八人目 服部π蔵(山田嵐三郎)

 昼食の間は看板を下げる。午前中のお客さんのことを想いながら食べるおにぎりは、青春の味がする。僕は自分が思っていた以上に路上面談に熱中しているようだ。

 ふと見ると、遠くから人影がぐんぐんと大きくなって来る。猛ダッシュでこっちに近付いて来ている。

 机の前で止まったのは、スーツ姿の男性。気を付けをしてじっと見て来る。僕はそっと看板を揚げた。

「水気の里から派遣されて来た忍者だ。相談を使命として参った」

「いやに湿っぽい里ですね。派遣?」

「派遣忍者、いや派遣隠者だ」

「何で今言い直したんです? 派遣隠者の方が派遣社員に近いからですか?」

「いかにも。使命に失敗すると刀でズバッと切られる」

「派遣切りが物騒過ぎます! 水気の里なんて初めて聞きましたよ」

「なにぶん、隠れ里なもので。ヒントは、日本一大きな湖だ」

「それ解答! 水気どころか水だらけじゃないですか! 琵琶湖に忍者の里があるんですか?」

「それは答えられない。切られる」

「何でそんなサクサク切るんですか!? ソープカッティングじゃあるまいし!」

「石鹸は削る方が好みだ。専用のカンナでシャーっとやると一日のストレスもシャーシャーシャー」

「シャーシャーやかましいです! 乙女だか無骨だか分からない!」

「他には刀で切るのもなかなかいい」

「竹とか人形とかですか?」

「石鹸だ」

「また石鹸!? 石鹸置いて切るんですか?」

「いや、特注の原寸人間型の石鹸だ」

「デカっ! そして気味悪っ!」

「切るとたまらない。切った後は風呂で使う」

「でも量がヤバイですよね!?」

「里は私のためにalwaysバブルバス」

「半端な帰国子女!? 忍者ってどこから帰国するんだ?」

「手にとって、フー、ってすると、またよい」

「どんな乙女チックですか! うっかり克明に想像しちゃいましたよ! でも今石鹸の匂いがするのはどうして!?」

「さっき、おっきいのカットしたから」

「この公園で!?」

「向こうの銅像の後ろでやった」

「じゃあ、西郷さんの周りは」

「石鹸のカスだらけ。切って切って切りまくった。しかし大丈夫。全ては泡となって消える」

「バブル西郷!? いや、西郷さんは消えないか。極楽だか地獄だか分からない絵面ですね。でも、むしろ見てみたい僕が居る」

「先生もソープカッティングfeat. Shinobi の才能がありそうだ」

「若者の楽曲ですか!? でも、スーツ姿ですけど、刀なんて扱えるのですか?」

「我が一族は二つの流派、天然理心流と神道無念流の双方の流れを汲む、天然無念流を叩き込まれている」

「いやいやいや、ボケが一切のツッコミを貰えずにスベる流派にしか聞こえませんから! しかも結構新しいでしょ? 天然理心流って」

「先生とは相性がよろしい、かと」

「確かにね! それでここに来たんですか!?」

「いかにも」

「て言うか、スベる流派は否定しなくていいんですか?」

「道場ではむしろ、すり足ではなくスベリ足をマスターすることが最初の課題だ」

「床ってそんなに滑りましたっけ?」

「石鹸が塗ってある」

「どこまで石鹸推しなんですか! 石鹸ありきの武道って勝つつもりないでしょ!」

「創立55周年を迎えたが無敗だ」

「やっぱり新しい、ってか戦後じゃないですか? 高度経済成長期に石鹸と共に何を育てていたんですか? そして何となく学校風な表現なのは何故? でも、無敗はすごいですね」

