Killer's Blade

旗戦士

Prologue: How to survive in LA

Act 1.鉄を斬る銀の一閃

<アメリカ合衆国・ロサンゼルス>


 その日は朝から酷い雨が降り続いていた。ロサンゼルスの都市部を夜の帳と鈍い雨が包む頃、路地裏を一つの足音が駆け抜ける。


「はァッ……はァッ……!? 」


 ジーンズを履いてジャケットを羽織るその女性は肩で息をしながら背後へ視線を何度も向けた。何かに追われるような焦燥感と恐怖に苛まれながら彼女は再び走り出し、姿なき追跡者から逃げようと路地裏から幾つものビルが立ち並ぶ大通りへと飛び出す。液晶画面を介さずに空中へ投影される幾つもの広告と店の看板が女性に安心感を与え、彼女はゆっくりとした足取りで人がいる方向へと進もうとした。瞬間、彼女を覆い囲うように眩い光が照らされ思わず女性は両手で顔を覆う。そして背後から聞こえるモーターの駆動音が、再び彼女を恐怖の底に突き落とした。無機質で冷たい機械の腕で女性の身体は軽々と持ち上げられ、思わず悲鳴を上げる。


「包囲しろッ!! 」


 大通りに響く怒号と、セラミック合金装甲の擦れ合う甲高い音が彼女の耳を覆う。ⅬAPⅮと大々的にボディアーマーに描かれた白い文字が幾ばくかの安堵を与えるが、それも無意味に終わった。女性の顔を覗き込むようにその鉄の塊は自身のメインカメラを駆動させる。不気味で青い光が彼女の視界を覆い、悲鳴を上げた。女性の身体を持ち上げるその塊の名は、人型機甲兵マキナロイド。主に警察の機動隊や軍に配備されている軍事用アンドロイドで、知識がない人間でも簡単に扱えるように人工AIが搭載されている。4m強のその大きさと制圧力によって幾多の戦場にも配備されていた。だがその人工知能こそが、今回の事件の原因であった。ここ数年で多発している機甲兵や人工AI、そしてアンドロイドによる傷害及び誘拐事件。人の創り出した"モノ"が感情や人以上の知能を手に入れ、人に対抗するという皮肉かつ凄惨な出来事が社会問題として取り上げられている。


「ひ、ひぃっ……」

『どうして逃げるのですか? 私はこんなにも貴女を愛しているのに』


 そして今回の事件はとても稀有な例だった。人がプログラムした機械が、人と同じようにを覚えた事だ。だが彼の思いも届かず、機甲兵の無機質な腕の中に収まる彼女は涙を浮かべながら沈黙を貫く。


「動くなッ! 貴様は完全に包囲されている! 今すぐプログラムを停止し、人質を我々に引き渡せ! 」


 無意味とも言える宣告に、機甲兵は青い一つ目を包囲した機動隊に向ける事しかしない。彼はカメラを周囲に動かし、脱出に最適かつ腕の中の彼女を守れるルートを計算している。その時、機動隊の一人が持つ対機動装甲用自動小銃・GLK54の銃口から対装甲徹甲弾が一発放たれた。この弾丸は人類が暴走する機械たちへの対策として急造されたものだが、それでも機甲兵の持つ装甲に与えるダメージは少ない。機動隊からの攻撃に激昂するように機甲兵は空いた腕に装備されていた回転式自動小銃を起動し、銃口を向ける。


『脅威を確認。排除します』

「みんな伏せろッ!! 攻撃が来るぞっ!! 」


 7.62×51mm NATO弾の嵐が、機動隊の隊員たちの隠れていた装甲車両に降り注いだ。タイプライターのような軽快な炸裂音が周囲に響き、彼を取り囲んでいた無数の車両に斉射する。


「きゃあっ!? 」

『ご安心を。貴女に危害が及ぶ事はありません』


 無機質なシステムメッセージが銃弾と共に吐き出された。状況が上手く把握できない女性は両膝を抱えて丸くなる事しか出来ず、彼に怯えている。


「おいっ! 緊急要請した例の奴はまだなのか! 」

「わかりません……! ですがこの場は我々で……がァッ!? 」

「ウィル! 」


 その場を取り仕切っていた隊長がガトリング砲によって撃たれた部下の下へ匍匐前進し、彼の銃創を見つめた。既に彼の息は無く一瞬にして命を奪い去られたその光景に隊長は奥歯を嚙み締め、地面に拳を叩き付ける。


