第1節6話

第二クォーター中盤、ナイナーズのタッチダウンにより、ついに試合は動き出す。


タッチダウン後の、ポイントアフタータッチダウンで、追加の一点は取れなかったものも、勢に乗った。

カズミのパスワークが冴えまくり、ナイナーズが後わずかで追加点と言う所で、第二クォーターが終了した。


ベンチに引き上げる、両チームの表情は、対照的だった。

途中まで、自慢の鉄壁の守備アイアンカーテンと、トウカの抜刀による、イリーナの封じ込めに成功していたマインズ。

だが、一つのミスで先制点を許し、トウカ・サカザキまで失ってしまった事の、ショックは大きかった。


それに比べ、ナイナーズは、マインズの、鉄壁の守備アイアンカーテンに阻まれ、苦しいスタートだった。

しかし、カズミが提案した賭けが、流れをかえる。

一歩間違えれば、イリーナを失う危険な作戦だった。

だがカズミ達は、危険な賭けに勝ちトウカ・サカザキを、ノックアウトする事に成功をする。

先制点を取ることに成功した選手達は、ホームの大声援を受けながら、ベンチに引き上げる。


「よし、お前達。前半はいい試合展開だったぞ。

特に、タッチダウンに繋がった、あのプレーは、最高だったぞ」


カズミは、恥ずかしそうな顔をし、イリーナは、どや顔をしていた。


「1つ、気になった事があったのだが、まだ教えていない[イーストコーストオフェンス]を、何故知っていた?」


「イーストコーストオフェンス?」


「なんだお前さん、無意識に実行していたのか。こいつは、たまげたもんだ。

イーストコーストオフェンスと言うのは、ナイナーズに古くから伝わる戦術だ。

暴風の影響を受けやすい、ロングスローを極力使わず、ショートパスやフェイントを織り混ぜる戦術で、この暴風が吹き荒れる、カミカゼフィールドに対応するために、編み出された物だか、お前さんはそれを実行した。

