第19話 淋しさ



「さて、ジーク君、待たせてすまなかった。本当に助かったよ。君がいなければ私は死んでいただろうね」


 家族水入らずの時間を終えたザナドゥが、ジークへと感謝の気持ちをもう一度告げた。


「いえ、仕事なので」


「仕事だとしても私が君に助けられた事実は変わらないのさ。で、ひいてはお礼をしなければいけないんだけど、何か欲しいものはあるかい?」


 その言葉を待っていた、とばかりにジークは目を輝かせた。


「お金、です」


 あまりにストレートな返答に、思わずザナドゥは声を出して笑ってしまう。


「ハハハ、分かった、用意しよう。にしても、見たところとても高価な服を着ているようだが。それ程の服を着れるのになぜお金を求めるのか、と聞いてもいいかい?」




「いや、今一文無しなので」




「……何か事情があるんだろうね。じゃなきゃそんなマジックシルク製の服なんか……いや、それはマジックシルク製じゃないな?!今までの人生で一度も見たことないぞ……なんだその素材は……」


 ザナドゥは男爵家当主という、歴とした貴族ではあるが、その前に凄腕の商人である。その為、数多くの物に触れてきた彼の目はよく利くのであった。

 絶句しているザナドゥにどう答えるものかジークは迷う。


(正直に言うと色々と面倒なことになりかねないよな……。逆にこの素材を材料に交渉できるかもしれないけど神聖属性魔力でできたものなんてあんまり世に出したらダメだろう。一般的に存在しない属性の魔力なんだからね)


 考えこんだ結果、結局ジークは秘密にすることにした。


「いえ、これはマジックシルクですよ」


 それは、ザナドゥにとってすればあまりに見え透いた嘘であった。


「いや、そんなはずは……いや、そうだね。君がそう言うならそう言うことにしておこう」


 だが、毅然と嘘をつくジークの背後に、何らかの事情を感じ取ったのか、ザナドゥは途中で追及を止めた。命の恩人なのだから、と。


「……ありがとうございます」


「いや、命の恩人への対応としては当然のことさ。ああ、それと、そんな君には今後君に何かあった時に私の商会、ユートピアが助けになろう」


「っ!」


 ——ユートピア。その言葉を聞いたジークは、僅かに驚愕を顔に浮かべながらソレヴィアの方をちらりと見た。


(驚いた。ユートピアと言えばクレールでも最有力だった商会じゃないか……。ソレヴィア、先に言えよ……。でも、財力のない今の自分には正直助かる提案だ)


「……本当に、ありがとうございます」


 ザナドゥの提案に、ジークは本心から感謝する。これが敏腕商人ザナドゥのやり口であった。彼は顧客の真に求めるものを理解できる。だからこそ強いのだ。


「言っただろう?命の恩人への対応としては当然のことさ」


 ザナドゥはそう言って微笑を浮かべた。

 直後、ああ、と言って付け加えるようにザナドゥが言う。


「そういえば、使用人も治していってくれないか?使用人にも影響が出るくらいの強い呪いだったようだしね」


「ええ、もちろんです」


(にしても、これほどまでに強い呪い。誰がかけたんだ……?)


 返答したジークは、今更ながら当然の疑問に行き当たった。


(心当たりがあるか聞いてみるか)


「そういえば、強い呪いをかけることのできる呪術士や呪いのこもった呪物など。何かしらザナドゥさんは心当たりはありますか?」


 その質問にザナドゥは暗い顔をする。


「確証ではないが、ね……」


(これは、踏み込まない方が良さそうな反応だな)


 ジークはそんな雰囲気を感じとり踏み込むのをやめ、そしてその代わりにこう言った。


「それでは、もし何かまた頼みたいことがありましたら、自分の指命依頼でも入れてください」


 そう言ってジークはギルドカードをザナドゥに見せる。

 そこに書いてあるコードを依頼書に書けば指命依頼をすることができるのだ。ちなみに、プロの冒険者にはそれを公開する者もいる。


「ああ、ぜひそうさせてもらおう。……にしても、君のような男がG級、ね。冒険者ギルドは何をやっているんだか」


 コードを一瞬でメモしたザナドゥは呆れた目をしてそう零した。


「ああ、それは単に今朝冒険者になったからですよ」


「今朝に……。なるほど」


「では、私はこれで」


 そう告げてジークは部屋を退出する。


(今朝登録したにしては駆け出し特有のそわそわした様子がない。単に元からの気性か、それとも……訳あり、なのか。囲いたいが、今暫く様子を見た方が良いだろうな)


