第36話 (円・マシュマロ)


 (円・マシュマロ)


 せっかくなのでお参りに…と参拝の列に入る。


「お賽銭か……いつもはしないけど御利益に預かってみるか」

「ん…がかかるように…」


 賽銭って5円なのか?いや、50円か?

 賽銭の額とかちゃんとみたことねぇからわかんねぇ……。母さんがくれたやつそのまま投げてたしな…。よし、雪葉を参考にしよう。


 なんか適正額を聞くのも癪なのでこっそり雪葉の手元を窺うことにした。

 すると雪葉が巾着から取り出したのはがま口財布…ではなく、ライブチケット用のファイル。小切手とか?いや、さすがにそれはないだろ。

 ファイルから抜かれたたのは…1万円……?


 何かがオカシイことに、数秒後に気付く。


「1万円!?」

「しーっ…ゆうと、声おっきぃ…。恥ずかしいからおっきな声ださないで……わたしまでヘンに見られるのヤだから…やめて…?」


 …ツンデレの方に徐々に傾いてない?別にツンデレも好きだけどさ…もうちょっと甘いのを感じてたかったような…。

 そんな悲壮な顔をして雪葉を見ていると、俺を不審に思ったのか眉をひそめた。秒ごとにツンが増してる気がする。


「…なに?」

「いや…えと…そうだっ、なんで1万円!?」

「…縁が多いほどイイって聞いたから…。足りなかった…?

 っ、でも別に…悠人との縁を願うわけじゃないからヘンに勘違いしないで…」


 1万円、しかもファイルに挟んでたからきっとピン札なんだろう…って感心してる場合じゃない!

 もしかして雪葉って意外と世間知らず?

 あんまりお嬢様感はないけど強気だしクールだし金持ちだし…あれ?意外と箱入り娘の特徴にピッタリ。


「いや、さすがに神様も困るだろ。

 えと……賽銭額の量で階級分けするわけにもいかないし、かといって1万円くれたの人とそうじゃない人とを同じレベルで見守るのも悪いって思うだろうし…」


 どんだけ賽銭しようがではないので無理矢理な理論になってしまう…がそれで納得したのか、なるほどと首を縦に振った。

 だが…雪葉は思っていたのと逆方向に暴走した。

 手にお札を加えて、首をかしげる。


「じゃあ2万円でたりる…?」

「そうだな~…ん…?っ、いやそれが高すぎるんだって!」

「え……そう…?」

「あぁ、普通は…500円でも高いぐらいじゃないのか…?」

「そ…じゃあ500円にしよ…」


 雪葉は言いつつお札をファイルに戻し、代わりにがま口を開き、そして取り出した500円玉を見て、俺はようやく安心した。

 まぁそれでも高すぎる気がするんだけど…、と思って雪葉を見てるとそれが伝わったのか、顔を真っ赤にさせた。


「円が多い方がっ…悠人との縁も増えるからっ…///…ってちがうっ…!」


 ブツブツなにか悪態やら言い訳やらを始めたので耳をシャットダウンさせ、今の言葉を頭の中で繰り返す。

 やべぇ…幸せ……円が多い方が俺との縁も増える…ぐへへ…1万ぐらい投げようかな…。

 数分ぐらいごにょごにょと何かをつぶやいてようやく気が済んだのか静かになった。そこで口を開く。


「いままで知らなかったのか?」

「ん…初めて……」

「マジで?なんか意外だな」

「そう…?あんまり神様に興味ない家だったし…。ね、悠人。このお賽銭箱って神様につながってるんだよね…?」

「っ…あ、あぁ…そうだけど?どうしたんだ?」


 俺に確認しようとする雪葉の顔がマジだったので、吹きかけた。

 もしかしてホントに信じちゃってる!?お賽銭のお金が全部雲の上に行くと思ってるのか!?だったら純情すぎだろっ、可愛いんだけど!

 その願望にも近い叫びは、叶った。というか正解だった。


「じゃあ…外国の神様にもお願いした方がいいよね…?」


 垂れかけた鼻血をすすり、鼻をつまむ。

 その間に雪葉が財布から取り出したのは…ユーロ、元、ドル、ペリカ…?それ映画の特典のやつじゃね?

 ってちげぇよ!八百万の神がどうのこうのって言うけど!なんで神社のお賽銭にキリスト券とか仏教圏とか地下帝国のお金入れようとしてるんだよ!