どういう事だ?」


「あれは、野球と言うスポーツの、カットプレーと言う技術です。

目標とする場所へ一人で大遠投をせず、二人で短い距離を投げます。

それにより、目標の場所への送球時間が、結果的に短縮され、暴投のリスクも低下します。

投げる距離も短いので、山なりで無くていい。

なので、風の影響も受けずらいんですよ」


「なるほどな、そう言う事だったのか。

では、最後の方に見せた、ランニングバックに渡すふりをする、フェイントはどうなんだ?」


「それは、かくし球と言う技術です。

他の人にボールを渡したふりをして、相手を騙す技術なのですが、あまり誉められたプレーではないんですよ」


「だがそのプレーが、先制点をもたらした」


カズミはまたも、恥ずかしそうな顔をする。


「カズミ、貴方のプレーは、暴風の中ピンポイントの位置にボウルを投げると言う、難しいものでした。

他の者に出来ない事を出来るのですから、恥ずかしがらずに、自信を持ってください・・・」


「スズネの言う通りだ。

自信はプレーに持つことは、恐怖を消し去り、良いプレーに繋がる」


「あとイリーナ。貴女はどや顔を、少しは自重してください。

嬉しいのは分かりますが、何度もやらないでください・・・」


これにはイリーナも、苦笑いするしかなかった。


「いいか!アイアンマインズは、最後の方は崩れかけていた。

後一押しだ、この試合かつのは、俺たち、ナイナーズだ」


「オッス!」



一方、アイアンマインズベンチは、お通夜のように静まりかえっていた。

特に、トウカの突出を止める事を出来なかった、エドウィンはうなだれていた。


「すまない、俺がトウカを止められなかった為に、前半で退場させてしまった。トウカの状態は、どうだ?」


ヘッドコーチのレイトンは、タメ息をつきながら話す。


「このゲーム中の復帰は不可能だ。前半で、プラン変更をしなければならないのは、かなり苦しい。

何せ、怪我で主力を何人も欠いている状況だ」


ベンチ内が重苦し雰囲気に包まれていたが、一人の女性が立ち上がった。

チームカラーの赤を基調とした、ジャケットにロングスカートの女性は、レイトンに提案をする。


「私、後半から出ます」


皆は、驚いた。彼女、リッカ・サカザキは、昨シーズンの怪我による調整の遅れの為、スタメンから外れていたのだ。


「リッカ、気持ちは嬉しいが、まだ怪我も感知していない。

そんな状態でプレーすれば、また怪我をしてしまう」


「でも、このままでは、負けてしまいます。私にやらせてもらえれば、この状況をひっくり返します」


リッカの提案に、レイトンは悩んだ。

彼女が出場すればこの試合は勝てるが、怪我が再発すれば、今シーズンを棒に振るかも知れない。

何があっても、それだけは避けなくてはいけない。


「トウカのミスは、私が原因です。

なら、私が取らなくては行けません」


トウカのミスは、私が原因。

リッカの発言に思い当たる節があり、チーム中でも共通の認識であった。

レイトンは悩む、提案を突っぱねる事は簡単だが、リッカの提案は、無下には出来ない。


「わかった。たが、無理はするなよ。

リッカのサポーターは、エドウィンに任せる 」


「ああ、今度はミスらねえ。どんな事をしてでも、リッカさんを支える」


「お、エド君頼りになるー。

なら、1つお願いがあるんだけど。

少しの間でいいから、イリーナちゃんを一人で抑えて欲しいの。出来そう?」


この提案には、エドウィンも苦笑いをするしかなかった。


「リッカさん、俺はどんな事をしてでも支えると言った。

だから、任せてくれ!」


「いいか、諸君。今我々は、苦しい状況に置かれているが、昨シーズン最後の時と比べれば、まだマシだ。

このくらいの困難を打開出来ないようでは、ファンタズムボウル制覇は、夢のまた夢だ。この試合に勝利し、我々の悲願するのだ」


「オオー!」


選手から、悲壮感は消え、自信に溢れていた表情に変わっていた。



両チーム休憩も終わり、選手達は各ポジションに散っていく。

そんな中観客は、ある選手の出場に沸き返った。マインズの絶対的エース、リッカ・サカザキが、後半から出場をしたのだ。


「あれがマインズのエース、リッカ・サカザキか。

ポジションは、後方から魔法で援護する、BLブレイカーか」


「そうだ、カズミ。しかも、世界トップクラスのブレイカーだ。

あの人を止められなければ、試合の主導権は、マインズに移る」


「カズミに魔法が来るならば、全力で貴方を、守ります。

ですから、貴方は自信を持って、プレーをしてください・・・」


審判がホイッスルを吹き、第三クォーターが始まる。


第三クォーター14:51 ファーストダウン 残り71ヤード

センターからボールを受け取ったカズミは、フェイントを混ぜながら、パスをしようとした、その時だった。

リッカの繰り出す灼熱の魔法が、カズミに襲い掛かる。


そうはさせじと、スズネは空中に風属性を示す、緑色の五芒星を描き、詠唱を行う。


「五行障壁」


目の前に魔法の障壁張られ、カズミは守られた、はずだった。

間を置かず連発された魔法が、次々と襲い掛かり、カズミを守る障壁を破壊する。


「がああああっ!」


カズミの全身を、焼き付くすような痛みが襲い掛かる。

その拍子にボウルを落としそうになったが、何とか落とすと言う、最悪の事態は避けた。


「速射魔法。去年までなら、チャージして広範囲魔法で仕留めに来ていたはずなのに・・・」


「甘いねー、スズネちゃん。

私だって、日々成長してるんだから。後半戦は、好きなようにプレーをさせないよ!」


「くっ・・・カズミ、カズミは、大丈夫か!」