 去りゆくジークの背中を、ザナドゥはじっと見つめていた。




 部屋の外に控えていたケミーについて行き、使用人を〖エンジェルオーラ〗と【形質反転】で治していくジーク。


 それが一通り終わった時、ケミーから感謝の言葉とともに大きな袋を渡された。


「今回はご主人様を治療していただき、誠にありがとうございました。こちらはご主人様の気持ちとなっております」


 そのご主人様の気持ちとは、袋の中にぎっしりと詰まった金貨であった。


(うわっ、見たところ50枚近くある。こんなにたくさんもらえるなんて……)


 ジークがそう驚くのも無理はない。金貨一枚というのは、治療院で治療した場合の相場であり、贅沢をしなければ一月は暮らせるほどの大金なのである。

 それが50枚もあるとなれば、これまで貧乏な暮らしを送ってきたジークが驚愕するのは必至であった。


 それ程の大金をリュックに入れておくのは些か心許ないと考えた彼は、その袋をしっかりと胸元に抱えながらザナドゥの邸宅を後にしたのだった。




「むっ、ステータスに、新しく⬛︎⬛︎の祝福という記述が現れているぞ……それに、服に使われていた謎の素材も、私ですら見たことがない物だった。一体彼は何者なのか、少し、探らせてみるとしよう……」






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 貴族街から出る時にも、ジーク1人では通れないということで、ソレヴィアがギルドまで送ってくれることになった。


「父を助けてくれて本当にありがとう!」


 平民であるにもかかわらず、ジークは貴族のソレヴィアに貴族街の路地裏で頭を下げられていた。


(うーん、貴族なのにこんな礼儀正しい人もいるものなんだな)


 ジークがそう思うのも当然である。なぜなら、貴族の馬鹿は平民に威張るものであり、悪評は広まりやすいからだ。そして、この馬鹿というのは残念なことに結構いる。だから、一般人からすれば、それは当然のことであったのだ。


(だけど、これは他の人に見られると相当にやばいよな)


 ジークはその旨をソレヴィアに伝えるとソレヴィアは不満気な顔をした。


「むぅ、ならば、貴族街の外で頭を再び下げさせてもらう」


(うーん、そういうことでもないんだけど……。まあ、いっか)


 どう言われたところで自身の意見を突き倒しそうなソレヴィアを見て、無理か、と伝えることを諦めたジークは苦笑する。




 門に近づくと、ソレヴィアが家紋らしき物が入ったペンダントを門番に見せ、貴族街を抜ける。そして暫く歩くと、再びソレヴィアがジークへと頭を下げた。


「父を助けてくれて本当にありがとうございました!」


 先ほどの焼き直しのように同じセリフが繰り返される。違う点といえば敬語に戻ったことだけであった。


「いや、それについてはこんなに報酬を受け取ったのでもういいですよ」


 そう流そうとしたジークだったがソレヴィアは尚も頭を下げ続ける。


「いや、それとこれとは別なんです。この感謝を伝えなければ」


 懇願してくるソレヴィアにいたたまれなくなったジークは苦笑しながら言う。


「それなら、お願いを聞いてくれませんか?」


「お、お願いですか?」


 少し困惑した様子を見せるソレヴィアにジークはにんまりと笑う。


「ええ、そうです。聞いてくれませんか?」


 そのいかにも悪巧みをしてそうな笑みに、ソレヴィアが少し恐怖を感じながらも頷いた。それを見てジークはお願いを告げる。


「お酒は、できるだけ控えて自分がいる時くらいにしか飲まないようにした下さいね?」


 そうして繰り出された願いとはソレヴィアへの皮肉を多分に含んだものであった。

 それを聞いたソレヴィアは青ざめた顔でこくこくと首を縦に振っていた。







 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 午後3時、ギルドの中。無事ここへ辿り着いたジークは現在時間を持て余していた。


(レイラさんと約束した時間まであと4時間か、何をしよう。あっ、ソフィアが暇で寂しいのを何とかしてあげなきゃいけないんだった)



——何とかって、構ってくれればそれだけでいいのに……。


(いや、もちろん構うことは出来るけど、それだけだとソフィアがまだ退屈でしょ?)


