を貸せ!灼熱の槍で全てを燃やし尽くせ!!炎槍ファイアランス!!」

 二人の制止を振り切ったカロンの掲げた手に煌々と燃え上がる炎の槍か生成される。普通のエルフなら楽に一撃で殺せる程の威力を持つ炎槍ファイアランスが僕に放たれる。


 その炎槍ファイアランスも僕に直撃する寸前で掻き消されてしまう。


「ちくしょう!なんでコイツに効かないんだよっ!」

 膝をついて俯いたカロンが口惜しそうにギリギリと歯ぎしりをしながら僕を睨み付ける。


「それならば、直接……」

 カロンが腰に帯びた剣を抜いて、直接僕に切りつけようとユラリと立ち上がる。


「お前達!聖なる聖殿で何をしているのじゃ!!」

 その時、聖殿に怒号が響き渡る。怒号を上げたのは、僕が入ってきたのとは別の扉から入ってきた年老いたエルフだった。


「せ、聖殿長様……」

 年老いたエルフは、この精霊樹を崇める聖殿を治めるエルフで、今代の<精霊樹を感じ取る者フィーラー>であり、この村でもっとも発言力のある人物だ。

 僕はその場に土下座し首を垂れる。<精霊樹を感じ取る者フィーラー>として精霊樹のお告げを聞き、村に災いが迫る時にお告げを届けてくれたのを何度か見たことがある。


「この聖なる聖殿に許可もなく土足で入り込んだ上、戦闘行為などと、何と罰当たりな事を!!」

「は、はい!申し訳ございません!!」

 僕は平伏したまま、ひたすら謝るが、聖殿長様の怒気は収まらない。


「謝罪は良いから、即刻立ち去れぃ!!」

「は、はいっ!!」

 僕は立ち上がるとすぐさま踵を返して聖殿を出る。僕を攻撃していたカロン達はいつの間にか姿を消していて、そこにいるのは僕一人だった。


 慌てて聖殿の聖なる場所を抜けて、大急ぎで境内けいだいに戻った僕は、膝に手を当てて肩で息をしながら呼吸を整える。


「お、おにーちゃん。待って!」

 そんな僕の後ろから、良く見知った声がして、パタパタと走る足跡が近づいてくる。僕はハッとして後ろを向くと、顔を真っ赤にしたルーミィが走ってくるのが見える。ルーミィはいつものツインテールではなく、髪を結ばずにストレートに降ろしている状態だ。


「ル、ルーミィ。良かった。無事だったんだね」

「はぁはぁ、う、うん。何とか」

 急いで走ってきたルーミィが息を切らせながら答える。そしてしばらく肩で息をしながら呼吸を整えると、今までの事を話してくれる。


「昨日の夜、ミスティおにーちゃんの家に行こうとしたら、急にカロンさん達がやってきて、ミスティおにーちゃんにもう会うなって言ってきたの。理由を聞いたら次の<精霊樹を感じ取る者フィーラー>候補の私がニクスと一緒にいるのは害悪だって。ミスティおにーちゃんは害悪でも何でもないから、会うのは止めないって言ったら急に取り押さえられて……」

 ほっぺたを膨らましてプンプン怒りながら、その時の状況を説明するルーミィ。


「で、そのままカロンさんの家の物置に閉じ込められてたんだ。その後カロンさん達が、ミスティおにーちゃんを聖殿に呼び出して始末するとか何とか言っていたのが聞こえたから、隙を見て逃げ出して……そして聖殿長様と所に行って助けて下さいってお願いしたの」

