第15話 新人冒険者ジーク
「——というわけなんですよ……」
ギルドで絡んできたソレヴィアという男からのお願いを聞いたシークは、現在迷っていた。
(それをすることは出来ると思うけど……)
ソレヴィアの話はこうであった。
『父は商人なんだが、病気で寝込んでしまって意識がない』
『ギルドに雇われてる回復要員に回復系の魔法をかけてほしいが、冒険者ではない父にはギルドの規則が邪魔をして使えない』
『自分が依頼を出して雇おうとしても、治療院に行くにしてもお金がない』
『父親の意識が目覚めればお金は払ってもらえるとは思うが、事前にお金を払えないので個人契約をしなければならない』
『だが、そんな回復系魔法の使い手の知り合いがいない』
『やりきれなさから酒場で飲んでいると酔ってきて、ギルドへの苛つきから受付嬢に絡んでしまった』
『そんな時に酔いを一瞬で覚まさせるシークが現れたので父の病気を治してほしいと頼んだ』
(お金はそこまで要らないけどなぁ……。でも、まあ、人助けだと思ってやってみるか)
「分かりました。僕に出来るかは分からないですが、やれるだけやってみることにしましょう」
「……っ!助かった!」
感極まって思わず涙が溢れるソレヴィア。
それを見たシークは、天井を向いてあまりと言えばあまりなことを考えていた。
(……〝0歳に対して泣きつく大人〟なんて事案過ぎないか?まあ、でも、死にそうになっている親が助かるんだし普通はこんなもんなのかね)
一瞬自身の親の顔が浮かんだが、そんなこと考えてる場合じゃない、とシークは頭からそれらを追い出す。
そしてソレヴィアに言うべきことを伝えなければ、と視線を再び下に戻した。
「でも、今から行くにはもう夜遅いので、翌朝でも構いませんか?」
シークがそう聞くと、ソレヴィアは呂律が回らない様子で答える。
「うっ、うっ、ぐすっ、勿論でずっ!父を頼みまずっ!」
「では、明日の朝8時にここでまた」
苦笑しながらそう呟いて、シークは席を立った。
そして、レイラが待っている方へすたすたと歩いていく。
「レイラさん、待っててくれたんですね。ありがとうございます」
「私も自分の用をちょうど終わらせたとこだから。それより、ずっと外でジーク君の従魔の……アモルだっけ?その子が待ってるみたいだけど大丈夫なの?」
そう訊ねるレイラの瞳には微かな不安が浮いていた。
「ええ、アモルであってます。あいつはすごく大人しいやつなので大丈夫ですよ」
「えっ、ウルフ系って気性が荒いモンスターじゃなかった?」
自分の知識と相反した情報に混乱気味なレイラ。
そんな彼女にシークは一切誤魔化さず、本当のことを伝えた。
「アモルだけは〝特別〟なんですよ」
(自分が性格を〝反転〟したからなんですけどね)
「……まあ、そういうこともあるのかな」
あまり腑に落ちていないようだが、一応は納得してもらえたようで、レイラは首を傾げながら頷く。
「あ、それで、こんなことを頼むのは心苦しいんですけど、まだ自分の用が終わってないのでもう少しだけ待っててもらってもいいですか?」
「うん、大丈夫。ジーク君もダンジョンの
そう訪ねられたシークは、もうできる限り嘘はつきたくないと思い、正直に答えた。
「いえ、冒険者登録です」
「えっ!?どういうこと!?」
驚きを隠せない様子でレイラは口をあんぐりと開く。
「そのまんまの意味です。冒険者登録ですよ」
「え、本当に?!じゃあ、今まで冒険者じゃなかったってこと!?」
「レイラさん……少し声が大きいです……」
「あっ、ごめんなさい……」
「(それにしてもどういうことなの?)」
(やっぱり不自然に思われるよね……。本当のことを話すべきかな、それとも話さないべきかな……)
迷ったシークはその選択を一旦先延ばしにすることにした。
「(まあ、少々事情があって)」
「(事情……それって詮索しない方がいい話なのかな……?)」
レイラが上目遣いでシークの瞳を見つめる。
(うっ、やっぱり可愛いな……)
「(えぇっと、じゃあ、いつか話します)」