「あ、熱・・・い、体が焼ける」


カズミは、苦悶の表情を見せるが、必死に耐える。


「カズミ、今癒します。五行治癒」


青と緑の光りがカズミを包み、体を癒し焼き付くすような痛みを、取り去った。


「ありがとう、スズネ。これでならまだ、プレー出来る」


「いえ、これが私の仕事ですから。

私は、貴方に謝らなければいけない。次は、絶対に抜かせない」


スズネは悔しさを押し殺しながら、リッカを睨み付けた。


「おースズネちゃん、コワイコワイ。

でもこれで、チャンスが出てきた。

後は相手を、何処まで出し抜けるか・・・」


第三クォーター14:40 セカンドダウン 残り71ヤード

先ほどの魔法を警戒したのか、開始のホイッスルと同時に、カズミの前に五行障壁がはられる。


「甘い甘い、それは読んでいたよ」


リッカはほくそ笑むと、魔法のターゲットを、スズネとイリーナに変えたのだ。


「しまった、こんな単純なミスを・・・」


本来ならリッカが魔法を詠唱してからでも、十分障壁は間に合う。

しかし、連続で放つ魔法に対応する為、相手が詠唱をする前に五行障壁を張り始めた。

経験に勝るリッカは、スズネの隙を見逃さなかった。

障壁の無い、がら空きのイリーナとスズネを、灼熱の魔法が襲い掛かる。

イリーナは、何とか避ける事に成功をしたが、詠唱中だったスズネは、全身に灼熱の炎を浴びる。


「イリーナちゃんの方は、失敗かー。

でも、スズネちゃんをノックアウト出来れば、大分有利に・・・と、そう上手く行かないか」


炎と土煙の中から、スズネは、姿を表した。


「危なかった。何とか障壁が間に合った。魔法をもし標的が私だけだったら、どうなっていたか・・・」


「二頭を追うものは、一頭獲ずか」


リッカの魔法に、苦戦しなからも前進する、ナイナーズ。

しかし、リッカの仕掛けた罠にはまっていた事に、気づく者は誰もいなかった。


第三クォーター14:16 ファーストダウン 残り40ヤード

ホイッスルが鳴り、プレーが再開した瞬間だった。

リッカはロッドの中央を持ち、グルグルと回転させる。

回転したロッドは金色に輝き、その先端ではゴウゴウと炎が燃え盛る。


「カマドの神、ヘスティアーより承りし炎。

その炎より作られし鉄槌は、全てを打ち砕く」


リッカは、BLブレイカーの代名詞。高火力魔法を、放とうとしているのだ。


「そんな、チャージしてる素振りなんて、無かった。

なのに、どうして」


「お前達急げ!何とか、避けるんだ!」


ゴルドの指示が、フィールドに響き渡る

リッカの詠唱に対応して、慌てて障壁を張り出すスズネ

今度は6色に輝く六芒星を空に描き、詠唱を行う。


「お願い、間に合って・・・木の神、火の神、土の神、金の神、水の神、そして、風の神よ!どうか、我らを守りください」


だが、スズネの詠唱よりも先に、リッカ詠唱が終わる。


「受けよ、我が鉄槌。アイアンフィストブレイカー!」


スズネは完全な詠唱を諦め、不完全な状態ながらも障壁を張り出す。


「風魔六芒星!」


メンバー全員に、障壁を張ることに成功をした。

だか、不完全な障壁を、無情な鉄槌は、全てを破壊した。


「知らなかったの?私の魔法からは、逃げられない」


魔法を受け満身創痍の所に、マインズディフェンス陣が襲い掛かる。

何とか立ち上がったカズミだったが、そこからボウルを奪うことは、マインズにとって赤子の手を捻るよりも容易かった。


カズミは、エドウィンにサック[クォーターバックにタックルをする事]され、ボウルを奪われる。

ボウルを奪い取ったエドウィンは、無人のグラウンドを走り抜き、タッチダウンをした。


「ヨッシャー!してやったぜ!」


タッチダウンをされ、静まりかえったナイナーズに、更なる悲劇が襲う。

リッカの魔法の影響か、暴風が収まってしまったのだ。


「マズイ!このタイミングは、最悪だ。

無風の状態なら追加のキックで、得点を取るのも容易い」


イリーナの予言は、的中した。

無風のゴールにエドウィンは、キックでボウルを蹴りこみ、追加の一点を獲得。

6対7となり、マインズは逆転に成功した。


第三クォーター13:42 ファーストダウン 残り55ヤード


カズミは、目を疑った。

先ほどまでブレイカーとして、魔法を撃ち込んできたリッカが、最前線に出てイリーナと対峙しようとしているのだ。


「ああ、ミーティングで言ってのはこれか」


ブレイカーは本来、魔法使いの様なもので、最前線で戦う戦闘力は無い。

けど、リッカ・サカザキは例外だと。

高火力の魔法を撃ち込んだ後は、最前線で相手の壁になると。


そんな人が、イリーナの前に立ちはだかり、前半まで居た、トウカの役目を果たそうと言うのだ。


「やっほー、イリーナちゃん久しぶり。

同じグラウンドに立つのは、去年のオールスター戦以来かな?」


「お久しぶりです、リッカさん。

ですが、今日は敵として、貴女に立ち向かいます」


二人の前に、激しく火花が散ったような気がした。

イリーナは逆転を信じ、諦めることの無い闘志に溢れた目で見つめる。


一方リッカは、獲物を見つけた野獣のように、鋭い眼光で見つめる。


「あのー、リッカさん?楽しいからって、あまりはしゃがないでくださいね。

万が一、貴女まで抜けられたら、チーム崩壊の可能性がありますから」


エドウィンが、心配そうに声をかける。


「大丈夫。無理しないように注意するから、サポートをお願いね」


こういう所を見ると、リッカさんとトウカは姉妹なんだなと実感をした、エドウィンだった。


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