——いや、構ってくれれば……それで。


(本当に?)


 ソフィアの浮かない声に、本当のことを言ってないのではないか、とジークは考えた。


——……まあ、本当はちょっと。最近は考察することもあんまりないしさ……。


(やっぱりそうか……)


——でもどうしようもないじゃない?


(それは、そうだけど……)


——なら仕方ないよ。


(……いや、ちょっと待てよ?もしかしたら、もし、ソフィアがスキルを使えるとしたら……)


 とあることを思いついたジークはソフィアにスキルを使うことができるのかを尋ねる。


(ねえ、ソフィアってスキルを発動できる?)


——いや、試したことはないけどできないんじゃないかな。でも、何で……?


(まぁ、とにかく、暇な時間に練習してみて)


——……スキルの練習で時間を潰すってこと?


(まあ、そんな感じだと思ってくれればいいや)


——……まあ、分かったわ。


(よし、それなら体を動かさなくても出来るような【幽体離脱】とかを優先で練習してね)


——……ん?いや、まあ、いいけど……。


(よし!そしたらソフィアの体を……あっ、でもソフィアって女だから女の体じゃないとな。それなら今まで〖エンジェルオーラ〗を体の中に流した時に感じた、女の人の体によせて作ってみるか)


 ソフィアのためにジークが動き出そうとしている時。


(——でも、なんで【幽体離脱】なんだろう……。はっ!もしかして私がうるさいから、私を体から追い出そうとしてる……?!)


 ソフィアは当たらずとも遠からずな考察をしていたのであった。だが、考え事をしていたためなのか、ジークの本心を感じ取ることが出来なかったソフィアは、本当の真実に辿り着くことができなかったのである。

 ソフィアの思考は徐々に徐々に悪い方へと向かっていった。


(よし、それじゃあ早速ソフィアの体のイメージを構築していこう)


 ジークは深呼吸をして思考に集中していく。


(自分は柄じゃないから嫌だったけど、ソフィアなら天使でもいいかもな。……いや、ソフィアもなんだかんだで嫌がるか。それなら自分と同じ感じで作ってみよう)


 そして【並列思考】を発動してイメージを作り上げていく。


(髪色は……まあ、自分と同じでいいか。それ以外も、女性と変化がある部分以外は自分と大体同じで……)


 大体のイメージを〖デミゴッド〗から流用することでイメージの構築を高速化する。


(【イメージ強化】のおかげかすごくイメージしやすいな)


 そんなことを【並列思考】で考えながらイメージを構築していくジーク。


(できた、ソフィアの体を作る魔法〖デミゴッデス〗が、ついにできたぞ!)


 そして、ついにソフィアの体を構成する魔法が完成する。


(って言っても、ソフィアが【幽体離脱】を習得しないといけないし、自分も沢山の魔力が必要になるから魔石を集めて来なきゃいけないけどね)


 これからしなければならないことに思いを馳せ、それでも今は、ただ完成を祝って息をついたジーク。


 だが、そんな彼の中では……。


(——うっ、うっ、そんなに出て行って欲しいなら出て行ってやるわよ〜!このバカジーク〜!)


 ジークの思いを『邪魔だから【幽体離脱】で出て行け』という意味だと捉えてしてしまったソフィアが、色々とこじらせていたのであった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


(出ていくなよ。出ていくなよ。絶対に出ていくなよ!)


——それって出て行けってことじゃない!うわーんっ!


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


次回、〝じゃあ、俺が出ていくよ!え、どうぞどうぞって……えっ?〟


※この予告はフィクションです。

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