 俺は心中で叫んだことを雪葉に聞かせてやろうかと思ったけど、長すぎるしうるさいだろうからやめた。

 そして、全部をひっくるめて一言にできる言葉を思いついた。


「雪葉…」

「なに…?」

「純粋すぎて可愛すぎだな。俺の自慢の彼女だぜっ」


 そう言って抱きしめると、固まった。

 見下ろすと、現在進行形でその耳が赤くなっていくのが見えた。そして真っ赤に染まり染まった後、雪葉がバカ、とつぶやく。


 ここまでは最高だったが…突如、ボカスカと殴られて痛い思いしかしなかったのでカット。

 正直肋骨が折れてもおかしくなかった。




「ふぅ…そろそろ帰るか」

「ん…」


『雪葉はなんてお願いしたんだ?』

『聞く……?』

『ん~…まぁお祭りイベントの恒例だし?』

『悠人とずっと一緒にいられること…///』


 そんな会話を妄想して一人で楽しむ。

 デレデレ雪葉を見た後に、ツンデレ雪葉と喋ってて思ったこと。

 ツンデレは恥ずかしがると後処理が面倒。ブツブツと悪態をつぶやいて恥ずかしがるところがツンデレの肝だが、その悪態が胸に刺さるのでけっこう辛い。

 ツンデレたちが吐くのは可愛らしいツンツンな毒舌だけではないのだ。正真正銘の毒を吐くことだってある。


 ということで、わかりきった会話を妄想することにした…のに、願い事の話題は雪葉から沸いてきやがった。


「悠人はなんてお願いしたの…?」

「……聞くか?」

「ん…」

「…ちょっと照れくさいんだけどな……えと~…雪葉が幸せなこと…かな?」


 いや別に雪葉に願い事を聞かなかったのはっ…聞いたらこっちまで教えなきゃいけなくなって恥ずかしい思いしそうだったから、とかそういうわけじゃねぇけどっ!

 と、ツンデレじみた、しかし弁明を一つ。

 その間、雪葉は俺に聞こえてないと思ったのか、小さくつぶやいた。


「……ばか…一緒が幸せなのに…///」

「…っ///…えと~…なんか持とうか?」

「いい…」


 バカな会話のそらし方をしてしまった。

 雪葉が手に持っているのは射的でゲットした小さなお菓子と巾着と…オモチャの指輪だけ。

 一体何を持つというのか、まさか雪葉自身とか?


 ……そんな軽口が神様に聞こえたのか、同時、雪葉がつんのめった。


「っ!」

「どうした?」


 雪葉の肩を持って支えると、恥ずかしそうに手を振り払われる。そして目線を足下におろす。つられて俺も下ろす。

 …鼻緒が切れいていた。


 おい、ラノベの神様およびラブコメと夏祭りの神様…夏祭りイベントが少なかったからってド定番ネタ持ってくんじゃねぇよ!

 今ので雪葉がこけてたらどうする気だったんだよ!雪葉に怪我させてまでラブコメネタなんかしたくねぇよ!


 街灯に照らされて曇った空を見上げてそう、悪態をつく。

 だが据え膳食わぬは男の恥、雪葉に背中を向けてしゃがむ。


「ほら。乗れよ」

「…っ……///」

「いいからっ。怪我されるとイヤだし」

「…ん…」


 そう言うと、雪葉は素直に俺の背中に体を預けた。

 立ち上がって振り向くと、頬を指で押し返された。可愛い台詞付きで。


「こっち見ないで…。恥ずかしいから…///」

「…」


 無言で前を向いて、歩き始める…と、数秒後、雪葉が小さく呟いた。


「…ありがと…」

「…」


 俺は無言で頷く。何故声を出さないのか?決まってる。

 女子をおんぶするのは初めてなのだ。

 口を開いたら不安定な音しか出ないでまともに喋れない。


「…ごめん…」


 俺の無言に不安になったのか、そう呟く。

 でも首を横に振るしかできない。

 なぜなら…。


 背中に当たるは、いつもはさらし巻いて隠してるのか?ってぐらいその見た目からは予想もできないほど柔らかい胸!

 耳を包むは、甘ったるくて柔らかくて暖かくて艶かしい吐息!

 手に感じるはふにふにですべすべなJKの生足!


 その全てが、俺の心を跳ねつかせていた。しかし黙りこくると雪葉が不安で泣きかねないので口を開く。


「あ…えぁ…き、気にしてないから…な!?だ、大丈夫…」

「?…ホントに?」


 頼むから喋らないでくれぇぇぇええ!

