第4話 憩いの場での演奏会

 フォレナとフィリクと俺の3人で謎の黒い生物に襲われていた妖精を守り、無事に駆逐する事に成功した。幸いにもそれほど強くなかったのが幸いだが、他の妖精達の雰囲気がピリピリしていたのを見て、緊張感は持続していた。


「アイツらは……魔王軍! こんな所にも現れるとはな、驚いたぜ」

「魔王軍……ですか? 妖精さん、説明をお願い出来ますか?」

「ああ、ルナシーさん。分かりました、説明致します」


 その理由は、妖精に聞いてすぐに分かった。あの黒い生物は魔王軍で良く使われている最下級悪魔の『リトルデビル』と言うらしい。あまり強くないが数が多く、魔王軍行進の際は捨て身で真っ先に襲撃してくる雑兵らしい。死んでも量産出来るみたいなので、平時は専ら偵察任務についているとの事。


「つまり、全部殺さなければ情報を持ち帰られていて、貴方達妖精は危なかったと。私の存在も公になったら殺される……」

「そうです。まあ、ルナシーさんの場合はこの世界基準で上級以上の魔物である吸血鬼ですので……仮に来たとしても恐らくいきなり殺される事はないでしょう。スカウトされるかもしれませんが」


(嘘だろ……? 最悪だぜちくしょう!)


 厄介すぎる。転生半日で雑魚とは言え魔王軍と遭遇とか、今すぐ死ねと言われている様なものだ。今回はたまたま雑魚だったのが救いだが、今後もっと厄介な魔物や下手すれば幹部クラスが襲来してくるかもしれない。


 それに、魔王軍にスカウトされるかもしれないと言うのも、俺の頭を大いに悩ませる。強い魔物をスカウトするのに、雑魚を寄越す訳がないと思ったからだ。恐らく、今の力を扱いきれてない俺ではあっさり殺られる幹部レベルの猛者が来る可能性が高いからだ。


「ルナシー……魔王軍にスカウトされても、行かないでね?」

「フォレナ、安心して。私は貴女とここの妖精さん達を身を呈して守るって決めてるから。絶対に行かない。約束する」


 すると、俺と男の妖精の会話を聞いて不安になったらしいフォレナが、今にも泣きそうな顔をしながら問いかけてきた。


 だから俺は元人間の立場として、妹の生き写しと言える彼女とその大切な仲間達を身を呈して守ると心に決めた者の立場として、そして命を大切に思う者の立場として、言われるまでもなく魔王軍なんかに入るつもりなど一切ない。そう笑顔を見せながら伝えると、フォレナも笑顔を見せてくれた。


 ただ、そうなるといつか必ず魔王軍との戦いになる。吸血鬼と言う種族に元来備わる身体能力と高い魔力にかまけていると、弱い奴ならともかく、純粋に強い奴や力では劣っていても技術のある奴と対峙した時、負けて殺されてしまうだろう。


(ただ、技術を得ようとしても剣術に武術は……相手が居ないし、どうにもならないな。1人でも出来る事といったら魔法全般……か)


 そんな事を考えていた時、背後から誰かに背中を叩かれたので振り向いた所、貫禄のある風貌をした妖精が車椅子の様な乗り物に乗っていた。そう言えば、リトルデビル襲撃前にフィリクが俺を憩いの場に立ち入らせる許可を長様からもらおうと入っていったけど、多分この妖精が長様なのだろう。