「やったー!」
(そんな喜ぶことでも無いと思うけど……。いや、それよりも……)
「れ、レイラさん、また声が大きいです……」
彼は再びレイラの声の大きさを指摘するのだった。
尤も、実際は周りが酒場でガヤガヤしているためにそこまで気にしない人が大半なのだが。
レイラが手を合わせ、小さな声で謝っているのを微笑まし気に見ていたシークの頭に、ふと素朴な疑問が浮かんだ。
気になった彼は、それをレイラにぶつけてみる。
「あ、そういえば、レイラさんはなんでソロで冒険者をやってるんですか?」
「えっと、その……実はついこの間まではパーティを組んでたんだけど、パーティメンバーが回復系魔法でも直せないような大怪我を負っちゃって。それが原因で色々といざこざがあってさ。パーティが解散しちゃったんだよね……」
すると案外重たい話が返ってきて、シークは申し訳なさを感じ始める。
「そ、それは……なんかごめんなさい」
辛い話をさせてしまって悪いことをした、と謝るシークだったが、そんなシークにレイラは微笑んで返すのだった。
「なんでジーク君が謝るのよ。ふふっ」
「いや、辛いことを思い出させてしまったかな、と思ったので」
「大丈夫、もう心の整理はついてるから」
そして浮かべた儚げな微笑に、シークはどきりとしてしまう。胸の鼓動に突き動かされ、シークは思いの丈を打ち明ける。
「……あの!その、もしレイラさんが良ければなんですけど、自分が冒険者になったら、一緒に冒険してくれませんか……!」
シークは頭を下げたまま、レイラに顔を見られないようにそのままの姿勢を保っていた。彼の顔は真っ赤に染まっていた。
(うわー、言っちゃったよ……。いくら一目惚れしたからって、これは性急すぎたかな……?いや、大丈夫。まずはお友達から、ならぬパーティメンバーからってやつだ!これは!)
頭の中で謎の自己弁護を始めるシーク。未だに彼の顔は下を向いたままである。
シークの話を聞き、一瞬ぽかーんと呆けた顔をしたレイラだったが、すぐににんまりと微笑む。
「新人冒険者のジーク君に私の冒険について来れるかな〜?」
煽る様にシークに言ったレイラを、シークはシークは火照る顔を上げて見つめ、自信あり気に応えた。
「ついていくどころかすぐに追い越して見せますよ」
「言うねぇ。それなら、まずは冒険者になるとこから始めないとね……?しん、じん、くん?」
そうやって更に煽ろうとするレイラだったが、その時に見せた彼女の表情に、思わずシークはこういったことを考えていた。
(煽ってくる時に見せる蠱惑的な笑みもまた可愛いな……)
詰まるところ、シークにはレイラの可愛さしか目に入っていなかったのだ。
「ふふっ、それではそこから始めるとしますよ」
微笑で返されるという予想外の反応にレイラは若干の驚きを表情に浮かべるが、すぐに弾ける様な笑みに変わってこう言った。
「行ってらっしゃい!」
シークはそれを聞いてにやけるのを止められなかった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「あの、冒険者登録したいのですが」
シークは受付嬢にそう言って話しかけた。その受付嬢というのは金髪からひょこりと出た猫耳が魅力的な、名札にサーシャと書かれた女である。
「はい、分かりました。それでは、こちらの機械に手を触れて『ステータス』と言ってください」
その機械というのは触れた人の同意とともにステータスを読み取る機械のことであった。使用者が『ステータス』と呟くことで画面にステータスを表示するものだ。
(……よく考えたらステータス見られたら色々とやばいよね。どうしようか……)
「……どうしました?早く触れてください」
どうすればいいか考えるシークをサーシャが急かす。
(どうすればいいんだ……。流石にこのプロセスを省くわけには行かないよな……)
「……お客さーん?聞いてますかー?」
尚も動かないシークをサーシャが更に急かす。
(……ええい、ままよ!)
