蛇神様とぼくら。

奈槻由羅乃

第1話 初めまして、蛇神様

 しん、と静まり返った薄暗い洞窟の中で、真っ白な蛇が地面を這っている。数は三匹。一匹が先を行き、残りの二匹がそれについていく。


 やがて三匹の蛇の行進が終わった。


 白蛇はチロチロと赤い舌を出し、獲物を見定めるように、つぶらな瞳をある場所に向けていた。


「ん、どうかしたのか? ニョロスケ」


 白蛇の後方から、甲高くもどこか落ち着いた声色の問いが聞こえた。


 その問いに白蛇は「シャー」と小さく答えると、声の主は口元に手を当てて、くすくすと笑う。


「ほうほう。珍しいもんが落ちとったか。どれ、儂にも見せておくれ」


 声に似つかわしくない口調で喋りながら、声の主は白蛇の視線の先に向かって歩いていく。


「……確かに珍しいのう。まさか、人間が落ちとるとは。それも、二人じゃ」


 視線の先には、冷たい洞窟の地面に横たわっている二人の男女。歳はどちらも10代半ばと言ったところか。


 その時、何を思ったのか。白蛇たちが、少年の方の身体に巻きついていく。


「これ、お前たち。一体どうしたんじゃ」

「……ん。んんぅ……」


 文字通り身体中に這い回る不快感からか、少年は小さく唸り瞼を震わせる。


 そして、微かに目を開く。


「こ、こは……?」

「起きたのか。ここは――」

「んがあああああッ!」


 この場所の説明をしようとすると、ものすごい勢いで隣で寝ている少女が飛び起きた。その勢いのまま首を振り回して、叫ぶ。


「ここは! どこ!」

「落ち着いてください、リンノさん」


 リンノと呼ばれた少女は少年の方を見て、息を吐く。


「なんだ。カナタもいたの」

「そりゃあ、いますよ。一緒に井戸に落ちたんですから」

「ふむ。やはり井戸か」


 話の途中で差し込まれた声に、二人は同時に声の方へ頭を向ける。


「……あんた、誰?」

「儂か? そうじゃな……蛇神様と言えば、分かるかの」


 蛇神様と名乗った人物は、年若い少女の姿をしていた。外見年齢はリンノよりもかなり下である。


 そんな少女の口から蛇神様、という言葉を聞いたカナタとリンノはお互いに顔を見合わせ、目をしばたかせる。


 リンノはもう1回蛇神様(?)を一瞥すると、大声で笑いだした。


「ぷっ……くふ、あははは! えっとね、お嬢ちゃん。蛇神様ってのはもっと恐ろしい姿をしてるの。おっきな蛇の姿をしていて、そこにいるカナタなんか一口で飲み込んじゃうのよ!」

