第31話 使用人

 殿下との会話を終えた俺たちは夕食までの時間を自分の部屋で過ごそうと決めた。二階に戻ろうと西の階段へ向かっていると、深緑色のメイド服を来た女性とすれ違った。彼女は俺に目をやると浅く会釈をして通り過ぎていった。


「シン。見過ぎですよ。」


マキナがジッと俺を睨む。


「う、うるさいな。メイドなんて初めて見たから物珍しく思っただけだ。」

「たしかにハインミュラーの屋敷の使用人はみんな男性ですものね。」


マキナはさらに強く俺を睨む。


「・・・なんだよ。」

「・・・ベティにチクってやる。」

「おい、待て、なんでだよ!」


マキナは早歩きで階段へ向かう。それを追って俺も早歩きになる。



 部屋に戻った俺たちはアルベルト達との会話を振り返る。


「廃れた王族の王子と財閥令嬢の結婚か。令嬢側にあまりメリットがあるように思えないがな。」

「そうとも言えませんよ。この世界において『肩書き』といものが持つ力は大きいのです。使えるようになる魔具にも影響がありますので。」

「王族にしか使えない魔具があるってことか?」

「その通りです。このような言い方は少し乱暴かもしれませんが、リシャール家は彼らにとっては都合のいい存在なのでしょう。後が無いリシャール家は藁にもすがる思いでしょうし、その点を考慮すればルグラン家にとっては有利になる条件で結婚を認可するでしょうね。土地をよこせとか、財産をどうこうとか。」

「それもそうか。一族を終わらせたくない者と、王族という肩書きが欲しい者か。そうでもしないとリシャール家は終わりだしな。」


しばらくマキナと話していると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。扉を開けるとそこにはドナルドがいた。


「夕食の時間だ。一階の大広間に行くぞ。」



 中庭を抜けた先にある一階の大広間は、来客対応用の部屋ということもあり比較的豪華な装飾がされていた。長テーブルに集まったのは俺とマキナをいれて6人。使用人のドナルドとバンジャマン王にアルベルト殿下。それに先ほどすれ違ったメイドのフランカ。呪い師のヴィオラという者もいるとのことだが、この場にその姿は無い。


 フランカによって運ばれてきた食事をドナルドが並べていく。


「さぁ、長旅で疲れただろう。ゆっくりと楽しんでくれまえ。」


バンジャマンがそう言うと、アルベルトが手を合わせ祈りを始めた。無宗教の俺は彼の祈りが終わるまで待ってから食事を始めた。すると祈りを終えたアルベルトから質問をされる。


「ところでシンには、信じる神はいるのかな?」

「いえ、特には。」

「そうか。しかし、いざという時に信じるものが無いと、心がもたないぞ。」

「はは。私は諦めは良い方だと思うので、いざという時は早々に諦めると思いますよ。だから祈るものも、信じるものも今のところは必要としていません。」

「なんだか寂しい奴だな。まぁ、かく言う私も最近入信したばかりなのだがな。君は知っているかな?ドミナント教を。」

「ドミナント教?申し訳ないですが、存じ上げませんね。」

「そうかそうか。私から教えてやりたいところだが、この城内では彼女の方が熱心な教徒だからな。彼女に聞くと良い。」


そう言ってアルベルトが指差したのはメイドのフランカであった。俺が彼女の方を見ると彼女は恥ずかしいそうに目を伏せた。するとフランカの隣に立っていたドナルドがわざとらしく咳払いをした。


「アルベルト殿下。お言葉ですが、その男に信仰心など芽生えるとは思えませんな。礼儀もなっておりませんし、何よりあのハインミュラー家の・・・」

「口を慎めドナルド」


喝をいれたのはバンジャマン。ドナルドは不満そうに一礼をして大広間を出ていく。フランカはきまりが悪そうに肩をすぼめる。


「すまないな。シン殿。ここ最近緊張状態が続いているのと、自分以外のましてや外部の人間にアルベルトの護衛をさせることに奴も不満を抱いているのだろう。もちろん私とて、できることなら奴に頼みたいさ。しかし、奴は戦闘向けでは無い。根はいい奴なのだ、私に免じて無礼を許して欲しい。」

「はぁ。まぁ、私は構いませんが、ハインミュラー家とドナルドの間に何かあったのですか?」

「・・・奴の両親はパスカルに殺されたのさ。いや、それではさすがに聞こえが悪いな。正しくは、パスカルの研究所にて研究中に命を落としたのだ。」


本来であれば自分の仕事であるはずの主人の護衛に、外から来た知らない奴に取られたのだから気に食わないのであろう。ましてや最も憎い家柄の使用人が現れたのだから・・・。