「あぁ、だからさっき聖殿長様がやってきてくださったんだ。助かったよ本当に」

 ルーミィの機転のおかげで僕はカロン達から害されずに済んだ。ルーミィを盾に取られていたら、僕は逆らう事が出来ずにいたぶられていただろうから。


「で、でも……ミスティおにーちゃん。多分……」

「あぁ、長老会議に掛けられるだろうね」


 僕はそんな話をしながらルーミィを村長宅前まで送り届ける。


「じゃぁね、ルーミィ。こんなことがあったばかりだから、しばらくは僕の家に来ない方が良いよ」

「え……でも……」

「長老会議で裁定が下されるまでの間はダメかな。まぁルーミィがカロン達にさらわれたっていう証言があれば悪いようにはならないと思うから。ちょっとの辛抱だよ」

 僕はルーミィにそう告げると、背を向けて自分の荒ら屋に戻るのだった。


「そうは簡単にいかないだろうな。良くて謹慎。悪ければ極刑か……何も成せない人生だったなぁ」

 荒ら屋に戻りながら空を見上げる。空にはいくつもの小さな星が瞬いて、大きな月が夜道を照らしている。空を見上げる僕の瞳から雫が零れる。


「ほんと、何のために生まれてきたんだろう……」

 何度も思い、何度も結論が出ず、ただ虚しく厳しい現実だけが僕を襲っていた人生。師匠とルーミィ、そしてルーミィの両親と少数の村の人だけが、僕に優しくしてくれてた。

 そんな人たちがいなかったら、もっと早く僕は壊れていただろう。


「でも……悔しいなぁ」

 次から次へと涙が零れる。


「この目には精霊は映らない、この耳には精霊の声は聞こえない、この身体には精霊は宿らない。まるで師匠から話に聞いた人間って種族みたいだ」


 あふれる涙をぬぐいもせずに、荒ら屋に戻った僕は、荒らされた部屋の中を少しだけ片付けて、寝床だけ確保すると、ボロボロになった藁束に身体を横たえる。嫌な事ばかりが頭の中にこびりついて、なかなか眠れなかったが、明け方頃にやっとウトウトと眠りに入れた。


 空が明るくなると、荒ら屋の隙間から眩しい光が入ってくるので、否が応でも目が覚める。ほとんど寝れていなくてズキズキと頭が痛むが、何とか起きて近くの小川で顔を洗う。

 目が完全に冷めれば、頭の痛みも収まってくる。僕は無理にでも身体を動かして、意識の覚醒を図っていると、何人かの大人が僕の家の方にやってくるのが見える。


「ミスティ君、君が悪くないのはわかっている……だが、出頭してくれるかね?」

 一番前にいたのはルーミィの父親である村長さんだった。村長さんは悲痛な顔をしながら僕に出頭を要請してくる。


「はい。呼ばれるのはわかっていましたから……ちょっと身だしなみを整えるので待っていてくれますか?」

「あぁ、すまないね……本当に」

 僕はそう言うと荒ら屋に入って、衣服を整える。とはいっても服の持ち合わせなどないので、香りのついた枝葉で服を払うだけだけど。


 そして僕は村長さんに連れられて村の集会場に向かう。集会場に向かう間、村長さんはずっと無口で悲痛な顔を浮かべていた。周りにいた他の大人達は、敵意むき出しの視線を僕に向け続けていて居心地が悪かった。


 集会場の中には幾つかの机と椅子があり、3名の長老衆と聖殿長様と村長さんの5名が座っていた。そして僕は集会場の床に敷かれた藁の座布団の上に座らせられる。僕を敵意の眼で見ていた大人達は、入り口に陣取って、僕が逃げられないように立ち塞いでいた。


 この村での裁判は簡単だ。長老衆の3人と村長が罪を判断し裁決を下す。村長は入ってはいるが、ほとんど権限はなく、ほぼ長老衆の意見のみで決まる。そして僕を陥れたカロン達は、みな長老衆の直系に当たる。まともな裁決になるわけがないのは火を見るより明らかだ。


「それでは、ミスティ。貴様に裁決を言い渡す。聖殿に無断で侵入した罪で死罪!即刻首を撥ねて森へと還す事とする」

 カロンの祖父である長老が裁決を言い渡す。僕の想定していた最悪の裁決だが、仕方がない。村の掟をやぶった僕が悪いんだから。


「ちょっと待つのじゃ」

 僕が肯定の返事をしようと口を開きかけた時、聖殿長様から制止の声が掛かる。


「ミスティが聖殿に無断で入ったのはルーミィがさらわれたから……と聞いておるぞ?そしてルーミィをさらったのが、グード、お前の孫だという事もな」

 先程、僕を断罪したカロンの祖父が聖殿長様から鋭い指摘を受ける。聖殿長様の鋭い視線にグード長老の顔が一瞬で青ざめる。


「そ、それが事実という証拠はありませんし、そうだとしても聖殿に許可なく入ってはならぬと掟にあります」

「許可なく入ったのは、そなたらの孫たちもではないのか?」

「カ、カロンには、最近聖殿近くをうろつく不審者を調べるように指示しておりましたから、許可がないわけではありません」

「はて?聖殿近くをうろつく不審者など、話に聞いていないが?それにミスティが境内けいだいに入るのは数年ぶりで、最近聖殿近くをうろつく不審者と言うには無理があるようだが?」