「えっ、僕食べられちゃうんでしょうか?」


 例えが分からず、鵜呑みにして素っ頓狂な声を上げるカナタ。リンノの手刀がカナタの頭部にクリーンヒットする。


 リンノの話を受けた蛇神様(?)は顎に手をあてて、考えるポーズをとる。


「ふむ。今地上で蛇神はそのように伝えられているのか。では、儂が蛇神たる証でも見せようか」


 蛇神様がパンと手を叩くと、三匹の白蛇がシュルシュルと地を這い、蛇神様の首元まで登ってくる。


「この子らは儂の眷族。左からニョロスケ、ニョロゾウ、ニョロミじゃ」


 白蛇を自在に操り、多彩な芸を披露する蛇神様。


「すごい! 流石蛇神様って名前で旅芸人をしてるだけありますね!」

「いやいやそうじゃないでしょう!」

「くす、無邪気でういやつじゃ。大したことは出来なかったが、儂が蛇神だと分かってくれたかの?」


 蛇神様は優しく諭すように二人に問う。


「ええ、まあ……」

「ならよい。次は、儂の話を聞いてくれるか?」


 二人は正座してブンブンと首肯する。


「そんなに畏るでない。もっと楽にしてくれて構わん」

「す、すみません」


「まず、ここは蛇神の祠。いや、正確には封印の祠といった方がいいかの」

「封印……って、なんで?」


 カナタは不思議そうな顔をして質問をする。


「儂には眷族が四匹おる。ここにいるニョロスケ、ニョロゾウ、ニョロミの他に、もう一匹な」

「それで、封印のお話と何の関係が?」

「実はな。その一匹はあろうことかこの儂を謀りおったんじゃよ」


 蛇神様は一旦言葉を切り、息を吐く。


「あいつは儂に『井戸の中にケーキが落ちてますよ』とか言って井戸を覗き込んだ儂を特殊な空間に突き落としたんじゃ」

「いや井戸の中にケーキがある訳ないでしょうッ?」


 大真面目な顔をして言う蛇神様にリンノは思わずツッコミを入れてしまう。


 蛇神様はしゅんと悲しそうな顔になり、両の指先を合わせて弄りはじめる。


「で、でものう……ケーキじゃよ? 甘くて美味しいケーキがあったんじゃよ?」

「あったことにはあったんですねッ?」


 罠だというのに律儀にケーキを用意しておく方も不思議でリンノも驚く。


「まあよい。そんなこんなで儂はこの祠から出られないわけじゃな」

「それって私たちもここから出られないってことですか?」


「いや、心配することはない。井戸から繋がる空間ともあって、たまに落ちてくる人間もいるんじゃよ。主らのようにな。儂はこれまでに何回も落ちてきた人間を送り返している」

「へ、へぇ……。そ、それじゃあ早速、私たちを送り返してくれませんか?」


 その提案に蛇神様は苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「すまぬが、それは…………出来ぬ」

「ど、どうして?」

「儂には、そこの……カナタが必要なのじゃ」


 思わぬ言葉にカナタとリンノは目をパチクリさせる。


「なんで、僕が?」

「カナタには……儂の眷族となりえる力がある。儂がここから出るにはカナタに眷族になってもらうしかないのじゃ」


 蛇神様の話に衝撃を受けたリンノは口を開いたまま何も発せない。


「…………でも、カナタはどうなの?」

「あ、なってもいいですよ、眷族」


 カナタはあっさりと承諾。これにはリンノも驚かざるをえない。


「いや、軽ッ!?」

「だって楽しそうじゃないですか、眷族って」

「そうか、なってくれるか!」


 パァッと顔を明るくさせる蛇神様。子供のような喜びようにリンノは胸を打たれた。


「ま、まぁカナタがいいってんなら構わないわよ」

「それじゃあ、こっちに来て、首を見せてくれ」


 蛇神様の指示に従い、カナタは首元を露出させる。


「うむ。これなら――」


 蛇神様は差し出された首を見ると、口を大きく開き。


 少年の健康的な肌へと、牙を突き刺した。


「ちょ、ちょっと―ッ!?」


 その状態のまま数秒経った頃、蛇神様は口を離した。


「これでカナタは儂の眷族となったはずじゃ。試しにニョロスケを持ってみてくれ」

「こ、こうですか?」


 ニョロスケと呼ばれている白蛇を受け取ると、ニョロスケの身体が光り輝く。


 眩しくて閉じていた目を開くと、手には一振りの刀が握られていた。


「これは……?」

「うむ。儂の眷族となった者だけが使える、その名もニョロスケブレイドじゃ!」

「シンプルなお名前ですねッ!」

「何事もシンプルイズベストというじゃろう、リンノ?」

「ええまぁ、そう、ですね……?」


 蛇神様は身体の向きを変えて、先程まで背を向けていた壁に視線を動かす。何の変哲もない、ただの洞窟の壁である。


「さ、カナタよ。その刀を使って、この壁を切ってみせてくれ」

「そんなこと出来るんですか?」

「ああ。儂の眷族に不可能は無い」


 カナタは全身の力を抜き、深呼吸。そして、刀を正眼に構える。


「い、行きます!」


 刀を壁に向かって振るう。


 だが、何も変わった様子は無い。


「カ、カナタ。ちゃんと壁に当てたんでしょうね?」

「そう急くでない、リンノや。切れておるよ――」


 蛇神様が壁の前に立ち、軽く壁に手を当てて力を入れる。


 すると、ズズズと轟音を響かせて壁が真っ二つに分かれていった。


「な?」

「…………嘘でしょ…………」


 壁が両断されたことにより開かれた道を蛇神様はずかずかと進んでいく。


 カナタたちもおそるおそる足を動かす。


 やがて、数分経っただろうか。


 一行の視界には外の光が差し込む。


「そ、外だ……!」


 リンノは我先にと光に向かって走り出した。

 洞窟を抜けた先には一面の野原。見ているだけで清々しい光景が広がっていた。


「さ、ここらで名乗っておくか。儂の名はシオ。蛇神と呼ばれておる。儂はあの眷族を探しに行くが、着いてきてくれるな、カナタ?」

「ええ、勿論です」

「わ、私も行くわ! カナタを放っておけないから!」

「そうか、リンノも来てくれるか。孫が一気に二人増えたみたいで嬉しいのう」


 シオがふと漏らした言葉にリンノは疑問を覚える。


 外見は十代前半。どう見ても孫がいるようには見えない。


「ま、孫って……何歳なの、シオ様って」

「女性に年齢を尋ねるのはマナー違反じゃが……確か、千はいっておったかの」

「せ、千!?」


 世界にはすごい人がいるものだ、とリンノは思うのであった。

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