 雪葉の息を耳元で感じるとホントにドキドキする。


「うぇ…うあぁああ…わわ…」

「っ!…悠人?」

「ドキドキするんだよ!胸当たってるし!喋られると耳に息が掛かるし!太ももめっちゃ柔らかくて暖かいし!」

「…っ!お、下ろしてっ…///」

「下ろしていいのか!?いいのか!?」


 それは脅迫なのか、確認なのか自分でもわからない言い方だった。俺としてはおろしたい気持ちでやまやまだったが…。

 いや、嘘じゃねぇよ?


「…やっぱヤ…///」


 私は何を言ってるんだろうか。

 何をしているんだろうか。

 きっと私の頭はとち狂ってる。


 実は鼻緒は元から切れていて、前々から家で鼻緒が切れた下駄で歩く練習をしていたとか、そんなをしている私はきっと狂ってる。

 おぶってもらうためにそんなことしてた、とか言ってる私は狂っているのだ。そう、狂っているだけだ。


 いろいろと言われて…恥ずかしい、けど嫌悪感はない。

 そういうを言われるのはあまり好きじゃないのに、悠人が相手だとこれっぽっちも嫌いじゃない。

 いや、少しはイヤかもしれないけど…。


 でも、ほんの一部では、むしろ好きかもしれない。

 …もっと一緒にいたい。近くに悠人を感じていたい。そう思う。


 さっき悠人は胸だったり、太ももだったり、私の息でドキドキするってい言って

 悠人にもっと密着してみる。すると悠人の動きが一瞬止まった。

 悠人がドキドキしているんだと思うと、それだけで私までドキドキする。


「……ふぅ~…」


 悠人の耳に息を掛けてみる。今度はもっと動きが止まった。

 ドキドキと跳ねる心臓は私の心臓なのか悠人の心臓なのかわからなくなっていた。

 いや。どっちも…か……。一緒だ、一緒にドキドキしてる。


「ふふっ…」


 うれしさで笑みがこぼれる。深夜ハイテンションだ…と自覚したがだからといってなにかするわけでもない。

 悠人の首に、喉仏に腕を絡めると、悠人が動きを止めた。


「…雪葉、これが街中でよかったな…。誰もいなきゃ今頃襲ってるぞ」

「…襲ってくれるの?」


 いつかどこかで見た漫画のように、悠人を煽ってみる。と、悠人が振り返って、キッと私を睨んだ。


 黙ってせかせかと歩き出す。ここちよい沈黙が数分、突然私を下ろし、悠人に似合わず乱暴に私の肩を掴んだ。

 気付けば私の家の前だった。


「…ゆ、雪葉が悪いんだぞ…」


 悠人の顔がグン、と近くなって…。




「え…?キャッ…きゃっ…」


 雪葉から離れて自分の家に向かう。

 歩き始めて数秒後、ようやく雪葉が声を上げた。

 けど振り向けない。振り向いたら…俺のめちゃくちゃ真っ赤な顔を見られるだけだ。

 恥ずかしさで震える肩を押さえて、点滅する街灯の下をくぐった。




「で…キスしてきたと…」

「はい、雪葉が可愛すぎて衝動が抑えられず、キスしてしまいました」


 真面目腐った顔で告白したこの弟にはほとほと呆れる。

 特に正座してるのが、惚気話なら帰れ、と一蹴できないずるいところだ。ため息を吐いて、寛大な心で我が弟を睨む。


「それを俺に言った訳は?」

「はい、自慢です」

「…そうか死ねクソ。…で、どんなキスの仕方をしたんだ?」

「えと…顔を近づけて、軽く…です…///うわっ、めっちゃ恥ずかしっ!」

「聞いてる俺が恥ずかしいわ!まさかだけど舌とかは…?」

「いや、舐めたくなるのを我慢した」

「そうか、よかった…」


 流石に初めてのキスで舌はだめだ…あぁん?舐める?舌は絡めるものだけぞ?舐めるってどういう…っ、まさかだけど!?


「悠人…お前どこにキスしたんだ?」

「はいっ、ほっぺです!めっちゃ気持ちよかった!マシュマロみたいにふわふわで柔らかくて食べたくなった!」


 …幸せそうな弟だ、そっとしておいてやろう。

 決して、純粋純情恋愛初心者を恋愛初心者なんて煽るものではない。






PS:ガチ甘トロに、自分でも砂糖を吐いた。6章はまだマシなはず…。それよりも書きだめがあと一週間分しかない!


 ペリカに著作権はないはず…。

 あと、映画の特典でペリカ札がもらえたらよかったのに…と思う今日この頃。



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