「ただ、無試合でもある」

「分母を稼いで! それでは集団引きこもり武道、と言うか石鹸の集いじゃないですか!」

「道場での鍛錬は表の姿。真の姿は裏の顔。裏こそが表。あれ? そしたら表も裏で……同じ?」

「決めゼリフで混乱しないで! つまり、裏の顔である忍者こそが正体ってことですよね」

「いかにも」

「いかにも、じゃないですよ! 忍者ってどんなことするんですか?」

「俊敏に走る」

「どれくらですか?」

「ママチャリくらい」

「文明の利器が容赦ない!」

「遠くの仲間と連絡を取る手段を幾つも持っている。五色米とか、笛とか、動物を使役するとか」

「メールと電話に軍配」

「昔は暗殺とかよくしてたんだけど、最近は警備が厳しくて無理」

「それを掻い潜って欲しい! いや、暗殺を容認する訳じゃないんですよ、でも、真骨頂じゃないですか」

「どんなに訓練を積んでも、人間単独でやるには限界があるんだ」

「ほのかにあった忍者へのロマンを根幹から崩されましたよ!?」

 男は必死さの篭った眼で僕の眼を射抜く。

「それこそが、今日私が派遣された理由」

「と言うと?」

「現代における忍者の存在意義って、何なのだろうか」

「ふむ。他に現状が分かることはどんなことがありますか?」

「水気の里の母体は『滋賀忍者保存協会』。我々は絶滅危惧種。レアリティは高い。SSRはある」

「ゲーム!? ガチャで引いたらテンション上がるのかな……現代では『身体能力の高い個体』は珍しい以上の価値はあまりないかも。集団でやる忍術とかないんですか?」

「ない。石鹸流忍術は集団技はない」

「石鹸流って認めちゃいましたよ!? じゃあその石鹸の技をショウにするってのはどうです?」

「門外不出故に、見せ物にするのはちょっと」

「分かった。こころ的なところで勝負は出来ませんか?」

「戦ったことのない我々にどう勝負しろと?」

「それは自分達が生んだ問題でしょう! あれもダメこれもダメって、殻に閉じこもってる場合じゃないんじゃないですか?」

「閉じこもって石鹸するのが、我々なので」

「石鹸するって何ですか!? あ、でも、分かりました。僕なりの答えです」

 男は顎を引いて、僕の言葉を待つ。

「あなたはあなたが忍者であることを絶対に覆せない前提として考えています。確かに、数十年の人生を懸けて磨いた自分と言うものは捨てられるものじゃありません。でも、捨てられなくていいんです。その上で、前に進む。石鹸を置くと言う選択も、石鹸と共に生きると言う選択も、あなたが出来る。それは組織についても言えると思います。どう言う未来にすることを目指すのも、選択することが出来る」

「忍者以外の人生など考えたことがなかった」

「存在意義、それは承認と言い換えられます。承認は大まかに三つ。自分自身による承認、身近な人々による承認、社会による承認です。さっきの話は一つ目。二つ目はそれが周りの人に認められること。三つ目の社会による承認は、通常は金を稼げること、重要な役目を任されること、これらで享受します。恐らく、忍者は重要な役目を遂行していた。現代ではそれがなくなった。ならば、役目を探すと言うのも忍者集団が承認される、つまり存在意義を獲得するための手段になりえます」

「なるほど」

「持ち帰って、派遣元の人と相談してみて下さい。もちろんご自身についても」

「かたじけない。最後になったが、私は服部π蔵と言う」

「パイゾウ!?」

「服部半蔵は有名だろう? あの、半の所にそれぞれの位に合わせて数字を入れるのがニンドルネームのルールだ」

「ニンドルって、忍者アイドルですか!? それで、その数字がπ、って無理数じゃないですか!」

「泣き言をたくさん言うと、無理数を与えられる。√2蔵とかe蔵とかが仲良しだ」

「みんな泣き言言い過ぎでしょ! しかもそのとき絶対『無理―』って言ってるんでしょ?」

「いかにも」

「いかにも、じゃないです!」

 僕と彼は、ふふふ、と小さく笑い合った。本当にありがとう、御免、と言って男は走り去って行った。

 残ったのは石鹸の香り。忍者が世の中に必要とされるかどうか、恐らくされない。だから、忍者として生き残るか別の道か、真剣に考えて欲しい。感触としては彼は柔軟そうだから、新しい道を切り拓くんじゃないかなと思う。多分、石鹸関連で。



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