 食事を終えた俺たちはアルベルトの命を狙う者についての話をしていた。


「先ほども言った通り、アルベルトは命を狙われている。それはルグラン家の次女の差し金によるものだ。長女をに取られるのが心の底から嫌がっているようでな。それなりの暗殺者を雇ったと情報が入っている。」

「それで人払いをしたんですね。怪しい人影を見落とさないようにと。」

「そういうことだ。それに、変装用の魔具など使われてしまえばなお危険だからな。そのため、これから五日間は外部の者を一人も入れない。何があってもだ。」


バンジャマンは強い口調でそう言った。ルグラン家の次女が雇った暗殺者がどれ程の者かはわからないが、大事にしないために大勢で襲撃をしてくるとは思えない。単体での相手ならなんとかなるのではないだろうかと思っていた。



 食後の談話も終わり、フランカが全ての食器を片付けてくれた。結局ドナルドはその後も戻ってくることは無かった。俺は部屋には戻らずにアルベルトに同行することにした。アルベルトは嫌そうにしていたが、さすがにそこは譲れない。マキナは眠そうにしていたので部屋に戻した。


 俺はアルベルトの大部屋の前であぐらをかいて座り、瞑想を始める。「武術の基本は集中にある」これはコジマが俺に最初に教えたことだ。そしてコジマは俺に「」を何故か強く求めていた。その真意はいまだにわからないが、修行の甲斐もあって心を無にして外部に意識を集中することができるようになっていた。少なくともこの階の異変には気づけなくてはならない。どこから暗殺者が現れるかわからないからだ。すると、西側の階段から物音が聞こえた。刀に手を置き、戦闘態勢に入る。しかし、そこに現れたのはドナルドとフランカであった。


「護衛の真似事か。ご苦労なことだな、よそ者。」

「なんの用だ。使用人代表。」

「殿下のお夜食の時間だ。そこをどけ。」

「部屋に入るのなら、俺も同行させてもらう。お前が変装した暗殺者の可能性もあるからな。」


その言葉にドナルドは不服そうな顔をした。


「・・・私はこの家の使用人代表だぞ。暗殺者のわけが無い。」

「知ったことか。変装した暗殺者ではない証明が無い以上、疑うのが俺の仕事だ。」


ドナルドは俺に一歩近づき、俺を強く睨みつける。


「・・・やはりハインミュラー家の使用人だな。無礼で品がない。どうせに魅せられて尻尾を振っているだけの無能なんだろうな。」

「悪魔の女だと?」

「そうだ。パスカル・ハインミュラーの娘のことだよ。人殺しの血を引いた愚かな娘。名をなんと言ったかな。」

「彼女は関係ないだろ!」


俺はドナルドの胸ぐらを掴む。ドナルドは夜食をのせたトレーを床に落とし、俺の手から逃れようとジタバタする。それをフランカが慌てながら仲裁しようとする。騒ぎを聞きつけてアルベルトが部屋から出てくる。


「何事だ!」

「殿下!やはりこのような男に護衛は勤まりません!むしろ危険です!」

「黙れ!お前に力が無いから俺が呼ばれたんだ。ガキみたいに八つ当たりしやがって!」

「二人とも止めろ!私の前で愚かな!」


 その後ドナルドとフランカはそれぞれの部屋に戻り、俺はその場に止まった。俺は先ほどの騒ぎで床に散った夜食を片付けていた。ワインが入っていたグラスの破片を片付けると、石造りの床にははっきりと溢れたワインの跡が残っていた。というより様子であった。



 短く仮眠を取りながら夜を明かした。結局昨晩は暗殺者は現れなかった。そろそろ朝食の呼び出しに奴が来るはずだが、なかなか来ない。あんなことがあった以上、会うのは少し気まずい。奴の個人的な八つ当たりでベティを悪く言われるのは気分が悪かった。それだけは許しがたいが、これも仕事だ。俺は不貞腐れているであろうドナルドを呼びに行くことにした。そして2階にある彼の部屋の前に立ち、彼を呼ぶ。


 「おい。使用人代表。そろそろ朝食の時間じゃないのか。いつまでも不貞腐れてないでお前はお前の仕事をしろ。」


中からの反応が無い。


「・・・さっさと起きろよ。入るぞ。」


鍵が掛かっていなかったので、俺は扉を開く。


するとそこには、首に小剣が刺さり息絶えていたドナルドの姿があった。彼はベッドに寄りかかるように床に座り込み、床には大量の血が流れていた。そしていつの間にか背後にはメイドのフランカが居て、この光景を見た後に大きな悲鳴をあげた。


「ひ、人殺し!!!!!!!!!!!!!!!!」

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