「す、数年ぶりだという証拠はございません。常々ニクスと蔑まれた恨みを晴らそうと精霊樹様を害しようと夜な夜な出歩いていた事に違いはない!」

「これは異な事を、精霊樹様を害しようとしているのであれば、精霊樹様が儂に信託をお授けになるはず。それも無いのに、なぜ断言できるのかのぅ?」

 聖殿長様の追及にシドロモドロになるグード長老。自分の不利を悟っているのか、顔は青ざめ手はプルプルと震えている。


「とはいえ、確かに聖殿に無断で入った罪は罪じゃ」

「そ、そうです!そこのニクスには罰が必要です!この村の安寧の為に死罪を!」

「お前は黙っとれっ!!」

 聖殿長様の尻馬に乗って更に死罪を主張するグード長老に一喝が飛ぶ。


「で、お主らもグードと同意見かの?」

 聖殿長様が他の長老2名と村長を突き刺すような鋭い視線で射貫く。2名の長老は後ろめたい事があるのか、そんな聖殿長様から目を逸らす。だが村長さんだけはその目をしっかりと受け止めていた。


「ミスティ君は娘の恩人です。それに彼は村を救いこそすれ危害を加えたことは一度もありません。どうか、正しい裁きをされますようお願い申し上げます」

 村長さんが聖殿長様に深々と頭を下げて、僕の減刑を願い出る。


「そうじゃな……そもそも、あのルーミィが罪人に懐く訳がないしの。だが掟は掟……ミスティにはこの村を出て行ってもらうあたりが落としどころじゃろう」

「そ、それは、余りにも……」

「死罪よりはマシだと思うがの」

 村長さんがハッとした顔で聖殿長を見て言葉を漏らすが、聖殿長はそう断言する。


「ミスティ、異論はないか?」

「はい……村の掟を破った私に、このような恩赦を頂き、誠にありがとうございます」

 僕は首を垂れながら裁定を受け入れる。


「旅立ちの準備も必要じゃろう。1週間の猶予を与えるから準備すると良い」

「はい。ありがとうございます」

 こうして僕の裁定が確定した。僕は一週間後に住み慣れたこの村を出ていく。行く当てはないから、どこかで野垂れ死にするかもしれないけど、すぐさま死罪で首を撥ねられるよりは、生きられる可能性がある。


 裁定が終わり、僕は村の集会場を後にして荒ら屋に向かう。支度をするような事などは無いから、すぐにでも村を離れようと思いながら。


「ちょっと、待ってくれ!ミスティ君!!」

 そんな僕を村長さんが追いかけてくる。僕はかばって減刑を願い出てくれたお礼も言いたかったので、足を止めて待つ。


「私の力が足りなくて本当に済まない。君は間違ったことを一つもしていないのに」

「いいえ。罪は罪ですから。こんな僕を今まで優しくしてくれて、今回もかばってくれてありがとうございました。これからは、もうこんな迷惑をかける事もないと思いますので」

 僕がそう答えると、村長さんは悲痛に顔をゆがめながら、僕の肩に両手を置く。


「結果を覆す事はできない。だが、与えられた期限の一週間は待っていてくれ。旅に必要なものは準備する。それくらいさせてくれないか」

「い、いや。そんな迷惑は掛けられないです」

「迷惑なんかじゃない!お詫びとお礼だ!!絶対に待っていてくれ。でないと私は私を許せなくなる」

「は、はぁ。わかりました。では一週間待たせてもらいます。だけど無理はしないでください」

 僕は村長さんの申し出を受けて、出立を一週間後にすることを約束した。


 それから6日が過ぎ、いよいよ明日、長年住み慣れた村を離れる日になると、大きな背負い鞄を背負った村長さんと聖殿長様が、僕の荒ら屋へやってくる。


「ミスティ君。旅に必要そうな物を一式詰めた鞄だ」

 動物の皮をなめして、糸で幾重いくえにも通した強度の高い鞄一杯に、色々詰まっているみたいだ。鞄の上には個人用のテントになりそうな丸めた布が乗っている。また、手に下げた別の袋には、新しい服と新しい部分皮鎧が入っていた。