『敵勢力撃破。これより検出したルートを基に行動開始』

「くそっ、 逃がすなッ!! 」

「ダメです隊長! それでは人質に被害が! 」

「構わんっ! このまま奴を撃てッ! そうではないともっと多くの被害が――――」


 その時だった。彼らの耳に、もう一つの駆動音が聞こえたのは。思わず機甲兵も銃撃を止め、その方向へカメラを向ける。内蔵された人工AIが一人の男を映し出した。腰から伸びる、不釣り合いな長さの刀。静かに地面を踏みしめる無機質な足形の塊。機動隊のようなセラミック合金の装甲ではなく、複合型特殊柔合金レアニウム製の外骨格装甲を身に纏う姿。そして何よりも目を惹いたのは、美しく伸ばされた長い銀髪だった。その男――――宗像むなかたいつきは片目に装着したゴーグルで遠く自身を見据える機甲兵へ視線を向ける。彼は腕に仕込まれた通信機を起動し、オペレーターへ回線を開いた。


「ミカエラ。あれが今回の依頼対象か? 」

『そうであります。きちんと任務をこなして下さいねぇ、ほんとうちの会社の名声も掛かってるんでありますから』

「分かってる。……では」

Time仕事toRock時間だ! ご武運を! 』


 彼の四肢は既に無い。いや、近年のサイバネティクス技術によってサイボーグ化した四肢を持つ、という方が正しいだろう。斎は特殊軟合金製の腕に仕込んだ通信機を切り、相対した獲物へ視線を向ける。地面に伏せていた機動隊の隊長が彼の姿に思わず身体を上げ、顔を覆っていたフルフェイスマスクのロックを解除した。


「……来たぞ、あれが……」

機甲ひと斬り……宗像斎……」


 隊員たちはその姿に茫然としているようで、斎はそんな彼らを無視して隊長の下へと足を運ぶ。


「あれが今回の標的か」

「あ、あぁ……。だが、幾ら機甲斬りと言えど……あの大きさは……」

「問題ない。それよりも離れていろ、邪魔だ」


 自分よりも遥かに大きい機甲兵の青い一つ目へ斎は視線を向け、舌打ちをしながら腰の刀に左手を伸ばした。対機械装甲用高周波ブレード・日秀天桜ひびりてんおう。相手の方も斎の存在に気を取られていたのか、彼の行動に一足遅れて知能を反応させる。


「そこの女。動くなよ、狙いが逸れる」


 瞬間、周囲の人間には一度だけ斎の脚部が地面を蹴る音が聞こえる。斎の姿は既にその機甲兵の眼前へと現れており、手にした愛刀を機甲兵の頭部目掛けて横一文字に抜刀していた。両肩から伸びた機甲腕は何も感じない。ただ関節部分に取り付けられたモーターが駆動し、握った愛刀を静かに振り下ろすのみ。一瞬で人工知能を搭載していた中枢機関ごと斬り捨てた彼は刀に付着したオイルを一蹴し、刀を鞘に納める。あまりに突然の出来事で脳の処理が追い付かなかったのか、人質の女性は気絶していた。彼も装甲兵と同じようなで彼女の身体を受け止めると、その女性を優しく地面に寝かせる。すかさず周囲の機動隊の兵士たちが集まり、その隊長が彼に腕を差し出した。


「協力感謝する、機甲斬り」

「俺は依頼されただけだ。あと部下共の銃を下げさせろ。不愉快だ」


 斎の一言で隊長格の男は部下たち全員に銃を下げさせる。その光景を鼻で笑いながら斎は隊長の肩を叩き、口を開いた。


「……煙草、持ってるか? 」

「煙草……? サイボーグのお前が……煙草を吸うのか? 」

「……俺はサイボーグじゃない。それと――――」


 その問いに溜息を吐きながら肩から手を離し、斎は指先から一筋の炎を出現させる。義肢に内蔵されたライターの火が、咥えた煙草に灯された。


「一つ忠告してやろう。。貴様らの作った機械の事ぐらい覚えておけ、間抜け共」


 そう言い捨て、斎は機動隊たちへ背を向けて歩き始めた。


「お、おい! まだお前の事情聴取が……! 」

「貴様らの上司にでも伝えておけ。あと、深夜間の依頼料は二倍だともな」


 そうして、四肢を機械化された男は再び路地裏の奥へと消えていった。

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