やっぱり冒険者ギルドが定石だよな


 灯が睡眠の邪魔になるだろうと、部屋は勉強机にあるスタンドの光だけつけてある。俺はその机に向かって座り、これからどうするかを考えていた。

 まず目先の問題として、いま寝ているあの子の面倒をどう見るかだ。そしてゆくゆくは自立するための道を探さないと。

 となると最初にしなくてはならないことは金を集めることだ。あの子の衣食住をまかなうためには働かなくてはならない。

 無理じゃね? それができてたらこんな生活おくってないし。


 薄暗い天井を仰ぎ見る。


 だが、考えがないわけではない。いまこの世界でできることなんてほとんどないけれど、あの異世界は別だ。見たところ文明はそんなに発達してないし、それにあの気味の悪い生物の存在。そういった化け物を狩る仕事があったっておかしくはない。今の自分なら、あの化け物を倒すこともできるし、それにあの奴隷商の反応を見る限り、なかなか魔術師という物に価値があるのかもしれない。

 もうそこで稼ぐしかないだろうと考え、俺は時刻をみやり六時頃だと言うことが分かると、指輪をつけあの異世界へと来ていた。

 来る前にあの子の存在が家族にばれるのは避けたく、得意の黒魔術で認識阻害っぽい物があったので、ベッドの上のあの子にかけておいた。


 さて、どうやらこの世界も日が落ちているらしく、夜空には薄いが星が見えていた。が、空の暗さに反して、ここら辺は明かりでたくさんだった。人通りもなかなか多く夜も栄えているらしい。はてさて、人通りが多いのは助かり物だが一体誰にどのように訪ねればよいのだろうか。

 俺ははっきり言ってここの常識を知らないし、話しかけようにもなかなか手が出なかった。

 あれだ。こういうときは酒場で情報収集するのが手っ取り早い。そう考え、ここら辺を調べているといかにも賑やかな酒場を発見した。俺はそこに入ってみた。

 中は何やら鉄の防具や革の防具を装備している人が多く、皆が皆賑やかに会話していた。

 そして、俺はあることを思い出し、相当な後悔をした。


 そういや金もってないじゃん。これでは冷やかし同然である。あああ、どうしようと悩んでいると、残念な事に気概のありそうな太い姐さんみたいな人が、近づいてきて「いらっしゃい! ん? 見ない顔だね。それに一人かい? 珍しい。まぁいいよ、それより注文はなんだい! 今日はガトスの炭火焼き定食とドボル国からしいられてきたビールがおすすめだよ!」と懇切丁寧に説明してくれた。


 一瞬思考が停止した。情報が欲しいだけで、実はお金持ってないんですと正直に言えば冷やかしも同然。焦る俺に、目の前の女将さんは何かを言おうとしたので、その前に何か言わねばと決心し、俺は口を開いた。


「こ、ここでひゃたらかせてくだしゃい!!」


 盛大にかんだし、またもや何も考えずに口を走らせてしまった。恥ずかしいし、何か言わないといけなかったのはあるがまさかこんなこと言うとは思わなかったし、もうなんだろ。


 いろいろ死にたいです。


 恥ずかしくて、赤面になってあるだろう顔をなんとか上げ、おかみさんを見た。

 ぽかんとした表情をしているかと思った次の瞬間、どっと笑い出した。

 その笑い声は豪快で、けれど暖かさを感じさせるものだった。


「....ひぃー、ひぃー、笑わせてくれるねぇ。」


 息もすがらの声だ。


「気に入った! 面白いやつと誠実なやつは好きなんだ! ついてきな!」


 やばいよ。このままじゃ、ここで働くことになってしまう。厨房で働こうとも、自分の料理下手さには自信があるし、ウェイトレスで働こうとも、自分のコミュ力のなさには自信があるし、よくよく考えれば、この世界の字が理解できるのかもわからないのに、ここで働くなんて絶対に不可能だ。迷惑を確実にかける。

どうにかして説明をしなくては、と思考が止めどなく巡る中いいことを思いついた。俺ではなくて、あの子をここで働かせるのはどうだろうか。それならば俺が化け物と戦っている間に、ここにおいていられるし自立につながるかもしれない。


「あ、あの俺じゃなくて、お、弟。 弟をここで働かせたいんです。だめですかね?」


 俺の言葉を聞き、何やら神妙そうに吟味する動作をとると、


「なんか訳ありそうだけど、詳しいことはまず裏できこうか。まぁついてきな」


 俺は頷き、女将さんについて行った。


 そこでいろいろなことを聞かれた。なぜ、年端もいかない弟をここで働かせたいのか、なんでここなのか等など。俺は本当と嘘をつなぎ合わせながらなんとか説明した。だますようで心が痛むけれど、本当のことを言うには荒唐無稽すぎて現実味が消えるかと思ったからだ。

 そして、冒険者になって働きたいといった瞬間女将さんの表情に暗雲が立ちこめた。


「あんた、どう見たって冒険者に向いてないよ。何、あんたはあれか? 自分に見合わない仕事をして命を勝手に落として弟を一人にするんじゃないだろうね。ほっそい腕して剣ももてなさそうじゃないか」


 至って真理をついてくる。こんなことを言ってくれるあたり、やはり女将さんはいい人なんだなと思いながらも、先ほどの嘘と本当を折り合わせた事を言ったことに罪悪感が芽生える。


「それなら、俺魔術が使えるんでそれでなんとかなると思います」


「! 魔術師って、本格的に訳ありみたいじゃないか。」


 頭をかきながら、女将は少しうなった。


「うーん、分かった。あんたの弟をここで面倒見ようじゃないか」


「ほ、本当ですか!?」


 正直言って怪しすぎるこの件を飲んでもらえるとは思わなかった。めちゃくちゃうれしいし、感謝の念しか出てこない。


「ああ。けど、もしもこの店に危害が及びそうになったら追い出すけどね。一応私はこの店を守らなくちゃいけない店主だからね。そこら辺の線引きはさせてもらうよ」


 いや、普通にありがたいし、それは普通のことだ。俺はすぐに感謝の言葉を贈らせてもらった。


「んじゃあ、また明日の朝、弟を連れてここにきな。」


「本当に、ありがとうございます!」


 感謝しかできなかった。



 

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