シークは手を触れて『ステータス』と呟いた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・名前:ジーク
・年齢:0
・種族:
・位階:1
・レベル:15
・ランク:無し
・ジョブ:無し
・ジョブレベル:0
・ジョブ履歴:無し
・パッシブスキル
魔力支配lv3
怪力lv1
並列思考lv7
従魔強化lv2
生命力強化lv1
・アクティブスキル
火魔法lv8
水魔法lv4
体術lv7
神聖魔術lv3
テイムlv1
幽体離脱lv1
裁縫lv1
詐術lv2
・固有スキル
形質反転lv5
魔石喰らいlv8
ソフィアlv6
亜神lv1
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
画面に表示されたステータスを見て唖然とするサーシャ。
(くっ、こうなったら!)
ジークはカウンターから身を乗り出し、サーシャの頬に手を触れさせた。そして流れた清涼で神聖な魔力がサーシャの体中を駆け巡る。
「んあっ!!」
体に走った快感と、急に頬に触れられた驚きからサーシャが声をあげる。
(【形質反転】!)
そうしてシークは、サーシャの驚きを無反応へと〝反転〟させたのだった。
「はっ!……まぁ、普通のステータスですね」
サーシャの表情は驚きが一片も垣間見えない、平然とした顔つきへと変わっていった。
「自分は亜人なので成長が速いんですよ。だからこの年齢でも冒険者になれますよね?」
「えぇ、始めてみた種族なので分かりませんが、まあ、こんなものですよね」
普通、0歳でここまで成長するのは理に反したことであり驚くべきことなのだが、その驚きも無反応へと変えられてしまっては形無しである。
(さすがに常にこの反応はまずいな……。後でもう一度〝反転〟させておかなきゃ)
「それじゃ、魔法の適正も測りますね。この機械に触れてください」
「はい」
「お、火属性と、水属性と、あとものすごく強い、謎の属性がありますね。エラーですかね?まあ、そんなこともありますよね」
(やっぱり戻さなきゃな。ものすごく廃人みたいになってるし……。【形質反転】、人に使う時は気をつけないと……)
「はい、それではこれがギルドカードですよ。自分が見せたい情報だけ表示できるようになってるのでそこはご自分で調整してください。それと、是非この後は転職部屋に行ってみてくださいね、
サーシャは泰然とマニュアル通りの対応をする。無感動になるとマニュアル通りにしか動けないのだな、とジークはしみじみと考えていた。それはお前のせいである。
「はい、分かりました。……って、あれ?」
(自分ってサーシャさんにジークって名乗ったっけ?)
頭の中に疑問符が浮かぶも、どうせ気のせいだろうと直ぐにかき消した。
(それじゃ、転職部屋に行く前に……)
再びサーシャの頬に手を当てる。が、今度のサーシャには驚いた様子がなかった。
(まずは、自分に関する情報を〝覚えてる〟ってことを反転させて、その後に〝驚かない〟ってところを反転させよう。よし)
そしてジークは神聖な魔力を再びサーシャの体内へと注ぎ込んだ。
(【形質反転】!【形質反転】!)
そして、サーシャが無事正気に戻った。戻ったには戻ったのだが——
「きゃーーー!!!誰ですかあなたは!!!なんで私の頬に触ってるんですか!!!」
——サーシャは、頬に手を触れていた変質者、ジークへと思いっきり叫び声を上げる。
(あ……やばい)
「違う、これは誤解なんだ!誤解なんだってば!」
ジークは若干のデジャヴを感じながらもそう叫ぶのだった。
『【形質反転】のレベルが上がりました』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「実は、ですね、その、あなたのほっぺたに虫が止まってまして」
「そんな訳がないでしょー!!!この変態!!!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次回、〝ジーク、捕まる〟
※この予告はフィクションです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます