第30話 (ジャージ・ウィンク)



 (ジャージ・ウィンク)


 授業中、ふと、雪葉がきているダボダボのジャージを見て思い出した。


「なぁ雪葉、ジャージ…」

「っ…」


 そう、ジャージ。俺のジャージは完全に、雪葉のものとなっていた。


 いままで、ジャージの件を話すことを忘れたり、いざ思い出してジャージの話をしようとすると雪葉に逃げられたり…そんなこんなで雪葉が風邪を引いた日からもう2週間が経過していた今日、ようやくだ。


 雪葉はピクリと体をはねさせ、慌て出す。


「…こ、これっ…着心地いいしサイズぴったりだからもらってもいいっ!?…別に悠人のだから欲しいホントは悠人のだから欲しいだけ…訳じゃないけど…っ///」

「だろうな、もしそれが本当なら…」

「っ…ありもしないことで私を変態呼ばわりしないでっ…///」


 サイズはぶかぶか、常に萌え袖状態で、チャックを閉めると、俺ですら股が隠れるのだから雪葉の膝上まで裾が垂れ下がる。

 これのどこがサイズぴったりなのか説明して欲しい。

 まぁでも、着心地がいいのはわかる、から…。

 正直、俺のジャージだから欲しいってことならとっても嬉しいのだが、さすがに雪葉は変態ではないようだ。


「そうだな〜じゃあやるよ」

「え…?いいの…?」


 そんな簡単にもらえると思っていなかったのか、キョトンとする雪葉。別にそこまで高いものじゃないし、気に入ってた訳でも…いや、結構気に入ってたけど雪葉が気に入ったならあげてもいい。


「俺の誕生日9月だからさ、誕プレでそれの代わりになんかくれるか?」

「…っ…わかった…///…じゃあ…誕生日の週の週末でもいい…?」

「ん?あぁ、別にいいぜ」

「ん…っ…クレープ…」

「…約束の言葉使うほどか?」

「んっ…必要なのっ…///」

「…おう、クレープだ」


 私は心の中でガッツポーズした。これで、誕生日の週末は私がもらった。つまりその日は、私は悠人とどこかに出かけられるということだ…っ。

 …やった…悠人の誕生日お祝いできる…///

 そのせいでニヤニヤが止まらなくなった。




「昨日のモモ恋木ドラ『桃缶に恋』のユウト様のウィンクめっちゃかっこよかったよね~!」


 ハナサキの声にピクリ、と耳が動いた。

 自分で言うのも何だが、いそいそと髪型を整える。


「ハナちゃん!わかってくれた!?カッコいいよね~!雪葉ちゃんも見た?」


 足を組んで呼吸を整える。


「…ん…よかった…」


 たった今、自身の名前が出たことを気づいたかのように、俺は口を開いた。


「オレのこと、呼んだかい?かわいい子猫さんた…」

「「呼んでないから」」


 最後まで言わせろ、と叫ぶことすら許してくれない。

 ユウト様、って呼ばれたから振り返ってやったのに…くそっ。

 俺だって!俺だってカッコいいんだからな!…雪葉を惚れさせるぐらいには…。

 そうか!…って事はつまり…!


「雪葉にとって俺はそのユウトって野郎よりもカッコいいってことか!?」

「うるさい黙れバカ身の程知らず自惚れ利己的自己中心恥を知れ…///」

「うわ~グサッとくるね~雪ちゃんえげつないねぇ~」

「呪詛だね、完全に。悠人君死んじゃったよ」


 今のは悠人が悪いしっ…みんなの前でそんなこと言う悠人が悪い…。…2人きりならいいのかと聞かれたら微妙だけど…。

 2人きりの時の私なら、今の悠人の言葉に、もしかしたら頷くかもしれない。


 とにかく…すでに机に突っ伏して泣き咽ぶ悠人を睨め付けたりなんて追い打ちをかけるのはかわいそうだからやめておくことにした。


「でも雪ちゃん顔赤いよぉ~?あれれぇ~?おっかしいぞぉ~?」

ズボッ図星ってなっちゃった?」

「っ…そ、そんなわけないからっ!こ、こんな自惚れが私の彼氏で恥ずかしくなっただけっ!」


 こんなに否定しても、2人とも私を見下ろしてニヤニヤするだけ。

 私ってそんなに信用度がないのか、と悲しくなったけど…実際は嘘…じゃないけどっ、対外的に嘘なようなもので…っ!あぁもういいっ…!