「こんな立派な……」

「これでも足りないとは思うんだが、必要最低限は揃えられたはずだ。少しは君の役に立ってくれたら嬉しい。後これを」

 村長さんは、懐から小さな革袋を取り出すと僕に手渡す。


 僕が革袋を受け取ると、予想以上に重く、チャリチャリという金属をすり合わせたような音が聞こえる。


「村では使えないが、町に行けば使う事の出来る貨幣だ。少しは役に立つと思うから持っていってくれ」

「い、いや。こんな貴重なもの……」

 流石にそれは悪いと僕は断ろうとするが、村長さんは僕の手をしっかりと押さえて離さない。


「儂からはこれじゃの」

 革袋を返そうとする僕の手の上に、聖殿長様が2枚の巻物と幾つかの木片と金属片が通してある首飾りの様なものを置く。


「一枚は、この森周辺の地図、もう一枚はこの大陸の遠く離れた世界樹の麓にあるエルフの王への報告書じゃ。そしてその首飾りは、ここいらの村や町へ入る事のできる通行証じゃ」

 聖殿長様が手渡してくれたものの説明をする。


「な、なんでそんなものを?」

 聖殿長様が何でそんなものを僕に渡すのか、頭の中が疑問符で埋まる。これじゃぁまるで……


「ミスティ、お主には世界を見てきてもらいたい。最近森にも不穏な気配を多く感じておる。精霊樹様も言いようのない危機を感じているご様子が見られる。なので我々エルフの王に、この森の実情と精霊樹様のお告げを届けて欲しいのじゃよ」

 聖殿長様の言葉に、村長さんは目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。


「聖殿長様!それは!!」

「あぁ、ミスティには村代表のフォレスト渡りウォーカーとして、聖都ユグドラシルに行ってもらいたい」

 それを聞いた村長さんは、堰を切ったかのように滂沱と涙を流し始める。


「なんて、なんて栄誉ある仕事をミスティに……聖殿長様、本当にありがとうございます」

 村の現状をエルフの王に報告するフォレスト渡りウォーカーは村一番の栄誉ある役割だ。その旅は過酷なものになるが、それ以上の見聞する機会と王へと拝謁する名誉を得られるという、村の誰もが憧れる役割になる。


「ぼ、僕が?」

「あぁ、産まれてからの過酷な環境を生き抜き、それでいて正道を見失わず、他人を助けるために自らの危険を顧みず戦う事が出来る。そんな男、この村にミスティを置いて他にいないからの」

 まだ実感の湧かない僕がポカンとした表情で聞くと、今までにない程の賛辞が贈られる。


「精霊樹様は見ておいでだ。その言葉を聞く儂もな。立場上あまり肩入れをする訳にもいかなかったのでの。いままで辛い思いをさせてすまなんだ」

 聖殿長様の温かい言葉に、僕の両目から涙が溢れ出す。


「ミスティ、お前なら役目を果たしてくれると信じておるぞ」

「ありがとう、ありがとうございます。必ずお役目果たしてまいります」

 そう言って聖殿長様が差し出した手を、僕は両手で握り返す。


 僕が覚悟を決めたのを見た聖殿長様は笑顔を浮かべると、村長さんと一緒に僕の荒ら屋を後にしようとするので、ハッとした僕は村長さんに声をかける。


「あ、村長さん!ルーミィは?」

「あの子なら、裁定した日からずっと部屋に籠ってしまっているよ。相当ショックだったらしく、部屋から一歩も出てこないんだ。一応部屋の前に置いておいた食事は消えているんだけれども」

「そうですか……旅立つ前に最後の挨拶位したかったんですが」

「一応、この結果を話してみる。あと明日の出立には連れてくるようにする」

「はい。日が昇る前には出ようと思っていますので」

 ルーミィはどうやら相当ショックだったらしい。この6日間一度も来ていないし、やはりカロン達に捕まったのが怖かったのだろう。


 そして次の日の朝、僕は真新しい服と部分皮鎧を装備し、聖殿長様から預かった巻物を村長さんが用意してくれた背負い袋にいれ、腰には師匠から譲り受けた刀を差した格好で村の出口に向かう。


