第39話 死は希望

 アルベルトから許可を貰い、大広間の扉を開く。そこにはティーカップを手に取り、長机に軽く腰を預けているアルベルト王子の姿があった。


「殿下、ご報告に参りました。」

「そのように遜らへりくだないでいただきたい。選ばれし者よ。」


もともとこの男に敬語を使うのは気に食わなかったのだが、いざ使わなくていいとなるとそれはそれで気が引ける。しかし、せっかく許可してくれたのならば従わなければ失礼にあたるだろう。


「わかった。アルベルト。ドナルドの部屋での出来事を報告する。」

「え、ちょっと、シン!」

「謹んで拝聴いたします。」


敬語をやめた俺と、膝をつくアルベルトの間でマキナが慌てふためく。そんな彼女を無視して俺は話を続ける。


「ドナルドの死因になった首の傷は不自然なほどに綺麗なものであった。加えて、部屋のどこを見ても争ったような形跡もなかった。すなわち、現状だけを見ればドナルドは自らその命を絶ったという説が濃厚だ。」

「・・・そうですか。」


アルベルトの反応は非常に落ち着いたものであった。彼にとってはドナルドの死因が自殺であるということは意外な真実ではないのかもしれない。


「しかし動機がわからないんだ。何か心当たりはあるか?」

「はて、どうでしょうな。家庭環境が複雑であるこということは耳にしたことがありますが、それ以上は存じ上げません。」

「家庭環境?」

「幼いうちに両親を失くし、身分違いの家に養子として引き取られたとか。ただの平民が急に貴族の家系に移るわけですから、周囲の者と上手くいっていなかったとは聞いております。」


ドナルドは苦労人であった。両親はパスカルの研究所で命を落としているとバンジャマンからも聞いていたが、その後の生活でも様々な苦い経験をしてきたのだろう。しかし、それがあのタイミングで自殺を図る理由になるのであろうか。アルベルトはこれ以上の情報を持っていないようであったため、俺はドナルドの部屋で出会った男の話に話題を変えた。


「ドナルドの部屋を調査している時に、不審な男に襲われた。」

「そうでしたか。どのような男でしたか?」

「黒いフードを被った男だ。両手に小剣を持っていた。それなりに出来る奴だった。」

「なるほど。それは災難でした。」


俺はまた違和感を感じていた。はグラン家に雇われた暗殺者である可能性もあるというのにこの落ち着き様。ドナルドの遺体発見後の取り乱した様子など見る影もないほどに冷静であった。あきらかに様子が変わったのは俺を『選ばれた者』と認識してからであった。自分の身の危険よりも『ドミナント教』が大事だとでも言うのだろうか。それならばと、俺は死の手帳カルネデモルトと思われる白紙の手帳を、内ポケットから取り出す。彼ほど熱心な教徒なら、この手帳についても何か知っているかもしれない。


「あと、アイツの部屋でこれも見つけたんだが、これが何か知っているか?」

「それは・・・、中身は見ましたか?」

「あぁ、見たけど何も書いてなかったよ。ヴィオラ含めて何故皆がこんなものを恐れているのか皆目検討もつかない。」

「おぉ・・・、ドミナターよ!!!!やはり貴公は選ばれたのだ!!」


アルベルトは急に大声を出し、幸せそうな表情で天を仰ぐ。しばらく天を仰いだ後に、ゆっくりと俺に方へと近づいて来る。


「その書物は希望の書カルネデエスポワールと呼ばれる、なのです。修行水を克服した者が、精神力をさらに高めた先に開くことが許されるものなのです。そして、希望の書カルネデエスポワールはこの世に三冊しかありません。その一冊を一代目ドミナターがリシャール家に授けてくださったのです。それ以来我々リシャール家の人間は幾度となくその試練に挑戦を続けて参りました。」

希望の書カルネデエスポワールだと?ヴィオラはこれを死の手帳カルネデモルトだと言っていた。意味が真逆になるが、その違いは一体なんなんだ?」

死の手帳カルネデモルトとは何とも無礼は呼称でしょうか。しかし、修行の足りない教徒が辿る結末を表したものではありますな。」

「修行が足りない人間がこれを開くと死ぬということか?」

「はい。そのように言い伝えられています。希望の書カルネデエスポワールに触れた魂は、『苦痛』から解放されるのです。それは修行が足りなければ『死』という形で、熟練者には『死の超越』という形で訪れます。」


死の手帳カルネデモルト希望の書カルネデエスポワールは同一の物であり、人によってその呼称が違うだけなのかもしれない。多くの教徒にとって希望の書カルネデエスポワールによる『死』は、『希望』にもなるのであろう。アルベルトは興奮気味に話を続ける。


希望の書カルネデエスポワールによる『解放』の言い伝えは正しかったことが貴公によってついに証明された。使は死に、である貴公は生きた。素晴らしい。」


この瞬間、俺は理解した。


この王子が希望の書カルネデエスポワールの効果確認実験のために、ドナルドにこの書を渡したのだと。

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