 頭の中の葛藤が漏れ出ていたのか、2人は顔を見合わせてもっとニヤニヤした。


「なにっ…?」

「へぇ~彼氏だって認めたね~」

「雪葉ちゃん悠人君と付き合ってたんだ~」


 …付き合い始めたことを一番最初に教えたのはアンタ達だろこの野郎、と悪態をついたのは頭の冷えた部分。

 はそんな事を言ってる場合じゃなかった。


「べ、別に付き合ってない!ただの友達だから!そんな好きじゃなくて嫌いだからっ…!」


 後ろでガタッと大きな音が鳴った。振り返る…いつの間にか地面に倒れた悠人が泡を吹いていた。

 その横にフウヤ君がしゃがんで、何かしている。

 私も駆け寄ろうとしたけど…2人の追い打ちで体が止まった。


「そっか、まぁ雪ちゃんに悠人とか釣り合わないよね。ごめんごめん〜」

「じゃあ私が悠人君のこともらっちゃおうかな~」

「え〜私がほしいな〜」


 瞬間、頭の中に浮かんだ3文字が合った。NTR、またの名をネトリ…漢字はよくわからないが、きっと人の彼氏を奪うことだろう。それぐらいは知っている。

 ユユちゃんはルックスいいし、全国的に見ればかなり勉強もできる。運動もできて素直で優しくて明るくて空気が読めて…。

 あれ…私勝ててるのって数学と格闘技だけ…?


 悠人がユユちゃんと一緒に腕を組んで歩いたり、キスするシーンを思い浮んでくる。

 悔しさとか悲しさとか以前に、胸にぽっかりと穴が開く。足がガクガクと震え出した。

 怖い、そう感じた。



 ぶわぁ…



「なんで…そんなこというの…?」

「っ…キャッ!きゃーっ!ぶわぁっ、雪ちゃんぶわぁだっ!」

「ぎゃーっ、かわいい!ホントぶわぁ!」


 突然、2人とも互いに手を握り合って叫び出す。

 何かが私の頬を伝って、落ちた。



 ぽたっ…



「…ほ、ほんとは…悠人のか、かのじょはっ…わ、わたし…だから…そんなこと…いわないで…。いわないで…」

「ぎゃっ!ぽたっ!ぽたってなった!」

「ホント!すご…っ、は、ハナちゃんまって…私罪悪感で潰れそうになってきた…」

「っ…わ、私もなんか心臓が痛くなってきた…。や、やめよっか…」

「そうだね…えと…雪葉ちゃんごめん!なかないでっ、悪ふざけが過ぎたから!」

「うん!ごめんね雪ちゃん!」

「…?ないてなんか…あれ…なんで…?」


 頬を拭うと、悠人にもらったジャージの袖がぬれていた。


「…あれ…?」

「別になくこたぁねぇだろ。

 どんな戯言を聞かされようが、俺は雪葉が俺のコトを嫌いって言うまではどこにも行かねぇよ」

「…っ!」


 悠人の手を肩に感じる。振り返ると、悠人は優しい笑みを浮かべてくれた。

 瞬間、恥ずかしくなって…さっき言ってしまったことを思い出す。


「わ、わたし…さっき…き、きらいって…」

「あぁ、そのことか。確かにつらかったけど、それ嫌いってクレー…」

「おいお女子おなごドモお前ら!

 全クラス回ってきたけどなぁにがユウト様だ!

 そんなに言うならユウト様のウィンクと俺様のウィンク!どっちがカッコいいか勝負しろっ!」


 もう後10文字、8音『プ付きじゃないだろ?』とさえ言えれば決め台詞は決まっていた。のに…。 

 教卓の上に器用に飛び乗ったザキヤマが、腕を組んで叫んでいた。精一杯、にらみつけるが…あのバカには届かない。

 その間に雪葉は泣き止んでしまっていた。


 フードをかぶって、俺に背を向けてしまう。

 肩に乗せた手は振り払われる。

 ちょっと悲しかった。


「見たまへよ!我が渾身なるウィンクを!」


 …恥ずかしいから泣きはらした顔なんて見せたくない。

 あと、悠人に暖かい言葉をかけられると死ぬ。幸せすぎて死ぬ、自信があった。


「相変わらずきもいな~ザキヤマ」

「ん…」


 俺の独り言に返しがあったから別に俺のことを避けようとしてるわけじゃなくて、泣き顔をみられたくないだけなんだろうってわかって安心する…っ!っ!?

 って今更だけど雪葉泣いてたの!?ユユギハラの冗談でなくとか可愛すぎだろ!冗談を間に受けるってどんだけ純情なんだよ!

 天使か!?天使だな!


 叫び倒す脳みそとは裏腹に、口からは他愛もないことがこぼれ出た。


「あぁ…雪葉、今日クレープ、俺のおごりの日だからな」

「っ…!」


 私には…そこからの記憶がない。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る