 村の出口には村長夫婦と聖殿長、あと僕によくしてくれた数人の村人が見送りに来てくれていた。だけどやはりルーミィの姿は見えない。


「ルーミィはやっぱり……」

「えぇ、何度も声をかけたんだけど、一向に部屋から出てこないのよ。しばらく一人になりたいって」

「そうですか……残念です」

 最後にルーミィと会えなかったのは心残りで僕は肩を落とすけど、時間が来たので出発する事にする。


「皆さん、こんな僕に今までよくしてくれて、ありがとうございました。このご恩は一生忘れないと共に聖殿長に託された使命ミッションを果たして参ります」

「がんばってな!」

「応援してるわよ」

「ミスティ君のおかげで、私たちの畑も守られてた。非常にたすかってたよ。武勲を祈る」

「頑張るのじゃぞ」

「ルーミィの事宜しくね」

「ミスティ君の旅路に幸あらん事を」

 それぞれから温かい言葉を貰って僕は出発する。


 まずは、近隣の村によりながら、一番近くの町を目指す。その間に僕がどうやって生きていくのかを考えよう。とりあえず、聖殿長様から目的を頂いたので、それを主軸に考える事が出来るのは何よりだ。目的があるとないとでは、生きる道に明確な差が生まれるからだ。


 そんなことを考えながら、歩きなれた森の道を進んでいく。そして分かれ道に差し掛かる。よく行く狩場と他の村へと向かう為の分かれ道だ。今まで他の村に向かう事はなかったけどと思いながら、他の村へと続く道を眺めていると、急に木の陰から良く見知った声が掛かる。


「可愛くて優秀な同行者は必要ありませんか?ミスティおにーちゃん♪」

 そこには、森の木漏れ日を白金プラチナの髪に反射させて、好奇心いっぱいのみどり色の綺麗な瞳を輝かせた女の子が木の横から顔をのぞかせていた。

 踝まである薄緑色の外套コートと桃色に染められた背負い袋を持って、旅に行く用意はバッチリといわんばかりの格好だ。


「ル、ルーミィ……」

 僕が絶句していると、ルーミィが僕の腰に飛びついてくる。


「ミスティおにーちゃんのいない村になんていてもつまらないし、ミスティおにーちゃんを追い出したカロンと結婚するのも嫌。だからミスティおにーちゃんと一緒に行く」

 ルーミィが意志の強い瞳で僕を見上げる。でもこれからの旅はとても過酷になるから、僕ですらどうなるかわからない。そんな危険な旅にルーミィを連れていくわけにはいかない。


「ダメだ。この度はとても危険だ。次期の巫女になると言われているルーミィを連れて行くことはできない」

 僕が強い口調で拒否を伝えるが、ルーミィは僕の腰に回す手にさらに力を入れて、その言葉に反論の態度を取る。


「嫌!絶対!それに……精霊樹様が」

「ん?精霊樹様がどうしたの?」

「精霊樹様が言ったの。ミスティおにーちゃんの旅を支えなさいって!ルーミィが一緒じゃなかったら、ミスティおにーちゃんはいなくなっちゃうって!!」

「精霊樹様がそんな事を……」

「それを聖殿長様に言ったら……付いていきなさいって、これを渡されたの。だからルーミィは絶対にミスティおにーちゃんに付いていくからね!あと、お母さんも付いて行っていいって!」

 そう言ってルーミィが差し出したのは、青銀鉱ミスリルでできた首飾りペンダントで、精霊樹様をモチーフに刻まれたそれは、巫女に与えられるといわれている神具だ。


「わかったよ。聖殿長様も認めて、お母さんも許可しているのなら……一緒に行こう。だけど危なくなったら僕を置いてでも逃げるんだよ。そうならないように、僕の命に掛けてルーミィを守るけど」

 諦めた僕がそう告げると、ルーミィは花が咲いたかのような、満面の笑顔を浮かべる。


「うん。一緒に頑張ろーね。ミスティおにーちゃん!!」


 こうして僕の波乱に満ちた旅が始まるのだった。

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