「お主が……魔物であるのにも関わらず、儂ら妖精族を守ってくれた吸血鬼、ルナシーじゃな?」

「はい、その通りです。貴方がこの森に住む妖精族の長様でしょうか?」

「いかにも、儂がルフレーニ妖精森に住む風の妖精達の長『バノヴァス』じゃ」


 案の定、この妖精が他の妖精の長らしい。彼の脚に禍々しい力を感じる謎の黒い紋章が見えるが、これが車椅子擬きに乗っている理由なのだろうか。


「フィリクから聞いたが憩いの場に入り、バイオリンなる楽器で演奏した音楽を、妖精達に披露したいと言うらしいな」

「はい、その通りです。当たり前ですが貴方達の意志を尊重致しますので、駄目なら駄目、良いなら良いで構いません」


 思考を巡らせていると、バノヴァスさんが俺に対してそう確認を取ってきたので、その通りですと答えた。すると……


「ふむ……お主から優しい風の力を感じるし、何より吸血鬼とは思えぬ謙虚な態度、我が一族を助けてくれたお礼も兼ねて許可を出そうと思う」

「本当ですか? バノヴァスさんの好意に感謝します……」

「気にしなくても良いぞ……皆もそれで良いな? 一応、他の皆にも憩いの場に集まる様に声をかけておいてくれ」

「「「仰せの通りに致します!」」」


 少しだけ考えた後にすぐ、憩いの場への立ち入り許可を快く俺にくれた。なので、フォレナの案内の元トンネル状に切り開かれた葉の生い茂る部分を進み、目的の場所へ向かえる事となった。


 と言うか、バノヴァスさん基準で俺の態度が吸血鬼の中では良い方らしいが……もし、本当にこの世界の吸血鬼が全員不遜な態度を取り、不快極まりない存在なのだと認識されているとしたら、今後色々と面倒な事になりそうだ。全員が全員、そんなものではないかもしれないが。


 そんな事を考えながらフォレナについていくと、目的の場所へと到着したが……目の前に広がっている光景に俺は衝撃を受けた。何故なら、ここがとても木の内部とは思えない美しいものであったからだ。


「綺麗な場所……木漏れ日の様に外から入る光に多種多様な植物、鳥や虫に小さな小動物に……池まであるとか最高に雰囲気良いよね。ここなら楽しく弾けそう!」

「ルナシー、何だか嬉しそうだね! 音楽好きなの?」

「そりゃあもう、大好きだよ」


 思わず好奇心旺盛で、欲の抑えが効きづらい小さな子供の様に叫びたくなったのを我慢しながら、恐らく舞台であろう大きな切り株の上に立って待っていると……


「おいお前、吸血鬼が今からバイオリンって楽器を使って音楽を演奏するらしいぞ! 何か楽しみじゃないか?」

「うーむ。確かに楽しみではあるが、他種族をここに入れるなど……ましてや上級クラスの魔物である吸血鬼とか、正気の沙汰ではないだろう」

「普通ならそうなのだろうが、バノヴァス様が認めたのだからきっと、普通の吸血鬼じゃないのだろう」

「そもそも魔物の吸血鬼がどうして俺らを助けてくれた……おい、あれ」


 ここで俺が演奏会をやるとバノヴァスさんが呼び掛けたお陰か、続々と大小様々な妖精達が話をしながら集まってきたので、自己紹介から始める事にした。


 若干不安そうな妖精も居たが、それは当然だろう。魔物である上に、名前も素性も知らない奴が自分の種族以外入らない場所に居るのだから。名前以外にも俺の情報を公開して少しでも安心してもらい、音楽を聴いてもらいたい。


「えっと……妖精の皆様、私は吸血鬼のウィーネル・ルナシーと言います。突然、魔物である私がこの場に居る事に驚かれているでしょうが……決して貴方達を襲って傷つけたりは致しませんので、ご理解頂ければ幸いです。では、まずは少しでも不安要素を取り除いて頂くために私の住みかの場所から説明を……」


 こうして、俺の住む館の場所やどういう経緯でこの場所に来る事になったか等を説明した後、早速演奏を始めた。


 まずは、今俺が居るこの場所をイメージして即興で作り上げた、1回限りの曲を弾いた。視界に入る風景や自然の香り、妖精達の視線に小動物や鳥達のさえずりが即興で作り上げた曲を、悩みに悩んで作り上げた曲と同等の素晴らしい物に変えてくれたお陰で、これは比較的好評であった。


 次に弾いたのは、地球世界の数曲のバイオリン曲である。ただ、この場の雰囲気を全く考慮に入れなかったのは失敗だったが、食い入る様に見聞きしてくれている妖精達を見てホッとした。


 そして最後は草原の真ん中に立ち、そよ風に運ばれてくる雨の匂いと虹を見ながら耽っているイメージで作った曲を弾いた。何となくノリで入れた歌も歌ってみたが、これが思いの外良い感じになった気がした。周りの妖精達の何人かが何故か眠っている以外に変わりはなく、これについても無事に失敗なく終える事が出来た。


 後は軽く終わりの挨拶をしてこの場を締めくくり、演奏会全体を無事に終える事が出来た。

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